正しい勇者の殺し方
翌日早朝、学園の校門は大いに賑わっていた。多くの生徒が奴の登場を待っていた…手に釘バットを持って。
「いやぁ、稼いだ稼いだ」
チェリアの手下もご祝儀代わりにと釘バット製作を手伝ってくれ、購買に納品した片っ端から売れるという事態。勿論、イフォルマくんが戦いを行ってから袋叩きだ…噂が噂を呼び、6人の勇者を殺したのが片玉であると断定されているし、チェリアの人徳に乗っかる形で俺も信用されているのでトトカルチョもやって更に儲ける予定だ。
「…こんなに武闘派揃いだったのじゃな、この学園…」
肝心のロリ魔王は遠い目をしていた。それが偽勇者の所為と思われているようで生徒のヤる気が満ちているのだが気にしたら負けだ…
「…本当にヴァンが偽者だというのか…」
「…偽者なら許さない」
多少立ち直ったフィルムットとアイリスもチェリアの横に陣取り、これから起こる事を見届けようとしている。半信半疑ではあるが、シャルロッテの遺言…という事にしてある手紙は既に公開済みだ。それに裏も取れている…マッドサイエンティストのマフラー先生が勇者の証の魔力波動パターンを解剖によって解析し、ペットの6人は本物であると確認している。フィルムットはチェリアの発言で確定してあるし、俺の娘がそんな偽者であるはずがない。いや、一応さっきチェリアがこっそり確認したんだけども。
仮に片玉が新たに出現した9人目とかだとしても、お前のペット席ねぇからと殺処分は決定事項だ…お前は俺を怒らせたからな。しかも、まだ謝ってないからやめる理由無いし。
そうこうしていると例の男が現れた。炎剣の偽勇者、片玉のヴァンは完治したのか普通に歩いてやってきた。背中にミスリルであろう大剣を背負っているのは俺と再戦したいからだろう。少なからず勇者6人の死亡という噂は学園外にも広がっている…俺が何かしたと思い込んでいるはずだ。まあ、やったんですが。
特にシャルロッテの復讐とかって思い込んでるんだろうなぁ…お前の片想いの相手、コランダムベアに寝取らせようとしたらマッドサイエンティストが同情して人工生命体でも子どもが作れるかって事に移行するらしいぞ。コランダムベア涙目でエグニスの方に走って行った…可哀想に。目覚めやがった。
「やあ、皆。出迎えご苦労様」
なんか、片玉が調子に乗っている。お前が乗れるのは霊柩車だけだ、この片玉野郎。やっぱり、イフォルマくんに任すんじゃなくて直にやるべきだったか…いや、思考しろ。まだ絶望へと叩き落とす手段はあるはずだ。
「出迎えではないよ、ヴァンくん。ここに居る皆は確かめに来たんだ。君が本物の勇者であるかどうかをね」
学園の勇者、イフォルマくんが凛とした姿で片玉の前に立ち塞がる。手にミスリル製の釘バットを持っているのがシュールだが…まあ、一度は負けた弓を持って現れなかっただけでも立派だ。
「誰だよ、お前」
「イフォルマだっ!」
最悪だ。主人公気取りのくせにイフォルマくん忘れてやがる。これでも彼は勇者を除いたら学園一の優秀生徒なんだぞ。全身ミスリル装備で眩しいけども…俺のはちゃんと艶消ししとこ。
「いいから、さっさと右手の手袋取って見せろよ、片玉野郎」
「そうだそうだ、片玉野郎」
周りの生徒たちからヤジが飛んでくる…わけでもないから声色変えて両方とも俺が言った。風属性の魔法を使えばどうにでもなるもんだ。ロリ魔王以外にはバレてないから大丈夫だ、問題ない。
「片玉って言うなっ!」
そのヤジに反応して距離を置いて取り囲んでいる生徒たちを睨み付けるヴァン。好感度はだだ下がりだ。だが、片玉なのは事実じゃねぇか。
「手袋を取ってくれればいいんだ。それで疑いも晴れる」
「本物だと信じてる」
仲間たちにもそう言われているのだからさっさと見せろよ。それとも何か…
「今度はその手をもぎ取って欲しいんならさっさと言ってくれれば良いものを…」
俺はそう言って釘バットを上下にネギのように振る。にっくにくにしてやんよ。
「わ、分かった。取るから待ってくれ」
うん、理解の早い子は嫌いじゃないよ。お前は大っ嫌いだけども。ヴァンはご丁寧に両方の手袋を取り、手の甲を見せてきた。
「ほら、ちゃんとあるだろ。勇者の証」
確かにあった。赤い八芒星の勇者を示す証がヴァンの手に…但し、正面に立っている俺たちから見て右側にだ。
「…ヴァン生徒。どうしてお主の左手にその証があるのじゃ?」
チェリアは学園長として勇者全員の証の位置を把握している。きちんと確認もした…それは余程恥ずかしい位置になければ他の勇者も知っているのだ。ちなみにプレイヤーは個別イベントとかで教えられる。余程恥ずかしい位置にあるのは誰だって…ビッチ聖女です。半分以上胸見せてくるくせに攻略出来ない痴女です。光で一部隠してました、隠すなら出すなとクレーム多かったそうな。
「いや、あの、これは…」
指摘されて動揺する偽者確定の片玉。こんな単純ミスとかありえない…仮に右手なら切り取って丸洗いしてとか思ってたのにつまらん。お前の愚かさはあまりにもつまらん。
「…ヴァン。言い訳は学園長室で聞いてやる」
俺はイフォルマくんを押し退けて片玉の真横に立つ。
「いや、あの…俺は…」
戸惑う片玉。何がこいつを偽者の勇者に駆り立てたのかは知らない。単なる憧れかもしれないし、歴史に名を残したかったかもしれない。そう語っていたイベント以外にも何があったのかは知らない。知りたくもない…
「大丈夫。悪いようにはしない…偽勇者ヴァン。いや…魔王カタタ・マーキン」
闇属性魔法『マインドコントロール』をヴァンに向けて発動する。すると、いきなり大剣を手に俺へと斬り掛かってくる。少し掠る程度には受けてやる。ついでにエフェクト効果として闇を纏わせておけば禍々しく見える。
「な、何をするんだ。ヴァン…」
『ヴァンではない。我が名はカタタ…魔王カタタ・マーキンなり』
勿論、風属性魔法を使った腹話術で俺が言わせているのだがチェリア以外は気付いてない。気付いている本物の魔王は「その名前はないのじゃ」って顔でこっち見ている。見つめるなよ、照れるじゃないか。
「なんだと…ヴァン、お前は魔王だったというのかっ!?」
『ああ。不完全ながら人間として転生してしまったが我は間違いなく魔王だ。そして、残りの勇者を喰えば完全に復活する。再び我が軍勢が世界を支配するのだ』
「…そんな事のために皆を…」
ほら、この勇者たちみたいにノリノリで行こうぜとチェリアに目配せする。頭抱えるな、茶番劇でもお前は重要ポジションなんだぞ。
「ヴァンくん…君と、君という奴はっ!」
『ああ、確かイフォルマと言ったか。シャルロッテは最期にお前の名前を呼んでいたよ。そうでなければ生かしておいてやったというのに…他の男の名前を呼んでいたからつい思わず殺してしまったが悔いはない。本来ならもっと強くなった勇者を喰らうつもりだったのだがな』
「…い、いい加減にするのじゃっ!」
ヤバい、遊び過ぎてロリ魔王が激おこだ。後がちょっと怖いから遊びはここまでにしよう。
「お前ら、学園の生徒としてヴァンを…いや、魔王カタタ・マーキンを倒すんだ。ここで食い止めなければ多くの命がこいつに奪われる。だが案ずるな。こいつには釘バットが有効だ。皆の者、構えよ。証は無けれど誇りはこの胸にある。勇者の誇りを持って魔王を皆で討とうではないかっ!」
俺の宣言に呼応して全ての生徒が賛同の声を挙げる。ちょっと大袈裟過ぎた、釘バットがサイリウムみたいになってる。全部釘で銀色に鈍く光って、まるで不良グループのカチコミですやん。そのまんま言うな。
そして始まる魔王カタタ・マーキンと学園の生徒たちのラスボス戦。俺はカタタを魔法で操作しつつ声も担当し、ついでにケガもしているので後方に下がった。集団リンチにならないよう動かし、適度に反撃しつつ「ぐふっ」とか「ぬわー」とか言わなきゃいけないから面倒極まりない。マインドコントロールにオート機能があれば良かった。
そうこうしている間にカタタの大剣はフィルムットの光の剣で叩き折られ、アイリスの魔法により足は貫かれ…
「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
新たなる英雄イフォルマくんの釘バットが振り下ろされ、頭が砕かれた。よし、もういいや。
『ふふふ…はははは…どうやら今回は我の負けのようだ。だが、これで終わりだと思うな。我はいずれまた転生し世界を恐怖へと落とし入れる。それまで暫しのお別れだ…我を倒せし英雄よ、勇者よ、その仲間たちよ。お前たちの死後、我は勝つぞ。それまでせいぜい平和を噛み締めるとよい…』
「あー、はいはい。いいから闇の炎に抱かれて消えろ。『ダークネスフレイム』」
『馬鹿なっ…我の魂まで焼かれて消え…うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…』
よし、闇属性の炎で残る事なく完全燃焼させて証拠隠滅完了。計画通り。
こうして、偽勇者の件だけでなく魔王カタタ・マーキンが居なくなったという事で暫くは6人の死の隠蔽…つまり、新しい勇者が登場しないという矛盾も解消したわけだ。
それに魔王の死によってチェリアの安全が確保されたのだ。多くの国からやってきた生徒たちが魔王を倒した。これで国は迂闊に魔王の所為に出来なくなったし、学園の存在意義や価値が高まるというもの。ヴァンの祖国である帝国に貸しも出来たから戦争になる事は無い。
ヴァンには悪いと…思ってないが、お前はある意味歴史に名実共に残る事をしたんだ。安らかに眠れ、カタタ・マーキン。