再会という名の初対面(後編)
室内に最狂勇者が闖入してきた。残念、出入口から入って来たから逃げ場は無い。負けフラグ確定なん。
「あの……改めて聞きます。貴方が桐生柳さんで間違いないんですね?」
「いいえ、あっしはバンバラバンのチュー太郎でやんす。しがねぇ姿の村人でやんす」
あくまで否定する。少なくとも、前世はキッシュとウィローだったからだ。既に桐生柳という前世でもなければカス神が叶えてくれたのならば桐生柳自体は存在しないのだ。だからこそ、この世界は狂っているのだ。目の前の最狂のように…
「だとしても……貴方が桐生柳でキッシュなのは間違いないと思います。でも、貴方からは懐かしい感じが全くしない。むしろ、同族嫌悪しかしないですん」
それはそうだろうと。転生しているとはいえ魂は純粋にそのまま歪みっぱなしな日向葵。一方で転生して魂の大多数はウィローに、一部は葵の体で構築された義体あばたぁキッシュになり、体から解放されて再構成された上で一部の魂欠損と義体の歪みに飲み込まれた再構成桐生柳ことソール・クーヘンとでは似て非なる存在ですよ。むしろ主要な部分が欠損しているのだから仕方ないね。
「それはお互いサマンサタバサなん。むしろ、忽然と消えて命まで奪われた事実を知っている桐生柳の意識がある分、嫌悪感はこっちの方が強いに決まってるん。素直に俺の事なんか諦めて他の男とくっついてくれてれば無駄に命を散らしてしまわず二次元嫁たちと末永く爆発し続けられたものを妨害しくさってからに。些細な幸せすら奪う悪魔の所業を………などと愚痴っても詮無き事。互いに前世あるいはパラパラワールドの話なん。え、ワイワイワールドの間違いだと?」
「節子、コ◯ミやない。それ言うならパラレルワールドや」
こういうところが互いに悪影響を与えている何よりの証拠で気持ち悪りぃ……というか、そんなマニアックなネタ知っている時点でお互いに悪影響受けている証拠ですん。
はてさて、こんな不要な悪影響要りますかなと。むしろ、押し付けておけないものか。やぁってやるぜ……いかんいかん。そういう悪影響はもう要らないんだった。
「……冷静に話し合おう。互いに抱いている同族嫌悪は元々狂った女神と化した勇者ソレイユの呪いの類いだ。互いにそんなものは要らない……強いて言えば、前世の記憶なんてものも互いに不要なものだ。だが、それは同時に大切な存在の否定にも繋がる。だからこそ、無かった事にしようとした。だが、元々存在しなかったものの願いなんて適切に叶えてくれる神など居なかった。だからこそ、今の俺の中には本来の魂…すなわち、桐生柳の魂も混在しているのだろう」
だからこそ……何処ぞの劣化レプリカみたいに記憶だけ共有していたら肉体別でも構わないエンドなんて望むわけないでしょうと。キッシュとはほぼほぼ水立葵の肉体と少しの桐生柳の記憶、それと謎の天使の整形技術などなどで構成された生物とも呼べない生き物でした。それが居なくなったからこそ本来の意味で日向葵が召喚されて勇者街道爆進する王道展開が待ち受けていたはずなのだ。
が、それすら歪めたのがソレイユの怨念に加えてキッシュの未練だったわけだ。否、未練というよりは誤認なのであろう。
そもそも、桐生柳は…いや、ソレイユを除く勇者一同も含めて『八芒星物語集』などというゲームに関わっていたのだろうかと。それすら歪んだ神による記憶の刷り込みであろうと。
ならば、未だにその呪いは継続しているのだろう。その典型例が元ステージボスの再来である。片玉以下有象無象の再登場である……その中に未だ登場していない有象無象の究極、つまり村人キッシュが含まれていないという事にお気づきだろうか?
死銃編でタイヤキと化し、ボス(笑)となったのだから復活はあり得る事だったのだ……という前提はともかく、つまりはキッシュの消滅は履行されなかったという事は同時に桐生柳の消滅も不履行という意味でもある。
ならばと、やる事はハラキリしかないではありませんか。このごちゃ混ぜになったのを正しておかなければ修正しようにも出来ないのだ。
という事で、さらば村人…葵の中に居た歪んだ理想の俺よ。
◇
謎の教師ウィローの誕生はあの瞬間まで遡る。
神の霹靂によって命を落とし、魂をこの世界…もとい、あの書物を保管してある空間に送られ分割された瞬間…1つ分の器には既に葵という存在が居たのだから全ては入らなかった。
ならば余った魂は消え去るべき…という展開になった。既にあの葵は狂っていたのだ。キッシュとして変なキャラをロールプレイしていたのを俺の全てと思い込み、不要な部分を捨て去った。あくまでも婚約者を失って失望した悲劇のヒーローが欲しかったに過ぎないのだ。
だからこそ、三十路過ぎのおっさんと化した体など必要なかったし、綺麗な思い出だけあれば良かったのだろう。すなわち、俺の人生の否定である。それに抗うのだから不要な部分は消されて当たり前か。
だが、最初に選んだ学園編こと『ブレイブ・スクール』には年齢によって生徒か担任かを選べる展開が年齢によって存在していた。
若い俺が必要だったのだからキッシュは当然生徒として……余った魂こと不要な老いた俺はウィローとして存在する事になった。
後はキッシュが村人として役割を演じる傍らで、腕輪を使って監視し自由気ままに過ごしたというわけだ。まあ、学園長と魔王の代行扱いされるのは想定外だったが。
そこからキッシュがしくじるまでは平和そのものだった。いや、そもそも勇者が管理するはずの世界から勇者が居なくなったのなら世界の緩やかな崩壊は免れなかったのだろうが、それは致し方ない事だ。
ただただシャルロッテを束縛して幸せと思い込んでいた日々といえばそれまでだが、それくらいは甘受として大目に見て欲しいものだ。
そして、ウィローとして消え去る事を俺は望んでいたはずなのにこの有様だ。神なんかに祭り上げられている始末……どうやら、この世界を作った黒幕は俺に主人公か英雄か人柱をやってもらいたいらしい。
望みはしないが、そこまでやらせるなら償ってもらおうではないか。キッシュという名の偶像の分まで。
ただ2つの球体となって出てきた歪んだ世界。1つは俺から、もう1つは彼女から。貫いた神エスカリボルケインこと、神杖エスカリボルケインの能力によって異物という名のキッシュに関する情報が取り出された。
キッシュの狂い方が進んだのは大切な人を失いかけたあの瞬間……正確に言えば、一度葵の魂を捨て去ったあの瞬間だ。それが間違いなどと誰が否定できよう。キッシュはそれが最善だと思っていたし、俺もそれが正しいと思う。
大切な人を失って狂うよりはよっぽどマシだ。
そうこうしてる間に球体は何処かへと飛び去っていく。まあ、それはキッシュとして何処かで転生している器に還っていったのだろう。
いずれ、どのような形でかは分からないが再び出会う事になるだろう。
さて。本来の話に戻そう……
「改めて、はじめまして。かつて婚約者であった人よ」