VS鎧騎士
逆手で引き抜かれたナイフは腕に振り回され、兜にぶつけられる。鎧の体がぐらつき、ツバメはすかさず後ろ回し蹴りを繰り出した。踵が兜に直撃し、兜が弾き飛ばされる。
鎧もバランスを崩し、小うるさい金属音を立てて倒れた。
「あれ?」
拍子抜けの結果にツバメは驚きの声をあげる。戦闘に向けて引き締めていた気が緩んだ。
初手の二撃で倒れると思っていなかったツバメは、目の前の状況に小首を傾げる。
「もしかして」
倒れた鎧の中が見えるように回り込み、頭を掻いた。
「恥ずかしい。中に人なんていないじゃん」
自身の早とちりに苦笑し、他に人がいなくて良かったと安堵した。カラスがこの場にいたら、からかいのネタにされていたかもしれない。
「ただの鎧の置物に飛び掛るって。だって威圧感あったんだよ、いやありそうな雰囲気はあったでしょ? そう感じ取っても仕方ない佇まいだったよ! うん! ・・・・・・駄目だ。言っててどんどん恥ずかしくなってくる」
俯き、顔面を押さえる。
「やめやめ! 切り替えよう!」
首を振り、入ってきた方向を一瞥した。ナイフをしまい、入り口以外の三方の壁を叩いて回る。壁は変わらず煉瓦が隙間無く詰まれ、抜け穴は見当たらなかった。適当に叩いて動き出す仕掛けも無いようだ。
「また行き止まり?」
もう一度見回すが、出入り口らしきものは来たものしか見当たらない。最初の行き止まりのように、文字や目印を探してみたが見つからなかった。床に仕掛けがあるのか、と跳んで衝撃を与えてみるが、何か起こる様子も無い。仕掛けを施せそうに無い土の床とはいえ、最初の落とし穴のことを思い返すと、床にからくりがあっても不思議ではなかった。
「うーん。天井?」
ツバメは仰いで目を凝らすが、特に目立った箇所があるようには見えない。
ふいにツバメは体をこわばらせた。背後から聞こえてくる音に意識を向ける。
聞こえてくるのは、金属が短く擦りあう音。擦りあう音はうるさく重なり、引きずる音も聞こえてきた。ツバメは恐る恐る後ろを振り返る。背後にあった金属の類は一つしかない。
振り返ったツバメの視界には、振り上げられた長剣があった。
「うわっ!」
驚きで後ろに飛び退き、尻餅をついた。ほぼ同時に剣が振り下ろされ、ツバメの足の間の床に突き刺さる。
「ちょっ!」
体を横に回転させ、その場から距離をとる。跳ね上がって体を起こし、ナイフを抜いて身構えた。剣を振り下ろしたものの正体を捉えて、軽口を叩く。
「私の感覚は間違ってなかったわけだ?」
ツバメの背後にいたのは、先程倒れた鎧だった。
振り下ろした剣を持ち上げ、鎧がツバメのほうに体を向ける。再び鎧の上に収まった兜が、ツバメを視界に捉えるかのように動いていた。
「透明人間が入っている、とかではないよね?」
ツバメの独り言に反応する様子は無かった。鎧は剣を横に構え、瞬間的に間合いをつめてくる。
「うわっ!」
咄嗟にしゃがみ、振り回される剣を避けた。剣は壁に勢いを殺され、ツバメの頭上で止まっていた。地面を強く蹴り、前転して鎧の背後に回る。ナイフを握りなおし、体勢を立て直した。
「ちょっとは待ってくれてもいいんじゃないの!」
早鐘を打つ胸に手を当てつつ、鎧の動きを冷静に観察する。鎧は壁を削った剣をゆったりと構えなおし、静止した。鎧から目を離さず、ツバメも体を静止させる。
現状を冷静に把握し、目的を明確にしておくことが物事の解決には必要だ。勢いに任せた行動で失敗を繰り返すツバメは、カラスに何度もそう叱咤されてきていた。そのため瞬間的に気持ちを落ち着かせる状況には慣れていた。
鎧は構えたまま動こうとしない。そして、中に人が入っていないことは確認済みだ。そのことから思考するに、機械か魔女かはわからないが、何らかの仕組みと動力で動いていると考えていい。音や距離等で、敵を判断して攻撃するのだろうか。
足をずらし、故意に音を鳴らす。
「律儀に待ってくれてありがとう。そろそろ来てもいいよ」
手のひらを上に向けて手招きをし、煽る。
しかし、鎧は身動き一つしなかった。
「てことは、距離かな」
一定の距離まで近づいたら間合いをつめられ、斬りにかかってくるのだろう。戻って落とし穴に落とすことも脳裏に浮かんだが、実行にはだいぶ手間がかかりそうだ。
「私が倒すしかないのか、な!」
姿勢を低くし、斜め前に跳びだす。鎧がその場で剣を振るが、ツバメの上を空振った。
地面を蹴り、鎧の眼前に跳び上がる。
「てい!」
跳び回し蹴りを繰り出し、兜を吹き飛ばした。だが、浮いて体勢が崩れたツバメの体に、鎧の拳がとんでくる。
「うぐっ」
横腹に拳を入れられるが威力は軽く、よろけるも足で着地する。しかし敵の攻撃はやまず、往復するように剣が再び横から迫ってくる。後ろに跳ぶが、足に力が乗っておらず、剣の切っ先が腕を掠めた。後ろに倒れるのを避けるため、バク転でさらに退く。
「った」
鎧の攻撃予想範囲と自分の位置を確認し、腕をさする。痛みは強いが、出血はひどくない。
「こんなじめっとしたところに居続けて錆びちゃった?」
笑って強気の姿勢を見せるが、意識が向いて痛みが徐々にましてくる。
ツバメはカラスにいろいろなことを教わってきた。主に盗みに関してのことだが、それに連なった体の動かし方や戦い方も学んでいる。しかし基礎的なことを教わっただけで、本来戦闘は専門外なのだ。しかも動く鎧という珍妙な敵に、基礎が通じるかどうかはわからない。
自分の専門のことではなく、しかも痛手を負った。これを続けて意味があるのだろうか。
ツバメの脳裏に、逃走の文字がよぎる。
「それじゃダメなんだ」
声に出し、頭の中の言葉を明確に否定する。
「ここを突破しなきゃ、一人前になれないんだ」
自分の目的を明確にし、現状を把握すれば、自ずと道は見えてくる。
私の目的は、一人前と認められること。そのために、魔女の迷宮にある魔具を盗みに来たのだ。
だから、この鎧は倒さなくてもいい。魔具への道を見つければそれで十分なのだ。
「ただ、鎧を倒さないと道が見えそうにないのが問題なんだけどね」
鎧は居合の構えのまま壁の前で鎮座している。危険な障害物だが、近づかなければ攻撃はしてこないのが唯一の救いだ。ただの推測で、絶対とは言い切れないが。
「あ、待てよ?」
反応が遅れても対処し易いよう、鎧から更に距離を取った。痛みを忘れ、顎に手を当てる。
「私の目的は、……そうだ。じゃあ、アレは?」
口に出して、思考が回転し始めた。そして、ある結論が導き出される。
鎧を睨み付け、ナイフを握りなおした。
「試してみる価値、あるか」




