迷宮の中
叫び声は穴の中で反響し、ツバメは重力に逆らえず落ちていく。
「ええええっ!? ちょっと待ってええええ!」
復帰を望んで上方に手を伸ばす。しかしその手は何もつかめず、手をとってくれるものもいない。
「んっ!」
ツバメは即座に腕を胸に引き寄せ、腰をひねる。ひねった方向と反対に下半身を振り回し、踵落としを壁にぶつけた。踵を起点に上半身を壁に引き寄せ、目の前の壁にすがりつくことを試みる。
少しでも勢いを殺さなければ、地面に叩きつけられてしまう。数瞬の出来事だったが、ツバメの体は生き残るために自然と動いていた。
「ったぁ!」
ツバメの悲鳴があがる。壁との摩擦による掌の痛みに耐え切れず、ツバメは上半身を仰け反らせた。
落下の勢い軽減をしていた足のふんばりも弱まり、落下の勢いが増す。
「こんの!」
ツバメは両手を腰に持っていき、ホルダーから2本のコンバットナイフを抜き取った。逆手に持ち、右手を伸ばして壁に突き刺す。深くは刺さらなかったが壁を削り、勢いが和らげられる。右手に力を込めて体を引き寄せ、左のナイフも壁に叩きこむ。
そのおかげか徐々に落下速度を落とし、地面に叩きつけられずに停止した。
腕の筋力とナイフの耐久力に安堵し、ほっと息を吐く。
「困ったときのナイフだよホント」
ちらりと視線を下にやる。
穴はまだ深く続いており、奥底の様子ははっきりと見えなかった。しかし光の反射と音で何かが蠢いている様子を捉え、顔を引きつらせる。
「お、落ちなくてよかったー」
上を見上げ、苦笑する。
「随分と落ちちゃったな。登れそうだからいいけど」
刺したナイフの一本をより深く差し込み、もう片方をホルダーにしまった。片手でナイフにぶらさがり、前後に体を揺らし始める。一定の高さまで振ったところで、下半身を勢いよく振り上げ、前方の壁に向かって跳んだ。
「よしっ!」
壁への突撃による衝撃を脚で吸収し、力を上方へと向ける。前と横の壁を交互に蹴って、駆け上がっていく。
「だーっ!」
落とし穴を駆け上がり、最後は跳んで穴から抜け出した。淵で仰向けになり、肩で息をする。
「ナイフを犠牲にしたのは痛かったかな」
ごろりと体を転がして、淵から穴を覗き込む。ナイフは視認し、距離を目測して苦笑した。
「これなら仕方ないか」
口にして、脳裏にカラスの顔が浮かんだ。「そんなんだから半人前なんだ」と脳内カラスがあざ笑ってくる。
「もー!」
下半身を持ち上げ、それを下ろす反動で立ち上がる。服についた土汚れを軽く払い、腰を落とす。腰元のナイフを確認し、ギラリと白い歯を見せた。
「とっととこんな迷宮の魔具盗み出して、カラスにドヤ顔してやるんだから!」
似たような台詞を数分前にも口にした気もしたが、ツバメは深く考えず迷宮の奥へと足を踏み出した。
迷宮の中は入り口と変わらず、壁と天井が赤煉瓦によって囲まれていた。右折左折しても景色は変わらず、通路のような場所がひたすら続いている。たまに少し開けた場所に出ることもあるが、罠や仕掛けがあることもなかった。
「障害っていったら最初の落とし穴くらいじゃん。どんなに頑張っても挙げたとしても、蜘蛛とかコウモリがやっとだよ」
天井から糸を垂らし揺れている蜘蛛を一瞥し、口を尖らせる。
「なーんか、拍子抜け。カラスのあの言い方と、入り口の文言見て気合入れてたんだけどな」
頭の後ろで手を組み、脱力する。学生が通学路を行き来するような覇気の無い様子でツバメは足を進める。いくら歩いても序盤の落とし穴以上の障害がありそうに無く、また面白みの無い通路にだんだんと飽き始めていた。
しかし、また少し開けた場所が見えて、ツバメはニヤリとした。ナイフに手をやり、歩をゆっくりと進める。
「よーやく、迷宮っぽくなってきたんじゃない?」
床に長剣を突き立てた鎧騎士がどっしりと構え、こちらを見据えていた。全身を鎧で覆っており、顔面も兜で完全に覆われているため、どんな人間が中に入っているか判断がつかない。もちろん中に人は入っていない置物の可能性もある。しかし、鎧から発せられる存在感はただの置物と思えなかった。
少し開けた、騎士と同じ空間に入り、腰を落とす。
「先手必勝!」
地面を蹴って騎士の後ろに回り、ツバメはナイフを抜いた。
これからは定期更新していく予定です




