一人の冒険
電車の中で揺られながら、ツバメは自身の手元に視線を落とす。カラスに宛てられたメールは自身の携帯に転送し、いつでも確認できるようにしてあった。目的の駅まではまだ1時間弱もある。暇を紛らわすようにツバメはメールの文面に目を通す。
「『先程伝えた解読に誤りがあった。こちらが訂正したものだ。それでは魔具の回収を頼む』」
小声でメールの文面を呟く。画像と用件のみの簡素な内容だった。添付されていた画像も、地図上に三点の印がつけられただけの面白みの無いもので、誰の興味も刺激しない簡素なメールだ。
しかし、魔具という言葉にツバメの食指は動かされる。
何年も前、ツバメが泥棒の片棒を担ぎ始めた頃、過去一番難しい盗みはなんだったのかとカラスに訊ねたことがあった。
「一番難しかった盗み?」
髭が剃られたきれいな顎を抑え、カラスが下唇を突き出す。
「どれも難しいと思ったことはねえよ。俺にとっちゃ楽か、面倒かなだけだ」
「じゃあ、面倒でいいから。一番面倒だったのは?」
ツバメが先を促すと、カラスは真顔で続けた。
「一番ね。当時の最新セキュリティやら大量のダミーが一緒に隠されているヤツやらが面倒くさかったが。一番はまあ、魔女の地下迷宮かもな」
「ふーん。えっ?」
「あ?」
ツバメは思わず口元を緩めた。噴出しそうになるのを耐えながら、カラスに問いかける。
「魔女、魔女って言ったの?」
「お前、信じてねえな?」
「そんなことないよ」
口では否定するものの、彼女の口角はあがったままだ。カラスは首元に手を当て、だるそうに欠伸する。
「いいけどよ。実際に体験しなけりゃわかんないこともあるし。いつか行って失敗して、ひどい目に合えばいい」
からかうような声色であったが、少しの恐れと好奇心がツバメの中で湧き上がった。
「ひどい目って?」
「あん?」
「どんな感じになるの?」
「気になんのか」
「うん、まあ」
カラスは腰元に備えたシースからナイフを抜き出し、上に縦回転するよう放り投げた。落ちてきたナイフを掴み、再び放り投げることを繰り返す。少しの間の後、カラスはおもむろに口を開いた。
「地下迷宮の最奥に、魔具と呼ばれる不思議な宝が隠されてる。それを盗まれないように、迷宮の中は罠や仕掛けが盛りだくさんなわけだ。それが面倒なことこの上ない」
「もしかして、その罠でひどい目に遭っちゃうの? ・・・・・・まさか、死んだりする?」
投げるのを止め、カラスはナイフを掲げて目を細める。
「『得るは勝者のみ。敗者が同じ姿形で出られると思うな』」
「えっ?」
「地下迷宮の入り口に刻まれてた一文だ」
ツバメの脳内に嫌なイメージが駆け巡る。同じ姿形ではないということは、平らにつぶれたり皮膚が膨れ上がったりするのだろうか。マイルドにイメージしてみても刺激が強かった。気分が悪くなり、口元を手で押さえる。
「よくある警告文ってやつ。まあただの脅しだな」
「うん」
カラスに悟られないよう、どうにか相槌だけを返す。
「心配しすぎだっての。まだまだひよっ子のお前を連れて行くつもりはねえよ」
「なんだとー!」
カラスに感情をぶつけて、どうにか気持ちを立て直した。
今思い出してみると、カラスに気を使われていたのだなとわかる。怖がらせてきたのもカラスだったわけだが、それは考えないようにしておこう。
「次は、ラギサキ駅、ラギサキ駅」
「あ、やば!」
車内放送で我に返る。思い出に浸っている間に意識が落ちていたようだ。慌てて手荷物を確認し、開いた扉から降車する。
「ここからは歩きかー」
携帯の画面を見て、現在地と目的の位置を確認する。印の付いた地点は山の中だ。目測だとここから2、30分程歩けば着くだろう。長時間の座位と眠りで硬くなった体をほぐしつつ、歩き始める。
「魔具ってどんなんなんだろ」
ツバメはまだ見ぬお宝に思いを馳せる。彼女は宝石や金といったきらきらとしたお宝が大好きだ。だから、魔具がそういった類のものであればと願っているのだ。反対に絵画や彫刻といった芸術的に価値のあるお宝では、ツバメにとってあまり価値を示さない。
「ハイリスクハイリターン! ぽいから、ものすごそうな一品だとは思うんだけど」
伝聞だけで恐怖した昔の自分を思い返す。
「まあものすごくなくても、カラスより先に盗めるだけで価値はあるよね」
想像の未来に気分が高揚し、歩く速さが速まる。
あのメールの差出人は、欄に初期アドレスのような英数字が表示されているだけで、誰なのかははっきりとしない。しかし、タイミングからして送ってきたのは牛岩だろうとツバメは推測していた。つまり、あのメールはカラスが牛岩から受けた依頼についての内容だ。
牛岩はカラスに3つの地点にある魔具の回収を依頼した。しかし、いくらカラスでも3つの場所に同時に存在なんて出来ないし、ひとつひとつ済ませなければならない。ということは、今カラスは人手が足りない状態に陥っているはずだ。
「そう、カラスの代わりに1つを盗み回収を済ませておけば、一人前って認めざるをえないんだよ。だって、カラスの代わりなんだから」
自分の思いを言葉にし、モチベーションをあげた。
「さて」
動かしていた足を止め、くるりと体を反転させる。
「この辺りだとは思うんだけど」
歩いてきた道を見返し、周囲にも目を配る。人が踏みならした通り道はあるものの、整備はされていないようだ。通るのは所有者か物好きか、というくらいだろう。高い木がいくつも生え、蝉がうるさく鳴き、どこにでもある山のようだった。どうにも「魔女の地下迷宮」があるようには思えない。
「えーと」
携帯電話を取り出し、地図を確認した。視線を山の下の住宅街に向け、眼下に見える景色と地図を見比べ、目測と感覚で大体の位置の把握を試みる。しかし判るのはおおよその位置のみで、正確な位置はわかりそうになかった。
しばし悩んだ後、ツバメは闇雲に現在地近辺の地面を踏み始めた。
「とりあえずは、地下。地下なんだろー」
地下地下と呟きながら、儀式のように地面を踏んでは進み、踏んでは進みを繰り返す。
「出てこいよ入り口―。お前が地下にいることはわかってるんだからなー」
そうして地面を踏みならしていくツバメの片足が、急に下がった。
「おおっ!?」
地下迷宮か、と驚嘆と興奮の声をあげたツバメだったが、はまっていた岩がツバメの足で崩れ落ちただけだった。しかし、その地面の崩れでバランスを崩し、前のめりになる。更に前のめりになった先がちょっとした坂になっており、重心を戻せなかったツバメの体は転がり始めた。
「うおおっ!?」
地面を踏みならした筋疲労でとっさに動けず、勢いのまま転がり続ける。
「った!」
体に衝撃を受け、思わず声を上げる。何かに体がぶつかり、それで自身の転がりを止めたのだろうと、体に走る痛みで理解した。体中の痛みがするところを触りながら、出血してないかを探る。
「まあ大丈夫みたい」
平静を取り戻しつつ、自分の内部から外へ意識を向ける。そうして眼前の風景に目を見開いた。
「なにこれ・・・・・・!」
驚きに飲まれ、好奇心に動かされ、思考することなく足が動き始める。
「これが、あの」
うまく言葉を紡げず、ゆっくり進む足にあわせるようにゆっくりと全体を見やる。
地面は土だが、天井や壁は赤煉瓦で囲まれていた。雑草や植物の蔓が模様のように彩っており、先程までの山の中とは異質の空間だった。幻想的とまでは言わないが、直前の空間との差もあり、ツバメは不思議な感覚を味わっていた。
「魔女の、地下迷宮」
声に出して、徐々に実感が沸いてくる。同時に恐怖感と期待感が体の中を走った。
片手を壁に沿わせながら慎重に歩を進める。しかし数メートル歩くと、前にそりたった壁に進行を遮られた。
「行き止まり・・・・・・?」
何か突破口はないかと壁を触って探ってみる。ひとしきり調べると、壁の下に空間があるのを発見した。下から吹いてくる風から、壁の向こう側に空間があるらしいことはすぐに判断がついた。同時に、壁の下のほうに刻まれた文字も見つける。
「『得るは勝者のみ。敗者が同じ姿形で出られると思うな』」
カラスが言っていたのと同じ一文だった。更に続けて、その下にもう一文が記されていた。
「『覚悟ある者は、この門をくぐれ』ね」
体を震わせ、ニヤリとした。
「私の覚悟、見せてあげようじゃないの」
ツバメは壁の下の隙間に指を滑り込ませ、力いっぱい上に引き上げた。
「んあああああああっ!」
彼女の叫び声に呼応するように、壁は、扉は、上へと持ち上がった。彼女の目の前に、危険と浪漫が満ち溢れる冒険の道が開かれた。
「よーし。この迷宮からちゃちゃっと魔具を盗み出しちゃいましょうか!」
元気な声を上げ、ツバメは勇んで駆け出した。
ツバメが駆け出した、その直後。
彼女が蹴ったはずの床は割れて消え、大きな穴を作りあげた。
「えっ」
自身の状況を判断する間もなく、彼女はさかさまになりながら落とし穴へと落ちていった。
「ええええええっ!?」




