二人は泥棒
冒険ファンタジーを目標に書いてみました。よろしくお願いいたします。
屋敷の中は薄暗く、中を照らすのは、窓から差し込む頼りない月明かりだけだ。展示されている高価らしき壷や絵画が明かりに照らされ、荘厳な雰囲気がより増しているように見える。昼は観覧客でにぎわっているこの屋敷も、今はひっそりとしていた。
その静かな空間を壊さぬよう、二人の人間が屋敷の中を駆けていた。
「ちゃんと持ってるか?」
ボサボサ髪の男が声を潜めて、後方に問いかける。
「持ってるよ」
長髪の女性、というには小柄な、少女が頬を膨らませた。少女は小脇に抱えた絵画を一瞥する。他の物品と違ってこの絵画は展示されておらず、屋敷の持ち主が非合法な取引で手に入れたものらしい。市場では数十億円は下らないとされるが、少女の持ち方は価値を理解しているようには見えない。良く言って、地面に落としてはいけないくらいの気構えのようだ。
無精髭を生やした男が口元を緩める。
「今度はやらかすなよ、ツバメ」
「わかってるよ」
ツバメと呼ばれた少女が不機嫌そうに返す。
直後、前を走っていた男が地面を強く蹴り、目の前の壁に向かって跳んだ。凹凸があるように見えないが、男は壁を平坦な地面のように蹴って易々と上っていく。いとも簡単に、屋敷の中を照らす上方の窓にたどり着き、下にいるツバメを手招きした。
「よーし」
ツバメはニッと笑い、カラスに倣って壁へと跳び上がった。壁についた足の膝を曲げ、力一杯に壁を蹴る。しかし、彼女の跳んでいく方向は真横だった。地面を逆スライディングの形で滑り、絵画もツバメの手から離れて滑っていく。
「あ、やば」
直後、警告音が響き渡った。屋敷内に張り巡らされていた監視装置に、滑った絵画が捕らえられたのだ。
「こんの、ドアホッ!」
男は即座に地面に跳び下り、絵画を拾い上げてまたも窓へと駆け上がる。ツバメも慌てて立ち上がり、男の後を追う。今度のツバメは両手も使い、四足歩行の獣のように壁を駆け上がった。
「わー! ごめんカラスー!」
そうして二人は窓から外へと抜け出し、盗んだ絵画を手に、夜の暗闇の中へと消えていった。
日付も変わり皆が寝静まっている頃、小さなビルの三階に位置する鳥山探偵事務所には明かりがついていた。中ではツバメが長い黒髪をかき乱しながら、来客用ソファに突っ伏し、うなっている。ここだけ切り取れば青春に悩む若人に見えるかもしれないが、彼女の頭の中で考えているのは勉強でも恋愛でもなく、盗みの失敗についてだ。
カラスと呼ばれた男は、探偵事務所と繋がった私室で棚の中を漁っていた。背格好と髪と髭のだらしなさから、休日に脱力した中年サラリーマンといった印象に見える。しかしその肉体は引き締まっており、そこだけ見ればアスリートのように見えなくも無い。
コーヒーメーカーをいじりながらカラスはため息をつく。
「ドアホが。またやらかしやがって」
「うぅ。ごめん」
ツバメはうるんだ声を発するが、すぐに上半身を起こして反論の態勢に切り替える。
「でもさ、今回はカラスが急かすからってのもあるんだよ! 手元もふさがってたし!」
失敗したのは仕方が無かったと言わんばかりの主張をカラスにぶつける。
しかし、カラスにはそんな叫びもどこ吹く風で「牛乳でいいか?」と軽く投げかける。
「お菓子は和? 洋?」
「洋」
「それじゃ牛乳で」
カラスは棚にあったクッキーとコーヒーと牛乳を事務所の机に並べる。「ありがとー」と言いながらツバメがもそもそと起き上がり、ソファ本来の使い方の姿勢になおった。
仕事の後の甘味による安らぎで疲れを癒す毎回の流れだった。カラスはコーヒーを一服し、口を開く。
「言い訳すんなよ。そんなんだからいつまでたっても半人前なんだ」
「でもさ」
「うるせえ」
「いくらカラスでも、片手が塞がっていたらうまく上れないでしょ?」
「あ? 上れるに決まってんだろ。つーか上ってただろ。半人前のひな鳥と一緒にすんな」
「なっ」
「それに、俺が先に上ってんだから、投げて手元空ければいい話じゃねえか」
「あー」
感心とも驚きともとれない中途半端な声をあげ、ツバメは梱包され壁に立てかけられた絵画に視線をやる。いくら価値が良くわかっていないとは言え、高価なものを投げるという雑な扱いをすることは考えに無かった。結果、投げるより乱雑な扱いになってしまったが、後悔しても遅い。
「さてと」
カラスが立ち上がり、仕事着を脱いでスーツに着替え始めた。
「あれ、どこ行くの?」
「依頼人とこ。あのじーさん、1秒でも早く取り返したいって言ってたからな。出来る限り早めに届けてやろうと思ってよ」
「こんな夜中に?」
「じーさんの朝は早いんだよ。バイクで行けば、じーさんの起きる頃にちょうど着くだろ」
「へー。んじゃまあ、いってらっしゃい」
「おう。ガキは早く寝ろよー」
「もうガキじゃないし!」
ひらひらと手を振りながら、カラスは事務所を後にした。
「はーあ」
ツバメはまだ残っているクッキーに手を伸ばす。
明日で十五歳を迎えるというのに、カラスにとってはまだガキで半人前扱いなのか、とツバメは肩を落とした。学校には通っていないが、十五歳は義務教育を終えるころの年齢で、一人前として認められてもいい年齢のはずだ。幼い頃カラスに拾われ、一般的知識も泥棒としての技術も叩き込まれてきている。充分一人前としての要素は満たしていると思う。
「あーでも、よくミスしちゃうしなあ」
今回の失態を思い出し、再び髪に手をやってわしゃわしゃと乱す。もしそれが理由ならば、ツバメには反論する余地が思い当たらない。
体をソファの背もたれに預け、天井を仰ぎ見る。
「一人前かあ」
恩返しがしたい。育ての親のカラスに、自分が出来ることをしてあげたい。
ツバメは目を閉じ、成長してかっこよくなった自分の姿を思い浮かべてみる。
出る所は出て締まる所は締まった体を使い、腰程まである艶やかな髪をなびかせて、どんな空間も自在に跳び回る。カラスのピンチに颯爽と現れて、窮地を救う。
「流石に現実感がないか」
カラスの手助けがなくても動き回れて、カラスの動きに合わせてサポートする。それなら、なんとか出来そうな気がしてくる。
空想の自分が駆け回る姿に徐々にのめり込み、ツバメの意識は落ちていった。
「・・・・・・首痛い」
ツバメの覚醒直後の一言目がソレだった。
首に手を当てて回し、ほぐした。窓へとゆっくり顔を向け、意識にかかったもやを晴らしつつ、既に日が昇っていることを理解する。
「あ、お風呂」
昨夜の仕事と今の季節により引き起こされた、自身から発生する異臭にツバメは顔をしかめた。入浴して頭も体もすっきりさせようと立ち上がると、机に置いてあった自身の携帯電話の通知に目が行った。入浴前に確認だけしておこうと手に取り、画面を一瞥する。
「カラスからだ。えーっと、『牛岩氏からの追加依頼ですぐ帰れそうに無い。場合によっては1週間くらい帰れないかもしれないからよろしく』って、ええ!? 私の誕生日は!? パーティーは!?」
携帯電話を机に戻し、頭を抱える。
「とりあえずは、風呂入ろ」
「よーし。じゃあ始めようか! ツバメちゃん大人になります計画を!」
仁王立ちで腕を組み、ツバメは探偵事務所内を見渡してニヤリとした。風呂も食事も済ませ、ツバメの気力はみなぎっている。これからやること為すことすべてうまくいきそうな予感がしてきた。
「まずは掃除からかな」
一人で呟き、頷いた。雑巾やバケツ、モップや掃除機など備えてある掃除道具を一式そろえてからとりかかる。
ツバメとカラスの家事雑事は当番制のため、今のツバメでも料理や掃除が一通りはこなすことは出来る。だがこなせるだけであって、高い質を常に提供できるわけではない。一方カラスは身だしなみこそだらしないところがあるものの、こと作業に関しては丁寧であり、常に一定の水準を保ち続けている。だからカラスが帰宅した時にカラスと同じクオリティ、またはそれ以上のものを突きつけられれば、ツバメ自身の成長具合を認めてもらえるはずだという考えだ。
「というようなことを考えて掃除始めた気がするんだけどねえ、うん」
掃除開始から3時間かけた自身の成果を眺め、ほほを掻く。
探偵事務所は掃除をしたとは思えないほど散らかっていた。いつもなら手をつけないところまで細かくやろうとした結果、手順をうまく運べなかったせいだ。
「よーし、一旦休憩しよ。休憩すればこんな部屋ぱぱっときれいに出来る!」
言い訳と鼓舞が混ざった台詞を口にして、拳を握る。
「そうと決まれば」
ツバメは私室からお菓子を持ってきて、カラスのデスクでくつろぎ始めた。この場所に座れるのはカラスがいないときだけだ。快適な椅子に満足しながら、パソコンの電源を入れ、ネットサーフィンをしようとブラウザを起動させる。
「あれ、メール?」
何気なくメールのアイコンをクリックし、中身を確認する。これはカラス宛だったとツバメが気づくのはメールを開いてからだった。反射的に動いてしまったから仕方が無い、と他人には通じない言い訳を心の中でする。
メールの文面に目を通し、ツバメは手を口元に当てたまま静止した。
「これだ」
ツバメは自身を肯定するように頷き、ニヤリと笑う。
「待ってなさいカラス。私が先に、奪ってあげる!」




