第八話
「ここが我が家だ」
イーサンの案内で家に入る。竪穴式住居に近い物だろうか。イーサンは藁でできたベッドのような物に息子を寝かせる。
「その子の名前はなんていうんですか?」
「すまない。まだ名乗っていなかったな。戦士長のイーサンだ。こいつは息子のハルマ」
「リア・カバリです」
「平裕樹」
「キャロット・カロット。キャロって呼んで」
順に握手を交わしていく。その間にハルマが目を覚ましたらしい。
「父さん! 奴は!」
気絶していたことに気づいていないのかすぐに腰のナイフを引き抜く。だが自分の家だと気づいて恥ずかしそうに戻しかけ、三人の姿に気づいてまた突きつける。
「誰だお前らは!」
「お客さんだ。ほら、挨拶をしなさい」
馴れた手つきでナイフを取りハルマの腰に戻す。三人が客と知るとハルマは腰を下ろし、
「ハルマといいます。先程は失礼しました」
随分と教育が行き届いているようだ。裕樹の想像していた未開の部族と違って、目の前の人達は現代人とそう変わりはない。三人も順に自己紹介を終わらせる。
「私達は気にしていませんよ」
リアがそう言うと、安心したようにハルマは頭を上げた。
「心当たりはあるのか? バオイヤガムの子供を倒す」
真剣な面持ちでイーサンが切り出す。その名前を聞いた途端ハルマの表情が怯えたように変わり、それだけでも嫌な気分になる。
「正直言うと、ないね。とりあえず明日朝の内にグリボアがいた所に行こう。何かしらはわかるはず」
「そうですね。情報がないことには……」
「修行してくる!」
急にハルマが飛び出していった。
「この頃、急にあの様子で」
困ったように頬を掻いている。
「頼もしい息子さんですね」
「いや、まだまだ。あいつもいずれは立派な戦士になってもらわねば困ります」
「俺もちょっと見てくるわ」
裕樹が立ち上がり出て行こうとする。ここにいてもやることが何もないからだ。
「息子のことなら心配いりませんよ」
「俺もちょっと修行にね。化け物退治は恐ろしいですから」
イーサンはキャロに視線を送る。頷いたのを見て腰を下ろした。
「妻は今手伝いに行っているのでしょう。夕ご飯には間に合いますよ」
ハルマの姿はすぐに見つかった。集落の端で弓を射っていた。木の幹は皮が剥けている。見ている限り一度も外してはいないし、百発百中に近いのだろう。
「調子はどうだ?」
子供の扱いは得意というわけではないが、明るく声をかける。そもそも修行というのも嘘ではない。子供と言えど戦士の息子。実戦の相手をしてもらいたかったのだ。
「ユウキ……何しに来た」
「弓の練習か……俺にもやらせてくれよ」
近くにあった弓の束から一つ取り、矢を一本取る。弓矢の練習をしているんだったら相手をしてもらうわけにはいかない。
「外したら自分で取りに行けよ」
「……意外と力がいるな」
腕を震わせながら矢を引く。手甲を使えば容易いだろうが、この時裕樹は使わなかった。ハルマの狙っていた木に定め、手を放す。変な音を出して弦は戻り、矢は足下に落ちた。それを見てハルマはお腹を抱えて笑っている。
「お前弓をろくに使えないのかよ」
それに腹を立てた裕樹は、今度は手甲の力を借りてしっかり引き絞る。震えることなく放たれた矢は、しっかりと木の幹に刺さった。
「どうだ?」
大人げなかったが、ハルマは悔しそうに地団駄を踏んでいる。
「次は剣で勝負だ!」
剣と言うには短いナイフだったが引き抜いて突きつけてくる。裕樹からすれば願ってもない。裕樹も引き抜いて待ち構える。
急にハルマが跳んで裕樹に向かって来る。突然のことに戸惑いはするものの、避けるなり剣で受けるなりして躱していく。自分よりも背の低い相手は戦いづらかった。
(今度キャロにも特訓してもらおうかな」
戦士の息子と言えどまだ子供。手甲の力を使えば別のことを考えながらでも相手はできる。それ程までに裕樹は使いこなしていた。
「さすがは戦士長の息子。強いな」
「父さんを越えるんだ。僕はもっと強くなる!」
男の子が誰しも当たる父親の壁のように思われたが、ハルマの勢いには何か執念のような物が感じられた。
何度やっても当たらないナイフに、ハルマのイラ立ちが募っていく。相対している裕樹にもよくわかった。まさか実際に刺すわけにもいかない。裕樹はどうやって勝負をつけるか悩んでいた。悩んだあげく裕樹は、剣でハルマのナイフを弾き、空いている左手をハルマの左側頭部に回し、バランスを崩したままのハルマを踏み出した右足を基点に倒す。
「俺の勝ち」
倒れたハルマに手を差し出す。思いの外素直にその手を借りて立ち上がった。いつの間にか側にキャロが立っていた。
「ご飯、できたって」
「そうか」
三人並んで帰路につく。
「見てたけどハルマ君も強いね」
「でも負けた」
「いやいや、裕樹は強いから仕方ないよ」
ハルマもそれをわかっているのか、駄々をこねたりとかいったことはなかった。だが悔しいのか拳は強く握ったままだった。