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第六話

「はい、裕樹にはこれ」

 店を出てキャロに渡されたのは、何の変哲もない剣だった。さっきの物と比べると見劣りする。

「手甲があるとはいえ、素手じゃ限界あるからね。持ってるといいよ」

 鞘を腰のベルトにつけて抜いてみる。見た目と違って案外軽く持ち上げられた。手甲のお陰だろう。見ると、リアの腰にもいくらか小さいが剣の鞘が下がっていた。

「キャロは何も持たないの?」

「僕はいいの。あんま武器とか使わないんだ。さて、じゃあ早速秘境に向けて出発しようか」 麓行きの馬車乗り場には人はあまり並んでいなかった。どれくらい武器を見ていたかはわからないが、飛行船に合わせて到着した時がピークなのだろう。

「まずはどうするんだ?」

「バオイヤガムの森に行く。そこから地道に探していくか……その辺の人達に聞き込みか」

 キャロいわくユーバイ諸島はこの高山都市レウィントンを中心に、端へ行くほど未開拓で、そのバオイヤガムの森は随分と端の方らしい。

「誰も行きたがらないそうだからねぇ……どうにかしてそっちまで行ければいいんだけど」

「そういや、なんかバオリ族に会えとか言ってたような気が……」

「バオリ族。バオイヤガムの森にいる部族ですね。近代文明との接触を拒み森の奥地に引っ込んだとか。会うのは少し危険かと……」

 リアは不安そうにしている。秘境に行くことも恐ろしいのに未開の部族とも接触するのは考えたくないだろう。

「いいんじゃないかな。道案内が欲しいからね」

「でも、大丈夫でしょうか?」

「話の通じる相手であることを祈ろう」

 絶望したようなリアの表情が印象的だった。元々リアは武闘派ではないのだ。同じくあまり戦闘経験のない裕樹にはその心中が推し量れた。

 間もなく馬車はその足を止めた。

「着いたベ。こっがら先は自分で歩くがほがの場所を探してけろ」

 乗客は裕樹達だけだった。三人が降りると馬車はすぐに今来た道を引き返す。都市部に近いのに随分と訛りの多い御者だった。

 その後、いくつもの徒歩と馬車を乗り継いで現在バオイヤガムの森。最後の馬車の御者は、金を握らせて泣きながら馬を走らせた。それ程嫌な場所なのかと思っていたが、実際にこうして足を踏み入れてみるとその気持ちはよくわかった。

 アマゾンでもここまではならないだろう。日の光がほとんど差し込まずまだ昼間なのに夜とそう大差ない。変な鳴き声がたくさん聞こえるが、魔物というものの存在を知っているだけに恐ろしい。

「いつまで歩くの?」

「もう一時間以上歩き続けですよ」

 裕樹とリアの腰は完全に引けている。先を歩くキャロは振り返って、

「仕方ないな。ちょっと休憩しようか」

 この提案に二人はすぐに従った。伝説への恐怖からただ歩くだけでも相当神経をすり減らしていた。

 木の根元に腰を下ろして水筒を出す。キャロは二人が休んでいる間も警戒を怠らない。歩いている間もそうしていたのだろう。

「どうかしました?」

 キャロの変化を察知してリアが問いかける。だが、危惧しているわけではなく純粋に気になっただけのようだ。その顔に緊張感はない。

「気をつけて」

 そう言うと同時に辺りの草むらがざわめきだす。リアはすぐにナイフを取り出したが、裕樹は対応できていない。やっと立ち上がり剣を出そうとすると、その手を抑えられ首元に刃物が当てられる。

「動くな」

 リアは右手を掴まれ、キャロは羽交い締めにされている。

「お前達は何者だ?」

 声のする方を見れば大きな仮面をした男が立っている。その周りにも同じような仮面をした男達が集まる。その中には小さい子供もいる。

「バオリ族だね?」

 キャロが聞く。この状況でここまで落ち着いていられるとは。

「そうだ。お前達は何者だ。何の用でこの森に立ち入った」

 バオリ族に弓を向けられていて気が気でない。

「冒険者だよ。わかる? ここにはとある伝説を調査しに来た」

「そうか、だが無断でこの森に立ち入った罪は重い」

「やれやれ、やっぱりこうなるんだね。未開の部族は恐ろしいよ」

 キャロの雰囲気が変わる。それに合わせてキャロを拘束している男の力も強まった。

「覚悟しろ」

 三人が三人とも別の意味の覚悟を決めた瞬間、矢が飛んでくるかと思われたがそんなことはなかった。その理由はすぐにわかった。

 バキバキと木々をなぎ倒す音が近付いてくる。その方向にバオリ族は皆矢を向けている。バオリ族の一人が宙を舞い、その音の正体が姿を現した。

「グリボア!」

 猪を巨大にしたような見た目で、猪と一番違うのは額から突き出た一本の巨大な角だ。口の左右の牙と合わせて三本突き出ている。この角にバオリ族は飛ばされたのだろう。

 バオリ族は次々に矢を放つが、効いている様子はない。三人を拘束していたバオリ族も剣を抜いて立ち向かう。思わぬところで自由になった三人はすぐに集まる。

「キャロ、今の内に逃げよう」

「そうです。グリボアに気を取られている今がチャンスですよ」

 だが、キャロは首を横に振った。

「あいつを倒して恩を売る」

「何言ってんだよ!」

「バオリ族のあの様子じゃ素直に協力してくれない。近くの住人はこの森に近付くことさえ怖がるんだ。手はこれしかない」

 たしかに馬車でここに送ってもらうだけでもあんなに苦労したのだ。何か知っているとは到底思えない。

「大丈夫。勝機はあるよ」

 グリボアと戦っているバオリ族はもう数える程だ。グリボア自体は攻撃しているバオリ族の相手をしてこちらには目も向けない。

「裕樹ここね。ここ」

 自分の首元を叩く。

「私は何をしたら……」

 裕樹への指示も曖昧だったがリアには何もない。グリボアから目を離さずにキャロは言う。

「リアは何もしなくていい。ただ、気をつけて」

「へ?」

 その間にもまた一人バオリ族がはね飛ばされ、遠くで怯えていたバオリ族の子供に向かってグリボアは突進する。

「危ない!」

 リアの声と同時にキャロの全身の毛が逆立つ。

「目測五……六メートル弱。体重はどんくらいだろうね」

 そして足を上げて思い切り地面に下ろした。

「裕樹今だ!」

 キャロが叫ぶと裕樹は手甲の力を借りて走り出す。その前までさっきの指示の意味はわからなかったが、その意味がわかった。突如、グリボアがバランスを崩し、倒れないように四肢を踏ん張った。そしてそれが決定的な隙となった。残り一メートル程を跳び、グリボアの顔のうしろ。キャロが先程指し示した首元を思い切り蹴りつける。

「―――いっ!」

 手甲の力で骨が折れたりはしなかったが、衝撃は大きい。グリボアは白目を向いて倒れた。グリボアの上に着地する裕樹。見ると、バオリ族の子供も同じように気絶しており、その足下は湿っていた。

「キャロ、これでよかったか?」

「ちょっとこれ借りるよ」

 裕樹の腰から剣を抜く。バオリ族は身構えたが、キャロはグリボアに突き立てた。

「よいしょ」

 差し込んで捻る。最後に短く鳴いてグリボアは力尽きた。ボロ布で剣を拭くと、その布と共に裕樹へ返す。

「僕達に協力してくれないかな?」

「なんだと!」

 バオリ族の男を、一際大きな仮面をつけた男(最初に話していた男)が止める。

「わかった。村に案内する」

 男は仮面を取る。意外とハンサムだ。

「イーサン」

「いい。息子を守ってくれた」

 そう言うと男は黙った。あの子供はイーサンとやらの息子だったのか。自分の子供とその他数人を肩に担ぐとイーサンは歩き出す。

「ついてこい」

 無事なバオリ族は負傷した者を同じように担ぐ、あるいは肩を貸しながら続いた。

「こいつはいらないのか?」

 グリボアの死骸を指しながら裕樹は言う。振り返ったイーサンは笑って、

「そんなでかいのは持って行けないだろ。あとで人を寄こす」

 それもそうかと裕樹は降りる。そして三人並んでバオリ族について行った。

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