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第二話:食事の誘い

多くの学生にとって待ち望んだ夏休みが訪れ、早一週間。その間、僕は毎日近くの図書館へと通い黙々と出された課題をこなしていた。

 もはや、優等生を演じる必要もない。その成果を見せる相手もいないのだから。にも関わらず、こうして優等生のように振舞ってしまうのはもはや見に染み付いた習慣のようなものだった。

 夏休み開始当初は何もかも投げ出し、夜の街へと出かけ、不良のように振舞ってみようかとも考えた。

 だが、冷静になってみると不良になるとはどうすればいいのか、僕には分からなかった。

 悲しいことに漫画に出てくるような不良になるのにもある種の覚悟と才能が必要だということにこの時初めて気づかされた。

 今のまま僕が夜の街に繰り出したらそれは本当の不良たちにとって格好のカモだろう。もし因縁をつけられ、絡まれでもしたら立ち向かうことも、逃げ出すこともできないだろうと僕は理解する。

 不良になるための環境は整っても、僕には今の僕から抜け出すための覚悟はなかったのだ。

 そうして、胸の内に鬱屈とした感情を毎日溜め込みながら、未だに優等生として毎日を過ごしている。

 この間、クラスメイトや友人たちから遊びの誘いを受けてはいたものの、今は誰とも会う気になれなかった。

 下手に会ってしまえば、溜まりに溜まった苛立ちを彼らにぶつけてしまうだろうと予期できたからだ。それだけは阻止しなければならない。

 ただ、いい事もあった。それはこの一週間、朝から晩までひたすら課題に没頭していたおかげで嫌なことを考える暇がなかったということだ。

 対して、悪い知らせもまた一つ。それはあと少しで課題が全て終わってしまい、明日から一ヶ月以上の間またひとりで膨大な時間を持て余し、見たくもない現実に向かい合わないといけないということだった。

 気がつけば、今日もまた図書館の閉館時間が迫っていた。夏ということもあり、まだ明るさを僅かに残す空を見ながら僕はショルダーバッグを肩に下げながら歩き始めた。

 帰り道、すれ違う人々の口からは他愛ない雑談が否応なく僕の耳へと聴き届く。それは僕の心にチクチクと嫌悪の毒針を刺し続けた。

 家に帰っても待っているのは誰もいない暗い室内に漂う冷たい空気とコンビニで買う冷たい弁当だけ。電子レンジで温められるような手軽な環境は今の僕の家庭にはもう存在しない。


――外食でもしようか。


 思い立ち、すぐさま僕は行動を開始した。家路へと向かう歩みを止め、飲食店が立ち並ぶ街の中心地へと進み始めた。

 しかし、案の定というべきか夕飯時の時間はどの店も多くの人で賑わい混雑していた。例外として手軽に食べられる牛丼チェーン店やファーストフード店は客の入れ替わりが激しいためすぐに食事ができそうではあったが、今の僕の心境としてはできれば落ち着いて食事を食べられる静かな店が好ましい。

 一度家に帰って空いた時間に来ればよかった。とも思ったが、あまりにも遅い時間に外を出歩いていると深夜徘徊をしている若者を補導する警察官に声をかけられてしまうかもしれない。

 なにせ今は夏休み。ハメを外したがる学生諸君が活発に活動する時期なのだから。

 どうしたものかと周りの店を覗き込みながら散策を続けていたところ、ふと視界の端に見知った人影を見つけた。

 露出の高い衣服を身に纏い、普段は学則で規制されている派手な化粧を顔に付け、人目を引く金のウィッグをかぶった一人の少女。

 見た目からは大学生、もしくはそれ以上の年齢に見られてもおかしくない彼女は僕も知っているクラスメイトの顔にそっくりだった。

 彼女の隣には整った容姿でありながら、年季を重ねた渋みを兼ね備えた中年の男性の姿があった。いかにも金に不自由していなさそうな官僚を彷彿させるスーツ姿の男性。

 一見、親子にも見えるその二人。仲睦まじげな二人の様子から、もしかしたら本当に親子なのかもしれないと僕は考える。

 だが、僕は見た。人目につかないようこっそりと少女の持っていたバッグの中に手に隠した数枚のお札を男性が入れるところを。

 それを確認すると少女は男性に、笑顔を見せながら手を振って別れた。そして、そのまま彼女は僕の方へ向かって歩いてきた。

 マズイ。そう思ったときにはもう遅く、僕はこちらに向かってくる彼女と目が合ってしまった。


「あれ? あんた……」


 声をかけられたことに気づかないフリをしてそそくさとその場を後にしようとする僕に、彼女は格好の獲物を見つけた狩人のような鋭い視線を向け、そのまま僕の手を取った。


「ちょっと、ちょっと。なんで逃げようとするのよ」


「えっと、どちらさまでしょう?」


 ここまで来ても僕はあくまで知らぬ存ぜぬを貫き通した。無駄なあがきと分かっていても自分のことで手一杯な現状にこれ以上厄介事を招きたくないと判断してのことだった。


「ふ~ん、そういう態度取るんだ。せっかく休みにクラスメイトと出逢えたっていうのに」


「あいにく僕のクラスメイトに君みたいな派手な服装や髪をした人はいないから……」


 僕の返事を聞いた彼女は一瞬呆気に取られたかのようにしていたが、やがてクスクスと笑いをこぼし、


「それもそっか。ねえ、今暇でしょ? よかったら食事でもどう? クラスメイト相手だったら別に問題ないでしょ」


 そう言って金色のウィッグを外し、肩より少し長い黒髪をした見知った姿に戻ると、僕に向かって食事の誘いをしてきたのだった。

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