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第一話:夏休みが始まる

その年はヤケに酷い噂が校内に流れていた。

 友人、高木涼介の所属している水泳部の顧問が女子部員の盗撮を行ったとか、隣のクラスの問題児である春日英次郎がまたしても暴力事件を起こし、二度目の停学処分を受けたなど。

 中でも、最も周りの関心を引いた噂はクラスメイトである、城戸美咲が援助交際をしているというものだった。

 どうでもいい。そう僕は思ったが、他の男子生徒の多くはそうは思わなかったらしい。

 新学年が始まり、二ヶ月ほど経った頃、行事の連絡を行いやすくするためという名目で男女それぞれのクラス委員によって作られたグループラインでは彼女に対する誹謗中傷、面白半分に書き込まれた真相の憶測などが定期的に書かれた。

 街中で中年の男性に声をかけている姿を見かけただとか、頬に湿布を貼って学校に来た時などは妻子持ちの男に手を出し、それがバレて不倫相手の男の妻から殴られたのではなどと言われる始末だった。

 けど、その時の僕は周りで起こる様々な噂などよりも、現在進行形で起こっている〝家族〟の問題の処理に手一杯だった。

 先ほどの噂ではないが、僕の父は不倫をしていた。それも、数年も前から。

 それだけではない。そのことに気づいていながら、母もまたここ数年の間黙って父の裏切りを見過ごしていた。父同様、母にも新しい男との関係があったのだ。

 それを両親から聞かされたのがひと月ほど前のこと。両人は今日の夕食は何にするか? とでも言うかのように気軽な様子で僕に対して真相の全てを明かした。

 来年には僕も高校を卒業する年になる。そうなれば、少なくとも独り立ちするにも問題ないと判断してとのことだった。

 居間にあるテーブルを囲み、対面に立つ二人の男女はこの時から、それまで僕が知っていた温かな家庭を営む両親でなく、偽りの仮面を身につけた見ず知らずの他人へと成り果てた。

 その夜のことを僕は一生涯忘れることはないだろう。彼らの話を聞いた後、しばらくの間僕は茫然自失となった。

 だが、次第に両者に対して込み上げてくる深い失望と怒りに感情が支配され、手当たり次第に目につくものをぶち壊した。

 泣き、叫び、嗚咽を漏らしながら壁を蹴り、手の皮が捲れて血が出るほどに周りの全てに感情をぶつけた。

 それから、三日は学校を休み部屋にこもって過ごした。だが、何も変わらなかった。

 母は真相を告げた次の日には旅行にでも出かけるように気軽な調子で僕に別れを告げ、荷物を纏めて家を出た。

 父も、仕事に必要な書類や荷物を取りに来る以外は家に帰ることはなくなった。

 幸い、僕用の口座に生活をするために充分すぎるお金が振り込まれていたため、不便をすることはなかった。

 ただ、その日を境に僕の中で何かが決定的に壊れた。だからだろうか? 自分の周りで何が起こっていても特に関心を持てなかったのは。

 そんな日々がしばらく続き、定期テストも終わりを迎え、学生の多くが待ち望んだ夏がやってきた。

 学生の本分から解放され、自由を享受する準備を終えた獣たちが今か今かと終礼のチャイム音を待ちわびている。

 鬱陶しいほど蒸し暑い外気と同じように熱に浮かれる生徒たち。この時ばかりはさすがの僕も本気で苛立ち、不機嫌さを滲ませながら周りの生徒たちと距離を置き、一人教室の隅で窓の外の景色を眺めていた。

 そんな時、ふと顔を上げるとある少女と目があった。援助交際をしていると噂の城戸美咲だ。

 彼女は少々意外そうな表情で僕を観察していた。しばしの間、互いの視線は交わっていたものの、やがて彼女は興味をなくしたのか何事もなかったかのように視線を逸らした。

 僕は一瞬驚きこそしたが、すぐさまどうでもいいと判断して再び外の景色を眺めた。

 嫌気が差すほど眩しい光を浴び、僕の足元には深い影が生まれる。

 その後、職員室から各生徒の通知表を取りに行っていた担任が教室に戻り、生徒一人、一人にそれを渡して付け足し程度に夏休みの過ごし方に口にした後、一学期はあっさりと終わりを告げた。

 そうして、僕にとっては全く待ち望んでいない夏休みがやってきた。

 けれども、後の僕はこう語る。この夏こそは、僕の人生を大きく変えた最高の夏休みだったと。


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