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日常短話  作者: 黒猫優
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爪切り

小さい頃にお祖父ちゃんが入院していた。

入院する前のお祖父ちゃんはいつも元気で楽しい人だった。

ある時お祖父ちゃんが爪を切ってくれた。

僕は昔っから肌が悪くて掻き癖があった。

そのためかお祖父ちゃんは入念に僕の爪を切った。

切るだけでなく、精一杯やすって掻くことが容易ではないくらいの爪に仕上がっていた。

切り終わってから僕は言った。


まだまだの出来じゃん、次来るまでには技量上げといてね


暗にそれはまだお祖父ちゃんに生きてほしいという意味を込めた言葉だった。

お祖父ちゃんは笑顔で、分かったよといってくれた。

その時は僕もそれを嬉しく思い、僕に良いことをしたのだと錯覚して思わせていた。

ある時、お祖父ちゃんの容態が急変した。

病院に行くと本当に苦しそうなお祖父ちゃんがいた。

お祖父ちゃんは僕に言った。


爪を切ってあげるよ


多分、相当に辛かったのだろう。爪は前のような綺麗さは忘れ去られたかのように雑に切られ、これで肌を引っ掻いたら血が出ると言ったほどだった。


こりゃダメダメじゃわ


お祖父ちゃんは苦しそうな笑顔で言った。

その時僕は迷っていた。

こんなとき、


十分綺麗だよ


と言うことが正しいのだろうか。

それとも、


次はもっと上手くなって


とまた生きることを長引かせることを言うことが正しいのだろうか。

でも綺麗だよなんていって、お祖父ちゃんがいなくなるのも嫌だ。

けど、そうやって長引かせてお祖父ちゃんを苦しめるのも嫌だ。

僕は逡巡した。

そうこうしてるうちに、お祖父ちゃんの終わりが来た。苦しそうだった顔はもっと歪み、死をもイメージさせるものになった。

お母さんやお父さんも不安げな顔をしていて、お婆ちゃんは涙を溜めた笑みを浮かべていた。


また次来たときは、上手く切るからね


お祖父ちゃんは辛そうな声で言った。

僕はそれに答えれなかった。

そうして、お祖父ちゃんはいなくなった。

肝心なときに何も言えずに、無責任な言葉しか吐けなかった僕は、立ち竦むままだった。

あれから、僕の掻き癖は無くなった。

まるでトラウマのごとく、まるで後悔のごとく。掻くことが出来なくなった。

それがいいかどうかなんて僕にはもう分からない。だけどこれだけは言える。

あのとき、僕はこう言えば良かったんだ。


こんな爪ならもう掻けないね、ありがとうお祖父ちゃん


って。

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