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02◆5月

 野生動物を懐かせるのに似ているかもしれない。

 神南かんなみはこの一月を振り返ってそう思う。

 雛鳥のようにあとをついて回るのを期待しているわけではない。しかし一緒に仕事をし、一緒に生活をしているのだから、もう少し親しみというものが生まれてもいいのではないかと思う。

 予想はしていたが、アインに常識を求めるのは無駄だった。よく言えばマイペース、悪く言えば協調性が全くない。最初のうちは、食事時間すらばらばらだった。神南が声をかけても二階から降りてこなかったり、食事の支度をしているのにパンと牛乳、それと不足栄養分のサプリメントだけで勝手に済ませてしまったりしていた。

「あのな。一緒に生活してるんだ、食事ぐらい同じ時間に取ったらどうだ?」

「食事時間の規定はない」

 アインの返答に、神南は脱力した。

「そういう問題じゃなくてだな」

 どう言ったものかと暫し考える。

 納得すれば、アインは物分かりがいい。しかし納得しないとなると、どれほど常識的なことであっても同意しないのだ。

「えーと。俺が嫌なの。同居人がいるのに一人で飯を食うのも、冷めきった飯を人に食わすのも、作ったものを食ってもらえないのも」

 家事全般を得意とする神南は、食事の支度も当然好きでやっている。一人分を作るのも二人分を作るのも手間は全く変わらない。食事の時間がずれることによって後片づけが二度手間になることも実はあまり気にならない。それよりも他人に台所に入られるほうが正直なところ嫌なのである。

「それは僕の問題じゃない」

「そうだよ。だから言ってるだろ、俺が嫌だって。俺はお前と飯を食いたいの。別段、お前に作ってくれと言ってるわけじゃないんだから構わないだろ?」

「……判らない。食事とは人間が生きていくうえで必要な栄養を摂取するためのもの。一人で食べても二人で食べても栄養価には変わりはない」

「アイン、お前なぁ……。そういう考え方は淋しいと思うぞ。確かに食事ってのは必要な栄養を摂取するためのものだけどな。……もしかしてお前、美味いと思って食ったことないのか?」

「考慮すべきものは栄養価であって味ではない」

 即答だった。笑えるくらい軍隊仕様の答えに、神南は溜息をついた。

「仕方ない、家主命令だ」

「……了解」

 そこで了解されてしまうのにも、神南は頭を抱えたのだった。

 万事がこういう状態だった。それでもなんとか折り合いをつけ、同居生活に慣れてきたといえるだろう。少なくとも神南は、だいぶアインについて判るようになっていた。

 要は物事に対して関心がないのだ。それは自分のことについてもそうだった。生きている意味などというものを考えるほど神南も暇ではないが、アインを見ているとその問いを投げ掛けたくもなる。

 アインの行動は全て必要のあるなしで決定される。欲求というものがない。生命維持という理由がなければ、おそらく食事をとることすらしないだろう。

「アイン。お前、何が楽しくて生きてるんだ?」

 神南は、ふと尋ねてみた。

「質問の意味が解らない」

「……いや、いい。忘れてくれ」

 無表情のままのアインに、神南は質問を撤回してしまった。『生きている理由』などというものを突き詰めて考えてしまえば、精神論やら宗教観やらの話になりそうだったし、翻ってみれば神南とて、何が楽しくて生きているのかと問われたら答えられそうにもないことに気付いたからだ。

「……なぁんか、調子が狂うんだよなぁ……」

 神南は溜息をついた。アインが来てから何度目の溜息だろうと考え、そんなことを考えた自分がおかしく思えた。


 一方、仕事の面では問題がなかった。

 本来ならば、短くとも半年はみっちり研修を受けてから配属される。それなのにアインは研修を受けていないと言う。

 空間の歪みを正すと言葉では簡単に言うが、力の加減というものはマニュアルどおりにはなかなかいかないものである。経験からくる勘というものが重要になる。側で見ているだけでは経験とは言えない。やり方だけ判っても仕方ないのだ。力を加えたときの微妙な反応の違いで加減が変わってくる。こればかりは教えてどうなるものではない。数をこなすしかないのだ。

 研修を受けてこなかったと判ったとき、神南はアインを研修センターに送ることも考えた。

 しかしアインと相性の良い教官がうまく見つかればよし、そうでない場合のリスクを考えるとやはり自分でやるしかないかと諦めた。そう判断できるくらいにはアインを理解していたということかもしれない。

「もちろん研修も任せるわよ、神南くん」

当然と言わんばかりの綾女あやめに、溜息混じりながらもすぐに頷けたのは、それなりの覚悟というものがすでに神南の中にでき上がっていたのだろう。それでも何も言わずに済ませられるほど、神南も人間ができているとは言えなかった。

「研修費って名目で、特別手当でませんか?」

「残念ね。その権限は私にはないわよ。局長に直談判に行く?」

「綾女さ〜ん。局長に言えるわけないでしょうが。……いいんだ、俺が我慢すればいいんだ。くっすん」

「可愛らしく拗ねて見せても駄目よ。……しっかりね、神南くん」


 携帯端末の使い方を教わったばかりのアインにいきなり補修を任せるわけにはいかない。最初の二週間ほどはただ連れ回すだけだった。神南が歪みを補修している間、普段は見せることのない熱心さでアインはそれを見ていた。

 その視線の強さに神南は一人でやらせてみようと思った。しかし作為的に歪みを作るわけにもいかないので、結果としてアインには勘を全く必要としない補助作業しかさせることが出来なかった。

 補助作業でのアインにミスはなかった。端末の使い方は既に熟知しているようだった。作業に迷いがない。神南が指示を出したのは最初の一度きりだった。それ以後は状況に多少の違いがあっても指示なしで的確な作業をする。これならば補修作業を任せても大丈夫だろうと神南は思っていた。

「ラッキー」

 いつものように担当エリアを巡回しながら、車に搭載されている端末でサーチしていた神南は、アインに任せるにちょうどいい歪みを見つけた。空間の歪みなどないほうが当然よいのだが、今回ばかりはありがたかった。あまりに見つからないようでは、違反行為ながらもこっそりと作ってしまおうかとまで思っていたのだ。

「アイン。西2ー3、任せるぞ」

「了解」

 車で歪みのあるポイントに向かう。

 助手席に乗っているアインに気負いは全くない。初めて任される不安感も見られない。これが他の新人だとしたら、おそらく目的地に着くまでに作業確認のレクチャーをしなくてはならないだろう。緊張をほぐすために関係ない話の一つや二つもしなくてはならないかもしれない。

 それらがアインには必要がなかった。それはそれでつまらないと思ってしまう神南だった。

 ポイントに到着し、車から降りて実際に携帯端末で確認した歪みは、予想に違わず練習にはもってこいだった。多少乱暴に扱っても空間に影響が出るほどの不安定さはない。たとえ失敗したとしてもフォローするに十分な余裕を持てる。最悪、強引に消去したとしても問題はない。

「間違えるな。消去じゃないぞ。補修だ」

 それだけを言うと、神南はアインから一歩退いた。

 アインは無言のまま携帯端末を操作する。補修ポイントをはじき出し、的確な補修を施す。

 それは神南が見ても完璧と言ってよい仕事だった。

 何事もなく補修が終了する。そこに歪みがあった形跡すらない。初めての補修でここまでできるとは、予想はしていてもやはり驚いてしまう。

「よくやった」

「…………」

「初めて一人で補修して、それが熟練者のように完璧に出来たというのに、ちっとも嬉しそうじゃないな」

「……当然だから」

 アインは神南をまっすぐに見て言う。

「やり方を間違えなければ結果は同じ」

 そこには何の感情も見えない。

「マニュアルどおりにやりゃいいというものでもないさ。やり方を間違えなくたって、こんなに完璧に補修できるやつは少ないぞ。お前はもっと喜んでいいんだ」

「喜ぶ? 当然の結果なのに、それはおかしい」

「普通はさ、アイン。当然じゃないんだよ」

 神南のその呟きは、携帯端末から発せられる警告音で消された。

 二人とも反射的に端末を見る。赤い光点が「WARNING!」の文字とともに主張している。場所は西5ー8。神南の担当エリアぎりぎりのところにある寂れた工業地区だ。

「行くぞ、アイン」

 神南は車に乗り込む。アインが乗ったのを確認して、神南は車を出す。

 嫌な予感がした神南は、携帯端末で捜査第二課――空間を越えてくる時空犯罪者を摘発する部署――の早波はやなみと個人的に連絡をとる。

「早波さん? 確証はないんだが、K地区西5ー8、モニターしてくれないか。もしかしたら」

 本来なら上司である綾女に連絡をとり、彼女の判断で捜査課に依頼するのが筋である。そういった筋を、神南は一切無視している。たとえ手遅れになろうとも、まず書類をそろえなければ動けないのが縦割り社会である組織の悪しき面である。それを熟知しているからこそ、あとで書かなければならない始末書やら受けるであろう訓告とかを覚悟の上で、神南は直接現場に連絡を入れる。

『おまえの予感ってのはほとんどの場合当たるからな。了解した。何人か配置しよう』

「無駄骨になるかもしれないけどな」

『それはそれでありがたいさ』

 通信を切った神南は視線を感じ、横目でアインを見た。何か言いたげである。

「ああ。越権行為だとか言うんだろ? 綾女さんは仕事が早いけどな、それでも正規のルートを使ってたんじゃ、手遅れになるときだってあるんだよ。俺が始末書を書けばいいだけの話だからな」

 先回りして言う。そこには言い訳めいたものは一切なかった。

「それでは組織が成り立たない」

「事が大きくなって困るのは俺らじゃなくて一般市民だからな。打てる手は最初のうちに全部打っておく方がいいだろ。確かに組織としては通用しない考え方だけどな」

 万が一、問題が発生したときは、真っ先に自分が切り捨てられるだろう事を神南は自覚していた。それでもやれることをやらないでいてあとで後悔するのは嫌なのだ。

「俺にならえとかは言わないさ。アインはセオリーどおりにやっていればいい。俺と組んでいる間はそうもいかないだろうけど、そのあたりは綾女さんも了解してるから、何かあってもアインにまでは飛び火しないようになってる。安心しな」

 レッド表示のポイントはかなり歪んでいた。ほとんどホール化していて歪みの向こう側に別の時空が揺らいで見える。人口密集地でないことが救いとも言えた。これが住宅地のど真ん中だったら、神南たちが駆けつけるよりも先に、歪みに巻き込まれて他の時空に飛ばされる市民がいたことだろう。

「さぁて、ここで問題だ。小規模な歪みの場合、当然補修するよな。で、ここまでひどくなった歪みの場合は?」

「補修する」

 即答したアインに、神南は笑って見せた。

「ばーか。俺らの持ってるヤツじゃ、ここまで歪んだものは補修できないんだよ」

 下手に力場を照射すれば、余計に空間が歪む恐れがある。最悪、向こう側に見えている別の時空と完全につながってしまうこともありうるのだ。

「放っておくわけにはいかない」

「そりゃ当然だろ。こういうときは管理本部に連絡するの。一応手順としてな」

 これほどの歪みならば、管理本部で感知していない筈はない。各エリアに担当を置いているとはいえ、本部では全エリアをモニターしているのだ。手順として連絡を入れることになっているが、管理本部では既に対策を講じていることだろう。

「了解」

 車内無線で本部に連絡を入れるアインを残し、神南は車を降りた。

「その間に……っと」

 歪んでいる空間の周囲に力場を発生させる。それによって別の歪みが生じる。

「現状固定。特殊課の到着を待て。くれぐれも勝手なことはしないようにとの厳命付き」

 車を降りてきたアインは管理本部からの指示を伝える。

「信頼ないよな、俺ってば」

 神南は苦笑しながら力場を重ねていく。

 アインは黙って神南のすることを見ている。普段では決して見せることのない、熱心な視線である。

「歪みを広げるわけにはいかないからな。補修しやすいように固定する。周囲の空間を少し歪ませ、それを幾重にも重ねておくと、いわゆる結界のような働きをしてくれるんだ」

 解説をしながら神南は作業を続ける。

 細心の注意を払わなければ、歪み本体に引きずられて故意に作った歪みまで巻き込まれかねない。しかし神南にはまだアインを窺うくらいの余裕があった。

「どうしてそうなるかなんて理論的なことまではここで訊くなよ。確か家の書庫に論文があったはずだ。帰ってから教えてやる」

「カンナミ!」

 アインが珍しくも緊迫した声を出す。

 神南は自分の予感が当たっていたことを知った。

「うっわー。当たって欲しくなかったんだけどな」

 歪んでいる空間から無理やり出てこようとしている人影がある。

 神南は気配を探る。

 遠巻きに捜査員の気配が三つ。そのうち一つは早波のものである。

「アイン、ここを任せる。左側一箇所、力場を弱めろ。あそこまで影が見えてちゃ、特殊課が来ても補修できないからな。一旦こっちに引き寄せる」

 つい先ほど初めて一人で歪んだ空間を補修をした新人に任せるには荷が重い役割である。しかし神南はアインにはそれだけの力があると思った。

「了解」

 何の気負いもなくアインは神南と作業を変わる。

 神南は力場の弱まっているポイントに回り込む。すぐ後ろに早波の気配。

「相変わらず勘がいいな」

 早波が小声で話しかけてくる。

「正直な話、当たって欲しくなかったよ」

「そりゃこっちも同じさ。無駄足になることを願っていたよ」

 早波は苦笑を浮かべたようだ。

「なのに大物じゃないか、あれは」

 神南も出てこようとしている人物が誰なのかすでに把握していた。重なり合った時空を渡り歩いている常習犯である。

「特殊課を待ってる暇はなさそうだな。彼がこっちに着いたのを確認したらあの歪みを完全に塞ぐ。彼が新しいホールを作り出さないよう捕縛を頼む」

「そりゃ、うちの仕事だから頼まれなくてもやるさ。だけどいいのか? また始末書ものだぞ」

「あんたに連絡した段階で始末書ものだろが」

「俺が黙ってりゃすむだろ。だけどこれほどのホールを修復しちまっては、完全な越権行為だ。なんのために特殊課が出張ってくると思ってる」

「だから、待ってる暇がないって言ってるだろう。逃げても追ってくわけにもいかないんだからさ」

「おまえならやるだろうに」

 早波のあまりに的確な指摘に神南は笑うしかなかった。だからそれには返答せずにタイミングを計る。

 支給されている携帯端末には、人が行き来できるほどになってしまったホールを補修する能力はない。神南は懐から手の中に収まるくらいの筒状のものを取りだした。本来ならば神南が持っているはずのないもの。特殊課に支給されているホール修復用のセイバーと呼ばれる機械を小型化したものだ。

 歪んだ空間から人が現れる。力場の弱まったところから一気に飛び出してくる。

 それを確認し、神南はホールと化した歪みに向けてセイバーのスイッチを入れる。

 ブンという軽い音がしてホールは強引に塞がれた。

 一拍おいてから、アインが形成していた力場が解除され、塞がれたホールが補修される。

 何の打ち合わせもしなかった。神南がアインに伝えたのは、人影をこっちの時空に引き寄せる事だけだった。そのあとホールを塞ぐことも言わなかったし、ましてや塞いだホールの補修なども頼んでいない。

「早波さん?」

「おう。こっちはOKだ。常習犯の逮捕に協力してくれてありがとうよ。んじゃ、俺らは撤収するよ」

 見れば男の手には手錠がかけられている。捕まえられた男は神南を見て口惜しそうに顔を歪めた。

「あんたがいるところに出てきたのが運の尽きってやつか……」

「そもそも時空を越えようとしなきゃいいんだよ」

 捕まった男にそう声をかけ、神南はアインの側へ行く。

 アインが補修したホールはグリーンで携帯端末に表示されている。

「お互い、余計なことまでしちまったな」

「僕は自分の仕事をしただけ」

「そういやそうか。んじゃ、俺らも撤収しましょうか。……あ、本部に連絡入れないと。あー、めんどくせぇ」

それでも今度は自分で本部に連絡を入れる神南だった。


「またやってくれたわけね」

翌日出社した神南は、朝一番で綾女に文句を言われた。

「相手が相手でしたからね。特殊課を待ってたんじゃ、捜査員の姿を確認した途端、強引に他の時空に飛び込むこともしそうでしたから」

 神南は一応の言い訳をする。通用するとはもちろん思っていない。

「それはそれでいいでしょうに。私たちの仕事は、この時空に限られているのよ? 他に逃げ込んだならそれは他の時空の担当者が負うべき仕事でしょ。そこまで手出ししなくてもいいのよ」

「一度つながったホールを強引にねじ曲げられると、その後の処理が面倒なんですけど」

「それも神南くんの理由よね?」

「……はいはい。始末書ですね」

「今回は免除。流石にね、大物を捕まえたでしょ。それでチャラにしてもらったわ。感謝してよ?」

「……相変わらず、根回しがお得意なようで……」

 少しあきれ顔で神南は言った。

「あのね! あなたが規定どおりに動いてくれる人ならね、こんなに根回しが得意になったりしないわよ」

「俺のせいですかぁ?」

 綾女は情けない風を装った神南の台詞にふっと笑みをこぼした。

「でもね、そうじゃなかったら神南くんじゃないものね」

 そう言われた神南は何と答えたらよいものか判断できず、あいまいな笑みを浮かべるに留めた。

「それで、どうにかなりそう?」

 心配そうなその口調に、誰のことを言っているのか神南にはすぐに判った。越権行為そのものについての注意は実は二の次で、本題はどうやらアインの様子にあるらしい。

「どうにかならないとまずいでしょう」

 デスクワークに勤しんでいるアインを視界に隅に留めながら、神南は小声で答えた。

 自分を信頼して預けてくれたのだ、その信頼を裏切るつもりは毛頭ないし、それに神南自身、アインをかなり気に入っている。扱いにくいとは確かに思うが、それは彼の成長過程を知っているが故に許容できる範囲ではある。他人の人生に責任を持てるほどの力があると思っているわけではない。ただアインがもっと楽に生きていけるようになればと思うのだ。もっともそうする前にやることが山のようにあるのだが。

「そう、ね。余計なお世話と言われそうだけれどね」

「余計なお世話、か。そうかもしれないですね。端から見ていれば、アインは確かに協調性は皆無でありとあらゆるところに必要以上に敵を作っていってますけどね、問題は本人にその自覚がないってことで。……ああ、違う。自覚はあるんだ。だけどそれで全く困ってないってのが問題なんだ」

 例えば賢人会議ウィザーズが絡んでいないとしたら。

 神南は考えてみる。

 外部からの干渉がなくて、それでもアインがあのように育っていたとしたら、それでも彼を気に入るだろうか。本人がそれでいいと思っているのなら、それを矯正しようとするのは『余計なお世話』以外の何ものでもないのではないだろうか。

 賢人会議ウィザーズに関して必要以上に過敏になっていることを否定するつもりはない。それだけのことを神南は賢人会議ウィザーズから受けてきたのだし、それは現在進行形で続いているのだ。

「でもまぁ、俺のとこに来ちゃったわけだし、余計なお世話だろうとなんだろうと、俺が嫌だからあいつを何とかしようと思っちゃったんだから、これはもうあいつにとっては運の尽きとしか言いようがないですね」

 しかし神南には『余計なお世話』をやめるつもりは毛頭なかった。見方は一つとは限らない。

 何を『普通』と定義づけるのかにもよるけれど、やはり一般的な常識に則っていたほうが何かと便利なのは確かである。本人が困っていなくとも、このままでは周りが困る状況に陥るのは目に見えている。アイン本人のためであることはもちろんながら、集団生活における相互理解などという大義名分を掲げても問題ないだろう。

「あら。いままでため込んでいた運を、一気に使ってるところだと思うけれど? 彼の行き先はいくらでもあったのよ。賢人会議ウィザーズならよりどりみどりでしょ? それを――まぁ一種の賄賂みたいな意味合いがあったにしろ――よりによって神南くんのいるうちが選ばれたのだもの」

 くすくすと笑いながら綾女は言った。

 神南には絶大なる信頼を寄せている。それでも賢人会議ウィザーズがらみとなれば、神南の精神に与える圧迫は普通の仕事の比ではない。それを知っているから、綾女は神南のことをも心配していたのだ。だがそれは杞憂だったらしい。

「だから、それはこっちの意見でしょうが。あいつにとっちゃ、運の尽きってやつだと思いますよ」

 そしてにやりと笑う。

「綾女さん。賢人会議ウィザーズがらみだからって、俺の心配までしなくていいですよ。それ以外のところで俺に関してはかなり骨折ってくれてるの、知ってますからね」

 すべてお見通しだと言わんばかりの口調に、綾女は苦笑を浮かべる。

「贔屓になるのかしらね。好きでやってることだもの、骨折りなんかじゃないわ。だからね、神南くん。私が言うのもなんだけど、自分を大切にしてね?」

「大事にしてますよ。心外だなぁ。そんなに自分をいじめてるように見えますか、俺」

 死に場所を探しているように見えるわ。

 その言葉を封じ込め、綾女はアインのことに意識を向ける。

「まぁいいわ。それで、仕事面のことだけど」

「あいつに教えることはもうないですよ。あとは人間関係のことになりますからね、あいつの今の状態ではなんとも。それさえなければ、エリア一つ任せたって全然構わないと思います」

「それを、彼も認識してるのかしら?」

「うーん。なんとも。一人で修復したのは昨日が初めてですからね。ただ辞令がなければいつまでだって俺と組んでることに異論は唱えないと思いますよ。そういうふうに育っている」

「難しいわね。ともかく、当分辞令が出ることはないわ。少なくとも彼の精神的成長が見られるまではね」

「逆に言えば、あいつが人形から人間になる日まで俺と組んでることになるわけですね?」

「そういうことね。彼についてはあなたに一任するわ。他にもいろいろと心配しなきゃならないことがあるんだもの、しかもそのうちの一つは確実にあなたのことなんだもの、心配事の一つくらい、肩代わりしてくれるわよね、当然」

 口ではそう言いつつ、完全に肩代わりさせることなど出来ないことを知っている神南は、それで綾女の負担が少しでも軽くなるのならと素直に頷いた。綾女に言われずとも、アインのことを他の誰かに任せる気にはなれない。それくらいにアインを気に入っている自分に、神南は驚いていた。

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