15◆11月-2
何も変わりはなかった。そんなそぶりはちらりとも見せなかった。
その日の朝ですら、神南は普段どおりアインに急かされつつ、定時ギリギリで出社した。
いつものように朝礼が始まる。一通りの伝達事項が終わったあと、綾女はちらりと神南を見た。
神南は素知らぬふりをしている。
しかし、いくら本人の希望であっても、これ以上発表を遅らせるわけにはいかない。
「最後に」
綾女は口を開いた。
神南が楽しそうな笑みを浮かべるのを目の端にとらえ、頭が痛くなるのをこらえつつ話を続ける。
「えー、異動があります。明日、20日付けで、神南くんが資料課に転属。それに伴っての人員の補充はなし。現状のまま、担当部署の変更もなしでいきます。アインには大変だろうけれど、一人で頑張ってもらうことになるわ。以上。神南くん、何か言うことは?」
「あー、そうですね。じゃ、一言だけ」
神南は一歩前に進み出て、照れ笑いに似た表情を浮かべて皆の顔を見渡した。
「みなさんの寛大さに救われつつ仕事をしてきましたが、とうとう閑職に回されることになりました」
資料課がどのような部署であるかを知っているので、軽く笑いが起こる。
「しかも、一番苦手な部署ときています。泣いて戻ってこないよう、新しい部署で頑張りたいと思います。いままでありがとうございました」
綺麗に一礼をする。その姿が神南には似付かわしくなく、ほんの少し空白が生じる。が、すぐに拍手がわき起こった。
朝礼を終えると、各々が神南の周りに集まる。
「じゃ、送別会をやらんとな」
「あー、それは勘弁してくださいよ。自分が主賓になる宴会って嫌いなんで」
「盛り上げ担当だしねー」
「飲む理由が欲しいだけだってのに」
「そんなら、俺をダシにしなくてもいいじゃないですか」
「ばーか。理由なきゃ、なかなか飲めないんだぞ」
「んじゃ、送別会、主賓は欠席ってことで」
「意味ないだろが」
一抹の淋しさを含みながらも、和気藹藹とした会話がなされているのに、その輪の外でアインはぼんやりとしていた。
綾女が何を言ったのか、理解できなかった。
どうして、神南の周りに人が集まっているのか判らなかった。
「アインくん、一人だと大変だよね。ちょっと担当区域は離れてるけど、いつでも頼っていいよ」
「神南に教育されたんだ、ひとりで困るってこたぁないだろうが、何かあったら協力するぞ」
話しかけられて、ようやく何が起きてるのかを把握する。
ものすごい勢いで、アインは神南に食ってかかった。
「神南さん! 聞いてないよ、僕。異動? 何それ!」
それは感情にまかせた声だった。
確かにアインは神南を介さずともコミュニケーションを取れるようにはなっていた。だが、いつでも冷静で、感情を声に乗せることはまずなかった。
神南の周りに集まっていた人々は、驚いたような眼差しでアインに注目した。
それには全く気づかぬ様子で、アインは笑みを浮かべる神南に詰め寄る。
「辞令はとっくにでてたはずだよね? いままで黙っていたってこと?」
「辞令は俺だけのもんだし、俺が異動になったからって、アインの仕事内容が変わるわけじゃないだろ」
神南はあっさりと答えた。
「おいおい。そりゃないだろうが。仮にも相棒だろ。お前さんの秘密主義ってのは昔っからだが、相棒にもだんまり通してたのかよ」
「神南さん、ひっどぉーい」
周囲の非難もどこ吹く風で、神南は笑みを浮かべる。
「だって俺、一人では何もできないようになんか教育してないし」
周囲からは一斉に溜息がもれる。
「ご愁傷様」
「ま、あきらめろや」
そして、三々五々、仕事に戻っていく。
慰めの言葉をかけられたことすら、アインは認識していなかった。見えているのは目の前の神南だけだった。
「どういうこと? 異動になるような要素は何処にもないはず」
「あー、まー、俺の個人的状況ってやつですか。公然の秘密ってのに関係しててね」
一応、声をひそめて神南は答えた。
アインは黙って続きを促す。
「ここも結構長いんでね、そろそろ異動だろうと。本当なら今年の4月って話もあったんだよ。ま、それはアインが来たんで流れたんだけど」
「それじゃ、何でいまさら?」
「ほら、大怪我もしたしさ、この辺でゆっくり休めというか、大人しくしていろというか」
「神南さん?」
アインは語気を強める。のらりくらりとかわす神南に苛立ちを覚えた。
「何を企んでるの。僕とは仕事したくないってこと? そんなに足手まといだった?」
「あのなぁ、アイン。どうしてそう受け取るかな。足手まといだったら、安心して異動辞令なんぞ受けやしないよ。アインが一人でも大丈夫だから」
「大丈夫じゃない!」
神南の言葉を途中でもぎ取って、アインは叫ぶ。
「大丈夫じゃないよ。僕は、神南さんがいるからこの仕事を続けようと思った。神南さんとじゃなきゃ絶対嫌だ」
「アイン」
ほんの少し天井を仰ぎ見て、神南は真っ直ぐにアインと視線を合わせた。
「甘えるんじゃない。確かに俺は、こんな仕事を続ける必要はないと言った。だがな、仕事をやめる理由に俺を使うんじゃない。仕事を続けるかどうかは、アイン、自分で考えるんだ」
そして表情を緩め、
「別に、あの家を出ていくと言ってるんじゃない。ただ仕事場が別になるだけだろう。俺の入院中だって、ちゃんと一人でやれていたじゃないか。あのときと何が違うって言うんだ?」
何が違うのだろう。アインは自問した。
状況は確かにあのときと同じように思える。だが、それによって引き起こされる感情はまるっきり別物だった。
「僕が感情を取り戻したから」
答えが見つかった気がした。
「僕のせい? そうなんだね? 僕が感情を取り戻したから、だから神南さんは異動になるんだ。じゃあ、僕が以前のように戻れば」
「ばか言うんじゃない」
即座に否定する。
「今回の辞令に、アインの状況はまるで関係ない。普通の、何の裏もない異動命令だよ」
神南は笑顔で嘘をつく。
「じゃあ神南さん。神南さんはそれでいいの?」
自覚がないまま、訴えるように、縋すがるように、アインは神南を見上げていた。
「だって、上からの命令だろ、辞令ってのは」
神南の頬には笑みが浮かんでいた。
その言葉は、アインの胸に突き刺さった。
命令に、何の疑問も抱かず従ってきた。思考はアインの領域ではなかった。アインは手足であり、実行するものでしかなかった。
「アイン、巡回に行くぞ」
「うん… …」
方法なんか知らなかった。それでも何とかしなくてはならないと思った。このままでは駄目だと。
神南の後を継ぎ、一人で仕事を続けていくことに何の不安もない。それに関しては神南が言うように、助力がなければできないような仕事の仕方は教わっていない。他の区域よりも多少広めであっても、問題なく担当できるだけの力もある。それでも、神南と仕事ができなくなるのは嫌だった。
できることを考える。大急ぎで組織体系に関する規程書を頭の中で広げる。
「一人で行って。僕は課長に用事がある」
アインは初めて自分の都合で仕事を放棄した。
来ることが判っていたのだろう。
綾女は課長席の前に立つアインを驚いた様子もなく迎えた。
目の端には、巡回に出て行く神南の姿をとらえていた。
「さて。場所を移しましょうか」
「用件、判っているの?」
「判らないとでも思っているの?」
綾女は問いで返した。そのままアインを促して、空いている会議室に向かう。
会議室に落ち着くまで、二人とも無言だった。向かい合うように座り、ようやく綾女は口を開く。
「みんなには黙っててくれと頼まれたから口を噤んでいたけれど、まさかあなたにまで言ってなかったとはね。やってくれるわ、神南くん」
「どうすればいい?」
綾女の世間話にも似た言葉に応じることなく、アインは端的に訊ねた。望みははっきりしている。神南の異動をなかったものにするか、そうでなければ、自分も一緒に異動する。
その思いが言外に伝わったのかもしれない。綾女は苦笑を浮かべて頭を下げた。
「今回の件は、私の力不足よ」
「僕の力も及ばない?」
答えを急ぐアインに、綾女はなだめるように言う。
「まずは現状を把握しないとね。神南くんのことは知っているでしょう?」
「公然の秘密のこと? それなら本人から聞いている」
「つまりは、そういうことなのよ。下手に賢人会議とつながりのある人物を市井に野放しにするわけにもいかないし、そもそもそうなったのは時管局の判断ミスという側面もあるから、神南くんの首を切るわけにはいかないの。でも、あの姿でしょう? あまり長い間、同じ部署にはいられないのよ。不審がられるから。ひととおりは回ってしまったから、今回は人が居着かない資料課に回されたってこと」
「ここにきて異動になったのは、僕のせい?」
神南は否定していたが、アインは綾女に確認を求めた。
「嘘はつかないわ。そのとおりよ。本来はもっと早くから異動の話が出ていたのよ。それを、あなたを理由にして先延ばしにしてきてたの。ここにきて、あなたが単独行動をとれるようになったのが確認されてね、さっさと異動させろって上からのお達し」
ここで綾女は大きく溜息をついた。
「あなただから本音で話すけど、私は反対だったのよ。それを神南くん自ら異動願を出しちゃうし。本当は、私の目の届くところにいて欲しいのに」
「……神南さんが、自分で異動願を?」
やはり足手まといだったのだろうか。
アインの顔色が曇るのに気づいた綾女は、慌てて否定する。
「違うのよ。アインのせいじゃないの。神南くんがああなってから、一番長い職場なのよ、管理課は。もうこの際だから内情まで喋っちゃうけれど、あの大怪我、上層部には好都合だったのよ。そのまま死んだことにしてしまえとまで言われてね。所長と私とで、なんとかそれは食い止めたんだけど、あの人はそれでも良かったなんて言うし。もう、人の心配をなんだと思っているんだか」
アイン相手のせいか、綾女は愚痴をこぼす。
だが、アインには綾女の愚痴を聞いている余裕はなかった。
「じゃあ、異動は動かせないんだね。異動願を提出してから受理されるまでの期間は?」
アインは方向を変える。神南の異動が取り消せないのなら、自分がついていけばいい。
「そうくるとは思っていたわ。でもね、ごめんなさい。それ、受理されないわ」
綾女はアインの希望を一言で破り捨てる。
「どうして!」
「理由は簡単。人材不足。本来、管理課は最小単位が二人なのよ。だけど神南くんは、本部とリンクしているモニタールームをもっているって理由から、特別に単独で区域を担当していたの。それも、他の担当区域よりも広い区域をね。人員の余剰はないし、補充もない。この状況で、あなたにまで出ていかれると困るのよ」
「でも、神南さんの異動の話は僕が来る前からあった。そのときはどうするつもりだったの」
綾女は感情的になっていながらも、的確に状況を読むアインに笑みを浮かべて答えた。
「担当区域ごと再編する予定だったのよ。そういう大掛かりなことは年度を改めるときくらいにしかできないから、だから当初の予定は4月の異動だったの」
そして思案顔で、解決策を見いだそうとするかのように、綾女は言葉を続けた。
「そうね、確約はできないけれど、来年の四月なら、どうにかできるかもしれない」
「そんなに待てない」
アインはきっぱりと言った。一瞬たりとも、神南と違う部署に勤務するつもりはなかった。
「待てないって、アイン、あなた」
「人事部に直訴する。僕を異動させるか、じゃなかったら辞表を出す」
綾女は言い切るアインに頭を抱えた。
「無茶を言うわね。神南くんに似てきたんじゃないの? それは通らないわよ」
「どうして」
「あなたの能力を、時管局が手放すわけがないわ。いくらでも理由をつけて辞表を受け取らないか、もしくは先延ばしにするかするわよ」
「そんなことさせない。僕は神南さんと一緒にいるんだ。そう決めたんだ」
「気持ちはわかるけれど、時機を見なさい」
立場上、綾女はアインをなだめる。しかし、彼女自身の中にもアインと同じ感情はある。それを大人の分別とやらで表に出さないでいるだけだ。
「そんな悠長なことはやっていられない。僕だって勝算なしに言ってるわけじゃない。大義名分ならいくらでも作れるよ」
「参考までに聞かせて貰えるかしら?」
「できないと思ってるの? 僕にはその力がないと?」
綾女は笑った。その笑みはなだめすかすもののようで、アインは真剣に受けとめられていないと感じ、腹を立てた。
「落ち着きなさいって。本当に感情が豊かになったわね。ここに来たときとはまるで別人だわ」
「課長!」
「それじゃ自立していないと思われても仕方ないわよ。基本的なことを聞くわ。どうして神南くんと一緒じゃないと嫌なの? 異動になるだけよ。同じ時管局の職員だし、なにより同居を解消するわけじゃないでしょ? 四六時中一緒にいなくてはいけない理由は?」
理詰めで聞かれると、アインは答えられなかった。異動を秘密にされていたことで、感情的になっているのかもしれない。
「これがね、神南くんの代わりに誰かと組んで仕事することになるというのなら、それならまだ判るのよ。仕事がしにくくなるでしょうから。でもね、幸か不幸か、補充人員はなし。問題はないでしょ?」
「僕が、神南さんと仕事をしたいから。それは理由にならない?」
綾女は溜息をつく。それが通るようならば苦労はしていない。
アインもそこは判っているのだろう、言葉を続ける。
「課長にだから正直に言った。人事部用の理由なら、神南さんには見張りが必要だと思うから。あの人が、大人しく資料課になんか収まっていると、本気で課長は思っているの?」
「痛いところを突いてくるわね。ただでさえ苦手な資料整理をひたすらやっているような人じゃないのは判ってるわよ。納得いかない資料なんか見つけちゃったら、検証に動き回るくらいのことはするわね、確実に」
神南とのつき合いは、綾女の方が長い。資料課などというところに神南をおいたらどうなるか、アインに指摘されるまでもなく判っていた。だが、辞令は辞令。それを覆す力がない以上、従うしかない。力を持つための努力は怠っていない。今は動けない。それだけのことと割り切っていた。
「そこまで判っているのに」
アインは非難めいた目で綾女を見た。
「判っててもね、できることとできないことはあるの。半年くらいは、刺しておいた釘が働くのに期待するしかないわね」
また溜息がもれる。心を入れ替えたなどという神南本人の申告など、まるで信用していない。
それでも今の綾女は無理にでもそれを信用するしかないのだ。
「課長が動けないのは判った。立場も理解する。だけど、僕は動くよ。モニタールームという強みもある。兼任はできない?」
管理課に籍を置いたまま、資料課にも籍を置けないかとアインは訊ねる。
綾女が思いつきもしなかったことだった。
管理職が肩書きを兼任することはいくらでもある。だが、一般職員の兼任など、聞いたこともなかった。
「管理課の職務は、時空の歪みを補正することでしょう? 歪みがなければ、忙しい部署じゃない。歪みができたときは管理課の仕事を、それ以外は資料課の仕事――というか、神南さんの見張りというのは?」
兼任してはならないという規程はない。話のもって行き方次第では、うまく人事部を丸め込めるかもしれない。
綾女はもっとも効率の良い根回しの手順をほぼ一瞬のうちに構築していた。
「それなら、どうにかなるかも。ただし、籍は管理課のままよ。資料課には手伝いという扱いで行くことになると思う。それで、どう?」
「それ、どれくらい時間が掛かる?」
綾女の交渉手腕を疑っているつもりはない。だが、彼女自身が言ったように、できることとできないことはある。それくらいはアインも理解していた。今後のことも考えれば、できれば穏便に事を進めたい。神南を相手にしていては、いつ何時もっと無理を通さなくてはいけない羽目になるか判らないのだから。
「2ヶ月、かしら」
綾女は多めに見積もって答えた。
「年明けまでは待つよ。それ以上は駄目だ」
アインはきっぱりと時間を切る。それ以上時間が掛かるようならば、時管局の組織など無視するつもりだった。
「難しいわね。もう少し待てないの?」
「嫌だ」
きっぱりと主張するアインを、綾女はまじまじと見つめた。
「……まぁ、そうしてちゃんと主張してくれるところは、神南くんよりましね。努力するわ」
そして、これで話は終わりとばかりに席を立つ。
だが、思いだしたように、まだ座ったままのアインを見下ろして、綾女は言った。
「そうそう。あなたたちの家、あれね、神南くんからあなたに名義変更してあるから」
「どういうこと?」
思ってもいなかったことを告げられ、アインは動揺した。
「神南くんの意志よ。多分ね、あの人、自分のいる形跡をできるだけ消そうとしてるんだと思うの。アインが同居しているから、安心してるのかもしれないわ」
「僕に鎖の役目を期待しているの?」
綾女の意図が判らずに、アインは問い掛けた。諦めているように聞こえたのだ。
「錨になるのならね。私が思っているよりは、自分の命を大切にしてくれているのかもしれない。でも、あの人は怖がりだから。本人の口から聞いたんだもの。残されるのが怖いって」
どんなに諌めても、どんなに哀願しても、神南がしたいと思うことを止めるだけの力はないと、綾女は思っていた。今は神南本人が負けてくれる。だから、大きな顔をしていられるのだということを、きちんと理解していた。
「ごめん。錨にはなれないかもしれない。でも、神南さんが無茶できないように、鎖にはなれると思うよ」
「それで十分だわ。お願いね、アイン」
それは祈りにも似た言葉だった。
機嫌を取るべきか、それとも今暫く怒らせたままでいるか。
「普段あまり感情の起伏が激しくないだけに、怒らせとくのも面白いんだがな」
アインに聞かれたら間違いなく火に油を注ぐ結果になることを物騒にも呟きつつ、神南は見回りから帰ってきた。いつもなら直帰してしまうところなのに職場に戻ったのは、管理課最後の勤めくらいは規定通りにしようなどと殊勝なことを思ったためだった。
ところが戻った職場にアインはいなかった。
「あら、珍しいわね」
神南を見とがめて、綾女が声をかける。
「いやぁ、最後くらいはと思いまして。それで、アインを知りませんか?」
「アイン? 一緒じゃないの?」
「課長に用事があるって」
結局アインはあのあと神南と合流していない。神南に食ってかかった手前、顔を合わせづらくてデスクワークにでも勤しんでいるのだろうと思っていたのだが、席にもいない。
「いつの話をしてるのよ。それは朝の話でしょ?」
「あれから会ってないんですよ。こっちでデスクワークでもしてるのかと思ってたんですが」
「あらあら。本格的に拗ねてるわね、それじゃ」
くすくすと綾女は笑う。
「何を話したんです?」
「判ってるくせに」
確かに予想はついている。だが、寝耳に水とは言え辞令は辞令。それが覆らないことくらい、アインにも判っているだろう。なのに拗ねていると聞かされ、神南の目は丸くなる。
「納得はしなくても、命令は命令でしょうに。あいつらしくもない」
「本当にそう思っているの? 自分の口から異動の件をアインに言わなかったのは、彼がこう動くだろうと半ば予想していたからじゃなくて?」
懐かれているのは判っていた。異動を知れば抗議してくるかもしれないと思っていた。しかし、不満は胸の内に留め、大人しく頷くだろうとも思っていたのだ。自分に食ってかかってくるのは予想内だった。それが課長である綾女にまでいくとは思っていなかった。
「二分八分程度ですよ。ここまで強行に反対をするとは思わなかった」
「子供らしいわよね」
その言葉にはっとする。
「まだ、15でしたよね」
便宜上の誕生日である12月でやっと16になる。そのことに改めて気づかされる。
「我儘も言えるようになったのよ」
「もしかして、無理難題、ふっかけましたか?」
普段のアインならばしないだろうことを神南は聞いた。
「可愛いものよ」
その綾女の口調に、神南は突っ込んで聞くのをやめた。薮蛇になる気配が濃厚だったのだ。