14◆11月-1
いい加減、溜めに溜めまくった書類をどうにかしろと庶務から通達を受けた神南は、休日だというのに出勤し、嫌々ながら机にへばりついてた。
だがその実、その書類整理を一手に引き受けているのはアインだった。
「神南さん?」
いつの間にか休日出勤につきあう羽目となっていたアインは、山積みの書類を見ると、諌めるように神南の名を口にした。まさかそれらがすべて未処理だとは思わなかったのだ。
確かに神南と組んでから、書類整理はアインの仕事になっている。しかし、アインに回すことすらしなかった書類が山積みになっていたことに気づかなかったからといって、それがアインの咎であるとは誰も思わないだろう。
それが証拠に、神南を直々に名指ししての通達だった。
「あとでやっとこうと思ったんだよ。アインは別のに掛かり切りだったし。俺だってまぁ、やれないってわけじゃないし……」
「結果が同じなら言い訳にならないよ。家のことはあれだけまめなくせに、どうして仕事となるとこうなるわけ?」
神南は笑って曖昧に誤魔化そうとした。
「笑っても現状は変わらないよ。やるつもりなのと実際にやるのとでは雲泥の差があるんだからね」
アインはきつく言い渡したものの、これらのほとんどを自分が処理するのだろうと諦めていた。
神南の仕事は速いが、苦手意識のある書類整理に限って言えば、亀の歩みのように鈍い。早く仕事を終えたいと思ったら、アイン一人でやったほうがましなのである。
「神南くん、ちょっと」
神南のせいかどうかは判らねど、やはり休日出勤していた綾女が声をかけた。意味あり気な視線に神南は綾女の用件が判ったような気がした。
「明日の予定なら空いてますよん」
軽薄に返したものの、アインの冷たい視線を浴びて神南は付け加える。
「もちろん、書類整理が終わればですが」
「ばか言ってないで、ちょっといらっしゃい」
綾女は神南の軽口を受け流す。
「ちょっくら行ってくるわ。あとよろしく、アイン」
アインは、目線だけで神南を送り出した。自分一人で処理しているほうが能率が良いと判断してのことだった。
ちょうど空いていた会議室に席を移すと、綾女は早速本題に入った。
「転属先、決まったわよ」
「あらー。問題なくなった途端、ですか」
予測の範疇だった綾女の言葉に、神南は驚くことなく混ぜっ返した。
神南を管理課に留めておく理由はもうなくなっていた。ここにきてアインのコミュニケーション能力は格段に成長している。神南を介す必要はもうなかった。
「偶然、という言い訳なんかしないわよ、今更。今月20日付けで資料課に行ってもらうことになるわ」
「うっわー。よりによってそこですか。俺に似合いといえば似合いですが、まずやる仕事はあそこの整理なんでしょうねぇ」
苦手意識を丸出しにして、神南は天井を仰いだ。
資料課といえば、定年間際の職員がよく回される、退職までのつなぎのような部署だった。
やることといえば毎日毎日資料の整理ばかり。これといった期日がきられているわけでもなく、整理された資料を必要とすることもまずない。そのためか、資料の整理は一向に進まず、しかも未整理の資料は日に日に増えていくという、厄介といえば厄介、閑職といえば閑職といえる部署だった。
「それで、いまあそこの主は誰です?」
「藤沢さんよ。もっとも彼も今月末付けで定年だけど」
だからこそ、神南に話が回ってきたというわけだ。さすがの時管局も、おいそれと閑職に人を回す余裕はない。
「その後釜に俺ってことですか」
「そう。しばらくは大人しくしていなさいってことよ。一通りの部署は回ってしまったでしょう?」
確かに他の部署は経験済みだった。公然の秘密とはなっているものの、以前と変わらぬ外見のまま出戻るのは避けたいとは思う。
「まぁ、資料課なら、顔を合わす人間も限られますからねぇ。大概が半年から一年で出ていくような方々ですし」
神南を切るに切れないでいる時管局上層部にとっては、まことに都合の良い部署なのかもしれない。
「大人しくしているのよ?」
綾女は念を押した。
動き回るのを常としている神南を資料課に大人しく閉じこめておけるとは思ってはいない。
神南には動こうと思えば実行に移せるだけの力も設備もある。
「信用ないですねぇ」
苦笑とともに吐き出した言葉に、綾女は睨みつけた。
「信用されるとでも思っていたの? 日頃の行いが悪すぎるわ」
「うわちゃー。やっぱり? ここのところ心を入れ替えてるんですけどね」
信用できない。綾女の目はしっかりとそう言っていた。
資料課への異動にともない、神南の肩書きは主任となる。総務部の部長が資料課の課長を兼任していることから、実質神南が資料課の責任者となる。つまりは神南の暴走を止める人間が一人もいなくなるということだ。
一抹の不安を感じながらも、綾女にはもう手の出せない領域となっている。それならば手の出せる領域になるよう努力するだけだと、綾女は決心していた。
話は済んだとばかりに席を立つ綾女に、神南はいたずらを仕掛ける子供のように楽しげに声をかける。
「この件、みんなには伏せといてくださいね」
「何故?」
「その方が楽しいから」
綾女は溜息をついた。
「また悪い癖が出てきてるようね。それで仕事の引き継ぎはできるの?」
立ち上がりかけたままで、綾女は神南に問う。
「どうせしばらくはアイン一人であの区域を担当するんでしょう? なら問題ありませんよ。俺が入院している間、一人でこなしてたんですからね」
「それはそうだけど。でもあれは緊急事態だもの。通常業務とは違うわよ?」
「問題ないですよ。俺にしか判らないような仕事の仕方はしてませんって。それに、あいつとの同居まで解消するつもりはないんですけど、俺。そういえば、あの家、アインの名義に変更するようお願いしといた件、どうなってます?」
神南が大怪我を負った際に、綾女に依頼していたことだった。綾女を信用している神南は、今までその確認をしていなかった。
「忘れてなかったのね」
綾女は呆れ声で言った。
「変更、済んでますよね?」
脅迫めいた響きが念を押す。
「神南くんじゃあるまいし。信用してもらっていると思っていたのだけれど?」
「信用してますよ。してるからこそ、今まで確認しなかったんじゃないですか」
「じゃあ、今更聞くことでもないでしょ? ちゃんと手続きは済んでるわよ。本人の了承だけは取っていないけれど」
そして苦笑を浮かべる。
「公文書偽造、かもしれないわね」
「正規の手続きでしょうが。アインの了承がないってだけで」
「そこが問題だと思うけれどね。書類なんかはこちらで保管したままでいいのね?」
「その方が安心できますから」
綾女はまた苦笑を浮かべる。こうやって、神南は綾女に対してわざと負い目を作る。それがこの次元に繋ぐ鎖であるかのように。本人の自覚の有無にかかわらず、良くない傾向だと思う。だが、綾女自身がそれに安心しているのもまた事実だった。
「判ったわ」
「あ、それともうひとつ。うちのあのモニター、俺の異動後も本部とリンクさせといてくださいね。責任者はアインってことで」
「大人しくしていなさいと言ったばかりでしょう!」
綾女はついつい声を荒げてしまう。どこか予想済みの件であったとしてもだ。
「だから、責任者はアインだって言ったでしょうが。俺が使うんじゃありませんよ。あくまでもアインが」
「だから、それで信用されるとでも思っているの?」
先程とまるっきり同じような会話になる。
「そこまで信用ないんですか、俺」
「私としては、あなたが何故信用されていると思っているか不思議なんだけれど」
諦めきった口調で綾女は続ける。
「それはそれとして、モニターの件、根回ししておくわ。どうせあなた絡みのことで許可が下りなかった試しはないんだから」
「ありがとうございます。心からそりゃもう、大人しくしてますから」
軽い口調で言われても、綾女に安心などできなかった。それでも仕方ないかと思ってしまうことに、綾女は別の意味で溜息をついた。
綾女との秘密会議から戻った神南は、帰り支度をしているアインを見て驚いた。
「あれ? 仕事は?」
到底、この短時間で済むような量ではなかったように記憶している。少なくとも、自分を基準に考えれば、ほぼ徹夜に近い状態でも週明けまでずれ込むはずの量だったと思う。
「終了した」
「すごいな」
心から感嘆の声を上げる。
「半数近くは督促の書類だったし、僕が来てからの仕事分しか溜まっていなかったから」
ゆえに、神南に判断を仰ぐ必要などなく仕事がはかどったということらしい。
「……これは本気で苦手意識をなんとかしないとな」
神南は先ほど聞かされたばかりの新しい職場について思いながら呟いた。
「そうだよ。その時々にきちんとやっておけば、後で泣きを見るようなことはないんだからね」
神南の呟きを聞きつけて、アインが言った。口ではそう言いながらも、今後も変わらないのだろうと諦めきった雰囲気がある。これからもずっと神南と組んで仕事をしていくと、何の疑いも持たずにいるアインに、神南は苦笑めいた笑みを浮かべた。そして、アインの猫っ毛の髪に手を置き、くしゃくしゃと撫で回す。
「神南さん!」
抗議の声を聞き流し、神南は重要機密を打ち明けるようにこっそりと囁いた。
「で、晩は何が食いたい?」
「え?」
「ご褒美だ。何でも作ってやるぞ。たまには外食だっていい。何が食いたい?」
アインは困ったような顔をした。
元来、好悪の区別を付けることのなかったアインだが、ここにきて多少の好みというものもできつつあった。だが、食事に関してはこれといった好物があるわけではない。神南の不断の努力から味覚に発達の兆しはあるものの、基本的に出されたものは身体に悪影響を及ぼすものでないかぎり黙って食している。放っておかれれば、相変わらず栄養価の高いものを中心に不足分をサプリメントで補うような、食事というよりは餌と呼ぶに近いもので済ませてしまう。
「なんでもいい。神南さんの食べたいもので」
「相変わらず、張り合いがないなあ。和・洋・中、どれがいい?」
食事そのものに関心のないアインに、その選択すら難しかった。
「だから、神南さんの食べたいものでいい」
わざわざ大仰に溜息をついて見せ、神南は首を振った。
「俺の努力を何と思ってるんだか。食わせ甲斐がないよなぁ、アインは」
「……ごめん」
俯くアインに、神南は笑い声をあげた。
「ばーか。冗談に決まってるだろうが」
軽くアインの背を叩くと、神南は思案顔になる。
「じゃあ、何にするかな。俺の食いたいもんってもなぁ。……そうだ、アイン、夕飯、失敗しても怒るなよ?」
アインはその言葉に首を傾げる。
神南と暮らすようになって半年近くなる。ずっと神南の手料理を食べているが、失敗した料理というものを見たことがない。それが、神南が失敗したことがないからなのか、はたまた失敗した料理を出さないからなのかは、神南の聖域とも言えるキッチンに未だ近寄らせて貰えないアインには判らないことだったが。
「神南さんが料理を失敗する? そんなことあるの?」
「作るのは初めてだからな。レシピは頭に入ってるし、舌も覚えてるから大丈夫だとは思うけどな」
神南は含みを持たせるかのように、何を作るのかは明言しなかった。
「買物して帰ろう。つきあってくれるだろう?」
買ったものは、レンズ豆、鶏肉、牛肉、松の実、レーズン、胡桃に生クリーム。
料理に明るくないアインには、神南が何を作ろうとしているのか、かけらすらも思いつかない。
「そうだな、一時間半、というところか。できたら呼ぶから、部屋に行ってていいぞ」
手早く米を洗いながら、神南は振り返りもせずに言った。
「うん。判った。下にいるよ」
アインの気配が下に降りていくのを背中に感じながら、神南は洗った米をザルにあげる。
野菜と肉の下ごしらえをすまし、手順を迷うことなく、圧力鍋にレンズ豆と米、トマトペーストを入れて火にかける。使い込んだ両手鍋には牛肉と野菜を入れて煮込む。その片手間にバターで炒めた松の実、鶏肉、それに米を炊飯器に入れ、塩胡椒を加えて炊く。
今度はグラニュー糖と蜂蜜とレモン汁でシロップを作り、買い置きしてあったフランスパンを斜めに切る。卵をたっぷりとつけて油で揚げ、作っておいたシロップに漬け込む。胡桃は粗めに砕いておき、生クリームはまだ泡立てない。
ピラフが炊き上がるころには、うまい具合に他の2品も仕上がっていた。最後の味見をして記憶にある味と較べる。満足のいく結果になったのか、神南は軽く笑みを浮かべると、下に声をかけた。
「できたぞ!」
返事がない。軽く溜息をついて、神南は下に降りていった。
ところが、いるであろうと思っていた地下書庫にアインはいなかった。神南は首を傾げ、モニタールームまで降りる。
「アイン?」
今度も返事がない。
もうひとつ下に、転送ルームがある。だがそこまで降りるには、エレベータを使うしかない。それなのにエレベータが動いた形跡はなかった。
「どこ行ったんだ、あいつは」
1階まであがり、玄関の靴を見る。外出したわけではないらしい。では2階かと、神南はアインの部屋をノックする。応えはない。
後ろめたいものを感じながらも、神南はドアノブに手をかけた。回す。扉が開く。
「アイン、いるのか?」
以前よりは個性の出てきた部屋の中に、アインはいなかった。神南はそれだけを確認すると、そそくさと部屋をあとにする。
「てこたぁ、やっぱり書庫なのか?」
呟きつつ、再び地下書庫に降りる。
今度は書架の間をひとつひとつ確認して歩く。
一番奥の書架に背を預け、膝を抱え込んで何かを読みふけっているアインを見つけた。
神南は苦笑を浮かべ覗き込んだ。
「… …神南さん?」
手元が暗くなったことで神南の存在に気づいたらしい。驚いたように見上げるアインに、神南は呆れたように言った。
「何をそんなに夢中になって読んでるんだよ。こんな狭っ苦しい所じゃなくて、ちゃんと座って読めばいいだろうが」
「最初はそうしてたけど、一々戻るのが面倒になって……。それより神南さん。気配殺して歩くの、趣味?」
覗き込まれるまで気づかなかったのを、アインは神南のせいだと思っていた。
「なんで自分ちで気配殺してなきゃなんないんだよ。だいたいなぁ、最初に声かけたとき、どうして出てこなかったんだよ。いないと思ったから、悪いが部屋も覗かせてもらったぞ」
「え?」
呼ばれたことに気づいていなかった。その事実は、アインを驚かせた。何かに集中していても、神経のどこかは辺りの気配を探っているのが普通だった。いくら一番奥まったところにいたとしても、誰かがここに降りてくればすぐに判ったはず。しかも、神南は声をかけているという。それすらも気づかなかったということに、アインは恐怖にも似た不安を感じた。
「… …どこか、壊れたのかな」
呟き声を聞きとめ、神南はそれを笑い飛ばした。
「なに言ってんだよ。夢中になりすぎたんだろうが。よくあることさ」
「よくあることじゃない。初めてだ。呼ばれたことすら気づかなかった」
「それは嬉しいな。ありがとう」
「神南さん?」
まるで思ってもいなかった言葉を聞かされ、アインは戸惑った。どう考えても礼を言われるような状況ではない。
「だってそうだろう。俺の気配どころか声すらも聞こえないほど集中できたってことは、俺を全面的に信頼してるってことだろう? 礼を言わずにどうするってんだ」
アインは首を傾げた。そういう問題なのだろうか。これが神南でなかったのなら、ちゃんといつものように気づけたのだろうか。
「そんなことより、飯。初めて作ったにしちゃ、結構美味くできたと思うんだが。食べるよな?」
「うん」
何やら誤魔化されたような気分で、アインは頷いた。
食卓に皿が並ぶ。
どことなく得意げな神南が、アインの食べる様を見ている。
「どうだ?」
トマト色をしたスープを口に運んだアインに、待ちきれないように神南は訊いた。
「うん。おいしいよ」
思ったような反応が得られなかったのか、神南はほんの少しだけ肩を落とすと、気を取り直して料理の説明を始めた。
「それはメルジメック・チョルバス、レンズ豆のスープだ。で、これがイチ・ピラヴ、松の実と鶏もも肉のピラフ。上に散らしてあるレーズン、苦手なようなら除けていいからな。それからタス・ケバブ、まぁ牛肉の煮込みだな。本来なら、ここにパンも添えるところなんだけど、どうもピラフが主食って感じが抜けなくてね。欲しいなら、パンもあるぞ」
「ううん。十分。これ、トルコ料理?」
「良く判ったな。カタカナで覚えてるんで、発音が正しいか判らなかったんだが」
「確かに正確じゃないね。でも、かなり似ていたから判った」
タス・ケバブを取り分けていた神南の手が思わず止まる。
「トルコ語も習得してるのか」
「基本くらいは。日本語ほど得意じゃないけれど」
何でもないことのように、アインは言った。
「忘れてたけど、日本語が母国語ってわけじゃないんだよな」
「母国がどこか知らないのに、何が母国語かなんて判らないよ。不自由はしていないし、案外、僕は日本育ちかもしれない」
神南の重く呟いた言葉に、アインは軽く答えた。
他の、全く別の次元から連れてこられたかもしれないという認識はある。それでも、もとの場所に戻りたいとは思わなかった。そこの記憶がないのが一番の理由ではあったが、何よりも神南と離れたくないと、アインは強く思っていた。
「他にも習得してある言語はあるのか?」
「主立ったものは、ほとんど。ネイティヴレベルと言われたら、七カ国語ぐらい、かな?」
反射的に『使える』と思ってしまった。それを払拭するかのように、神南は必要以上に明るく言う。
「そいつは凄い。俺も見習って、もう少し真面目に言語習得に励むか」
「必要なら、僕が教えようか?」
「あー。そのうちな」
時間だけならたっぷりとある。特に、資料課に異動になったあとでは。
綾女が心配するように、資料課にどっしりと腰を据えていられるほど、落ち着いた性格はしていないとの自覚はある。何か他のことに目を向けていなければ、過保護すぎるほどにアインの面倒を見てしまうだろう。その自覚もあった。しかし、言語習得がその代替になるとは思えなかったが。
「今日はデザートもあるから期待してな。トルコのデザートなんで、えらく甘いぞ。」
だが、心のうちを見事に隠しおおせ、神南はさらりと話を変える。
「話には聞いている。けれど、まだ食べたことはない」
アインは訝ることなく、話の転換についてくる。
「本場物よりは甘くならなかったと思うんだよな。どうしても理性が邪魔をする。分量通りにはしたつもりだけど」
そう言って、神南は席を立つ。空いた皿を手にキッチンに向かう。
生クリームを砂糖なしで泡立てるのに少々てこずったものの、それほど待たせることなく神南はデザートを手にテーブルに戻ってきた。手にしているのは揚げたパンをシロップ漬けにしたものに砕いた胡桃をかけたものだった。泡立てた生クリームが添えてある。
「おまたせ。エキメキ・タトゥルスだ。生クリームをつけて食ってみな」
食べ終えた食事の食器をわきに重ね置き、神南はデザートをアインの目の前に置いた。
「見るからに甘そう……」
「だよな。作りながら俺もそう思った。歯が溶けるくらいの甘さってやつに挑戦したかったんだけどな。どうだろう」
アインは一口食べて、簡潔に感想を述べた。
「おいしいと思う」
その感想に気を良くして、神南は大口を開けてぱくりと食べた。
「げ。すっごく甘い……」
甘味はどちらかというとあまり得意ではない神南は、一口だけで音をあげた。自分で作っておきながら、次の一口にどうしても進まない。
「そうかな。確かに甘いけれど、この生クリームがそれを緩和しているし、おいしいと思うよ」
アインは平気な顔で食べている。
「アインは甘党か。覚えておこう」
甘味に関しては、アインの感想を参考にするのはやめようと、神南は思った。残りをさりげなくアインの方に押しやる。
それに気づいたアインは、くすくすと笑いながら、残りのデザートを平らげた。