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【2】ランチボックスと貴族令嬢

 

 春の妖精が北方へと旅立ち、夏の女神が南方より王都に近づいていた。

 燦々と輝く太陽がもうすぐ中天にさしかかろうとしている。

 真昼の王者と競争するように、フランはランチの準備を急いでいた。


 白いシャツに黒いズボンとチョッキという男性用給仕服を着た彼は、四角い籐の籠を抱えて、コマネズミのように厨房を動き回っていた。慣れた様子で次々と籠の中に、クルミパンと卵・キュウリ・トマトのサンドウィッチ、クルミとキュウリ入りカボチャサラダ、丸々一個の青リンゴ、飾りのレタスなどを入れていく。最後に油紙と白布で蓋をすれば完成だ。


 籠の正体は騎士用のランチボックスだった。

 一応、騎士には申請制の昼食として軍事用保存食が出されることになっている。だが、腹持ちが良くても味が単調だと騎士達の間では不評であった。腹が空いては戦にならぬというが、まずい飯では戦意がわかぬ、と大半の騎士は自分で昼食を用意していた。


 しかし、中には自分で弁当を用意できない者いる。下流貴族や平民出身の独身騎士達である。朝食を作る余裕もない彼らに弁当が作れるはずもない。昼飯抜きでは午後からの勤務は外敵というよりも空腹との闘いになってしまう。だが、彼らの昼休憩は三の郭まで食事に行くには短すぎた。


 そして、彼らのほとんどには、弁当を作れる恋人がいなかった。


 騎士達の名誉のために言っておくが、彼らに恋人がいないというわけではない。ただ、彼らの恋人には、弁当を作る才能に欠ける者が多かった。


 フランが酔っぱらい騎士達から若かりし頃の武勇伝として聞いた実例を幾つか挙げよう。

 

 例えば、ある貴族令嬢は、パンがなければお菓子を食べればいいじゃないとチョコレートケーキを差し出したそうだ。勿論、ホールであった。また、ある青年貴族は、今から君のためにウサギを狩ってくるよと森の方角に駆けていったらしい。弓を忘れた彼の狩りがどうなったかは、とっくの昔に別れたという女性騎士から聞くことは出来なかった。


 悲惨な例が多いが、これは、貴族の恋人に限ったことではない。

 ある農村からの出稼ぎ娘は、私は昼食抜きが普通だったわよ、と丸パン一個を手渡したという。また、ある青年商人は、新しく仕入れた南方の激辛唐辛子なんだけど試食して貰っても良いかな、と深紅の唐辛子を大量に包んだ紙袋を差し出したそうだ。蛇足だが、その話を聞いた兄は、さっそくその商人の元に仕入れに行った。今では激辛トマトスープは食堂の定番メニューになりつつある。


 閑話休題。これらの悲劇を乗り越え、男女の騎士達は学んだ。円滑な恋人関係のために、恋人に手作り弁当を求めてはならない、と。


 そして、そこに商機を見出したのが、商売人たる騎士団食堂だった。昼の時間にランチボックスと称して、恋人に手渡しできる昼食を用意したところ、恋人達や憧れの騎士に差し入れをしたいという老若男女に爆発的に売れたのだ。


 その発案者たるフランは、たまには夢の記憶も役に立つもんだ、と機嫌良く鼻歌を歌いながらランチボックスを店頭の卓上に並べていた。もう少ししたら客が大量に押し寄せる。その前に釣り銭などを準備しなくてはならなかった。


「ランチボックスを一個くださいな」


 聞き慣れた声と共に、深紅の薔薇の刺繍が施された包み布が差し出される。フランはランチボックスを並べる手を止め、顔を上げた。燃えるような赤毛を三つ編みにした、黒い瞳の貴族令嬢が彼の前に立っていた。毎日、父親のために弁当を買っていくお得意様だ。いつもはもっと混み合う時間帯に来るというのに、今日は随分と早い。一番乗りだ。


「こんにちは、アンナ様。お父様にお持ちになる分ですね。少々お待ち下さい」


 フランは手早く保冷効果のある魔石と一緒に商品を包み手渡した。だが、いつもならば、早く父親に届けようと急ぎ足で立ち去る彼女は何故かその場を動こうとしなかった。

 どうしたのか、と覗き込んだ彼女の顔は、どこか強ばっているようであった。


「フラン様。王都の小大将と呼ばれた貴方様に、折り入ってお願いがあります」


 フランは、焦げ茶の瞳を驚きに瞬かせて苦笑した。小大将とは随分懐かしい呼び名を聞いたものだ。


 フランは六歳で騎士団食堂周辺の子ども達を纏め上げガキ大将となった。三の郭最年少のガキ大将の誕生だ。これを見た他地区の大将達は子分を増やすチャンスとばかりに彼に喧嘩を売ってきた。フランは、売られた喧嘩は買うタイプだった。結果として彼の勢力範囲は三の郭の35%まで及んだ。(これは、ガキ大将としての権力をふるいつつも、大人達の面倒ごとに巻き込まれないギリギリの数字である。)


 『小大将』は、フランの近年稀に見る名ガキ大将ぶりに、騎士団食堂の客がからかい半分に付けた通り名であった。「我らが小さな名大将に乾杯っ!」という乾杯音頭が、騎士団食堂でよく使われたものだった。

 そんな彼も、今ではガキ大将を引退し、三人の子分達に縄張りを三分割して譲っていた。


「若気のいたりですよ。お恥ずかしい。もう、引退して二年になります。申し訳ないのですが、お力になれるとは・・・・・・」

 首を振ったフランに、アンナ嬢は焦ったように言う。


「いいえ。どうか、お願いですフラン様。顔の広いフラン様なら、きっと見つけ出せるはずです。『ヨウ』を。イヌの『ヨウ』を、どうか、探し出して下さいませ!」


 他の人間ならば、『ヨウ』とはアンナ嬢が飼っている犬の名だと思っただろう。

 だが、フランには分かった。それは、人間の名だと。この世界にはいない、異世界ですら、もはやこの世ならぬものとなった亡霊の名であると。


 分からないのは、果たしてアンナ嬢が何故その名を知っているのかであった。

 何故、彼女が、彼の『夢の中での名』を知っているのか。


 赤髪の令嬢が、縋るような目でフランを見つめている。

 さて、どうでるか・・・・・・。

 フランは、慎重に口を開いた。

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