【0】言の葉は夢の狭間を彷徨う
とある次元のとある世に、異能により財を築いた一族がいた。
彼らは動物の姿を借り、運命の相手のもとへ夜ごとに現れ、愛を囁いたという。
それはまさに、夢のように甘いひととき。
さればこそ、人は彼らをこう呼んだ。
『夢渡りの一族』と。
***
「本日より、コウモリが忌み子の側仕人となれ」
夢渡りの一族は、人知れず歴史の闇に蠢いてきた。
そんな彼らに忠誠を誓ってきたのが、我らが一族だ。
私の最初の任務は、その主が一族を滅ぼすと予言された、赤子の世話係だった。
生まれたての赤子が、ふくふくとした幼子になり、利発な少年になる様を、私は見守った。
そして、夜毎に彼の寝顔に祈った。
予言を恐れた上層部が、この子の未来を潰さぬことを。
「コウよ! この子の名は、コウ! 先に生まれた忌み子の片割れ、カイと合わせれば、『コウカイ』。親の一族を滅ぼすと言われた子に、これ以上の名があって!?」
自身が忌み子を産んだことから、狂気に堕ちた母君が嗤う。自身が産み落とした子の生には後悔しかないと。私は赤子を抱きしめた。母君に頭を垂れながら、心に決めた。
――― この命の限り、カイ様とコウ様をお守りしてみせる。
そして、私はこの時の決意通り、愛し子達に、この命を捧げた。
***
「カイ様。コウ様。どうか、お幸せに」
それが、彼女の最期の言葉だった。
夢渡りの一族を滅ぼすと予言されたウサギの子に、
幸あれ、と彼女は祈ってくれた。
最期のその時まで。
だから、私は前を向いて歩いた。
顔を上げ、風を肩で切り、前を見据えて、一歩ずつ
――― 彼女に恥じぬよう、生きた。
***
「死ね、カイ。忌まわしき二つ月の忌み子よ」
生まれて初めて親からもらった言葉だ。いや、血が繋がっているというだけの縁ですら厭わしい人間の、呪詛か。どちらにせよ、ようやく彼らの望みが叶うというわけだ。
なぁ。願い事とは古今東西、代償と引き替えなものだそうだぞ。ましてや俺はコウモリの一族。血吸いの悪鬼と畏怖された一族が第三位だ。それ相応の贄をいただくてはな・・・・・・タヌキの翁。貴様ら一族の滅亡と引き替えに、叶えてやろう、その願い。
――― そうして俺は前世と縁を切った。
***
「夢渡りの一族はもはやこれまでだ」
爺が禿げた頭を抱える。
俺は内心で嗤った。
とっくに終わってたよ。夢渡りなんて幻想。あいつらの絆を叩き斬り、あいつらの心を粉々に砕き、あいつらの想いを踏み躙ったのは、俺を含めたアンタ達だろうさ。何を今更。
――― さあ。幕引きだ。派手にやろうぜ。
表向きの面で、格好付けて、最高に無様にコウモリの若造に叫んだ。
「お前さえいなければ、俺は!」
アンタが居ても居なくても、俺の人生はとっくにオワッテタ。
まったく、タヌキなんぞに生まれるもんじゃない。
真っ黒な腹を探って探られて。テメェの生き先すらわからねぇってのに、面倒くせぇ。
ようやく楽になれるって思やぁ、むしろ、俺としちゃ万々歳だ。
――― 後は任せたぜ。コウモリの若造に、ウサギの嬢ちゃん。・・・・・・悪かったな、アヤ。
***
「いってらっしゃいませ、ヨウ様。お気を付けて」
帰還した自分を待っていたのは、アヤではなかった。永遠に彼女の声が聞けないという事実だけだった。―――帰ったら、話があると言っただろう、アヤ。
以来、俺の世界は、赤く染まったままだ。
暗闇に包まれた研究施設の通路をひた走る。発電機は爆破した。非常電源が入るまで、あともう少しだ。俺の仕事は、その間、警備の注意を引くこと。
視界が白に染まった。電灯が息を吹き返している。まずい。予定より早い。被験者の子ども達を保護する班が、地上に出るまで、まだ時間が―――。
イヌの第六感が危険を告げる。反射的に飛び退いた。弾丸がコンクリートの床をえぐる。人間の目では追えないはずの銃線を、イヌの目で視認して、小さく唸った。当たるぞ、これは。
疼く脇腹に構うことなく、口角を上げてみせる。肉食獣の嗤いを浮かべ、イヌの遠吠えをコンクリートの地下通路に大きく木霊させた。さあ、獲物はこっちだ。夢渡りの異能者は、こちらだ、研究者の犬ども。・・・・・・来い!
この世に未練など、微塵も無かった。
――― 伴侶を失った夢渡りの最期など、こんなものだろう。俺の同胞、しかも、あいつに言わせれば、愛しき幼子達のためだ。最期に一つ、大暴れしてやろうじゃないか。
そして、赤の狂犬と呼ばれた男は、赤く染まった世界に別れを告げた。
物語はここで終わる・・・・・・はずだった。
『邂逅』の続編です。邂逅を読んでいなくとも分かるように書く予定です。主人公を変えました。ナーシャ主人公の続編を期待なさっていた皆様、申しわけありません。前作の主人公ナーシャは脇役として登場予定です。