デートの途中で連れて行かれた婚約者を思いながら、街を歩く。
なんでもあり。
婚約者とのデートをすっぽかされた。
……なーんて、ひどい言い方よね。
あの人は先ほどまでここにいてくれたじゃないの。
やっと捥ぎ取った休日を埋め合わせるように、私が来たかったこのカフェに一緒に来てくれていたのだけれど…。
魔法って、便利で不便よね。
部下が魔法を失敗して、魔法室は今てんやわんやなんですって。
それで魔法で居場所がバレた婚約者は、そのまま連れて行かれてしまった。
立場のある人間は大変だ。
「……せっかく二人で過ごせると思ったのに」
そうして注文していた私の紅茶と彼の分のコーヒーが届いた。
「あの、ごめんなさい。先ほど注文したケーキをキャンセルにしてもらえないでしょうか」
店員にそう声をかけて、了承してもらった。
甘いものを食べるときは、彼がいる前提だ。
私は甘いものは一口で十分なために、ほとんどは彼が食べる。
そこまでして頼まなくてもいいと言うのだけれど、「カタリナは食べたいもの食べたらいいんだよ。残ったら僕が食べればいいんだから」と結局彼が頼んでくれる。
あなたが食べたいだけじゃない?と思うはなくもないが、それが彼のいいところでもある。
「はあ……、これを飲んだら帰りましょ」
独り言を漏らしながら、紅茶とコーヒー両方を飲み干してカフェを後にした。
そのまま街に出て、一人でぶらぶらと歩いていく。
今日は婚約者が一緒にいてくれるはずだったから、お付きの侍女たちは家に置いてきてしまった。
一人で勝手にフラフラしてたら怒られそう〜…、そう思いながらもその足は街を進んでいく。
「あっ、あの人が今度観たいって言っていた観劇。もう来週じゃないの、あーあまた仕事で行けなそうね。可哀想に」
「これ、この前我が家に送ってくれた焼き菓子だわ。ここのお店のだったのね」
「そういえば、夜会用のハンカチーフを新しくしたいって言ってたかしら。何か買っていった方がいいかな」
……私って、こんなに彼のことしか頭にないのっ?
自分で恥ずかしくなってくる。
今日、浮かれていた自覚はある。
だって久しぶりに顔が見られると思って、侍女に頼んでいつも以上に粧し込んできた。
これだって、あの人に見てほしくてこの格好なのに、肝心な本人がここにいやしない。
「…もうちょっとくらい、一緒にいられてもよかったじゃないの。魔法のバカ」
そんなこと言ったって現実は変わらないし、彼の大事な魔法がなくなることもない。
私も使えたらよかったのだけれど、この世に魔法を使える人は2割くらいだろう。
貴重なその力を、仕事で活かせるのはすごいことだと頭ではわかっている。
「花はいりませんかー?」
その時、花売りの少年が視界に映った。
花屋で売っているような立派な花ではなく、カゴに入った花は少しくたびれて見えた。
それでも、なんだか他人事に思えなくて、私は声をかけていた。
「その花、一輪いくらかしら?」
「お姉さん、買ってくれるんですか?」
「ええ、一輪くださいな」
「お姉さん可愛いから、サービスするねっ!」
そう言って口が上手い少年ははにかんで、一輪分のお金で二輪をリボンで結えて手渡してくれるのだった。
「ありがとう、とっても可愛いわね」
「それはお姉さんの方でしょ?」
「ふふふ、そうやって若い女の子ばかり口説いちゃダメよ?」
「大丈夫!若いお兄さんも平等におだてるから!」
はっきりそう言ってしまう少年に目を丸くして、それから可笑しくて吹き出してしまった。
「あははっ、いいわね。それくらいがいいわよね」
これぐらいはっきり、私も言えばよかったのよ。
そう思った時、風が吹き荒れて危うく今もらったばかりの花が飛んでいきそうになった。
「……っ!?」
「カタリナ…!」
「え」
振り返ると焦った顔をした婚約者が、額に汗をかきながら目の前にいたのだった。
「え、なんで、仕事は」
「終わらせて飛んできた」
「えっ!? ダメじゃないの、緊急時以外に魔法を使っちゃ…」
「緊急時だろう!? カフェに戻ったのに君がいなかったんだからっ!!」
そう言って、腕を引かれてその胸に顔がつく形で抱き寄せられていた。
ぶわあっと一気に顔が熱くなるのを感じて、慌てて押したけれど彼はびくともしない。
「ちょ、人の往来……」
「……急にいなくならないでくれ、焦った」
「…………」
魔法で私の目の前からいなくなったのは、そちらじゃないの。
なんで、私が怒られ……。
あっという間に連れて行かれたからもう戻ってこないものだと思っていたが、彼はそうは思っていなかったようだ。
悪いことをしたような、ちょっとは胸がすくような、似ていない感情を二つ抱いて、紅茶とコーヒーみたいと思った。
だから、甘いものが必要なのかもしれない。
だってそうやって許し合って生きていくものだから。
そう思ったら、彼とまた甘いものが食べたくなってきた。
きっと、私は一口で十分なのだろうけど。
でも、彼が甘いものを食べる顔を見るのは、かなり好きだなと思う。
「ヒューー、やっぱ可愛いお姉さんには恋人がいて当然だよね〜〜!お兄さんがいなければ、ぼくが口説きたかったな〜〜!」
その軽快な声に我に返って、赤い顔の熱を冷ますように離れようとしたけれど、全然離してもらえず。
ニカリと笑っている花売りの少年に、婚約者は大人気なく睨みつけるのだった。
「残念だったな、彼女は俺のなんだ」
「……張り合わなくていいからっ」
「お兄さんも素敵だけど、そんな可愛い彼女を街中で一人フラつかせちゃダメだと思うよ〜〜?」
「……忠告、どうも」
言われたことは図星だったのか、彼はなんとも苦い顔をしたまま、私の手を引いてその場を去っていく。
「あ、ありがとう、お花もっ…!」
歩きながらも振り返って、花売りの少年にそう言うと、少年は手を振って笑っていた。
「毎度あり〜〜!お姉さん、さっきと違って楽しそうでよかった〜!またね〜〜!」
と言われたもので、婚約者は私を見てニヤけた口元を隠している。
「……〜〜っ、埋め合わせはあのカフェのケーキでいいわよ…!」
「うん、待たせてごめんね。カタリナ」
そう言って、手を繋いだ彼と、またあのカフェに戻っていくのだった。
了
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289日目。




