メンヘラ王太子はめんどくさい! 〜婚約破棄は構っての合図〜
「カサンドラ、お前との婚約は破棄する!」
王城庭園のガゼボで王太子殿下との定期的なお茶会。
自我が芽生えるかどうか、そんな幼いころからの婚約者なので、二十歳になった今、会話はあまりない。
お互いにのんびりと過ごす時間にしていて、私は最近気になっていた恋愛小説を読んでいたのだけれど――――突如、王太子殿下が立ち上がり、婚約破棄だと言い放った。
「へぇ? それで?」
「そっ、それで!?」
金色に輝くストレートロングの髪を風になびかせ、空より空色の瞳を大きく見開き、きょとんとしている王太子殿下。
彼は、時々発作のようなものを起こす。
あまり自分に自信がないようで、どうせ私は……とか、本当に愛されているのかとか、見捨てられるかも……なんて不安から、妙に強気な態度で相手を試そうとする。
いわゆる『メンヘラ』という生態。
「はい。それで、なぜ婚約破棄したいのですか? 破棄したとして、王太子殿下は幸せになれるのですか? もしそうであれば、私は喜んで婚約破棄を受け入れますが?」
「あぅ……」
あぁ、また悪い癖が出てしまった。
彼がメンヘラムーブをするたびに、ついつい彼を追い詰めてしまう。
「……カサンドラが私を見ないから」
「はいはい」
「…………う」
しょんぼり俯いてガゼボのベンチに座り直し、お茶をちびちびと飲みだした王太子殿下をチラリと横目で見る。
――――あぁ、可愛い。
私はあまり感情が表に出ないらしく、王太子殿下の婚約者だと知ったときも、美しい王太子殿下と顔合わせをしたときも、彼から愛してると言われたときも、表情が変わっていなかったらしい。
黒い髪、黒い瞳、無表情。
まるで幽霊のようだと言われてきた。
一時期は、表情筋をどうにかしようと、無理に笑ってみたりもしていた。
『夜空のように深い瞳と髪の色はね、凛とした表情のカサンドラにとても似合っているよ。私には、安眠を司る優しい女神にしか見えないよ? カサンドラは、そのままでいいんだよ』
十年前、王太子殿下にそう言われてから、私は私のままで生きると決めている。
だから、王太子殿下がどんなにメンヘラな行動をしようとも、そのままを受け入れる。
いじめてしまうのは、御愛嬌だと思ってほしい。
可哀想は、可愛い――だから、つい。
王太子殿下は、とても優しい人だ。
婚約して十年以上が経った今でも、私のことを純粋に愛してくれている。
昔はもっと自信満々でいて、真っ直ぐに人を信じる人だった。彼がこう――メンヘラになった原因は、私にもある。
私たちが十三歳になった年、隣国との小競り合いから国境で小さな戦争が起きた。
双方にそこまで被害は出なかったものの、同盟の協定などの観点から、隣国の王女と王太子殿下の結婚の話が出た。
いくら婚約者とはいえ、私には国の方針に逆らう権力も権限もない。
宰相である父から、そんな話があると聞かされて、快諾するしかなかった。
巡り巡って、その話が王太子殿下の耳に入り、泣かれた。
美しい青い瞳からぼたぼたと零れ落ちる、透明な雫。
嫌だ、なんで、と怒る王太子殿下に、私は真顔でただ「それが私たちの役割だ」と伝えてしまった。
私たちの婚約には、さまざまな思惑が絡んでいる。
歴史的には長いものの、軍事的にはそこまで強くないこの国。
隣国は新興国家ではあるものの、周囲の小国を取り込み、帝国と名乗るのも時間の問題だろうと言われていた。
そのため、何かあったときには、素早く対応できるよう、宰相である父の娘と王太子殿下を婚約させていた。
私も、王太子殿下も、それは承知の上での婚約というか、既にそう決められ既に婚約していたから、そういうものなのだろうと受け入れていた――――が、王太子殿下はどうやら違ったらしい。
『私は、カサンドラを幸せにすると決めていたのに、カサンドラは違ったんだね……』
項垂れる王太子殿下に、どう声を掛けたらいいのか分からず、無言を貫いてしまった。
その翌日からだった。彼が私を見るときは、僅かに負の感情が滲むようになっていた。
今日のお茶会で、こうなることは予想していた。
恋愛小説を持ち込んだのはわざと。
私が恋愛小説を開けば、彼はきっといつもの発作――メンヘラムーブを起こす。
必死に愛を求めて、心とは裏腹な行動を起こしてしまうのが、本当に面倒で可愛い。
彼がこうなった当初は、本気で面倒だと思っていたが、私の反応に一喜一憂しては、頬を染めたり顔面蒼白になっているのを見て、なんて可愛い人なんだろうかと、雷に撃たれたような衝撃を受けた。
ちなみに、こんな面倒臭い行動をする彼だけど、王太子としての仕事は完璧である。
普段とのギャップ、それを見るたびに、私は彼にときめきを覚えるようになっていた。
歪な関係だなと思う。
「カサンドラ」
「なんでしょう?」
「カサンドラはいつになったら私を名前で呼んでくれるんだ?」
「…………」
「……え? 名前、知ってるよね? え……?」
名前は、知っている。
レオンハルト王太子殿下。
幼いころは呼んでいたと思う。私たちの婚約の意味を知ったころから、意図的に呼ばなくなった。
たぶん、彼に心を置かないようにしたかったんだと思う。
「存じております。そろそろ時間なので屋敷に帰りますね」
「カサンドラ!?」
今さら、名前を呼びたくない。
二十歳になった今も、私たちの関係は仮初めの婚約者。
国王陛下も父も、私たちの結婚を未だに決めかねているのだから。
それほどに、今も周辺国家との関係が微妙なのだ。
逃げるように立ち去ったお茶会から二ヵ月後、隣国が世界に対し帝国と宣言した。そして、使者がこの国に来ることになった。
以前の戦争時に結んだ協定を更新するために、ということで、父が随分とホッとしていた。この調子なら、帝国とも友好関係を築いたままでいけるだろうと。
使者を歓迎する夜会の前夜、王太子殿下の婚約者として参加するはずだったが、私は参加しないほうがいいと父に言われた。
「体調不良でもいい、とにかく参加は止めなさい」
「急ですね。なぜですか?」
「使者の中に、帝国の第七皇女殿下がいてな……以前、王太子殿下と婚約の話が上がった方だ」
どうやら、身分を隠して使者に紛れ込んでいたらしい。
婚約の話が上がったときは、王太子殿下が十三歳で、皇女殿下はまだ八歳だった。大きなところは血縁関係に頼らずとも良い協定が結べたからだったが、年齢の問題でも婚約の話が流れたところはあった。
ただ、相手方にお互いの肖像画は届けられていて、どうやら皇女殿下は王太子殿下に一目惚れしていたらしい。
この数日、父に外出しないよう、特に王城には行かないように言われていたのは、それだったのかと理解。
きっと、私は用済みになるのだろう。
脳裏に浮かぶのは、月のように輝く髪を風になびかせ、暗い笑顔を向けてくる王太子殿下だった。
変な方向に走らないといいけれど――――。
父の願い虚しく、夜会当日は王太子殿下から強制参加の連絡があった。迎えに行けないが必ず来るように、と。
そうして参加した夜会で……また、言われた。
「カサンドラ、お前とはもうやっていけない、婚約を破棄する!」
「承知いたしました」
眩い水色のドレスを着たうら若き少女が、腕に絡みつくようにして、王太子殿下に寄り添っていた。
対面には、少し色調を抑えめではあるものの、王太子殿下の瞳の色に合わせたドレスを着た、こんなときでも無表情の私。
「やだ、睨まれてるっ」
「気にしないでほしい。この女はいつでもこうだ」
これで私の役目は終わりなのだろう。
スカートを少し持ち上げ、カーテシーをして立ち去ろうとしたが、近衛騎士たちに両脇を固められ、王城内の客室に誘導された。
はたから見れば退場時の護衛ではあったが、近衛騎士からはついてくるよう言われたので、このあとの展開はなんとなく予想できている。
窓辺にレターデスクのイスを移動させ、ぼーっと夜空を眺めていた。
今日は一際大きな満月が低い位置にいる。
あまりにも眩しくて、美しい。まるで王太子殿下のようだった。
私に関わらなければ、優秀な人なのだ。
いつかこうなると覚悟はしていたはずなのに、実際にそうなる日が来るかもしれないと考えると、少し淋しいような気もしている。
「…………カサンドラ」
「殿下、このような場所に私を閉じ込めて、何が目的で?」
分かっていて、聞いてしまう。私はなんと性格が悪いのだろうか。
「分かっているくせに、聞くな」
「分かりませんね。こんな茶番をして何の意味があるのかも」
「っ…………」
帝国の皇女まで使ったり、周りを巻き込んで私の愛を確かめようとしたり、本当に『構って』が面倒臭い。
そして、一瞬でも、もし本当に婚約破棄になってしまったら……なんて心の中で焦っている自分がいることも、それなのに強がる自分も面倒臭い。
「構ってほしいと言えばいいものを」
「でも……構ってくれないじゃないか。いつだって、カサンドラは私を見ていない。口先だけで、私を本気で愛してはいないじゃないか……!」
口先だけ、そう言われた瞬間に私の中の何かが崩れ落ちた。
「ほんと、めんどくさい」
「っえ……」
「いちいち言葉にしないと信じられないのですか? 愛してます。はい、これで満足ですか?」
呆然としている王太子殿下を無視し、話を続ける。
「メンヘラムーブも、それをしょんぼり反省する殿下も好きですが、私の気持ちまで決めつけるのは許せません」
「っ、カサンドラ、ごめん、ごめんね」
「許しません」
王太子殿下の顔が絶望に染まっていく。
――――あぁ、可愛い。
「ここで約束してください」
「約束?」
「まず、メンヘラムーブに私以外を巻き込まないこと。私を試すのは構わないですが、私の気持ちを決めつけないでください。私の気持ちは私のものです。知りたければ聞いてください」
「聞いたら、教えてくれるのか?」
「ええ」
いつだって、何だって答えるのに、王太子殿下は私に直接聞いてきたことはなかった。
私は捻くれているから、聞かれなければ答えないし、伝えようとは思わない。
「カサンドラは、私のことをどう思っているんだ?」
「愛していますよ」
「っ!」
一瞬にして顔を真っ赤に染めた王太子殿下が、横を向いて顔を隠そうとしたので、追撃した。
「幼いころから、ずっと」
「ちょっ……」
「婚約破棄と言えば縋ってもらえるなんて安直に考えるところも可愛いと思っていますし、そのあとこっそりと反省している淋しそうな顔も、私のことを全て把握しようと父にこっそり分刻みで予定を教えるよう命じているところも、めんど――可愛いと思っていますよ」
「…………ぅん?」
駄犬を調教してるみたいで楽しいと追撃して、王太子殿下の心をズタズタに引き裂く。
「レオ、私の言うこと、ちゃんと聞ける? よくできたら、ご褒美をあげるわよ?」
「っ――――!」
恍惚とした顔で頷く王太子殿下に近付き、頭を撫でてあげた。いい子だと。
本当に、メンヘラ王太子はめんどくさい。
もう少しちゃんと調教して、暴走しないようにした方方がいいだろう。
とりあえず、喫緊の問題は帝国の皇女だけど、まぁそこは表向きは有能な王太子殿下に丸投げでいいだろう。
私は、裏のメンヘラ王太子を愛でることに忙しいから。
「いい子ね、レオ」
―― fin ――
最後までお付き合いありがとうございます!
なぜそこに着地した!?←私もそう思ったよ!だから、気にせずツッコミ感想ぶち込んでね♡
タイトルは、某所で『りりわ』(吉田)さんにもらいましたー(*ノω・*)テヘ




