『二年ぶりに帰省したら、義妹が俺の部屋にダンボールハウスを作っていた』
「誕生日を祝いたいから、絶対帰ってきてね」
俺の二十歳の誕生日を祝いたい。
そんな義両親の意外な願いを叶えるため、俺は遊ぶ予定を立てていた恋人を説得し、近い内に『家族を紹介する』という約束を結んで予定をキャンセルしてもらった。
そのおかげで、大学が休みの三連休を利用して、二年ぶりに帰省ができたというわけだ。
だが、久しぶりに顔を合わせた義両親は微妙な表情で、俺に自分の部屋に行くよう急かしてくる。
「……なんだこれ!?」
部屋の扉を開けると、部屋の中心にダンボールが見えた。
大小様々なダンボールを繋げて、一つの塊になっている。
高さは俺の肩くらいで、横幅は壁との隙間に人がギリギリ通れるくらいまで広がっていた。
つまり何故か、俺の部屋に立派なダンボールハウスが建っている。
その異様な光景に圧倒されて部屋の入口で佇んでいると、義妹の怒声が飛んできた。
「入ってこないで!この別荘に入っていいのはウチのことが大好きな人だけなの!!」
どうやら、義妹はこのダンボールハウスの中にいるらしい。
俺は養子だ。
中学の頃に実の両親が亡くなり、叔父家族に引き取られた。
塞ぎ込んでいた俺を、叔父たち三人は受け入れてくれて、八歳年下の義妹も、俺のことを「にいちゃん」と慕ってくれた。
そんな義妹が、今、ダンボールハウスの中で荒ぶっている。
「ウチのことが好きじゃないにいちゃんは入ってこないで!!」
「そんな訳ないだろ」
「ウチのことが嫌いだから全然帰ってこなかったんでしょ!!」
「違う」
「もういい!! ウチも、にいちゃんなんか……にいちゃんなんか……大っ嫌いだし!!」
その義妹の叫びに、『それなりにシスコン』な俺の脳内で思い出が走馬灯のようによぎっていく。
俺が独りで泣いていたとき、小さな手で頭を撫でてくれた義妹。
俺が義両親に遠慮して距離を取っていたとき、手を力いっぱい握って、引っぱってくれた義妹。
俺になにかあれば、すぐに駆け寄って抱きしめてくれた義妹。
膝の力が抜ける。
胸を突き刺す鋭い痛みに耐えきれない。
俺はそのまま床に崩れ落ちた。
「……むり」
「に、にいちゃん?」
ダンボールハウスが小さく揺れる。
「もうむり、生きていけない」
「にいちゃん!?」
記憶より背が伸び、顔つきも少し大人になった義妹が、ダンボールハウスから飛び出してきた。
駆け寄ってきた義妹に心配されながら、俺は倒れたまま説明する。
一通り話し終わると、義妹は肩まで伸ばした黒髪を指に絡ませながら考えて、結論を出したようだ。
「つまり……お父さんたちのせいってこと?」
「そこまでは言ってないぞ!?」
廊下から物音と低い咳払いが聞こえてくる。
「でも、お父さんたちに言われて一人暮らしを始めたんでしょ?」
「それは、まぁ」
もともと自立したい気持ちはあったけど、先に一人暮らしを勧めてきたのは義両親からだ。
「それで、にいちゃんの家の場所やスマホの連絡先をウチにだけ秘密にしたのも、お父さんたちなんでしょ?」
「……そうだね」
「全然帰ってこなかったのも……」
「それは単純に忙しかったから」
へぇーそうなんだ、と棒読みで返事をした義妹は、横たわる俺の鼻を摘み、頬を膨らませた。
しばらく俺の鼻で遊んだ後、義妹は静かに呟く。
「……なんでお父さんたち、そんなことしたんだろ」
こころなしか曲がった気がする鼻をさすりながら、俺は彼女の疑問に答える。
「それは――俺たちが互いに異常なほどべったりと依存し合っていたからだね」
「あーあーきこえない」
両手で耳を塞ぎ、首を振る義妹。
「俺のことが好きすぎて高校に乗り込もうとしたのが、最後の決め手だったらしいよ」
「あ゙ぁー!! あ゙ぁー!!」
眉間にシワを寄せるほど目をつぶった義妹が叫んでいる。
当時の義両親は、見ていられないほど憔悴していた。
「私たちの愛情が足りなかったのか」とか「間違った育て方をしてしまったのか」とか、二人で真剣に話している場面を何度も目撃した。
俺たちを引き離す判断も、義両親が相当に悩んで出した結論だったんだと思う。
それがわかっていたから、俺も最終的に同意した。
義妹が落ち着くのを待ち、ある程度予想はつくが、一応聞いてみる。
「なんで俺の部屋にダンボールハウスを作ったんだ?」
義妹は視線を彷徨わせ、目を伏せた。
義妹に向かい合うように座り、彼女の答えを待つ。
「……にいちゃんがいなくなって……ウチ、にいちゃんに嫌われたと思った。それが悲しくて、わからなくて、知りたくて。お父さんたちに聞いても教えてくれなくて……ぐるぐる一人で考えてた」
義妹の声が震え始める。
「それで、一年くらい考えて……ものすごく腹が立った。でも先月、『もうすぐにいちゃんの誕生日だな』って考えたときに気づいたの。ウチ、にいちゃんから何も聞いてないな、って」
「そうだな、俺は何も言わずに出ていったからな」
「だから、にいちゃんの部屋にダンボールハウスを作ったんだよ」
「……義両親に俺を呼ばせるためか」
「にいちゃんにはわかるんだ…………おかしなことをするウチを止められるのは、にいちゃんだけだもん」
廊下に、二種類のうめき声が響く。
「それでさ、にいちゃん」
義妹は俺に近づき、照れくさそうに俺の服を摘んだ。
「にいちゃんはさ、ウチの別荘に入りたい?」
「…………」
「じゃあ――ウチに言うことあるよね?」
俺たちがまた昔みたいに一緒に暮らせるかはわからない。
こっそり覗いている義両親が俺に求めるものも。
ただ、今は……。
大学に進学し、一人暮らしで得た社会性が火を噴くぜ!!
「義兄妹で『大好き』とかはちょっと……」
「なんでよ!!」
お義父さん、お義母さん。
あのとき、俺を社会に出してくれてありがとう。
自分の異常性を知れて良かった。
俺が今日帰省した理由は二つ、一つは俺の二十歳の誕生日を祝ってもらうため。
そして、もう一つの大事な理由。
義妹が俺を誘い出すような真似をしなければ、やらずに済んだこと。
「来年から中学生になるんだから――『過剰依存ブラコン』は卒業しような!!」
「いやだーー!!」
この義妹を、『可愛げのあるブラコン』ぐらいまで矯正することだ!!
廊下から二人分の拍手が聞こえてきた。
義両親に背中を押された俺は気合を入れ直す。
「安心しろ!! 俺だって『それなりにシスコン』ぐらいまで矯正できたんだ!! たしかなノウハウがある!! この義兄に任せておけ!!」
「うわあぁぁ!! にいちゃんがおかしくなったぁぁぁ!!」
「さあ!! 準備に取り掛かるぞ!! この三連休まともに寝られると思わないことだ!!!!」
泣き喚く義妹を担いで義両親のもとに向かう。
(これから俺たちは、健全で安心できる家族になるぞ!!)
リビングのテーブルで向かい合う俺と義妹。
そして……。
「か、過激なことはやめようね?ね?」
「穏便にな、穏便に」
義両親も同伴だ。
二人には義妹を挟むように座ってもらった。
「心配しないでください! 俺は指一本触れず我が義妹を矯正してみせます!!」
「ああ、おとうさん。あの頼りなかった子がこんなに逞しくなってるわ」
「本当だね、かあさん。あの小学生に守ってもらっていた情けない高校生はもういないんだよ」
あはは、うふふ、と義両親が笑い合っている。
これまで二人に掛けた苦労を考えると、何を言われても反論はできない。
「ウチに何しても意味ないから」
腕を組み、のけぞるように俺を見下ろしている義妹が宣言する。
「……今から説明する」
「時間の無駄だと思うけどね」
不安げに俺を見つめてくる義両親に、軽く頷き、義妹に集中する。
「お前を矯正するための方法を二つ考えている。一つ目は自分より異常な人間を見て自分を顧みる方法」
「そんな人どこにいるのさ。……にいちゃんは『まとも』なんでしょ」
「そうだな。だからもう一つの方法を取ることにする」
俺は持って帰ってきていたノートパソコンを起動し、外付けの大容量SSDをセッティングする。
最後にテレビに接続するためのコードを繋いで準備は完了だ。
「……なにをするのさ」
「これからお前には、この三連休の間――俺と彼女のラブラブ大学生活の画像と動画を見せ続ける!!!!」
「……はぁ?」
「俺と彼女のラブラブ大学生活の……」
「そうじゃなくて!! 彼女!?」
「そうだ」
「恋人?」
「そのとおり」
「聞いてないんだけど!!!!」
「言ってないからな」
義両親も互いの手を取り合って、俺を凝視している。
「お前は未だに俺が、この家にいた頃のように、情けなく、頼りなく、目の離せない、か弱き存在だと思っているフシがある」
「に、にいちゃんはウチがいないとだめに決まってる! ってそうじゃない! 恋人ってどういうこと! 説明してよ!!」
「却下だ。お前に許されているのは、俺が見知らぬ女性とイチャイチャラブラブしている姿を見続けて、もうお前の知っている義兄がどこにもいないという現実を受け入れることだけだ」
「い、いやだーー!!」
「お前の『過剰依存ブラコン』の根本をこの三日間で破壊し尽くして、真っ当な『可愛げのあるブラコン』に作り変えてやる」
義両親にアイコンタクトを送り、義妹が逃げ出さないように押さえてもらう。
(俺が触れたら、それだけで喜ぶからな、こいつ)
「ああ、あと。近い内に彼女連れてこようと思ってるから、よろしく」
彼女から出された、三連休を家族に譲る条件が、『近い内にご家族に挨拶させてくださいね』だった。
今ここで、義妹の歪んだ心をへし折っとかないと、顔合わせが大惨事になること請け合いだ。
「それでは、開始」
「にいちゃんが女と腕組んでるぅぅ!!」
「お似合いだろ?」
「にいちゃんが女と二人で海に行ってるぅぅぅぅ……この水着のにいちゃんが一人で写ってる画像もらえない?」
「やるわけないだろ」
「ウチの水着画像あげるから!」
「いらない」
「昔のにいちゃんならウチの画像一つでなんでもしてくれたのにぃぃ!!」
「……ホント昔の俺はダメな奴だったな」
「……にいちゃんが一人だけで写ってる画像や動画、やけに多くない?」
「全部彼女が撮ってくれた」
「惚気てくるなぁぁぁぁ!!」
早いもので、連休も三日目最終日。
俺の目の前には、虚ろな目をした義妹と、今から彼女が来るのを楽しみにソワソワしている義両親がいる。
義両親は一旦置いて、義妹の最終チェックを始める。
「さて、俺の部屋にあるダンボールハウスだけど、あの中に入る条件は何だ?」
「ううぅ……」
「条件は、何だ」
「……だ、大事な家族は、み、みんな入っても、いい、よ」
「それじゃあ、俺の彼女に会ったらまずどうする?」
「ゔぅ゙っ」
「ど、う、す、る、」
「あ、あいさつして、ちょ、ちょっとだけ、ちょーとだけ、嫉妬する、かも」
「嫉妬だぁ?」
「し、し、し、嫉妬は、『可愛げのあるブラコン』だと思う!」
「……確かに――よし! 合格だ!!」
なんとか、三連休が終わるまでに、義妹を『可愛げのあるブラコン』に矯正できた。
義両親も義妹を囲んではしゃいでいる。
義妹も満更ではないのか照れくさそうだ。
麗しい家族団らんを邪魔するのは忍びないが、大切なことを家族に伝えなければならない。
「みんな、聞いて欲しい」
俺に三人の視線が集まる。
「近い内に、俺が付き合っている女性を連れてくる」
この三日間で何万枚の画像と数千本の動画を見てきた三人は、簡単に顔を思い浮かべただろう。
「実は、その人のおかげで――俺は自分の異常性を矯正できたんだ」
「……じゃあ、にいちゃんもその人に、画像や動画を見せられたの?」
「いや、違う」
「どういうこと?」
「つまり、もう一つの方法だ」
「もう一つって……えっ」
「その人は、俺なんか目じゃないくらいの異常性を隠しもせずに生活している、本物の化け物だ」
「ば、化け物って言いすぎじゃ」
「そもそも、恋人の画像や動画が、何千、何万とあるのはどう思うよ?」
黙り込む三人。
「ちなみに俺だけが写っていた画像や動画はすべて彼女の盗撮です。そんな人が、この家に来ます」
俺だけが写っていた動画や画像の量を思い出したのか、三人は寄り添い合い、震えだした。
たしか、俺だけが写っているのはだいたい全体の四割ほどだ。
「く、来るのをお断りできたりは……」
「お義母さん。元々この三連休は彼女と遊ぶ予定があって、それをキャンセルして、俺は今ここに居ます」
「……つまり?」
「その埋め合わせの要求が『近い内にご家族に挨拶させてくださいね』です。なにより彼女は、自分が口にした言葉は、必ず実行します」
「……」
「だから、必ず、ここに来ます」
沈黙する三人。
その中で一人、震えが止まらない義妹が口を開いた。
「なんでそんな人と付き合ってるのよ!!」
「俺程度の人間が、彼女から逃げられるはずないだろ?」
「にいちゃんが洗脳されてるぅぅ!!」
失敬な。
ちゃんと好きだし。
ただ、好きになるまで、思い出すと震えが止まらなくなるアプローチを受けただけだし。
健全なカップルだよ、俺たちは。
「みんなに紹介できる日が楽しみだな!」
「うう、なんでウチはこんなバカが好きだったんだろ」
「おとうさん。やっぱり、私たちの育て方が……」
「そんなことないさ、かあさん。これはもう本人の資質の問題さ」
それにしても、いい三連休を過ごせた。
もしかしたら今日は、俺たち四人が、初めて家族になれた日かも知れない。
みんな、これからも彼女共々、末永くよろしく頼むよ。




