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第一話


 夢を見た。


 大きな蛇に、食べられる夢。




 『かごめ かごめ


 かごの中のとりは


 いつ いつ でやる』



 ────歌の続きが、昔からずっと、思い出せない。



 ◆


 はぁっと吐いた息が白い。


 遠月とおつき 冬斗ふゆとは、両手をお椀型にして自身の息をほーっと吹きかけた。

 手がすっかりかじかんで痛い。


(トンネルを抜けた先は……雪国、か)


「なんだよ……。こんなに寒いなら手袋持ってくりゃ良かった……」


 見渡す限り、雪が降る銀世界。

 この白泰はくたい村は、文明からかけ離れている。

 電車は通っていないし、移動手段は運行間隔が異常に長いバスか車だけ。

 どこを切り取っても、あるのはしんしんと降る大粒の雪の結晶と、雪を被った木々たちだけだ。

 ここまで歩いてきた自分の足跡が一人分、さみしく雪の中に残っている。それももう薄れてきている。


 鼻をすすり、スマートフォンで時刻を確認する。


「はぁ……」


 思わず深いため息を漏らす。


 バスの予定時刻はもうとっくに過ぎている。なのに、バスが来る気配はいっこうにない。


 傘を持つ手以外は、なるべく外気に晒さないで体力温存に徹する。

 寒くて、スマートフォンでゲームをする気さえ起きない。

 本当はずっとマフラーに顔を埋めていたいのに、眼鏡が曇るからちょくちょく顔を上げざるを得ないのも地味につらい。


 ここは人の気配がない。沈黙が痛い。


 ふと、この世界には自分一人しかいないのだろうか、と心細くなってきた。


 寒さで歯の付け根が震えて、かちかちと音が鳴る。


(あー、やばい、これ絶対風邪ひくやつ)


 凍てついた銀世界にただ一人。


 こんな経験は初めてなのに、なんだか懐かしいような、不思議な感覚になる。


 寒さで体を震わせていると、ふと、気配を感じた。


 ────ザク、ザク、ザク。


 足音だ。


 急激に世界から音が戻る。


 傘の下、真っ白な視界に、黒い編み上げのスノーブーツがのぞく。


「寒いね」


 沈黙の雪の中に響く、低くよく通る男の声。


 途端に、心臓がどくりと跳ねた。


「……っす」


 返事なんだか、咳なんだかわからない、情けない声が出た。「そうですね」と言ったつもりだったが、長いこと言葉を発していなかったことと、口元のかじかみと、元々のコミュニケーション能力の低さ、全部が噛み合ってしまった。最悪だ。


「きみ、見たことないけど、もしかして最近ここに越してきた子?」


 傘を上げて、その人を見る。

瞬間、時が止まった気がした。


(わ……やば)


 目の前には、芸能人も裸足で逃げ出しそうな美形が立っていた。


 切れ長の目に、夜を切り取ったような透き通った黒い瞳。艶のある黒髪は、特にセットをしていなくてもかっこよく決まっていて、肌は雪のように白い。完璧な配置で収まる顔のパーツは、ひとつひとつがおそろしく整っている。 

 おまけに背も高くてスタイルも良い。冗談抜きで、足の長さが冬斗の1.5倍はありそうだ。防寒具を着ているはずなのに、抜群のプロポーションが隠しきれていない。


(に、二次元……?)


 現実離れした美形さに、目が離せなくなる。


(……ん?)


 でも、どことなく違和感を覚えた。胸がざわざわする。


「……あ、えと、先週からこの村に来ました。遠月冬斗です」


 相手が返事を待っているのに気がついて、慌てて自己紹介をする。


 白と灰色だけだった視界が、急に色づいた気がした。

 久しぶりに自分と家族以外の人間を見た。


「冬斗くんね。オレは椿つばき 一葉かずは

「……椿、くん。な、名前、かっこいいね」

「そう? この村じゃ珍しくないけどね」


 柔らかく笑う一葉に、肩の力が抜けた。体から力が抜けて初めて、緊張していたことに気がついた。


「それで、冬斗くんはなんでまた、こんなとこに?」

「……ばあちゃんがこの村にいて、足腰やっちゃって手伝いが必要だから、母さんとこっちに引っ越してきたんだ」

「そうなんだ。大変だね」


 つい、自分のことを話してしまう。さっぱりとした一葉の調子に引きずられる。


 一葉は冬斗の傘を持つ手を見て、目を見開いた。


「わ、真っ赤だ。そうだ、えーっと……。あ、あった。はい、これ。使って」


 渡されたのは、携帯用ホッカイロだった。貼らないタイプのもので、すでに温かい。


「え、い、いいの?」


 思わず声がうわずった。一葉は人好きのする笑顔で「もちろん」と頷く。


(えー、めっちゃ良い人……!)


 瞬時に自分の中で「推し」に分類した。イケメンな上に気さくで親切だなんて、嫉妬を通り越してもはや推せる。


 もらったカイロを握りしめると、じんわりと熱が伝わってきて、ようやく一息つけた。


「それ、ずっとオレのポッケであっためてたから、あったかいでしょ?」

「う、うん。……本当に、いいの?」

「全然良いよ。オレ、自分のは別で持ってるし」


 軽快に笑う一葉につられて、口角がひくひくと痙攣した。多分うまく笑えていないが、マフラーで口元が隠れているので大丈夫だろう。


「俺も白水高なんだ。まあ、ここらへんは白水高しかないんだけど。何年生?」

「に、二年」

「同じだ。俺も二年なんだ。今日からよろしく。これで全校生徒二一人目だな」

「へぇ……って、に、二一人?」


 耳を疑った。一クラス、の間違えではないだろうか。


「はは。まあ、見ての通り、こんな田舎町だからね。たまに外から人が来るとびっくりするよ。人は少ないし、それなのにおなじ名字ばっかりだし」

「わ、わぁ……」


 なんて世界だ。狭い。


 改めてど田舎さを突きつけられて慄いていると、遠くの方からエンジン音が聞こえてきた。


「お、きたね。今日は早い」


 一葉が嬉しそうな声をあげる。ようやくバスが来たようだ。

 ほっと息をついて、スマホを見る。


(十五分遅れ……)


 これが、早い、のうちに入るのか。


 バスに乗ろうとして、靴のつまさきをトントンと地面に叩き、雪を落とした時だった。

 ふと、一葉の靴先が目に入った。


(あ……)


顔をあげて、眼鏡を押し上げる。目が合って、一葉が口角を上げた。


(感じてた違和感って……)


一葉を一目見た時に感じた違和感。


(────雪で、汚れてないんだ)


雪の結晶はまるで一葉を避けていくようにひらひらと落ちていく。


銀世界の中、一葉の存在だけがはっきりと輪郭を持っていた。





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