4話:魔力の暴走と、隠された代償
第四話「魔力の暴走と、隠された代償」
リディアが倒れてから三日後、彼女はようやく日常の作業に戻ることができた。
マルタが作る栄養たっぷりの食事と、エリーゼの献身的な看病のおかげで、体力は徐々に回復していった。それでも、あの日東屋で払った淀みの深さは、彼女自身が予想していた以上のものだった。
鏡を見ると、頬が少しこけている。目の下には、薄く隈ができていた。
「無理は、禁物ですわ」
マルタは心配そうに眉を寄せた。五十代半ばの料理長は、がっしりとした体格で、優しくも厳格な雰囲気を持っていた。
「大丈夫よ、マルタ。もう平気だから」
「お嬢様は、ご自分のことになると無頓着すぎます」マルタは腕組みをした。「公爵様も、随分とご心配なさっておいででしたのに」
「ヴェルナー様が?」
「ええ。毎晩、お嬢様のお部屋の前で夜を明かされて。アーデルベルトが何度お部屋に戻るようお勧めしても、頑として動かれなかった」
リディアの胸が、温かくなった。
あの冷ややかだったヴェルナーが、自分のことを心配してくれた。それは、確かな変化だった。
「今度、ちゃんとお礼を言わないと」
「お礼なら、無茶をしないことが一番ですよ」マルタは少し表情を緩めた。「公爵様も、お嬢様も、どちらも自分のことを後回しになさる。似た者同士というのは、こういうことを言うのでしょうね」
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その日の午後、リディアは書斎でヴェルナーと向き合っていた。
彼に呼ばれたのだ。「話がある」と。
書斎は、屋敷の中でも特に重厚な雰囲気を持つ部屋だった。壁一面に本棚が並び、古い革装丁の本が隙間なく並んでいる。窓からは、記憶の庭園が見えた。
ヴェルナーは、机を挟んでリディアの向かいに座っていた。その表情は、真剣そのものだった。
「リディア」
彼は、彼女の名を呼んだ。様付けではなく、名前だけで。
「君の力について、聞きたい」
リディアは、小さく息を呑んだ。
「私の……力?」
「ああ。君は『淀みを払う』と言った。それは、ただの掃除ではない。君は、何か特別な力を持っている」
ヴェルナーは、リディアをまっすぐに見つめた。
「そして、その力を使うたびに、君は消耗している。違うか?」
リディアは、しばらく黙っていた。
やがて、彼女は静かに頷いた。
「……はい」
「なぜ、言わなかった」
ヴェルナーの声には、怒りではなく、切実さが滲んでいた。
「なぜ、自分の身を削ってまで、この屋敷の淀みを払おうとする。君には、そんな義務はないはずだ」
「義務じゃありません」
リディアは、ヴェルナーを見つめ返した。
「私が、したいからです」
「なぜだ」
「放っておけないからです」リディアは、言葉を選びながら続けた。「淀みが溜まっているのを見ると、どうしても手を出さずにいられない。それが、子供の頃からの私の性分なんです」
「それで、自分が倒れるまで無理をするのか」
「倒れるつもりはありませんでした。ただ、あの東屋の淀みが、予想以上に深くて……」
「だからこそ、危険だ」ヴェルナーは立ち上がり、窓辺に歩いた。「君の力には、限界がある。それを超えれば、君は――」
彼は言葉を切った。
リディアは、彼の背中を見つめた。ヴェルナーの肩が、わずかに震えているのが見えた。
「ヴェルナー様」
彼女は立ち上がり、彼に近づいた。
「私は、大丈夫です。ちゃんと自分の限界は分かっています」
「本当に?」ヴェルナーは振り返った。「あの日、君は意識を失った。もし、私があそこにいなかったら。もし、もっと深い淀みに触れていたら。君は――」
彼の声が、掠れた。
「君まで、失いたくない」
リディアは、息を呑んだ。
ヴェルナーの瞳には、深い恐怖が宿っていた。それは、かつて母を失った時の、あの痛みを思い出させるものだった。
「私は……もう、誰も失いたくないんだ」
彼は、絞り出すように言った。
「母を失った時、私は全てを失った。そして、自分の力で周囲の全てを壊した。使用人たちを苦しめ、屋敷を呪いで包んだ。だから、私はずっと――一人でいるべきだと思っていた」
ヴェルナーは、自分の手のひらを見つめた。
「誰も近づけない方が、誰も傷つけずに済む。そう思って、この屋敷に閉じこもった。死を待つだけの日々を、受け入れた」
「でも……」
「でも、君が来た」ヴェルナーは、リディアを見た。「君は、私の淀みを恐れなかった。それどころか、払おうとしてくれた。この屋敷に、再び光をもたらしてくれた」
彼の声が、震えた。
「だからこそ、君を失うことが怖い。君が、自分を犠牲にして私のために力を使うことが、耐えられない」
リディアは、ヴェルナーの言葉を受け止めた。
そして、彼女は気づいた。
ヴェルナーは、自分のことを心配してくれている。ただの義理の夫婦としてではなく、一人の人間として。
「ヴェルナー様」
リディアは、優しく微笑んだ。
「私は、自分のためにもやっているんです」
「自分のため?」
「はい。私にとって、淀みを払うことは、苦痛ではありません。むしろ、喜びなんです」
リディアは、窓の外の庭を見た。
「子供の頃から、私は『普通』じゃありませんでした。物に宿る淀みが見える。それを払うことができる。でも、それを理解してくれる人は、母だけでした」
彼女の声が、少し寂しげになった。
「母が亡くなってから、私はずっと一人でした。この力を隠して、ただの『お手入れが好きな娘』として生きてきました。誰にも本当のことを言えず、誰にも理解されず」
ヴェルナーは、黙って聞いていた。
「でも、ここに来て――初めて、自分の力を思う存分使えました。誰にも遠慮せず、誰にも気を遣わず、ただ目の前の淀みと向き合えました」
リディアは、ヴェルナーを見つめた。
「だから、私は幸せなんです。この屋敷で、ヴェルナー様のために力を使えることが、嬉しいんです」
ヴェルナーの瞳が、揺れた。
「でも……君は、倒れた」
「それは、私が調子に乗りすぎたからです」リディアは少し笑った。「次からは、もっと慎重にやります。約束します」
「本当に?」
「はい。ヴェルナー様が心配してくださるなら、なおさらです」
リディアは、ヴェルナーに手を差し出した。
「これからは、二人で相談しながら進めましょう。私が無理をしそうになったら、止めてください。そして、ヴェルナー様が一人で抱え込もうとしたら、私が止めます」
ヴェルナーは、その手を見つめた。
長い沈黙の後、彼はゆっくりと手を伸ばし、リディアの手を取った。
「……分かった」
彼は、小さく微笑んだ。それは、リディアが初めて見る、彼の本当の笑顔だった。
「これからは、二人で」
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その夜、リディアは自室で日記を書いていた。
オーウェン家を出る時、父が持たせてくれた革表紙の日記帳。ここに来てから、毎日少しずつ書き留めていた。
『ヴェルナー様と、初めてちゃんと話せた。彼は、私のことを心配してくれている。それが、とても嬉しい』
『この屋敷に来て、もうすぐ二週間。最初は恐ろしい場所だと思っていたけれど、今では帰る場所のように感じる』
『明日は、記憶の庭園の続きをやろう。ヴェルナー様と相談しながら、少しずつ』
ペンを置いたとき、窓の外から音がした。
カーテンを開けると、月明かりの下、庭に人影が見えた。
ヴェルナーだ。
彼は、記憶の庭園の入り口に立っていた。長い間、足を踏み入れることのできなかった場所に。
リディアは、ショールを羽織り、急いで部屋を出た。
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庭に出ると、夜気が頬を撫でた。まだ春先の空気は冷たかったが、以前のような底冷えする寒さではなくなっていた。
「ヴェルナー様」
声をかけると、彼は振り返った。
「リディア……まだ、起きていたのか」
「はい。ヴェルナー様も」
リディアは彼の隣に立った。二人は、記憶の庭園を見つめた。
月明かりの下、庭園は静かに佇んでいた。まだ荒れてはいるが、以前のような絶望的な雰囲気はなくなっていた。
「七年ぶりだ」
ヴェルナーが呟いた。
「七年ぶりに、ここに立っている」
「怖くないですか?」
「ああ。正直に言えば、怖い」ヴェルナーは自分の手を見た。「また、淀みが溢れ出すのではないかと。また、全てを壊してしまうのではないかと」
「大丈夫です」
リディアは、彼の手を取った。
「私がいます。もし、淀みが溢れそうになったら、私が払います。だから――」
「だから、一人じゃない」
ヴェルナーは、リディアの手を握り返した。
「君が、そう言ってくれるなら」
二人は、ゆっくりと歩き出した。記憶の庭園の中へ。
月明かりが、二人の影を長く伸ばしている。足元には、枯れた草と蔦が絡んでいる。でも、よく見ると、所々に小さな新芽が顔を出していた。
「見て」
リディアが指差した先には、石造りの噴水があった。水は枯れ、苔むしているが、その優美な彫刻は健在だった。
「これは……」
「父が、母と結婚した記念に作らせたものだ」ヴェルナーは懐かしそうに言った。「私が生まれる前のことだが、母から何度も聞かされた」
彼は噴水に近づき、その縁に手を置いた。
「父は、私が五歳の時に亡くなった。戦で。だから、父の記憶はほとんどない。でも、母はいつも父のことを話してくれた。どんなに優しい人だったか。どんなに家族を愛していたか」
ヴェルナーの声が、柔らかくなった。
「母は、父を失ってからも、決して悲観しなかった。『お父様は、いつも私たちと一緒にいる』と言って、この庭を大切にした。父との思い出が、ここには詰まっているのだと」
リディアは、静かに聞いていた。
「だから、私も――母が亡くなった時、この庭を守りたかった。母の思い出を、父の思い出を、全て守りたかった」
ヴェルナーの手が、わずかに震えた。
「でも、私には無理だった。悲しみで、魔力が暴走した。守りたかったものを、全て壊してしまった」
「でも」
リディアは、噴水の縁に手を置いた。
「まだ、ここにあります。壊れていません。ただ、淀みに覆われているだけです」
彼女は目を閉じ、手のひらに意識を集中した。
噴水に溜まった淀みが、ゆっくりと動き出す。それは深く、重かったが、リディアは焦らなかった。少しずつ、少しずつ、丁寧に払っていく。
「リディア、無理をするな」
「大丈夫です。今日は、ちょっとだけですから」
数分後、リディアは手を離した。額に薄く汗が浮かんでいるが、表情は穏やかだった。
「これで、流れが戻りました。明日、水を通せば、きっと動き出しますよ」
「本当に?」
「はい。この噴水、とても丁寧に作られています。愛情を込めて作られたものは、強いんです」
ヴェルナーは、噴水を見つめた。月明かりの下、確かに石の色が明るくなっているように見えた。
「ありがとう、リディア」
「いいえ」彼女は微笑んだ。「これからも、一緒にやりましょう。この庭園を、もう一度」
「ああ」
ヴェルナーは頷いた。
二人は、東屋の方へと歩いていった。リディアが倒れた、あの場所へ。
東屋は、以前よりも雰囲気が柔らかくなっていた。重苦しい淀みは薄れ、静かな佇まいを取り戻している。
「ここで、私は初めて――本当の意味で泣いた」
ヴェルナーは、東屋の中に入った。
「母が亡くなった時、葬儀でも泣けなかった。公爵として、強くあらねばと思った。でも、ここに一人でいる時、堪え切れなくなって」
彼は、ベンチに座った。リディアも、その隣に座る。
「泣いた後、魔力が溢れ出した。制御できなかった。周りの全てが枯れていくのを、ただ見ているしかなかった」
「それは、ヴェルナー様が悪いわけではありません」
「分かっている。君がそう言ってくれて、今は分かる。でも、あの時は――自分を許せなかった」
ヴェルナーは、空を見上げた。
「この七年間、ずっと自分を責め続けた。そして、死を待つしかないと思った」
「でも、今は?」
リディアが尋ねると、ヴェルナーは彼女を見た。
「今は……少し違う。君がいるから」
彼は、少し照れたように視線を逸らした。
「君といると、生きることが――そんなに悪いことじゃないような気がする」
リディアの胸が、温かくなった。
「私も、そう思います」
彼女は、夜空を見上げた。星が、無数に輝いている。
「ヴェルナー様といると、私も――自分の力を隠さなくていいと思えます。ありのままでいられるって、こんなに楽なことなんだって」
二人は、しばらく黙って座っていた。
静かな夜だった。でも、その静けさは、もう孤独な静けさではなかった。
二人でいる、穏やかな静けさだった。
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翌朝、屋敷に珍しい来客があった。
リディアが朝食を終えた頃、アーデルベルトが慌ただしく現れた。
「リディア様、公爵様。お客様がお見えになりました」
「客?」
ヴェルナーは、眉をひそめた。この屋敷に客が訪れることは、ここ数年なかったはずだ。
「はい。エーデルシュタイン家の分家筋に当たる、オットー・フォン・エーデルシュタイン様が」
ヴェルナーの表情が、一瞬硬くなった。
「オットーが……何の用だ」
「それが、公爵家の家督の件で、と」
リディアは、二人のやり取りを見守った。ヴェルナーの表情から、このオットーという人物があまり歓迎されていないことが分かった。
「リディア、客間にいてくれ。私一人で会う」
「でも……」
「大丈夫だ。すぐに終わらせる」
ヴェルナーは立ち上がり、応接室へ向かった。リディアは、心配そうにその後ろ姿を見送った。
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応接室には、三十代半ばの男が座っていた。
オットー・フォン・エーデルシュタインは、整った顔立ちと、計算高そうな目をした男だった。彼は、ヴェルナーが入ってくると立ち上がり、恭しく一礼した。
「ヴェルナー様、お久しぶりです」
「オットー。何の用だ」
ヴェルナーは、冷たく言い放った。
「相変わらず素っ気ないですね」オットーは、少し笑った。「まあ、単刀直入に申し上げましょう。あなたの、容態のことです」
「容態?」
「ええ。噂では、あなたは呪いに侵され、もう長くないと。ならば、公爵家の家督を、誰かに継がせる必要があるのではないか、と」
ヴェルナーの目が、鋭くなった。
「つまり、お前が継ぎたいということか」
「私だけではありません。分家の者たちは皆、公爵家の行く末を案じているのです」
オットーは、もっともらしく言った。
「あなたに跡継ぎはいない。このままでは、エーデルシュタイン公爵家の名は途絶えてしまう。それを避けるためにも、今のうちに――」
「断る」
ヴェルナーは、きっぱりと言った。
「私はまだ生きている。そして、妻を娶った。跡継ぎについては、私が決める」
「妻?」オットーは、わざとらしく驚いた顔をした。「ああ、没落した子爵家の娘を娶ったとか。しかし、あなたの状態で、本当に子を成すことができるのですか?」
「それは、お前には関係ない」
「いいえ、大いに関係があります」オットーは、一歩前に出た。「公爵家は、王国でも指折りの名家です。その家督を、不確かなまま放置しておくわけにはいきません」
彼の目が、冷たく光った。
「それに、噂では、この屋敷の『呪い』が薄れているとか。もしかして、あなたは回復しているのですか?」
ヴェルナーは、黙っていた。
確かに、体調は良くなっている。淀みも減っている。でも、それをオットーに知られることは、危険だと直感した。
「だとしたら」オットーは続けた。「その理由は、新しい妻にあるのでしょうね。彼女は、一体何者なのですか?」
「……出て行け」
ヴェルナーの声が、低く響いた。
「これ以上、私の屋敷に用はない。二度と来るな」
オットーは、肩をすくめた。
「分かりました。でも、忠告しておきます。あなたが回復しているなら、それは喜ばしいこと。しかし、その力が『正当なもの』でなければ――」
彼は、意味深な笑みを浮かべた。
「王国は、魔女狩りの歴史を持っています。正体不明の力で公爵を操る女など、貴族社会は決して許しませんよ」
ヴェルナーは、拳を握りしめた。
「出て行け。今すぐに」
「では、失礼します」
オットーは悠然と部屋を出ていった。
残されたヴェルナーは、窓辺に立ち、拳で壁を叩いた。
「くそ……」
リディアに、危険が迫っている。
オットーは気づいた。リディアの力に。そして、それを利用しようとしている。
ヴェルナーは、深く息を吸った。
リディアを守らなければ。どんな手を使ってでも。
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その日の夕方、リディアは温室で月樹の手入れをしていた。
オットーという男の訪問以来、ヴェルナーの様子がおかしかった。何か考え込んでいるようで、昼食にも現れなかった。
「ヴェルナー様、大丈夫かしら……」
リディアは、月樹の幹を撫でながら呟いた。
木は、少しずつ回復していた。黒ずみが薄れ、幹の一部が生木の色を取り戻している。新しい枝は、まだ出ていないが、確かに生命力が戻ってきていた。
「もう少しね。もう少しで、きっと――」
「リディア」
振り返ると、ヴェルナーが立っていた。
「ヴェルナー様」
リディアは微笑んだが、すぐに彼の表情の深刻さに気づいた。
「どうかしましたか?」
「話がある。屋敷に戻ろう」
二人は、書斎に戻った。
ヴェルナーは、今朝のオットーとの会話を、全てリディアに話した。
「つまり……私の力のことが、バレたかもしれないということですか」
「ああ。オットーは鋭い男だ。気づいている可能性が高い」
ヴェルナーは、深刻な表情で言った。
「そして、もし彼が貴族社会に広めれば――」
「私が、魔女として告発される」
リディアは、落ち着いて言った。
「はい。そうなる可能性があります」ヴェルナーは拳を握った。「だから、リディア。もう庭の手入れは止めてくれ。少なくとも、しばらくは」
「でも……」
「君の身が危険だ」ヴェルナーは、切実な声で言った。「私は、君を失いたくない」
リディアは、ヴェルナーを見つめた。
彼の瞳には、本当の恐怖があった。自分のせいで、また大切な人を失うことへの恐怖。
「ヴェルナー様」
リディアは、静かに言った。
「私は、逃げません」
「リディア……」
「この力は、確かに危険かもしれません。でも、これは私の一部です。隠し続けることはできません」
彼女は、窓の外の庭を見た。
「それに、この庭を、この屋敷を――ヴェルナー様を、中途半端なまま放っておけません」
「でも、君が告発されたら――」
「その時は、その時です」
リディアは、ヴェルナーを見つめた。その瞳は、強い決意に満ちていた。
「私は、ヴェルナー様のそばにいたい。この屋敷で、自分の力を使って、ヴェルナー様と一緒に生きていきたい。それが、私の選択です」
ヴェルナーは、言葉を失った。
この娘は、自分の危険を分かっていながら、それでも留まると言っている。
「なぜ、そこまで……」
「なぜって――」
リディアは、少し頬を染めた。
「ヴェルナー様が、大切だからです」
その言葉に、ヴェルナーの心臓が、大きく跳ねた。
「私を……大切だと?」
「はい」リディアは、恥ずかしそうに頷いた。「最初は、ただの縁談だと思っていました。でも、今は違います。ヴェルナー様と一緒にいると、私は――幸せです」
ヴェルナーは、胸が締め付けられるのを感じた。
この娘は、本気だ。
自分のために、危険を冒そうとしている。
「リディア……」
彼は、彼女に近づいた。
そして、初めて――自分から、彼女を抱きしめた。
「ありがとう」
彼は、彼女の耳元で囁いた。
「でも、君を危険な目には遭わせない。絶対に」
リディアは、ヴェルナーの腕の中で、静かに微笑んだ。
「二人で、乗り越えましょう」
「ああ」
ヴェルナーは、強く頷いた。
「二人で」
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その夜、ヴェルナーは一人、書斎に籠もっていた。
机の上には、古い魔術書が広げられている。
彼は、自分の魔力と向き合うことを、長い間避けてきた。暴走を恐れ、封じ込めようとしてきた。
でも、もう逃げられない。
リディアを守るためには、自分の力を制御しなければならない。
「母上……」
彼は、天を仰いだ。
「教えてください。この力を、どう使えばいいのか」
風が、窓から吹き込んだ。
そして、不思議なことに――その風は、温かかった。
まるで、母の手のように。
ヴェルナーは、目を閉じた。
そして、初めて――自分の魔力と、真正面から向き合い始めた。
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【第四話 了】
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