番外編2:使用人たちの秘密会議 ~希望を守るために~
番外編2「使用人たちの秘密会議 ~希望を守るために~」
それは、リディアが王都へ出発する前夜のことだった。
屋敷の使用人たちは、厨房に密かに集まっていた。
アーデルベルト、エリーゼ、マルタ、ベルンハルト――この屋敷に残った、わずかな者たちだ。
「皆、集まってくれてありがとう」
アーデルベルトが、厳粛な面持ちで口を開いた。
「明日、公爵様とお嬢様が王都へ向かわれる。魔女として告発されたお嬢様の、尋問のためだ」
エリーゼが、ハンカチで目を拭った。
「お嬢様が……魔女だなんて。そんな、ひどい」
「わしも信じられん」
ベルンハルトが、拳を握った。
「お嬢様は、この屋敷を救ってくださった。わしらを、生き返らせてくださった。それなのに……」
マルタは、腕組みをして唸った。
「王都の連中は、何も分かっちゃいない。お嬢様の優しさも、献身も、何も!」
アーデルベルトは、深く頷いた。
「その通りだ。だから――我々で、お嬢様を守らねばならない」
「どうやって?」
エリーゼが尋ねた。
「わたしたち、ただの使用人ですよ。王都の貴族や魔術師に、何ができるんですか」
「できることは、ある」
アーデルベルトは、テーブルに地図を広げた。
「まず、情報だ。王都に知り合いがいる者は?」
ベルンハルトが手を上げた。
「わしの息子が、王都の商人をしております。情報網は広い」
「よし。息子さんに連絡を取ってくれ。王都での噂、特にお嬢様に関する情報を集めてもらいたい」
「かしこまりました」
「次に、証人だ」
アーデルベルトは、メモを取り出した。
「近隣の村人たちに、お嬢様がどれほどこの地域を救ったか、証言してもらう必要がある」
「それなら!」
エリーゼが立ち上がった。
「わたし、村を回ります! 皆さん、お嬢様のことを慕っていますから、きっと協力してくれます!」
「頼む、エリーゼ。ただし、無理はするな」
「はい!」
マルタが、厨房の棚から何かを取り出した。
「わたしは、これを持たせます」
それは、小さな瓶だった。
「これは?」
「お嬢様の好きな、ハーブティーの茶葉です。王都で疲れた時、これを飲めば少しは落ち着くでしょう」
マルタの目が、潤んでいた。
「わたしにできるのは、これくらいしか……」
「いいや、マルタ」
アーデルベルトは、優しく微笑んだ。
「それは、とても大切なことだ。お嬢様は、きっと喜ばれる」
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「しかし」
ベルンハルトが、深刻な顔で言った。
「もし、万が一……お嬢様が、火刑に処されるようなことになったら……」
一同は、沈黙した。
誰も、その可能性を口にしたくなかった。
でも、現実として――あり得ることだった。
「その時は」
アーデルベルトが、静かに言った。
「我々は、王都へ向かう」
「え?」
「お嬢様を救出する。例え、王国全体を敵に回しても」
老執事の目には、強い決意が宿っていた。
「わしは、八十年生きてきた。この屋敷に仕えて、六十年。アリシア様にも仕えた。ヴェルナー様の成長も見守ってきた」
彼の声が、震えた。
「そして、この七年間――地獄のような日々を、耐えてきた。公爵様が苦しまれるのを見ながら、何もできずに」
「でも、お嬢様が来てくださった。光が、戻ってきた。公爵様が、笑うようになられた」
アーデルベルトは、拳を握った。
「だから、わしは――お嬢様を失うわけにはいかない。この命に代えても、お守りする」
「アーデルベルト様……」
エリーゼが、涙を流した。
「わたしも! わたしも、お嬢様のためなら!」
「わしもだ」
ベルンハルトが立ち上がった。
「お嬢様は、わしの孫娘のような存在じゃ。あの笑顔を、二度と見られなくなるなど――耐えられん」
「わたしもよ」
マルタが、涙を拭った。
「お嬢様は、わたしの料理を『美味しい』と言って、いつも完食してくださる。あんなに喜んでくださる方、他にいない」
四人は、互いを見つめ合った。
そして――
同時に、頷いた。
「では、決まりだな」
アーデルベルトが言った。
「我々は、お嬢様を守る。何があっても」
「はい!」
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その夜、四人は遅くまで作戦を練った。
エリーゼは、村人たちへの連絡リストを作成した。
ベルンハルトは、息子への手紙を書いた。
マルタは、リディアのためにお茶と保存食を用意した。
そして、アーデルベルトは――
公爵家に代々伝わる、古い文書を調べていた。
「月の巫女……」
彼は、古文書を読みながら呟いた。
「三百年前、確かに存在した。そして、封印された」
文書には、月の巫女の力について書かれていた。
『月の巫女は、大地の淀みを払い、人々に希望をもたらす。その力は、月の女神より授かりし聖なるもの』
『しかし、時の権力者たちは、その力を恐れた。月の巫女の力は、既存の魔術体系を脅かすものであったからだ』
『故に、月の巫女は魔女として告発され、封印された』
アーデルベルトは、拳を握った。
「歴史は、繰り返すのか……」
でも、彼は諦めなかった。
この文書を、王都に持っていこう。
お嬢様の力が、邪悪なものではないという証拠として。
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翌朝、リディアとヴェルナーが出発する時。
使用人たちは、総出で見送った。
「お嬢様、これを」
マルタが、小さな包みを渡した。
「お茶と、クッキーです。王都で、召し上がってください」
「ありがとう、マルタ」
リディアは、涙ぐんだ。
「エリーゼも、ベルンも、アーデルベルトも――皆、ありがとう」
「お嬢様」
アーデルベルトが、深々と頭を下げた。
「我々は、ここでお嬢様の帰りを待っております。必ず、ご無事で」
「はい」
リディアは、使用人たち一人一人と抱き合った。
そして、馬車に乗り込んだ。
馬車が動き出すと、使用人たちは手を振り続けた。
やがて、馬車が見えなくなっても――
彼らは、立ち尽くしていた。
「さあ」
アーデルベルトが、気を取り直して言った。
「我々も、動くぞ。お嬢様のために、できることを全てやる」
「はい!」
使用人たちは、それぞれの持ち場へ散っていった。
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エリーゼは、隣村へ向かった。
最初に訪れたのは、治療師グレーテの家だった。
「エリーゼさん、どうしたの?」
「グレーテさん、お願いがあります」
エリーゼは、事情を説明した。
グレーテは、即座に頷いた。
「もちろん、証言します! リディア様は、この村の恩人です」
彼女は、他の村人たちも集めてくれた。
農夫、商人、母親たち――皆、リディアに助けられた人々だった。
「リディア様が来てから、畑の作物がよく育つようになった」
「長年患っていた病が、治った」
「子供の熱が、下がった」
皆が、口々にリディアの善行を語った。
エリーゼは、一つ一つ、丁寧に記録していった。
「ありがとうございます、皆さん」
彼女は、涙を流しながら言った。
「この証言を、王都に持っていきます。お嬢様を、必ず守ります」
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ベルンハルトの息子、フランツは、王都の情報屋として知られていた。
父からの手紙を受け取ると、彼は即座に動いた。
「リディア・フォン・エーデルシュタインか……」
彼は、王都中に張り巡らせた情報網を使い、噂を集めた。
そして、分かったことは――
宮廷魔術師団長ヴァルターが、リディアを危険視していること。
分家のオットーが、暗躍していること。
しかし、同時に――
庶民の間では、リディアを「希望の巫女」として慕う声も多いこと。
「これは……使えるな」
フランツは、情報をまとめ、父に送った。
そして、自分も動き始めた。
王都の商人たちに、リディアの善行を広めるために。
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マルタは、厨房で一人、涙を流していた。
「お嬢様……」
彼女は、リディアが初めて屋敷に来た日を思い出していた。
痩せた体で、それでも笑顔を絶やさなかった少女。
「美味しいです、マルタ」と、いつも言ってくれた。
「もう一度、お嬢様の笑顔が見たい……」
マルタは、祈った。
料理人として、できることは限られている。
でも、祈ることはできる。
「神様、お願いです。お嬢様を、お守りください」
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アーデルベルトは、書斎で古文書を読み続けていた。
そして、ついに――
重要な記述を見つけた。
『月の巫女と月の王が結ばれし時、世界は浄化され、新しい時代が始まる』
「月の王……」
アーデルベルトの目が、輝いた。
「公爵様は、月の魔力の継承者。ならば――」
彼は、理解した。
リディアとヴェルナーが結ばれたことには、意味があったのだと。
それは、運命だったのだと。
「この文書を、王都に持っていかねば」
アーデルベルトは、決意した。
たとえ老体に鞭打っても、王都に行く。
お嬢様と公爵様を、守るために。
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三日後。
王都から、知らせが届いた。
リディアの尋問が行われ――
そして、彼女が「聖女」として認められたという知らせだった。
使用人たちは、屋敷の玄関ホールに集まった。
「本当ですか!」
エリーゼが、喜びの声を上げた。
「ああ、本当だ」
アーデルベルトは、手紙を皆に見せた。
「お嬢様は、王国全土を浄化された。そして、月の巫女として正式に認められた」
「よかった……」
マルタは、その場に座り込んだ。
「本当に、よかった……」
ベルンハルトも、涙を流していた。
「お嬢様は、無事じゃ……」
四人は、抱き合って泣いた。
喜びの涙を。
そして、安堵の涙を。
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それから一週間後。
リディアとヴェルナーが、屋敷に戻ってきた。
「ただいま!」
リディアの声が、玄関に響いた。
使用人たちは、飛び出していった。
「お帰りなさいませ!」
エリーゼは、リディアに抱きついた。
「お嬢様、ご無事で……!」
「ありがとう、エリーゼ。心配かけてごめんなさい」
マルタも、ベルンハルトも、アーデルベルトも――
皆が、二人を囲んだ。
「お嬢様、公爵様。おかえりなさいませ」
アーデルベルトは、深々と頭を下げた。
「我々は、お二人の帰りを、心待ちにしておりました」
ヴェルナーは、使用人たちを見回した。
「皆、ありがとう。お前たちが、ここを守ってくれたおかげだ」
「いいえ」
アーデルベルトは、微笑んだ。
「我々は、ただ――家族を守っただけです」
家族。
その言葉を聞いた瞬間、リディアの目に涙が浮かんだ。
「そうね……私たち、家族なのね」
「ええ」
エリーゼが、リディアの手を握った。
「わたしたち、ずっと家族です」
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その夜、使用人たちは再び厨房に集まった。
でも今度は、秘密会議ではなく――
祝宴のためだった。
「では、乾杯!」
アーデルベルトが、グラスを掲げた。
「お嬢様と公爵様の、ご無事の帰還を祝して!」
「乾杯!」
笑い声が、厨房に響いた。
マルタの料理が並び、ベルンハルトのワインが注がれ、エリーゼが花を飾った。
リディアとヴェルナーも、使用人たちと一緒に座っていた。
「ねえ、皆」
リディアが、言った。
「私が王都にいる間、皆がどれだけ頑張ってくれたか、聞きました」
「え?」
「ディートリヒ様から聞いたの。村人たちの証言、王都での情報収集、全て――皆がやってくれたことだって」
リディアは、一人一人を見つめた。
「ありがとう。皆がいなかったら、私、きっと――」
彼女の声が、詰まった。
「お嬢様」
アーデルベルトが、優しく言った。
「我々は、ただ当然のことをしただけです。お嬢様が、我々にしてくださったように」
「そうですよ」
エリーゼが、微笑んだ。
「お嬢様は、この屋敷を救ってくださった。だから、今度は我々が、お嬢様を守る番です」
「これからも、ずっと」
マルタが、力強く言った。
「我々は、お嬢様と公爵様を、お守りします」
ヴェルナーは、使用人たちを見回した。
そして、深く頭を下げた。
「ありがとう、皆」
公爵が、使用人に頭を下げる。
それは、前代未聞のことだった。
でも、誰も驚かなかった。
なぜなら、この屋敷では――
身分ではなく、心が大切だったから。
「公爵様、顔を上げてください」
アーデルベルトが、笑った。
「我々は、家族なのですから」
ヴェルナーは、顔を上げた。
そして、微笑んだ。
「そうだな……家族だ」
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宴は、夜遅くまで続いた。
笑い声と、温かな会話が、厨房を満たした。
かつて、死の淀みに包まれていたこの屋敷。
でも今は――
希望と、愛に満ちている。
そして、それは――
一人の娘と、彼女を守ろうとした人々が、共に作り上げたものだった。
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【番外編2 了】
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