表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死を待つ公爵の庭掃除  作者: よっし
番外編
13/14

番外編2:使用人たちの秘密会議 ~希望を守るために~

番外編2「使用人たちの秘密会議 ~希望を守るために~」



それは、リディアが王都へ出発する前夜のことだった。


屋敷の使用人たちは、厨房に密かに集まっていた。


アーデルベルト、エリーゼ、マルタ、ベルンハルト――この屋敷に残った、わずかな者たちだ。


「皆、集まってくれてありがとう」


アーデルベルトが、厳粛な面持ちで口を開いた。


「明日、公爵様とお嬢様が王都へ向かわれる。魔女として告発されたお嬢様の、尋問のためだ」


エリーゼが、ハンカチで目を拭った。


「お嬢様が……魔女だなんて。そんな、ひどい」


「わしも信じられん」


ベルンハルトが、拳を握った。


「お嬢様は、この屋敷を救ってくださった。わしらを、生き返らせてくださった。それなのに……」


マルタは、腕組みをして唸った。


「王都の連中は、何も分かっちゃいない。お嬢様の優しさも、献身も、何も!」


アーデルベルトは、深く頷いた。


「その通りだ。だから――我々で、お嬢様を守らねばならない」


「どうやって?」


エリーゼが尋ねた。


「わたしたち、ただの使用人ですよ。王都の貴族や魔術師に、何ができるんですか」


「できることは、ある」


アーデルベルトは、テーブルに地図を広げた。


「まず、情報だ。王都に知り合いがいる者は?」


ベルンハルトが手を上げた。


「わしの息子が、王都の商人をしております。情報網は広い」


「よし。息子さんに連絡を取ってくれ。王都での噂、特にお嬢様に関する情報を集めてもらいたい」


「かしこまりました」


「次に、証人だ」


アーデルベルトは、メモを取り出した。


「近隣の村人たちに、お嬢様がどれほどこの地域を救ったか、証言してもらう必要がある」


「それなら!」


エリーゼが立ち上がった。


「わたし、村を回ります! 皆さん、お嬢様のことを慕っていますから、きっと協力してくれます!」


「頼む、エリーゼ。ただし、無理はするな」


「はい!」


マルタが、厨房の棚から何かを取り出した。


「わたしは、これを持たせます」


それは、小さな瓶だった。


「これは?」


「お嬢様の好きな、ハーブティーの茶葉です。王都で疲れた時、これを飲めば少しは落ち着くでしょう」


マルタの目が、潤んでいた。


「わたしにできるのは、これくらいしか……」


「いいや、マルタ」


アーデルベルトは、優しく微笑んだ。


「それは、とても大切なことだ。お嬢様は、きっと喜ばれる」


-----


「しかし」


ベルンハルトが、深刻な顔で言った。


「もし、万が一……お嬢様が、火刑に処されるようなことになったら……」


一同は、沈黙した。


誰も、その可能性を口にしたくなかった。


でも、現実として――あり得ることだった。


「その時は」


アーデルベルトが、静かに言った。


「我々は、王都へ向かう」


「え?」


「お嬢様を救出する。例え、王国全体を敵に回しても」


老執事の目には、強い決意が宿っていた。


「わしは、八十年生きてきた。この屋敷に仕えて、六十年。アリシア様にも仕えた。ヴェルナー様の成長も見守ってきた」


彼の声が、震えた。


「そして、この七年間――地獄のような日々を、耐えてきた。公爵様が苦しまれるのを見ながら、何もできずに」


「でも、お嬢様が来てくださった。光が、戻ってきた。公爵様が、笑うようになられた」


アーデルベルトは、拳を握った。


「だから、わしは――お嬢様を失うわけにはいかない。この命に代えても、お守りする」


「アーデルベルト様……」


エリーゼが、涙を流した。


「わたしも! わたしも、お嬢様のためなら!」


「わしもだ」


ベルンハルトが立ち上がった。


「お嬢様は、わしの孫娘のような存在じゃ。あの笑顔を、二度と見られなくなるなど――耐えられん」


「わたしもよ」


マルタが、涙を拭った。


「お嬢様は、わたしの料理を『美味しい』と言って、いつも完食してくださる。あんなに喜んでくださる方、他にいない」


四人は、互いを見つめ合った。


そして――


同時に、頷いた。


「では、決まりだな」


アーデルベルトが言った。


「我々は、お嬢様を守る。何があっても」


「はい!」


-----


その夜、四人は遅くまで作戦を練った。


エリーゼは、村人たちへの連絡リストを作成した。


ベルンハルトは、息子への手紙を書いた。


マルタは、リディアのためにお茶と保存食を用意した。


そして、アーデルベルトは――


公爵家に代々伝わる、古い文書を調べていた。


「月の巫女……」


彼は、古文書を読みながら呟いた。


「三百年前、確かに存在した。そして、封印された」


文書には、月の巫女の力について書かれていた。


『月の巫女は、大地の淀みを払い、人々に希望をもたらす。その力は、月の女神より授かりし聖なるもの』


『しかし、時の権力者たちは、その力を恐れた。月の巫女の力は、既存の魔術体系を脅かすものであったからだ』


『故に、月の巫女は魔女として告発され、封印された』


アーデルベルトは、拳を握った。


「歴史は、繰り返すのか……」


でも、彼は諦めなかった。


この文書を、王都に持っていこう。


お嬢様の力が、邪悪なものではないという証拠として。


-----


翌朝、リディアとヴェルナーが出発する時。


使用人たちは、総出で見送った。


「お嬢様、これを」


マルタが、小さな包みを渡した。


「お茶と、クッキーです。王都で、召し上がってください」


「ありがとう、マルタ」


リディアは、涙ぐんだ。


「エリーゼも、ベルンも、アーデルベルトも――皆、ありがとう」


「お嬢様」


アーデルベルトが、深々と頭を下げた。


「我々は、ここでお嬢様の帰りを待っております。必ず、ご無事で」


「はい」


リディアは、使用人たち一人一人と抱き合った。


そして、馬車に乗り込んだ。


馬車が動き出すと、使用人たちは手を振り続けた。


やがて、馬車が見えなくなっても――


彼らは、立ち尽くしていた。


「さあ」


アーデルベルトが、気を取り直して言った。


「我々も、動くぞ。お嬢様のために、できることを全てやる」


「はい!」


使用人たちは、それぞれの持ち場へ散っていった。


-----


エリーゼは、隣村へ向かった。


最初に訪れたのは、治療師グレーテの家だった。


「エリーゼさん、どうしたの?」


「グレーテさん、お願いがあります」


エリーゼは、事情を説明した。


グレーテは、即座に頷いた。


「もちろん、証言します! リディア様は、この村の恩人です」


彼女は、他の村人たちも集めてくれた。


農夫、商人、母親たち――皆、リディアに助けられた人々だった。


「リディア様が来てから、畑の作物がよく育つようになった」


「長年患っていた病が、治った」


「子供の熱が、下がった」


皆が、口々にリディアの善行を語った。


エリーゼは、一つ一つ、丁寧に記録していった。


「ありがとうございます、皆さん」


彼女は、涙を流しながら言った。


「この証言を、王都に持っていきます。お嬢様を、必ず守ります」


-----


ベルンハルトの息子、フランツは、王都の情報屋として知られていた。


父からの手紙を受け取ると、彼は即座に動いた。


「リディア・フォン・エーデルシュタインか……」


彼は、王都中に張り巡らせた情報網を使い、噂を集めた。


そして、分かったことは――


宮廷魔術師団長ヴァルターが、リディアを危険視していること。


分家のオットーが、暗躍していること。


しかし、同時に――


庶民の間では、リディアを「希望の巫女」として慕う声も多いこと。


「これは……使えるな」


フランツは、情報をまとめ、父に送った。


そして、自分も動き始めた。


王都の商人たちに、リディアの善行を広めるために。


-----


マルタは、厨房で一人、涙を流していた。


「お嬢様……」


彼女は、リディアが初めて屋敷に来た日を思い出していた。


痩せた体で、それでも笑顔を絶やさなかった少女。


「美味しいです、マルタ」と、いつも言ってくれた。


「もう一度、お嬢様の笑顔が見たい……」


マルタは、祈った。


料理人として、できることは限られている。


でも、祈ることはできる。


「神様、お願いです。お嬢様を、お守りください」


-----


アーデルベルトは、書斎で古文書を読み続けていた。


そして、ついに――


重要な記述を見つけた。


『月の巫女と月の王が結ばれし時、世界は浄化され、新しい時代が始まる』


「月の王……」


アーデルベルトの目が、輝いた。


「公爵様は、月の魔力の継承者。ならば――」


彼は、理解した。


リディアとヴェルナーが結ばれたことには、意味があったのだと。


それは、運命だったのだと。


「この文書を、王都に持っていかねば」


アーデルベルトは、決意した。


たとえ老体に鞭打っても、王都に行く。


お嬢様と公爵様を、守るために。


-----


三日後。


王都から、知らせが届いた。


リディアの尋問が行われ――


そして、彼女が「聖女」として認められたという知らせだった。


使用人たちは、屋敷の玄関ホールに集まった。


「本当ですか!」


エリーゼが、喜びの声を上げた。


「ああ、本当だ」


アーデルベルトは、手紙を皆に見せた。


「お嬢様は、王国全土を浄化された。そして、月の巫女として正式に認められた」


「よかった……」


マルタは、その場に座り込んだ。


「本当に、よかった……」


ベルンハルトも、涙を流していた。


「お嬢様は、無事じゃ……」


四人は、抱き合って泣いた。


喜びの涙を。


そして、安堵の涙を。


-----


それから一週間後。


リディアとヴェルナーが、屋敷に戻ってきた。


「ただいま!」


リディアの声が、玄関に響いた。


使用人たちは、飛び出していった。


「お帰りなさいませ!」


エリーゼは、リディアに抱きついた。


「お嬢様、ご無事で……!」


「ありがとう、エリーゼ。心配かけてごめんなさい」


マルタも、ベルンハルトも、アーデルベルトも――


皆が、二人を囲んだ。


「お嬢様、公爵様。おかえりなさいませ」


アーデルベルトは、深々と頭を下げた。


「我々は、お二人の帰りを、心待ちにしておりました」


ヴェルナーは、使用人たちを見回した。


「皆、ありがとう。お前たちが、ここを守ってくれたおかげだ」


「いいえ」


アーデルベルトは、微笑んだ。


「我々は、ただ――家族を守っただけです」


家族。


その言葉を聞いた瞬間、リディアの目に涙が浮かんだ。


「そうね……私たち、家族なのね」


「ええ」


エリーゼが、リディアの手を握った。


「わたしたち、ずっと家族です」


-----


その夜、使用人たちは再び厨房に集まった。


でも今度は、秘密会議ではなく――


祝宴のためだった。


「では、乾杯!」


アーデルベルトが、グラスを掲げた。


「お嬢様と公爵様の、ご無事の帰還を祝して!」


「乾杯!」


笑い声が、厨房に響いた。


マルタの料理が並び、ベルンハルトのワインが注がれ、エリーゼが花を飾った。


リディアとヴェルナーも、使用人たちと一緒に座っていた。


「ねえ、皆」


リディアが、言った。


「私が王都にいる間、皆がどれだけ頑張ってくれたか、聞きました」


「え?」


「ディートリヒ様から聞いたの。村人たちの証言、王都での情報収集、全て――皆がやってくれたことだって」


リディアは、一人一人を見つめた。


「ありがとう。皆がいなかったら、私、きっと――」


彼女の声が、詰まった。


「お嬢様」


アーデルベルトが、優しく言った。


「我々は、ただ当然のことをしただけです。お嬢様が、我々にしてくださったように」


「そうですよ」


エリーゼが、微笑んだ。


「お嬢様は、この屋敷を救ってくださった。だから、今度は我々が、お嬢様を守る番です」


「これからも、ずっと」


マルタが、力強く言った。


「我々は、お嬢様と公爵様を、お守りします」


ヴェルナーは、使用人たちを見回した。


そして、深く頭を下げた。


「ありがとう、皆」


公爵が、使用人に頭を下げる。


それは、前代未聞のことだった。


でも、誰も驚かなかった。


なぜなら、この屋敷では――


身分ではなく、心が大切だったから。


「公爵様、顔を上げてください」


アーデルベルトが、笑った。


「我々は、家族なのですから」


ヴェルナーは、顔を上げた。


そして、微笑んだ。


「そうだな……家族だ」


-----


宴は、夜遅くまで続いた。


笑い声と、温かな会話が、厨房を満たした。


かつて、死の淀みに包まれていたこの屋敷。


でも今は――


希望と、愛に満ちている。


そして、それは――


一人の娘と、彼女を守ろうとした人々が、共に作り上げたものだった。


-----


【番外編2 了】

評価・感想頂けると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ