先輩の秘密と七不思議
「結衣、さっき九条先輩に話しかけられちゃった!」
教室で弁当を食べていると、くるみが大事にならない程度の興奮で教室に入ってきて、私の席まで迫ってきた。
「……よかったじゃん、かっこよかった?」
私は口の中の米をしっかり飲み込んでから、興味がないのを悟られないように質問をする。
「もうかっこいいなんてもんじゃないよ。美しい。完璧」
くるみは近くの席から椅子を拝借して私の前に座った。
「まあ、確かにかっこいいよね。テレビに出てる俳優とかと比べても、遜色ないなって思うよ」
「でしょ!性格も最高で、さっき私がハンカチ落としたのに気づいて追いかけてくれたの。さすが完璧すぎて第三高校の七不思議のひとつに数えられるだけあるわ」
「第三高校の七不思議?」
私は聞き覚えがなかったその言葉に思わず箸を止める。
「この前エリカ先輩たちが言ってたのを聞いたの」
「あのギャルの先輩?」
「そう。面白いよね。勝手に作ったらしいよ」
「勝手にって、九条先輩がかっこいいことがなんで学校の不思議になるのかわからないんだけど」
「たしかにね、でも結衣も気持ちはわかるでしょ。あれはなんか不思議な理由がないとありえない美しさだもん」
「ちなみに、あとの六不思議はなんなの」
不覚にも、知らないうちに母校に誕生した七不思議に少しだけ興味が湧いてしまった。
「うーんとたしか、九条先輩の美貌の秘密のほかには、開かずの理科準備室、放課後にちらつく蛍光灯、校内放送の異音、廊下の異臭、謎の電波障害、いつまでも直らないズレた時計、とか言ってたかな」
「なんか、九条先輩以外、不思議というより学校への愚痴じゃない?」
「ははは!そうかも。まあ、私は別に九条先輩の話以外はどうでもいいんだけどね」
くるみはにこにこと体を揺らしている。
「九条先輩の美貌の秘密といえば、私も噂を聞いたことがあるよ」
私は以前部活の友人に聞いた話を思い出した。
「え!なになに教えて」
くるみが身を乗り出して顔を近づけてきたので、私は箸を構えてくるみの進行を阻止する。
「部活の友達にも、九条先輩の厄介ファンがいるんだけどね。よくないことにその子、九条先輩のことを盗撮して写真をコレクションしてるの」
「ほう。よくないですねえ」
くるみは顎に手を当てて、興味深そうに聞いている。特に怒っている様子ではない。
「それで、家でその写真をいろいろ眺めてたときに、もしかしたらと思って測ってみたらしいんだけど、顔のバランスとかパーツの配置が、黄金比になってたんだって。それも驚くほど完璧に」
「黄金比ってなんだっけ?」
「私も詳しくないけど、確か人間が最も美しく感じる比率のこと。顔の縦横比とか目と鼻の大きさの比率とか、いろいろあるみたい」
「へえ!どうりで魅力的に見えるわけだよ。九条先輩は神が設計した最高傑作だったってわけか」
「黄金比は神じゃなくて人間が決めたものだけどね」
「そっか、じゃあ先輩は誰かが設計したロボットなんだよ、ほら、今AIとか流行ってるし」
くるみがいつもの調子で頓珍漢なことを言い始めたので、私は食事を再開する。
「あーあ、でも九条先輩プライベートなことはあんまり話さないらしくて、情報がないんだよなー」
くるみは伸びをしながら天井を仰ぐ。
「あっでもね、私も意外だったんだけど、先輩、ハンカチを返してくれたあと、しばらくお話してくれて、私のこといろいろ聞いてくれたんだよ。私もう余計なことまでしゃべっちゃったかも。恥ずかしい~」
「へー、そうなんだ。たしかに意外かも。九条先輩何考えてるかわからないし。また話す機会があったら今度はくるみからいろいろ聞いてみなよ」
「そうだね!よし、今行ってくる」
「え?」
そう言うとくるみは勢いよく教室を飛び出していった。
私が困惑しながらもやっと静かに食事ができるなと思っていると、廊下で先生の誰かがくるみの爆走を諫める声が聞こえてきた。
放課後、部活のあとに担任に呼び出され職員室に向かう途中、件の九条先輩を目にした。
九条先輩は部活動には所属していないという話を、以前くるみから聞いたことがあったので、なぜまだ学校にいるのか気になったが、向かう方向が一緒だったので、私はなんとなくばれないように後ろを尾けてみることにした。
すると驚くことに、九条先輩はあの開かずの教室として令和最新版当校の七不思議のひとつに数えられる理科準備室に入っていったのだ。
くるみに七不思議を聞く前から、理科準備室が開かないことは知っていたので何のためらいもなく入っていく九条先輩を不審に思いながらも、職員室に向かうためその場を後にした。
職員室で先生と話している間、私は九条先輩のことが気になって仕方がなかった。
入口の壁にかかっている理科準備室の鍵をちらちらと見ながら、心ここにあらずで話をしていた。
素直な生徒を演じることで早々に話を切り上げ、職員室を退室する際にばれないよう鍵を窃取して理科準備室へと向かう。
不用心なほうが悪いと自分に言い聞かせる。
理科準備室のある東棟に入ると、私は違和感に気づいた。
廊下の天井から吊り下げられているアナログ時計の時間が、部活の終了時間になっている。
部活が終わってからは30分以上経っているはずなので、私はおかしいと思いスマホで正確な時間を確認しようとポケットに手を突っ込む。
スマホを取り出し画面をタップすると、正確な時刻が表示された。
やはり学校の時計がずれている。
スマホをしまおうと画面を消そうとしたとき、右上にいつもなら4本立っている電波強度のマークが1本しか表示されていないことに気が付いた。
ズレた時計と電波障害、と私は頭の中でお昼のくるみとの会話を改めて思い出す。
今日聞いた学校の愚痴もとい七不思議のうち3つをその日に体験するなんて、運がいいのか悪いのか、などと考えながら歩いていると、ほどなくして廊下の蛍光灯がちらつきだした。
突然の明滅に私は少し驚き足を止めると、それとほぼ同時に、ビニールが焦げたような異臭が鼻を突き、校内放送用のスピーカーからジジジジというノイズが流れ出した。
計六不思議を同時にこの身に受け、若干のパニック状態になった私は廊下を走りだした。
恐怖からか、顔が引きつり、全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。
とにかく誰かに会いたかったので、私はなりふり構わず九条先輩がいるであろう理科準備室へと急ぐ。
理科準備室の扉は鍵を開けても何かで押さえつけられているのか、かなり重かったが、私は強引にこじ開けた。
そしておそるおそる理科準備室に入ると、そこは異様な雰囲気だった。
明らかな室温の高さや異臭、踊るように針が暴れている電流計、部屋の中を舞うプリントやほこり、さっきまでより強く感じる毛の逆立ち、というより、私の髪の毛は逆立っていた。
足元のプリントになんとなく目をやるとそれは『特定コミュニティ内における『信頼構築』が情報開示に与える影響』というタイトルの報告書のようなものだった。
訳が分からないまま準備室を進み、角を曲がってさらに奥まった物置のようなスペースに到着すると、そこには、壁一面ほどの大きさの電源装置のようなものと、それと私のウエストほどの太さのケーブルを背中に挿して繋がっている九条先輩がいた。




