第8話:肩もみ、膝枕、そして誘惑
翌日の午後。
私は執務室で書類仕事をしていた。
しかし、集中できない。
昨夜のキスの感触が、まだ唇に残っているような気がする。
柔らかくて、甘くて──
「蒼真」
突然、背後から声がかかった。
振り向くと、千紗──リーシャが立っていた。
「お疲れ様、蒼真。肩、凝ってない?」
「ああ、少し……」
「じゃあ、揉んであげる」
言うが早いか、彼女は私の後ろに回り込んだ。
小さな手が、私の肩に触れた。
「……っ」
思わず息を呑んだ。
彼女の手は、想像以上に柔らかかった。
ふにふにとした、まるでマシュマロのような感触。
「力加減、どう?」
「あ、ああ……ちょうどいい……」
彼女の指が、肩の筋肉をほぐしていく。
気持ちいい。素直に、気持ちいい。
──だが、問題がある。
彼女が近い。
近すぎる。
背中に、何か柔らかいものが触れている。
──胸だ。
リーシャの胸が、私の背中に押し付けられている。
控えめな大きさだと思っていた。確かに、見た目はそうだ。
しかし、こうして直接触れると、その柔らかさは想像を超えていた。
弾力があって、でも柔らかくて。
私の背中に、ふにゅっと形を変えて密着している。
「蒼真? 顔、赤いよ?」
「き、気のせいだ」
「熱でもあるの?」
彼女が心配そうに、私の額に手を当てた。
顔が近い。
漆黒の瞳が、至近距離で私を見つめている。
長い睫毛。透き通るような白い肌。ほんのり赤い唇。
──キスしたい。
いや、ダメだ。昨日一回しただろう。
「大丈夫、熱はないみたい」
「そ、そうか……」
「でも、念のため休んだ方がいいよ。ほら、膝枕してあげる」
「膝枕……?」
彼女がソファに座り、ぽんぽんと自分の膝を叩いた。
「いや、それは……」
「遠慮しないで。婚約者なんだから」
──婚約者。
確かに、婚約者だ。
膝枕くらい、問題ないはずだ。
「……じゃあ、少しだけ」
私は観念して、リーシャの膝に頭を置いた。
──柔らかい。
驚くほど、柔らかい。
彼女の太腿は、クッションよりも心地よかった。
絹のスカート越しに伝わる、すべすべした肌の感触。
ほどよい弾力と、温かさ。
「どう? 気持ちいい?」
「……ああ」
正直に答えてしまった。
彼女がくすくすと笑う。
「よかった」
彼女の手が、私の髪を撫で始めた。
優しい手つき。指先が頭皮をくすぐる。
──気持ちいい。
眠くなってきた。
しかし、同時に別の問題が発生していた。
彼女の膝枕を受けているこの体勢。
見上げると──彼女の顔がある。
その向こうに──胸がある。
下から見上げる形だ。
スカートとブラウスの境目から、わずかに覗く白い肌。
鎖骨。そして、その下の──
「蒼真?」
「な、なんだ……」
「さっきから、どこ見てるの?」
──バレた。
私は慌てて目を閉じた。
「ど、どこも見ていない」
「嘘。顔が真っ赤だよ?」
「気のせいだ」
「ふーん……」
彼女の声が、悪戯っぽく響いた。
「……見たかったら、見てもいいよ?」
「な……っ!」
私は飛び起きた。
「何を言っている!」
「だって、婚約者だもん。いずれは見せるんだし」
「いずれは、であって、今ではない!」
「えー」
リーシャが頬を膨らませた。
──可愛い。
可愛いが、このままでは理性が持たない。
「仕事に戻る」
「つれないなあ」
私は逃げるように机に向かった。
心臓がうるさい。
顔が熱い。
──あの角度から見た彼女の胸が、脳裏から離れない。
---
数日後。
リーシャの誘惑は、さらにエスカレートしていた。
「蒼真、お茶をどうぞ」
彼女がカップを差し出してきた。
──胸元が、やけに開いている。
今日のドレスは、いつもより露出が多い。
鎖骨がしっかり見えている。そして、胸の谷間も。
控えめな膨らみだが、寄せれば谷間ができる程度にはある。
その谷間が、私の視界に飛び込んでくる。
「……ありがとう」
私は努めて視線を逸らしながら、カップを受け取った。
指が触れた。
彼女の指は、いつも通り柔らかくて温かかった。
「蒼真」
「なんだ」
「今日、一緒にお風呂に入らない?」
私はお茶を吹き出しそうになった。
「なっ……何を……」
「だって、背中流してあげたいし」
「ダメだ」
「えー、なんで?」
「なんでって……」
言えるわけがない。
君と一緒に風呂に入ったら、理性が崩壊するからとは。
「じゃあ、せめて着替えのお手伝いは?」
「それもダメだ」
「ケチ」
彼女が拗ねたような顔をした。
その顔が、また可愛い。
──いかん。心が揺らぐ。
「……稽古の後なら、タオルで汗を拭いてもらうくらいは……」
「本当!?」
リーシャの顔がぱっと明るくなった。
「約束だよ!」
──しまった。
余計なことを言ってしまった。
---
稽古が終わり、人気がなくなった修練場。
約束通り、リーシャがタオルを持って待っていた。
「お疲れ様、蒼真」
「ああ……」
私は上着を脱いだ。
肌着一枚になる。
「汗、すごいね」
彼女がタオルで私の顔を拭いた。
柔らかいタオルと、彼女の優しい手つき。
「首も拭くね」
「ああ……」
タオルが首筋を滑る。
──気持ちいい。
だが、それ以上に──彼女の顔が近い。
汗を拭いてもらうために屈んでいるから、彼女と目線が同じ高さになっている。
漆黒の瞳が、じっと私を見つめている。
「蒼真、鍛えてるんだね」
「まあ、剣術の稽古はしているからな」
「触っていい?」
「……えっ?」
言う前に、彼女の手が私の腕に触れた。
小さくて柔らかい手のひらが、私の上腕をなぞる。
「すごい。硬い」
「……」
彼女の手が、肩へ移動した。
鎖骨をなぞり、胸筋へ。
「ここも、硬いね」
──いろいろな意味で、硬くなりそうだ。
私は彼女の手を掴んだ。
「そ、それくらいで十分だ」
「えー、もう少し触りたかったのに」
「ダメだ」
私は逃げるように浴室へ向かった。
──危なかった。
あのまま触られ続けていたら、隠しきれないものが……
冷水を浴びよう。
そう決意して、私は蛇口をひねった。
---
夜。
またもや、リーシャが私の部屋に来た。
今夜の寝巻きは、いつもより薄い。
いや、薄いというか──透けている。
白い生地の下に、彼女の体のラインがはっきりと見える。
細い肩。くびれた腰。そして──胸の形。
「蒼真、今夜も一緒に寝ていい?」
「……ああ」
もう、断る気力がない。
毎晩のことだ。今更抵抗しても無駄だとわかっている。
ベッドに入る。
彼女が隣に滑り込んでくる。
──近い。
いつもより、近い。
彼女の体が、私の体に密着している。
「蒼真」
「なんだ」
「今日、寒いの」
「……暖炉をつけるか?」
「ううん。蒼真があったかいから、くっついてたい」
そう言って、彼女は私の胸に顔を埋めた。
艶やかな黒髪が、私の顎をくすぐる。
甘い花のような香り。
そして──柔らかい感触。
彼女の胸が、私の脇腹に押し付けられている。
控えめな大きさ。しかし、確かな柔らかさ。
弾力があって、ふにふにとしていて。
押し付けられるたびに、形を変えて私の体に密着する。
「蒼真、心臓、すごい音がするね」
「……気のせいだ」
「嘘。ドキドキしてるでしょ?」
──バレバレだった。
---
その夜。
寝室のベッドにて。
リーシャが、私の上に跨っていた。
「……ねえ、まだドキドキしてるね」
彼女が私の胸に手を当てて言った。
「……仕方ないだろう」
「私のせい?」
「……」
「私が近くにいると、ドキドキする?」
彼女が顔を上げた。
月明かりに照らされた、美しい顔。
漆黒の瞳が、期待に潤んでいる。
「……する」
私は正直に答えた。
「君が近くにいると、どうしてもドキドキする。我慢するのが大変なんだ」
「へえ……」
彼女が嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、もっと近くにいてあげるね」
「待て──」
彼女が私の上に乗り上げてきた。
馬乗りの姿勢。
彼女の体重が、私の腰にかかっている。
薄い寝巻き越しに、彼女の体温が伝わってくる。
そして──彼女の柔らかい場所が、私の下腹部に密着している。
柔らかい。驚くほど柔らかい。
ふにゃりとした弾力が、私の体に押し付けられている。
寝巻き越しでも、その温かさと柔らかさがはっきりとわかる。
「リーシャ……!」
「千紗って呼んで」
「千紗……これは……」
「なに?」
彼女が無邪気に首を傾げた。
──この体勢で、無邪気もなにもないだろう。
「降りてくれ」
「嫌」
「なぜだ」
「だって、蒼真の困った顔、可愛いんだもん」
──可愛いのは君の方だ。
そう言いたかったが、今の状況でそんなことを言ったら、さらに状況が悪化する。
「千紗」
「なに?」
「このままだと、俺は……」
「俺は?」
「……我慢できなくなる」
彼女の目が、きらりと光った。
「いいよ? 我慢しなくて」
「ダメだ」
「なんで?」
「結婚式まで、あと二ヶ月だからだ。それまでは、絶対に──」
「絶対に?」
「絶対に、君を……抱かない」
彼女が黙った。
そして──ふふ、と笑った。
「蒼真って、本当に真面目だよね」
「当たり前だ」
「でも、それが好き」
彼女が私の上から降りた。
代わりに、私の隣に寄り添うように横になった。
「じゃあ、今夜はここまでにしてあげる」
「……助かる」
「でも、明日はもっと攻めるからね」
「勘弁してくれ……」
私はため息をついた。
隣で、千紗がくすくすと笑っている。
「蒼真」
「なんだ」
「好き」
「……俺もだ」
「早く結婚したいね」
「ああ。……心から、そう思う」
彼女が私の腕を取り、抱きついてきた。
柔らかい体が、私に密着する。
胸の感触。太腿の感触。そして、甘い香り。
──ああ。
本当に、結婚式が待ち遠しい。
早く、彼女を正式に妻にして。
そうすれば、もう我慢しなくていい。
──あと二ヶ月。
長い、長い二ヶ月が始まった。
---
そして、その翌日。
千紗の攻撃は、さらに激しさを増した。
「蒼真、お風呂上がり」
彼女が私の部屋に入ってきた。
──バスタオル一枚だった。
「なっ……!」
私は思わず立ち上がった。
白いバスタオルが、彼女の体を辛うじて隠している。
肩から腕にかけては完全に露出。濡れた黒髪が、白い肌に張り付いている。
バスタオルの上端から覗く、鎖骨のライン。
そして、胸の膨らみを包むバスタオルの生地が、湿り気を帯びて肌に密着している。
控えめな大きさだが、形がはっきりとわかる。
上向きで、丸くて、柔らかそうで──
「何をじっと見てるの?」
千紗が悪戯っぽく笑った。
「み、見てない!」
「嘘。今、私の胸、見てたでしょ」
「見てない!」
「じゃあ、どこ見てたの?」
「……」
返答に詰まった。
「ふーん。で、蒼真」
千紗が一歩、近づいてきた。
水滴が、彼女の肩から滑り落ちる。
鎖骨を伝い、胸の谷間へと消えていく。
──見るな。見てはいけない。
「タオル、もう一枚持ってきて」
「……は?」
「だから、タオル。髪拭くの」
「それなら、自分の部屋で──」
「蒼真に拭いてほしいの」
彼女がさらに近づいてきた。
甘い石鹸の香り。
湯上がりの、ほんのりと上気した白い肌。
バスタオルの隙間から覗く、太腿の曲線。
そして、バスタオルに包まれた彼女のウエストが、信じられないほど細い。
くびれから、お尻にかけてのなだらかな曲線。
小ぶりだが丸みを帯びたヒップラインが、バスタオル越しにもはっきりとわかる。
「……わかった」
私は観念して、タオルを取りに行った。
──逃げたかっただけかもしれない。
彼女の体を直視し続けるのは、精神的に限界だった。
---
タオルを持って戻ると、千紗はベッドに腰掛けていた。
バスタオル姿のまま。
白い脚を組んで、私を見上げている。
「お願い」
彼女が黒髪を手で持ち上げた。
「優しく拭いてね」
「……ああ」
私は彼女の後ろに回り、タオルで髪を拭き始めた。
濡れた髪は、絹のように滑らかだった。
指に絡みつく感触が、妙に色っぽい。
「ん……気持ちいい……」
千紗が小さく声を漏らした。
その声に、心臓が跳ね上がる。
「蒼真、もうちょっと強くていいよ」
「こ、こうか?」
「うん……そう……」
彼女がまた声を漏らした。
──やばい。
この声を聞いていると、理性が飛びそうになる。
「ねえ、蒼真」
「な、なんだ……」
「首も拭いて」
「首?」
「うん。ここ、濡れてるから」
彼女がうなじを見せるように、髪を前に流した。
白いうなじが、露わになった。
うっすらと産毛が生えていて、水滴が光っている。
──きれいだ。
こんなに綺麗なうなじは、初めて見た。
「蒼真? どうしたの?」
「い、いや……」
私はタオルで、彼女のうなじを拭いた。
指が、肌に触れた。
「……っ」
千紗の体が、ぴくりと震えた。
「ちさ……?」
「ん……くすぐったい……」
彼女の声が、甘く震えている。
──まずい。
このままでは、本当にまずい。
「よ、よし、終わりだ」
私は強引に切り上げた。
「えー、もっとやってよ」
「ダメだ。これ以上は……」
「これ以上は?」
千紗が振り向いた。
漆黒の瞳が、私を捉えている。
湯上がりで上気した頬。濡れた唇。
そして、バスタオルがずれかけて、胸の上部が──
「ち、千紗! バスタオルが……!」
「あ、ほんとだ」
彼女はあっけらかんと、バスタオルを直した。
「見えちゃった?」
「み、見てない!」
「嘘。顔、真っ赤だよ?」
「だから見てない!」
「ふーん……」
千紗がにやりと笑った。
「じゃあ、見たかった?」
「……っ!」
返事ができなかった。
正直に言えば──見たかった。
あと少しずれていたら、彼女の胸が──
「やっぱり見たかったんだ」
「ち、違う……」
「正直に言っていいよ? 私、怒らないから」
「……」
「蒼真の欲しがりさん」
彼女がくすくすと笑った。
私は顔から火が出そうになりながら、逃げるように部屋を出た。
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