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第7話:初めてのキス

 急な来客の対応に追われ、夕食を済ませた後のことだ。


 またもや、千紗が私の部屋にやってきた。


「今日、キス、できなかったね」


「……あれは不可抗力だ」


「じゃあ、今からしよ?」


「………」


 私は深呼吸した。


 心を落ち着けろ。


 彼女は婚約者だ。いずれは妻になる。


 キスくらい、問題ないはずだ。


「……いいぞ」


 千紗が嬉しそうに微笑んだ。


 彼女が私の前に立った。


 見上げる漆黒の瞳。期待に潤んだ眼差し。


 ──緊張する。


 前世でも、こんな経験はなかった。


 私は彼女の頬にそっと手を添え、ゆっくりと顔を近づけた。


 心臓の音が、うるさいくらいに響いている。


 そして──唇が、触れ合った。


 ──柔らかい。


 想像以上に、柔らかい。


 羽毛のような、ふわりとした感触。


 桃のような、甘い味がした。


「ん……」


 千紗が小さく声を漏らした。


 その声に、理性が揺らぐ。


 もっと深く。もっと強く。


 そう思った瞬間、私は自分を制した。


 ──いや、まだ早い。


 初めてなのだから、焦ってはいけない。


「……これくらいで」


 唇を離す。


 千紗の顔は、真っ赤になっていた。


「うん……」


 彼女が恥ずかしそうに俯いた。


「初めて……だった」


「俺もだ」


「そっか……じゃあ、私たち、お互いが初めてなんだね」


「ああ」


 私たちは見つめ合い、同時に笑った。


「私、幸せ」


 千紗が私の胸に顔を埋めた。


「前世では言えなかった。でも、今は言える。ちゃんと、伝えられる」


「ああ」


 私は彼女の頭を撫でた。


「俺も、同じだよ」


 千紗が顔を上げた。


「ねえ、蒼真」


「なんだ」


「今日は……もうちょっとだけ、一緒にいていい?」


「……いいぞ」


 私たちはベッドに並んで座った。


 千紗が私に寄りかかってくる。


 柔らかい髪が、肩に触れる。


 甘い香りが、鼻腔をくすぐる。


「蒼真」


「なんだ」


「好き」


「……俺もだ」


「ずっと、一緒にいてね」


「ああ。約束する」


 千紗がにっこりと笑った。


 その笑顔は、前世の彼女とまったく同じだった。


 ──ああ、と私は思った。


 この笑顔を、俺は前世でも見たかったのだ。


 彼女の隣で。彼女と一緒に。


 そして今、それが叶っている。


「千紗」


「ん?」


「結婚式まで、あと二ヶ月だな」


「うん」


「……待ち遠しいよ」


 千紗の顔が、ぱっと明るくなった。


「私も! 待ちきれない!」


「だが、それまでは我慢だぞ」


「えー」


 千紗が不満そうな顔をした。


「もうちょっとくらい、いいじゃん」


「ダメだ」


「ケチ」


「君を大切にしたいんだ」


 千紗が黙った。


 それから、ふふ、と笑った。


「……そういうところ、好き」


「さっきも聞いた」


「何度でも言うよ。好き。大好き。世界で一番、好き」


 私は彼女を抱き寄せた。


「俺もだよ、千紗」


 月明かりが、二人を照らしている。


 結婚式まで、あと二ヶ月。


 長いようで、きっとあっという間だろう。


 ──いや、千紗の誘惑に耐えることを考えると、とてつもなく長い二ヶ月になりそうだ。


 だが、それも悪くない。


 彼女と一緒なら。

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