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第6話:からかいがいのある婚約者

 翌日。


 朝食の席で、千紗は何事もなかったかのように振る舞っていた。


 しかし、テーブルの下で、彼女の足が私の足に触れていた。


 ──わざとだ。


 絶対にわざとだ。


「クロード様、今日の予定は?」


「午前中は剣術の稽古だ」


「じゃあ、見学に行ってもいいですか?」


「……構わないが」


 嫌な予感がする。


 案の定、剣術の稽古中、千紗はずっと私を見つめていた。


 その視線が、熱い。


 稽古相手の騎士が、何度も振り向くほどだ。


「若様、本日は調子がよろしいようで」


「そ、そうか?」


「ええ。いつもより、動きに力がこもっておられます」


 ──見られているからだ。


 千紗の視線を意識して、必要以上に力が入っている。


 稽古が終わり、騎士たちが下がると、千紗がタオルを持って駆け寄ってきた。


「お疲れ様、蒼真」


「ああ……」


 タオルを受け取る。


 その瞬間、彼女の指が私の手に触れた。


 ──ドキッ。


 意識しすぎだ、と自分で思う。


「汗、すごいね」


「稽古だからな」


「うん。……でも、格好いいよ」


 千紗が頬を染めて言った。


 ──可愛い。


 こんなことで可愛いと思ってしまう自分が情けない。


「着替え、持ってきてあるから」


「ありがとう」


「……着替え、手伝おうか?」


「いらん!」


 私は逃げるように更衣室へ向かった。


「あっ、ちょっと待って蒼真!」


 千紗が追いかけてくる。


「待たん!」


「えー、逃げるの? そんなに照れてるの、可愛いなあ」


「可愛いって言うな!」


「じゃあなんて言えばいいの? 恥ずかしがり屋さん?」


「それも嫌だ!」


「ふふ、蒼真って本当にからかいがいがあるよね」


 ──この女、完全に楽しんでいる。


 更衣室で着替えを済ませ、午後になった。


 私は執務室で書類仕事をしていた。


 しかし、集中できない。


 昨夜の千紗の姿が、頭から離れないのだ。


 白い寝巻き。透ける生地。露わになった肌。


 太腿。胸。鎖骨。


 ──いかん。


 仕事中に何を考えているのだ。


「蒼真」


 ノックもなしに、扉が開いた。


 千紗だ。


「午後のお茶、持ってきたよ」


「ああ、ありがとう……」


 彼女がお茶を置き、私のそばに来た。


 近い。


 いつもより、距離が近い。


「ねえ、ちょっといい?」


「いいが……」


「少し話したいことがあるの」


「構わない」


 千紗が私の隣に腰を下ろした。


 椅子がないので、机の端に座る形だ。


 彼女のスカートが、太腿のあたりまでめくれている。


 ──見えそう。


 いや、見てはいけない。


「蒼真」


「なんだ」


「結婚式……楽しみですね」


「ああ」


「私、純白のドレスを着るんです」


「そうか」


「……蒼真は、どんな姿が見たい?」


 千紗が、いたずらっぽく笑った。


「ドレス姿? それとも……何も着てない姿?」


「なっ……!」


 私は咳き込んだ。


「何を言っている!」


「だって、結婚したら見せてあげるもの」


「そ、それは結婚してからだ!」


「じゃあ、今は……ちょっとだけ?」


「ダメだ!」


 千紗がくすくすと笑った。


「蒼真って、本当に真面目だよね」


「当たり前だ。君を大切にしたいからだ」


「……」


 千紗の目が、一瞬だけ潤んだ。


「そういうところ……好き」


「……」


 返事ができなかった。


 彼女が、突然抱きついてきたからだ。


「蒼真」


「み、千紗……」


「好き。大好き」


 彼女の柔らかい体が、私に押し付けられている。


 胸の感触が、服越しに伝わってくる。


 甘い香りが、鼻をくすぐる。


「ねえ、蒼真」


「な、なんだ……」


「キスしたい」


 ──心臓が止まりそうになった。


「キス……」


「うん。キスくらいなら、いいでしょ?」


 千紗が顔を上げた。


 漆黒の瞳が、じっと私を見つめている。


 薄く開いた唇。ほんのりと赤い色。


 ──キスしたい。


 したい。すごく、したい。


「……一回だけだぞ」


「うん」


 私は彼女の顎に手を添え、顔を近づけた。


 彼女の唇が、近づいてくる。


 柔らかそうな、桜色の唇。


 あと少しで──


「クロード様! お客様がいらっしゃいました!」


 突然、扉が開いた。


「……っ!」


 私と千紗は、慌てて離れた。


 入ってきたのは執事のベルトラムだ。


 彼は私たちの様子を見て、一瞬だけ目を見開いた。


「……失礼いたしました。お取り込み中でしたか」


「いや、違う! 何もしていない!」


「はい。何も見ておりません」


 ──絶対に見ていた。


 私の顔が、熱くなる。


「と、とにかく、客人はどこだ!」


「応接室でお待ちです」


 私は逃げるように部屋を出た。


 背後で、千紗のくすくす笑う声が聞こえた。

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