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第3話:前世の記憶と幼馴染の面影

 翌朝。


 ほとんど寝ていない私は、ふらふらの状態で朝食の席についた。


 隣には、当然のようにリーシャ。


 あれだけ破廉恥なことをしておきながら、彼女は平然としている。


「クロード様、顔色が優れませんね」


「……昨夜、よく眠れなかったんだ」


「まあ、それは心配です。今夜は、もっとぐっすり眠れるように頑張りますね」


 ──何を頑張るつもりなのか。


 頭が痛くなってきた。


「そういえば」


 向かいに座る母が、にこやかに言った。


「リーシャさんとは、初対面のはずなのに、とても息が合っているわね」


「そうでしょうか」


 リーシャが微笑む。


「クロード様とは、昔からの知り合いのような気がするのです」


 ──昔からの知り合い。


 その言葉に、私は引っかかった。


 確かに、彼女といると妙に懐かしい気持ちになる。


 まるで、ずっと昔から知っていたかのような安心感。


 なぜだろう。


 私たちは、三ヶ月前に初めて会ったはずなのに。


---


 午後。


 領地内の視察から戻ると、リーシャが私を待っていた。


「お帰りなさいませ、クロード様」


 彼女は私の上着を受け取り、タオルを差し出した。


「ありがとう」


 タオルで顔を拭いていると、彼女が言った。


「クロード様、今日は汗をかかれたでしょう。お風呂の準備ができています」


「助かる」


「……私も、ご一緒してよろしいですか?」


「絶対にダメだ」


 私は即答した。


 風呂で二人きりなど、どう考えても無理だ。理性が持たない。


「残念です」


 リーシャが肩を落とした。


 しゅんとした表情が、子犬のようで可愛い。


 ──いかん。心が揺らぐ。


「また今度な」


「約束ですよ?」


「……善処する」


 私は逃げるように浴室へ向かった。


---


 湯船に浸かりながら、考える。


 リーシャ・フォン・フローリア。


 なぜ、彼女は私にここまで距離が近いのか。


 政略婚約の相手が、初対面からこれほど積極的なのは異常だ。


 夜這いまでしてくるなど、普通ではない。


 何か、理由があるはずだ。


 ──そして、もう一つ気になることがある。


 私には、前世の記憶がある。


 日本という国で、平凡なサラリーマンとして生きていた記憶。


 交通事故で死んで、この世界に転生した。


 幼少期はぼんやりとしていた記憶も、成長するにつれて鮮明になってきた。


 前世の記憶で、一人の女の子のことを、よく思い出す。


 幼馴染の女の子。


 名前は──千紗ちさ


 小学校から高校まで、ずっと一緒だった。


 クラスも同じ。家も隣。


 休みの日は一緒にゲームをして、テスト前は一緒に勉強して。


 彼女のことは、大切な友達だと思っていた。


 ──友達、として。


 大学進学を機に、私たちは離れ離れになった。


 最後に会ったのは、高校の卒業式の日。


 桜が舞う校門の前で、彼女は言った。


『蒼真……あのね、私……』


 何かを言いかけて、彼女は口ごもった。


 目に涙を浮かべながら、何かを堪えるような表情で。


『……ううん、なんでもない。元気でね』


 それが、彼女を見た最後だった。


 あのとき、彼女は何を言おうとしていたのだろう。


 今になって思えば、あれは──告白だったのかもしれない。


 だが、私は鈍感で、何も気づかなかった。


 彼女の気持ちにも。


 自分の気持ちにも。


 ──そして、そのまま私は事故で死に、この世界に転生した。


「……」


 湯船の中で、私はため息をついた。


 今更、考えても仕方のないことだ。


 前世は前世。


 今は今。


 今の私には、リーシャという婚約者がいる。


 彼女を大切にしよう。


 そう決意して、私は浴室を出た。


 ──と、その瞬間。


「クロード様、お背中、お流ししましょうか?」


 脱衣所に、リーシャがいた。


「なぜここにいる!?」


「お着替えをお持ちしたのです」


「それは侍女の仕事だろう!」


「でも、私がやりたかったので」


 彼女はにっこりと笑った。


 ──可愛い。


 可愛いが、状況が状況だ。


 私は裸だ。タオル一枚で隠しているとはいえ、裸だ。


「と、とにかく出てくれ!」


「はい。でも、その前に」


 リーシャが私の体を、じっと見つめた。


 上から下まで。


 ──視線が、タオルの位置で止まった。


「……鍛えていらっしゃるんですね」


「だから、出てくれ!」


 私は彼女を押し出し、扉を閉めた。


 心臓がうるさい。


 顔が熱い。


 ──見られた。


 ほぼ裸を、見られた。


 婚約者とはいえ、これは恥ずかしすぎる。


 脱衣所の鏡を見ると、自分の顔が真っ赤になっていた。


 その後も、夕食まで彼女のことが頭から離れなかった。

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