契約〜side蓮〜
俺は五十嵐 蓮という、如月高校に通うしがない平凡な十六歳である。
まぁ、平凡とは言っても人よりは比較的恵まれた高校生活を送っている自信はある。友好関係には幸いに困ったことも無く、男女問わず幅広い友人がいる。容姿も親には感謝している程には悪くないと思っている。それは自惚れとかそういう訳ではなく、実際に告白も受ける事があったので周りから見ても多分悪くは無いのだろう。
ただ、友人には唯一欠点?と茶化されているオタク趣味も持っているがそれも日々を充実させる一つである。
そんな文句のない順風満帆な青春を送る俺であるはずなのだが、そんな俺に天使が舞い降りた。
その天使は銀糸と見間違う程の美しい髪を持ち、青色に輝く宝石のような瞳はその可愛らしさと合わせて神秘さも感じられた。
神々しいまでの美しさ、そう。それはまるで、俺の推している漫画『永遠の輝石』に登場するヒロイン、『紅羽』の幻想を見ているのではないかと思える程に。
因みに、『永遠の輝石』通称『とわきせ』なのだが、本作品は今期アニメにもやっている人気恋愛漫画なのである。
恋愛漫画としてはリアルに人間関係を描いており、恋愛と言うよりはヒロインである『紅羽』の人生を描いているとまで言われている。
そんなヒロインである『紅羽』と、今目の前の少女がなぜ重なるのか。
それは正しくその容姿にあった。銀の髪にそしてその背格好と類似点が多すぎたのだ。
唯一の違いは性格と正反対までの瞳の色ぐらいか?漫画の中の紅羽は赤い瞳に対して、その天使は青い瞳をしている。
それに流石にアニメの声優との声は異なるが、それでもずっとこの少女の方が可愛らしいと感じてしまうのはアニメ以上の魅力を秘めているからなのだろうか?
だから、そんな子に蓮が惹かれたのは当たり前のことであった。
こんな可愛らしく綺麗な少女を初めて見た。
この子はもしかしたらコスプレをしているのだろうか?ならばその容姿にも納得がつくし同じ『とわきせ』ファンならば是非ともお話をしてみたい。
以前彼女が・・・名を碧という少女が街中に姿を現したとき、実はSNSやネットでも少し話題になったのだった。
調べなければ出てこないレベルではあるのだが、だとしても街を出歩くあいちゃんの姿の写真と動画を投稿し「何かのイベント?」との投稿がそこそこ寄せられていた。
確かにそれだけ見れば俺もコアなファンかイベントの何かと思ったぐらいに。
しかし、そう思っていたのだが実態は全くもって楽観的ではなかったのであった。
夜の公園にて、俺が再開出来たことに浮かれていた一方、あいちゃんは「死にたい」と零し泣いていたのだ。
学校や家でも居場所はなく、終いには家から外出るのも困難な状況なのだとか。
こんな可愛らしい少女が学校にいれば、学校どころか地域レベルで人気が出そうなものだが、そんな子が孤立する姿が想像出来なかった。
しかし現実はなっているようで、涙を流しながら語る姿はとてもじゃないけど一人にはさせられないものであった。
もはや彼女は限界が来ているのだろう、この「死にたい」と零していた彼女に俺は何ができるのだろうか、そう思いながら俺はあいちゃんの頭を撫でながら模索するのであった。
☆
あれから1時間は話しただろうか。
自己紹介を含めた内容や、雑談を行った。
主に俺がアニメの話を一方的にして付き合わせてるだけだったが・・・、しかし勿論俺がしたかったからしていただけではない!
あいちゃんの容姿に関して探りを入れてみたかったのだ。しかしその内容にあいちゃんはピンと来た様子もなく、寧ろそう言うものには全く詳しくないのだろうことが分かったくらいだ。
ならばただの偶然なのだろうか?それにしては余りにも酷似していてそれに美少女すぎる。
・・・なんて、馬鹿なことを思いながら話に耽っていく。
そうしていたら結局、俺はあいちゃんの不安を取り除くことも出来なかったし、彼女にできることは無く困りあぐねていた。
勿論幾つか方法は無くはない。
だがその内容は今日のようにあいちゃんが買いに行けないものや出来ないことを代わりに行うぐらいである。
しかし今日の彼女を見る限り、今別れた後に頼る事をしてくるようにはとても思えなかった。それどころか無償の行為に気後れして疎遠になるのが目に見えていたのだ。
さてどうしようか。
そう考えている間に終わりは直ぐにやってきた。
「・・・れん、今日はありがとね」
話す事に一生懸命となり次の話題を考えていた頃、あいちゃんから唐突として切り出された。
「え?あ、ああ・・・」
俺は最初よく分からずに、そして意味が分かった後も受け入れるのに時間がかかり生返事になってしまった。
そして少しの時間を置いてから今この瞬間が終わるのだと悟り、今更ながらに焦りが生じた。
「またね、れん。
ボク、もう遅いから帰ろうと思う。今日は凄く楽しいかったし、多分人生で一番笑えたと思う。ありがとね」
「あっ、ちょっとまって!あいちゃん!」
あいちゃんはそう言って立ち去ろうとする。それを俺はなんとしても引き留めるべく、声を若干荒くして呼び止めた。
「っ、え?」
「あいちゃんもう帰るのか?
そ、それなら、送るぞ?」
「え?う、ううん。大丈夫だよ」
「でもっ」
「悪いから。
それに場所も近いし、大丈夫」
2度目の断り。
拒絶されているのか、遠慮しているのか。
どちらにせよこれ以上呼び止めるのは憚られた。しかしだからと言ってどうすれば。
口を開くが出てこぬ言葉に苛立ちを覚える。
そうして、結局なんとか振り絞った言葉は呼び止める言葉ではなく、弱音とも取れる情けないものだった。
「俺たち・・・、また会えるよな?」
「へ?それは・・・うん、きっと会えるよ」
急な話題の変化にあいちゃんはポカンとしていて、少し考えるように横目に視線を流してから、困った笑顔を浮かべて言う。
その顔を見て完全に理解した。別れれば、あいちゃんに会うことは2度とないのだろうと。
きっと現状は変わらぬまま、一人困難を抱え込んでいくのだろうと。
本当に・・・それで良いのか?
こんないたいけな少女が笑って過ごせない事を見てみぬままにしていて良いのだろうか?
ここでさらに食い下がれば流石に拒絶されるかもしれない。嫌われるかもしれない。
しかしそんな事で後悔はしたくなかった。
した後の後悔はどうだって構わない。
しかし何もしなかった後悔なんて真っ平だった。
蓮はこれまでの不安を深呼吸と共に飲み込むと、先ほど呼び止めた声以上の声量で名を呼んだ。
「あいちゃん!」
「は、はいっ・・・?」
あいちゃんは大きな声に身を跳ねる。その姿が猫の仕草と重なりつい頬が緩むが身を引き締め直す。
「また、今日みたいなことをしよう!あいちゃんが何か買ってきて欲しい物があれば俺買いに行くから。その代わりあいちゃんに俺もして欲しいこと言うから、だからそういう約束ーー」
そう言いかけて思い直す。
約束?それでは甘い。
この少女の今が口約束などで変わるわけがないと。もっと強い何かがいい。俺たちの関係を決定づける強い繋がりが。
その考えにより、俺は一つの答えを導き出した。そして言うーー
「・・・いや、契約をしよう!」
ーーと。
しかし答えが必ずしも正答とはかぎならない。
俺は思って直ぐに口にしてしまった為に、こんな不用意な言葉を使ってしまい後悔する。
「は、はい?け、けいやく?」
現にあいちゃんは驚きと言うより訝しむ顔をして瞠目する。
だがここで折れたらそれこそ終わりだ。俺には強いメンタルなど持ち合わせてはいないが、痛むお腹に気づかないフリをして突きすすむ。
それも、全力でだ。
「そう!
俺パシリになるから、あいちゃんにまたお兄ちゃんって呼んだり、見て欲しいアニメみてお話したり!俺の願いを聞いてもらってさ・・・だめか?」
「え、えっと・・・」
最高に困った顔をするあいちゃん。
その目はクラスでオタク話をしすぎて引かれる時の目とそっくりである。
最早諦めているクラスとは違い、あいちゃんにそんな目をされるとなかなか堪える。
もはや心の中で泣き、顔では笑顔を浮かべて語り続ける。
出来るだけ気持ち悪く、そしてあいちゃんへの負担が大きく見せるような契約の内容を、ペテン師のように嘯いた。
「それに俺、もっとやって欲しいことがあるんだよ。
あいちゃんに色んなコスプレとかして欲しいんだ。猫耳とか、メイド服とか、ナース服とか!」
「はえ?こすぷれ?」
「あとあいちゃん声もめっちゃ可愛いから、言って欲しいセリフもいっぱいあるんだ!『おはよう』ってセリフを目覚ましにしたいし、メールが来た時の着信音も欲しい!
あとアニメの名シーンの読み上げ再現とかも見てみたいし、それにーー」
「ちょっ、ちょっと待って!
何言ってるのれん!?」
「え!?」
「え!?」
いや、ほんとに「え?」だよな!
と自分のキモさに内心で自虐する。だって俺もわけわからないから。
しかしこの少女には無償の愛は要らないのだ。
互いに共依存するような、そんな危うい関係が必要なのだ。
「まさか、それ全部ボクにやらせるの?」
「まぁ、あいちゃんが俺にして欲しいことが多かったりしたらとか?」
「なるほど・・・」
そうしてあいちゃんは考え込んでしまう。
眉に皺を寄せ考え込む姿に俺の胸はドキドキと脈拍打っている。
流石にキモすぎたか・・・?
だが今更考えても仕方がない。俺は天に祈るように、目の前の天使の様な少女に祈り続けた。
そしてーー
「ぶふっ、」
その静けさを破るのはあいちゃんの吹き出した音であった。
「あははははっ、れんっ、ひぅっ、おかしいあははは」
「お、おぉ・・・あいちゃん大丈夫か?」
そしてコロコロと笑い出し、俺が心配すると更に笑われた。そ、そんな笑われる様なこと言ったっけか。
でも警察に通報されるよりはまだマシなのか?
俺はこの反応がどちらにやるものなのか決めて兼ねていると、その答え合わせをしてくれるようなタイミングであいちゃんは笑うのをやめて応えた。
「いいよ」
肯定の意をもって。
「ボク、れんの言う契約、してもいい」
「・・・は?まじなのか?」
「うん、まじ」
今だにおかしいのか、潤んだ目元を指でなぞりながら言った。
ヨシ!
俺はそう内心で、いや最早言い出そうとするタイミングで待ったをかけられる。
あいちゃんによる「でも」と続けられた言葉によって。
そして先ほどの笑顔は完全に失せ、真剣な顔であいちゃんがその後に続く条件を言った。
「本当にれんは、契約者がボクなんかでいいの?」
「?」
何を言われるかと思ったら、そんな事であった。
これまでの会話で俺の醜態を散々晒していたのに、ここで何故あいちゃん自身のことについて尋ねられるか分からなかった。
あいちゃんが相応しくないか?
そんなの俺の方が相応しくないのに何を言っているんだ?間違いなくあいちゃんと俺が並んで歩けば釣り合いが取れていないと言われるのは俺の方である。
「れん」
「な、なんだ?」
「一つ、いい?」
答えを探すのに苦戦しているとまたしても落ち着きのある美しい声音のあいちゃんが言った。俺は今度は何を言うのかと警戒しながら、ゆっくりと頷き肯定する。
「きっと、れんが思うほどボクに価値はないよ」
そしてまたしても自身を卑下する言葉である。
どうしてこの少女はここまで自己肯定感が低いのだろうか。
結局あいちゃんの真意は分からないし、どの様に答えるのがあいちゃんの為になるかは分からない。
けれど今は俺の感じたように言うだけだ。
「そんなことは無いさ」
俺がそう言うと、あいちゃんは複雑な顔をしながら右手で左手を抱き寄せた。
「・・・うん。わかった、れんがそれを望んでくれるならもう大丈夫」
そして少しの逡巡の後、悲しそうに笑いながら応えたのであった。
『契約』を納得させるために本意にも無く敢えて、碧に対して女性として求めるほど罪悪感で碧を苦しめる歪な関係が始まってたり。




