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蓮の秘め事

「はい、ただいまー」


 ドサッ


 ボクのいるベンチにたんまりと商品を包んだコンビニ袋が置かれた。


「なんでも粗方買ってきたぞ。これで数日は持つんじゃないか?」


「すごい・・・、ほんとにありがとうございますっ」


 ベンチから立ち上がり、身を直角にし深々と頭を下げた。さっき会ったばかりなのに、ここまでしてくれるなんて恐縮でしかない。

 しかもさっきはあんな失態・・・、もう何がなんでもお礼をしなければならないと誓う。


「ぜんぶ、いくらしましたか?

 お金払いますっ。ご迷惑もおかけしたので倍は払いますっ」


 ボクは身を起こすとお財布を探すべくポケットを上から擦る。


「いやいいって。ほら、これもあいちゃんを怖がらせた慰謝料ってことで」


「いやそういう訳には、」


 蓮は手をパタパタさせて何でもない事だとお礼を拒否。しかしこんな大恩人にそれでは道理に反する。ボクは首を思いっきり振ってい退けるとお財布を探すのを続け・・・て、ん?あれ、あれっ!?


 ないっ、ないっ!?


 ボクは左ポケット、右ポケット、パーカーのポケットと全てを探すが見つからなかった。落とした?いや忘れたのかも・・・。


 ボクは顔から血が引いていくのがわかった。


 も、もしかして蓮が取って・・・、ちがう。そんなわけが無い。蓮ならこんな事しないし起きる迄見守ってくれるなんて事もしない。ボクは恩人を少しでも疑ってしまったことに恥て改める。

 それに今はそんなことしているときでは無い。ボクはまたも頭を下げて謝った。先程よりもっと深く。


「ごめんなさいっ!!お財布っ、忘れちゃったみたい」


「そうなのか?ならいいっていいって」


 これは幸いと、蓮は断る口実を見つけて調子よく答えた。でもそんなの嫌だ。


「だめですっ。

 お金の他に、なにかお返し出来ることは・・・、もし時間をくれれば今からでも帰って、」


「いやいやだから大丈夫だって。

 ほら、お礼は・・・そうっ、こんなアニメでしか拝めんような美少女と知り合いになれたってことで。そんでチャラってのはどうだ?」


 そんな取ってつけたような・・・。明らかに対価に見合ってない。それに美少女っていうのも、本当の自分を知るボクにとって甚だ認めずらい。

 本当であれば男であることを正直に話してこそ誠意となるものだが・・・でも、蓮が女の子としてのボクを求めるのならばと口を噤む。

 罪悪感で胸が締め付けられるが蓮の抱く幻想を壊さない為にボクはボクにできることをしようと思った。

 そして、それと同時にその考えが正しいか確かめるべく確認をとる事にした。


「れんって、ボクのこと興味あるの?」


「はい?」


 ボクは期待が相まって少し大胆に質問してみた。

 だって、学校でもボクのことなんて目に止める人なんていなかった。そんな事を言ってくれるものだから、興奮もして変な事だって口走る。


「れんが他にボクにして欲しいことをすれば、それが対価になる?」


 蓮はいまだに話が見えず、疑問から首を傾げたため、碧は改めて説明をした。


「それだけだと全然割にあってないし。

 だから、れんがして欲しいことがあれば、ボクなんでもする。頑張るから、なんでも言って」


「・・・・・・・・・はぁ!?いやっ、あ、あいちゃん?何言ってるんだ!?

 ああ、もしかしてからかってるのか?」


「・・・?からかってない」


 どうやら冗談として受け入れられたらしい。ボクが否定すると蓮は複雑そうに顰めた。


「いいか、あいちゃん。

 あいちゃんにはまだ分からないだろうけど、そういうこと言うと勘違いする人が絶対にいるから、あまり言っちゃダメだぞ」


「?」


「特に大人の男の人にだ。

 もし悪い人だったら、無理やりイヤなことをされるかもしれないから、俺との約束だ」


 無理やり嫌なこと?

 そう言われて何があるかと考えればすぐに思いつく。つまりは体を要求されるということだろう。何でもすると言った手前、それを言質と襲われまいか心配しての事だ。


 それは、ちょっと考えていなかった。

 確かに恩人であり、こんなにもボクに優しく接してくれる彼に求められることは悪い気はしないが、そういうつもりで言った訳ではなかった。

 思わずポンッと顔から湯気が出そうなレベルで真っ赤に染めると、瞬時に頭を振って夜風で冷やしていく。


 でもそうか、確かに危ない事を口走ってはいたが相手が蓮でよかった。

 今だにボクの姿が女の子になっている意識が足りていなかった。反省し戒めつつも、蓮に感謝する。でも、うん。でもである。

 そんな蓮の対応にも、一つだけいただけないことがある。


 ボクは頭を冷やし終わった顔で蓮を見つめる。それも半眼で、冷えきった視線を送る。


「?」


 突然の態度に蓮は間抜けに首を傾げて、よく分からないと先程ボクを揶揄したままの笑顔で固まっていた。

 やっぱりだ。いや最初からそうとは思ってたよ?だってちゃん付けとかされてるし。口調とか、よしよしとか。でも今回で確信に変わる。


 では何の確信か?

 それはズバリ、絶対蓮はボクを年下だと思っているということだ!それもかかなり年下のっ。


「・・・れん?」


「ん?なんだ、あいちゃん」


「なにか勘違いしてない?」


「はい?」


「ボク、子供じゃないよ?歳だってれんと変わらないし、だかられんの言ってることだって理解してる」


「えっ、は?」


 その言葉に対し、蓮はまるで予期していなかったかのような顔をする。そして長考の後、なにかを納得したように心得てから微笑ましい表情へと変わっていく。


「そうかそうか、レディーに子供扱いは確かに失礼だったな」


 なんてまたも頭を撫でてきた。


 むっ。

 ちょっとイラっときた。完全に馬鹿にされてる気がする。だからなのか、ボクはムキになり、頭に乗せた手を払いながら変なことを口走ってしまう。


「れん、信じてない。

 本当にボクは大人だもん。ちゃんとれんの言ってることも理解してるし、少しならいいって、思ってるしっ」


 そして言って後悔。大人だと伝えたいがあまり強がり過ぎた。

 いや少しは年相応に見られたくて頑張ろうとは思ったけど、正直センシティブな内容は含まれていなかった。で、でもまぁ、少しなら・・・それこそ、ちょっと触るくらいなら・・・。


 碧は息巻いては見たものの、そう言う事柄に置いて知識に精通しておらず、ましてや強いわけでもなかった。

 だがここまで言ったのならば後には引けぬ。ちっぽけな胸と虚勢を張って意気込んだ。


「・・・まじ、なのか?あいちゃん」


 しかしグラグラに揺れ動くボクの覚悟など知ったこっちゃないと時は進む。蓮はボクの顔をじっと見て、真意を探る。そんな視線を向けられても直視できない。でも言ってしまったものはしょうがない。ボクは挙動不審になりながらもコクリと頷く。

 それを見た蓮は「そうかぁ」と息を吐きながら言った。分かってくれたのかな?ボクが蓮の顔を伺っていると、優しげにボクを見つめ返し目が合った。


「よし、あいちゃんがそう言うならばいいだろう。わかった」


 蓮はボクの言葉で大人な事を認めてくれたのか、『お礼』させる事を引き受けてくれた。

 一体、どんなことを求められるのであろうか?怖い。手が震える。でもそれを上から押さえつけるように、片一方の手で隠すがその手も震えていた。


「そんなら早速だがいいか?」


「・・・うん」


「あいちゃん、じゃあもっとこっちに寄って欲しい」


「・・・わ、わかった」


 言われた通りに蓮に一歩寄る。けど足りなかったようで、「もっと」と言われたのであともう一歩近づいた。その距離こぶし3個分と言ったところだ。

 顔が近くて恥ずかしい。

 ボクは右手で左手を抱き寄せ、落ち着かない心を誤魔化した。


「あいちゃん、目を瞑ってくれ」


 こくん。

 言われるがままにボクは目を閉じそして頷いた。

 どうしよう。流れでここまで来てしまったが、今更やめてなど言えるわけが無い。完全にブラックアウトした視界で、視覚以外の感覚が研ぎ澄まされる。蓮の動く布切れの音がする。

 音からして近づいているのかな?一体どんなことをされるのだろうか。今更ながらに到底膝枕で終わるだろう気配は無かった。


「いくぞ?」


 まずい、その問いに返事を返す余裕は微塵もない。だけど必死に首へと力をいれ、震えとも取れかねない小さな同意を示した。

 ドキドキと心臓が落ち着かない。それなのに蓮はすぐ目の前にいて、この鼓動の音や荒くなった息遣いが聞かれていないかと気が気でない。

 なのにそんな状態のボクを長く放置したまま見つめる蓮はボクへと手を伸ばした。それからーー


「ていっ」


「ひぁっ!?」


 おでこへの衝撃であった。

 目を開ければ蓮の手はボクの頭に向けられ指が開いていた。状況から見るに蓮のデコピンが炸裂したのだ。それも思いっきりなやつ。

 未だに尾を引く痛みにボクはおでこを抑えたまましゃがみ恨みが増しく蓮を見上げた。


「はははっ。俺と歳が同じって、それは無理があるだろ」


 蓮は腹を抱えて盛大に吹いていた。

 どうやら未だにボクがからかってると思ったらしい。確かに背は150cm程とドチビと言っていい。それに加えこの容姿になってからかなり童顔で総合評価は幼めな中学生か小学生・・・はさすがにないと願いたい。

 背のことはあまり気にしたことがなかったが初めて悔しく思えた。


「そうだな、あいちゃんがそんな事を言うにはあと10年は早い」


「・・・」


「だから、本当に冗談でもそういう事は言っちゃダメだぞ?」


「・・・」


「あ、あいちゃん?」


 俯くボクを覗き込むように蓮がしゃがんだ。ボクはぷいと顔を右に背けた。蓮はそれを追うように右に移動するが次は左に背けた。

 おかしい。安心、してるはずなのにモヤモヤが止まらない。


「んん、あれ・・・あいちゃん?」


「ふんっ」


「えっ、あれぇ、何がダメだったんだ・・・、まさか本当に?いやでもなぁ・・・」


 蓮は無視し続けるボクに対して今までの行動を振り返る。それから導き出される彼女の不機嫌な理由にアタリをつけると気の乗らなそうに息をつく。


「な、なぁ、あいちゃん?」


「・・・なに」


「え、ええとな・・・ごほんっ。そ、それじゃあ次こそ本当にあいちゃんにお願いをしようかな・・・」


「っ、ほんと?」


「おおっ」


 すぐ様反応したボクに蓮は感嘆の声を上げる。「だけどこれでいいのか」と戸惑いつつボソッと呟きながらも、目をキラキラさせる碧にため息をしてから思案した。


 ボクも今の自分には驚いている。あんなに怖かったのに、何も求めないと言われるとそれ以上に嫌な気持ちが湧いていたのだ。それが反射的な反応には如実に現れ、またなにか要求を探す蓮の姿に安心するボクがいた。


 しかし一方で、蓮はどうやら思いつきで発してしまったらしく、「それじゃあなぁ、えーと」と腕を組み懊悩する。そしてしばらく考え込み、ブツブツと呟き始めた。


「さっき見たいなことなんて論外だしな。

 うーん、どれくらいがいいか。だがこれ程までの美少女になにかして貰えるんだから、適当なやつは勿体ないよな」(ボソボソ)


 最初の方はボソボソと聞こえずらかったが、最後にはそれなりに聞こえるようになってきた。考えるのに夢中なのだろう。顎に手を当て、唸って長考する。


「ならいっその事、あいちゃんに好きなセリフでも言ってもらうか。

 なら『お兄ちゃん』とか言ってもらおうかな。俺、こう言うの憧れてるんだよなぁ」


「ん?・・・んん!?」


「・・・・・ん?え、今俺なんて言った?」


 顔を引き攣らせながら、手で口を塞ぐ。そしてギギギっと顔をボクに向ける。それと同時にボクは顔を逸らして知らないフリをした。

 だがそんなことをすればバレバレなのだが。


「ちっ、違うんだ!今のは聞かなかったことにしてくれ!」


 違うと言われても・・・。

 今の言葉に冗談っぽさを微塵も感じなかったんだけど。


 ボクの中の蓮の人物像が崩れたのが分かった。それが良いのか悪いのかは分からないが、かなりグラついている。


『お兄ちゃん』って・・・。なんかそういうの聞いたことがある気がした。確か、妹萌え的な感じのやつだった気がする。

 だがそれを聞いたのも過去の学校での記憶。記憶の中では教室の角で楽しく漫画とかの話をしている人達が言っていた気がする。妹萌えと。

 その人たちは確か、世間的に所謂ーー


「ーーオタク?」


 蓮があからさまにギクッと反応した。答えはしないが、そのリアクションが答えそのものであった。

 その反応に対して思わず半歩だけ後ずさる。


 オタク。

 とある事柄に詳しい知識を持っているものの総称ではあるが、世間一般にオタクという肩書きはアニメや漫画、ラノベといった創造物を好きな人達が当てはまるだろう。


 ボクはアニメなんて夕方にやるやつを偶に目にするくらいで、ラノベと言われてもなんにも分からない。

 無縁すぎるがためにイメージは付かないが、それでも確かテレビでオタクは『犯罪者予備軍』なんて言葉を見た気がした。

 妙な所で知識がアップデート出来ていない碧は昔のイメージのまま蓮を警戒し始めた。


 いや、まさか・・・。


 だめだ、決めつけは良くない。

 無意識的に半歩下がってしまった足を誤魔化して元の位置に戻し、冷静に蓮のことを考えてみる。


 うん、大丈夫。

 蓮はそんな人ではない。だって、気を失っていたボクに何もしてないし、優しくしてくれた。

 だからいい人。そう・・・だよね?


「うぐぅ・・・そ、そうだよっ。俺はオタクだ!」


 あ、開き直った。


 蓮は手をバサりと広げ、引き攣らせながら笑って打ち明ける。


「アニメ大好きだし、2次元の可愛い子には目がないキモオタだよ!」


「れ、れん?」


 何もそこまで言わなくても。

 手を出し「どうどう」と鎮めようとするが言うことを聞かない。

 終いには「もう俺なんて・・・」と泣き言を言い始め、酔っ払いの如き乱高下である。


 この反応はいったい・・・。

 原因を考えてみたが、考えられるのは最初のボクの反応がまずかった気がする。


 いやだって、記憶の中にあるオタクの人って、総じてみんな怖い人達だったから。強面とかそういうのじゃなくて、何言ってるのか分からない独特な言語や専門用語だったり、あと雰囲気がちょっと特殊だった。

 だからその記憶が邪魔をして体が反応してしまったのだ。


 目の前では「終わった・・・」とまで落ち込んでいる蓮に近づき、早急な解決を試みる。


「そ、そんな事ないよ。

 ボクれんがそういうの好きだからって、気にしないし、受け入れられるよ?

 あっ、もし良ければ好きなアニメとか教えて欲しいな」


「あいちゃん・・・」


 微妙な反応であった。

 フォローが下手くそ過ぎたのか、完全に哀れさがましてやしまっていた。


 あぁ。こんな時、対人能力があれば良かったのに。口惜しいことに、ボクには人と話す能力は著しくかけていた。他になにかないだろうか?蓮が元気を出すなにかは。


 そう考えてみて、考えてみるが案外答えはすぐ近くにあった。むしろ灯台元暗しと言うように、近くにありすぎて見えなかったものである。


 ボクはその答えを言うべく、蓮におもむろに近づいた。そして耳元でそっと囁く。


「だ、だからね。元気だして!

 ボクも気になるから、今度一緒にアニメ見たいな。

 れ、れんおにぃちゃんっ・・・なんて、へへ」


「っっっっっっつ!!」


 その直後の蓮の反応は劇的であった。


 息を吸うかすれた息遣いを最後に、言葉を見失う蓮の反応は一瞬だった。

 絶句からのフリーズ。全ての時が止まってしまったかのように、口を開けて固まっていた。


 これは一体、どういう反応なのだろうか。

 どっち?喜んでくれていない?

 何かダメだったのだろうか?ボクはあまりオタク的なものには疎いから、本当に蓮が求める事ができたか心配だ。

 蓮の固まる時間が長くなればなるほど慌ててしまう。


「あ、あの、だめだったかな?」


「・・・・・・・・・やばい」


「えっ」


 だめ?

 やはり素人のアドリブじゃあ満足してくれなかったってことなのかな。


「ごめんね、やっぱ「頼む!」ーーはいっ!?」


 蓮に顔をグイッと近づけ迫られた。


「もう一回、頼む。不意打ちすぎて心構えが出来てなかった。いや、不意打ちだったから良かったのか?でもやはりしかと心に焼き付けたい。その為にももう一度言って欲しいんだ!次は聞き逃さないように耳もかっぽじいて焼き付けるからさ。ってか録音するか。いっそメールの着信音にでもしたら完璧なんじゃねーのか?やべえなっ!

 あいちゃん!頼むから今の言葉をもう一度だけ言ってくれないかっ!!出来れば俺のスマホをマイク代わりに言ってくれ」


「〜〜〜っ」コクリコクリコクリ


 圧やばっ!?


 蓮の事は信じたと言っても、これにはさすがに恐怖する。


 やっぱオタク怖い!


 だがしかし、裏を返せばボクが蓮の期待に応えられたという意味。ならばと、ボクは恐怖と恥ずかしさを押えつつ再度言い放つ。


「れ、れんおにぃちゃんっ」


「す、すげぇ」


 蓮が感動に打ち震えた。


「もう一度・・・いや、もうずっと言ってくれ。毎日飯買いに行くからっ!いやもういっその事俺が養うから!」


「うえっ!?れんんんんっ!?」


 ボクは目をグルグルとさせて困惑する。すごいっ。れんが、おかしくなっちゃった・・・。本当にこれでよかったのだろうか?危惧の念を抱くがはも、蓮が喜んでくれている事にボクも心を満たされる不思議な感覚に囚われるのであった。

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