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お返事

   碧の告白により終結した騒動は、あの後騒ぎを聞きつけた先生による介入でひと段落終えることとなった。


 そこで簡単な聞き取りが行われたが、暴力沙汰などが起きていないこともあり簡単な注意で終わる事となる。

 しかし、あの時の大立ち回りは学年を問わずに多くの者が見ており、話題性に富んだ碧の容姿も合わさり一瞬で全校へと噂が駆け巡った。


 幸いな事に、噂の内容としては始終を見ていたもの達により、月城による執拗な粘着行為の被害者だと言う事が伝わっている。それに今までの月城の評判が男子生徒たちを中心に悪かった事も作用してのことだった。


 だがそれでもこの様な悪目立ちは碧にとって良い状況とは言えず、廊下を行けばこうして人目を引いている。


 いや、目を引くどころが皆がそれを見るとギョッとし瞠目していた。


 それは噂話が悪いように作用してーーーーという訳ではなく、


 碧達がまるで付き合っているかのように、蓮の腕に自身の手を熱く絡ませながら廊下をピタリとくっ付いて移動していたからだった。


「・・・」


「・・・」


 しかし両者に会話は無い。けれどそれでもその距離感は恋人でも中々見られない近さであり、なのに互いに別の方向を向き合うような、まるで付き合いたてのカップルのようなぎこち無い関係となっていた。


 だが本人たちにとってはぎこち無くとも、他者から見れば十分バカップルかのような関係であり、皆がみなこの様な光景を見せつけられるのだから目を引いても仕方がない。


 特に男子生徒を中心に。


 そしてここで1つ、先程述べたことについての補足をしよう。

 今回の騒動での噂に対して、碧に関する悪い噂は流れていないと言ったが、逆に言えば碧以外の悪い噂は流れていた。

 そしてここで語られるのは月城では無く、今こうして一緒にいる蓮のものであった。そしてその理由は一目瞭然であり、その内容は月城をダシにして碧に近づきそのまま横から掻っ攫った男として広がっているのだった。


 何故その様な事になるのか?それはひとえに私念でしかない。


 男子生徒の殆どがその光景を見ると蓮を睨みつけ、そしてチッと舌打ちをし呪詛を込めた視線を送る。


 しかしそれも仕方がない。

 突如流星の如く現れたアイドルに、皆が密かに期待し沸き立っていた絶頂である。ひと時の淡い期待を持たしておいて突き落とされたのだから被害者はかなりの人数に登ると言ってもいい。

 寝耳に水どころか起き抜けにビンタされたかのように、横からかっ攫われあまつさえこの様な甘々な光景を見せつけられる等とは思うまい。


 しかし残念な事に碧には周りのことなど見えておらず、蓮との久々の逢瀬に睦み合うことに夢中となっていた。

 これまで友人や恋人が居た事もなく、親にすら甘えて来なかった碧。それが恋を自覚する事により盲目的になるのは自明の理であり、周りの事など眼中になくこうして蓮と手と手で繋がれた事の幸せを噛み締めている。


 ずっと、ずっとこうしたかった。

 蓮の気持ちに応えてあげられなかったが為に、この手を一度は離してしまったが、もう一生蓮の手を離すことはないだろう。絶対に離してたまるものかという気持ちが強まるに比例して掴む手も強まった。


 その姿がまた必死さと健気さが可愛らしく映り、皆は愛おしげに眺めるが、それと対称的に蓮への当たりは強くなる。


 そしてその渦中の蓮はと言うと、針のむしろであり天国と地獄の様相を作り出していた。

 もしこの悩みを真尋やその他の友人に相談しようものなら贅沢な悩みだと罵詈雑言が飛んでくるだろう。


 しかしである。

 こんな人生のピークを迎えているであろうように映る蓮ではあるが、何故か全くもって余裕がなくこの世の春を謳歌する事すらできていなかった。

 誰の目にも幸せに映っているのに何故そうなるのか?それにはひとつの理由があった。


 皆はとある事を前提でものを語っているが、何もかもが勘違いであり全てが間違っていた。


 何を隠そうこの2人、実は付き合っていないのである。


 碧の告白以降、胸を打たれた蓮は碧と距離を置こう等とする事はせず、自分の心を押し殺そうが一生守り抜くと決めていた。

 だからこそこうしているのだが、肝心の付き合うかについては互いにあれ以降言及できていないのである。


 蓮が答える前に先生が来ることによって話が流れてしまったこともあった。

 しかし1番の要因として、蓮には失敗した事により大きなトラウマを抱いていることにあった。

 碧の好意に対して勘違いしひとりで暴走してしまった苦い思い出である。


 そんな疑心暗鬼となった心理に加え、碧に対して「あの好きってどう言う意味の好きなの?」等というノンデリ発言など言える訳もなく。碧の心境の変化を知らない蓮ではあったが、流石にあの時の碧の言葉が嘘や半端なものでは無い事は蓮にも伝わっている。だからこそその思いも踏みにじる様な、その真意を確認する行為はしたくないのであった。


 そして碧は碧で、先程の告白で好意を全面にアピールしたにもかかわらず、それでもあれ以降「好き」という言葉だけは中々言えないほどに意識はしており、そんな碧は蓮へ告白の返事を急かす事など言い出せるはずもなかった。

 そのクセ手だけば絶対に離さず無言の好意を押し付け無差別攻撃を行うのだから、無責任で罪深いものである。


 そうしてそんな薄氷の上を歩くようなこの関係が生まれたのだ。こうして、二人の関係は新たな局面へ突入していった。


 ☆


「ええーー!?碧ちゃん付き合ってないの?」


「う、うん・・・。実は」


 その日の放課後、無事?に夏休み初日と転校初日が重なる今日という日を乗り越えた碧であったが、帰る前に楓に呼び出されそんな会話が成されていた。


 碧は指先をちょんちょんと合わせながら目を逸らしてそう言った。


「え!?だって、碧ちゃん告白してたわよね?は?」


 楓は理解が及ばないようで何度も自問自答のようにその問いを繰り返す。

 しかし碧も返事を貰えていないのだから、そう答えるのみである。


「告白すれば返事をするものよね?

 蓮はなんて言ってたのかしら?後で答えるとか言ってなかったかしら?」


「そ、それは無くて、」


「それじゃあ碧ちゃん的には考える時間をあげるのかしら?1週間後に答えが欲しいとか?」


「そ、それも別に・・・」


 碧はきまずさからか、問答をする事にどんどんと小さくなっていく。


「行くわよ」


「はへ?」


「蓮に答え、聞きに行くわよ!」


「ちょっ!?ま、まって!」


「どうして?碧ちゃんもあんなに付き合いたがっていたじゃない!」


「で、でも・・・、蓮の気持ちも分からないし。それに今一緒に居れれば困ってないし・・・」


「碧ちゃん・・・、もしかして今の関係に意心地がいいとか思ってる?」


 ギクッ!?


「あのね・・・こう言うのはあまりなあなあにするのは良くないわよ。

 それが夏休みの時みたいな事の原因にもなったりするんだから!」


「け、けど!・・・こ、怖くて」


「っ、」


 その姿からは恋を自覚する前に話していた様な、身体を使ってでも蓮と一緒にいようとした碧の姿とはかけ離れた、完全に恋する少女がそこにはいた。


 その姿を見ると碧に妙に弱い楓は何も言えなくなる。きっと、フラれる事でまた関係がギクシャクしてしまう事を危惧しているのだ。

 気持ちはわかるが、それでも碧の事を思うのであれば絶対に答えを貰った方がいい。それに蓮が碧を好いていることは目にも明らかであり、碧が恐れる事など何も無いと分かっていたからだ。


 しかし今、楓に縋るように見上げる碧の表情は憐憫を誘い、とてもじゃ無いがその言葉を裏切るのは憚かられた。


 それに、余りにも女の子としての意識が足りなかった碧が、ここまで乙女になるのは碧にとってもいい変化とも取れる。

 恋をすると人は変わる様に、碧も恋がいい方向へ変えてくれるかもしれない。人は目標を達成する前よりその過程で成長するものである。

 なので答えを急がないという選択もメリットは多少なりともありはした。


 勿論、それは2人のことを知っていて絶対に大丈夫だと言える、神の視点から来るものではあるが。しかしだとしても付き合ってしまった方がいいに決まってはいる。


 楓はかなり悩んだ末に、「はぁ」とため息をつくと碧へ忠告を行った。


「分かったわ。

 でもね、絶対に考えすぎない様にね?碧ちゃんは可愛いのだから、自分に自信を持つのよ?」


「?・・・う、うん。分かった」


 また行き違いがあってはショックを受けかねない。なんの事か分かっていない碧にとにかくヨシヨシと頭だけ撫でると、不安そうな表情と目を細める様な甘えた仕草に思わず胸にグッと来てしまう。

 色々と考えはあったが、まぁ何かあった際にはアドリブ任せも悪くないかと碧のペースに任せることにするのであった。


 ☆


「おいっ!蓮のやつどこ行きやがった?もう下駄箱の方か?」


「いや靴はまだある、1人はそっち張ってろ!俺は校内探してくる!」


 そんな仲間だと思っていた者達の怒号が響く中、蓮は怯えながらトイレに籠り息を殺していた。


「ははは。蓮、別の意味でトイレから出られなくなっちゃったね?」


 唯一の味方である真尋は、碧が転校してきた直後と同様にトイレへ籠る事に対し、他人事のように笑っていた。

 味方と思っていたが違かったかと蓮は恨みがましく真尋を睨んだ。


「お前は他人事だからって・・・」


「まぁ幸せ税だと思いなよ。

 正直前から知らなきゃ俺もあっち側だったしね」


「なーにが幸せ税だ。適当言いやがって」


 蓮は毒を吐くがそんな事何処吹く風と真尋は適当にスマホを弄りながら答えた。


「それなら碧さんが転校してきた時に訳わからない事しなければ良かったんだよ。

 最初からその関係性を言っておけば半端に周りを期待させずに済んだのに」


「そ、それはそうなんだが」


 だがこっちにも事情があったんだよと文句を言ってやりたかったが、藪蛇になる事を恐れて何も言えなかった。


「まぁ、何発か殴られて来れば今この学校で1番話題で人気な彼女とお付き合い出来るんだからいーじゃん」


「うっ・・・」


「それに大変だったんだよ?

 月城とのやり取りの時も後も、碧さんと痴話喧嘩するの見せられてたみんなを宥めるの」


「逆に褒めてほしいくらいだよ」と恩着せがましく真尋は開き直る。

 しかし言っている事は本当であり、あの月城とのやり取りで真尋だけ表に出てこなかったが、実はその裏で一緒に学食を食べに来た仲間達を抑え、更に観衆に紛れ碧を庇うような噂を流していたのである。


 でなければ無関係な者の乱入者が後を絶たず、あの場はさらにカオスなものへとなっていた事だろう。


 その事は蓮も理解しているので、何も言えなかった。しかし、真尋はひとつ勘違いをしている。

 その事を言うのはかなり躊躇われたが、1度洗面台へ手を付き鏡を見つめた後、楓には相談しずらいだろうし、今は真尋しかいないのだと判断すると重い口でポツリと呟いた。


「ーーーーないんだよ」


「はい?」


 しかし1度ではその声は届いてはくれず、蓮は思い切った様に声を大にして言う。


「だからっ!

 俺たちっ、・・・付き合って無いんだよ」


「・・・はい?」


 もう一度目は確かに真尋の耳へと届いた。しかし余りに頭のおかしい内容に、理解が及ばなかったのだ。


「・・・」


「えっと、少し待ってね。

 んー、碧さんが蓮に告白してたよね?

 それで蓮はなんて答えたの?もしかして断ったの?」


「・・・いや」


「それじゃあオッケーしたの?ならそれは付き合ってるんじゃん?」


「・・・いや」


 何においても否定で返って来るため、真尋の頭の中では他の選択肢が浮かばずハテナばかりになってしまう。

 しかしそんなに真尋に、蓮の出した3つ目の選択肢を伝えた。


「なにも返事してない・・・」


 最初は何を言っているか分からなかったが、それでも段々と理解し始めると真尋は飛び上がるように驚いた。


「はぁっ!?え?何で!?」


 いつも落ち着きのある真尋だが、ここまで取り乱すのは珍しく蓮もその反応だけで何を言われるかと身構える。


「だって蓮だって碧さんのこと好きだったでしょ!?」


「そ、それは・・・っていうかなんで真尋が知ってんだよ!?」


「マジで言ってる?」


 さっきから最早馬鹿にされているのか、本気で言っているのか。真尋は冷えきった目を蓮へ送る。


「イヤでも!本当にあいちゃん俺のことが好きか分からないじゃん!」


「ごめん、本当に蓮が何を言っているのか分からない」


 更に冷えきった目を注がれ蓮は慌てて言い訳をする。


「だってあいちゃんは好きって言ってくれたけどもしかしたら好きじゃないかもしれないじゃん!だろ?」


「・・・」


「は?お、おい!?

 なんだ引き摺って、ちょっ、まてまてまて!」


 こうなっては真尋は何も語らない。

 蓮の首根っこを有無を言わせず掴むと喚く蓮を無視してトイレから引きずり出す。

 するとそこには蓮を捜索する1人とバッチリ目が合った。真尋は話が早いと蓮をその前へ放り投げると、蓮もそれに気がついた見たいで顔を引き攣らせた。


「あ、おい!蓮のやつこんな所にいたぞ!」


「いや待て!話せば分かーー」


「まじじゃねーか!囲め囲め!

 そしてその浮かれた面に1発入れるぞ!」


「くそが!1人だけ可愛い彼女作りやがって!」


 しかし蓮の声は完全に埋もれ、話す間もなく仲間を呼ばれ囲まれた。蓮は壁に追い詰められ逃げることを諦めたのか、尚対話による解決を図ろうと試みる。


「ちょっ!?お前ら、まて!誤解だ!」


「何が誤解だぁ!?」


「俺とあいちゃんはそんなんじゃねぇ!」


 しかし無意識と出た「あいちゃん」呼びが更なる火種を産んだ。何故ならずっと「碧さん」と呼んでいたのに、周りからすれば急に彼氏面をし始めたと認識してもおかしくない。


「そんなに親しげに下の名前を呼びやがって!」


「そーだ、告白されてそれにさっきは手まで繋いでやがった癖によぉ?」


「まじで誤解なんだって!」


「な訳あるかぁ!?」


 そうして蓮は羽交い締めにされ揉みくちゃにされる。

 最早碧との関係を洗いざらい話すまでそれは止まらず、更に先程真尋にした言い訳を行うものだから火に油を注ぐ事態となった。





「まぁ、そうなるよね・・・」



 そして、1歩遠くからそんな光景を眺めながら真尋は皆考えることは同じかと頷くのであった。

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