蓮の葛藤
「どうするどうするどうする!?」
蓮はトイレの中をクルクルと合わり頭を抱えた。
「あいちゃんが転校生?なんで!?
俺まだなんの心の準備もできてないぞ!」
皆が体育館に移動し始めた段階で、トイレへダッシュした蓮は何とか心を落ち着かせようとするが、とてもじゃないけど全校集会が始まるまでに落ち着かせることはできそうに無かった。
「楓のやつ絶対知ってただろ!言ってくれれば俺だって心構えができてたのに!」
「そうだねー。
それにしても碧さんすごい人気だったね」
慌てふためく蓮とは正反対に、傍にいた真尋はスマホを弄りながら雑に蓮の相手をしていた。
「そうだよ!そうなんだよ!
ぁああもうっ、なんであいちゃんあんなに可愛すぎんだよ!?」
「・・・はぁ、もうさっさと会いに行けばいいのに」
「うぐぅ・・・」
もはや何度目かってぐらいのやり取りに真尋はもはや適当に答えていた。
「あぁ、しかも俺、あいちゃんと目が合った時無視しちまった・・・、絶対傷付いただろうな。
折角学校に来てくれたのにまた来なくなっちまうかも」
手洗い場の前にしゃがみこみ大きく長いため息をついた。1度ならず2度までも碧を傷つけた事に死にたくなる。
そんな蓮を見てこれは重症だなーと見つめ、そして蓮が言っている無視したという時の事を思い出す。
「うーん、まぁ確かにちょっと悲しそうだったけどさ、楓さん達と話しててかなり馴染めてる感じだったから、大丈夫そうじゃない?」
「ちがう!あいちゃんは・・・あいちゃんはもっとーー」
ーーもっと、落ち込みやすくて、俺が居てやらないと出かけるのもままならなくて・・・
そう思ったが、今日見た碧は蓮の想像とはかけ離れた姿だったことに思い至る。
そういえばあいちゃん、一人でも出かけられるようになったのか。
蓮は妙に腑に落ちなかった疑問に気がついた。
そう言えばそうだ。
あいちゃんが人前であそこまでハキハキ喋れるようになっていた事にも今更ながらに驚いた。
多分、凄く頑張ったのだろう。
蓮が居なくなったあとも挫けることなく。
蓮は自虐的に「これ俺が居ないほうが良かったんじゃね?」なんて思い至るが勿論違う。
蓮に会いたい原動力がそうさせたのだ。それが無ければ今も家に引きこもっていただろう。
しかし今の碧は前を向けるようになった。精神的にも、物理的にも目を向けるという意味でも。
更に恋する乙女のように、蓮によく見られたいと容姿にも気を使う様になり、髪のセットや服装と言ったオシャレもするようになっている。
それがまた蓮の中の碧とのギャップを加速させた。
いつもオドオドとした姿も可愛かったが、今日の碧は強くそして可憐であった。蓮は碧の事を知っていたから受けた衝撃は人よりはマシではあった。
しかしなんの前準備も無しに今日初めて見た者にとっては、今までの常識がひっくり返る程のインパクトであっただろう。
可憐で、それでいて希薄そうな深窓の姫とも思える銀髪碧眼の美少女。そしてまるで人の想像を具現化したかのような整った顔立ち。自己紹介をする時に発せられた声は脳を溶かす様な甘い声。
もはやここにいた全ての者が胸を撃ち抜かれる衝撃だった。現に教室でもあっという間に囲まれ一躍クラスの人気者になっていた。
何だか、完全に遠くに行っちまったなぁと感じた。それもそうか。蓮が碧を独占できていたのはあの小さな碧の部屋という箱庭だったからであり、それがこの広い世界に解き放たれればこうなるに決まっている。
まぁ、俺ごときに釣り合う人ではなかったのだと思うと納得できた。
蓮は一週回って落ち着くと、「あ、終わった?行く?」とドライな真尋の言葉に頷いてヨタヨタと歩いていく。
「まぁ何があったか知らないけどさ。碧さん、蓮の事見て話しかけたがってる感じだったよ?
蓮にもなにか考えがあるのかもしれないけどさ、それが逆効果って事もあるんじゃない?」
「・・・」
分かってるさ。
でも碧への恋心を抱いたままだとどうしても純粋な気持ちで隣に立てないのだ。
どうしても独占したくなり暴走してしまいかねない。その心の整理の為にも距離を置いていたのに。
でも、ボヤボヤしてたらどんどんと遠くへ行ってしまう。
今も時折共に体育館へ行く人の流れの中から転校生のワードがチラホラ聞こえてくるのだ。
大抵が肯定的な内容である。
しかし中には度が過ぎる良くない内容の会話も聞こえてくる。
「おい、隣のクラスの転校生見たか!白い子!」
「見た見た!」
そこから始まり、その者たちはモラルの無い男同士の会話が繰り広げられ、女性への点数付けをするかの様に碧の事も批評する。
「まじヤベーな、モデルって聞いたけどまじ?」
「いや知らんけどそうなん?でもクソ可愛かったし納得だは、そんじゃアイドルじゃないなら彼氏いんのかな?」
「さぁ?でも髪ド派手に染めてるし私服はトー横系とか?案外軽そうだし告ればいけんじゃね?」
「まじー?俺行っちゃおっかなー」
「けどお前巨乳好きじゃなかったっけ?多分あれはAもないぞ」
「ぎゃははっ、お前声大きいって!」
そんな会話が聞こえてきた。
蓮は思わずその軽口を殴って取り消させたかったが、蓮の行動など分かっていたのか真尋がその手を掴み首を振る。
「気にしてもしょうがないよ、直に正当な人柄の噂が広がるって。
それに男子高校生なんてあんなもんだから」
「けどよ・・・、ちっ」
しかし冷静になって考えれば過激な行動は碧の噂に更に悪影響を与えかねないし、それに今自分の溜まっている不満のはけ口にしようとしていた事にも気がついて自棄になる。
それに身体的な特徴を弄るような言葉も品はないが、それがリアルでも2次元相手でもままにある話な事は分かっている為、止めることなど不可能である。
それが親密な相手であれば納得できるか出来ないかは別の話であるが。
しかし周りにそんな気の立っている人が居るなど知る由もないその男子生徒達は、それからもありもしないような噂話を繰り広げていた。
ずっとそれを聞かされイライラしながらも体育館に進むが、こんな会話からも碧がかなりホットなトレンドとなっていることが分かる。
そしてそれが今回の全校集会で学年所かきっと全校に知れる話題となるだろう。
そしてもしあらぬ噂が広がりそれが碧に危害を加えるようにならないかを危惧する。
そんな時、俺があいちゃんの隣にいなかったら守るに守れない。
勿論碧が強くなったのは知っている。
しかしこれからは善意だけではなく、純粋な悪意にも晒される可能性があるのだ。
もしその時この様に外からしか歯痒い気持ちで見守ることしか出来ないのは、考えただけでもゾッとする。
碧のそばにいなければ。
早くこの想いを綺麗さっぱり忘れ、二度と隣に居たとしても邪な気持ちを抱かないように。
蓮は時間ギリギリで体育館に到着すると、そこでもやはりみなの注目の渦中に楓や果歩、和葉と言った友達と一緒に談笑する碧がそこにいる。
守らなければ。
蓮はこれ以上碧を傷つけないようにと誓うのであった。
☆
と、言いつつもなかなか碧と蓮の接触は上手くいかないでいた。
要因はいくつか挙げられる。
1つ目は蓮の心境だ。
純真で何も知らない碧を性的な意味で襲いかけたと言う罪悪感と、碧に恋愛対象として意識すらされていないと言う喪失感。
蓮の場合告白すらしていないが、告白に失敗して顔を合わせずらい心境にいた。
2つ目は碧の引っ込み思案な性格。
ここに来て成長する碧であるが、大きな声を出すことにも慣れない碧は、中々観衆の目の中で行く度胸が持てずにいることである。
更に、楓は前に誤解によるすれ違いだと言ってはいたが、もし本当に嫌われているだけだった場合のことを考えると怖くて聞くに聞けない事もあった。
3つ目は今も碧を取り囲む群衆にある。
もはや他クラスの者まで教室の扉から覗いてくる様になり、休み時間の間は収集が付かないことになっていた。
その独特な校風の関係上、芸能人などは度々来る為、美形には慣れてはいても、その特異な髪や目の色もあって一度は見たいと集まる次第であった。
そんな中蓮は相変わらず外でそれを眺めており、真尋を含む男子グループで集まり会話していた。
「俺らのクラスなのに完全に俺たち蚊帳の外だよなー」
「お前グイグイ行くって言ってなかったか?」
「いやー、あそこまで行くと無理だろ。まぁ俺たちには縁のない高嶺の花ってやつなのかもなー」
中々碧に話しかける機会すら回ってこない男子たちにとって、もはや見ているだけと言うのは退屈で、自分たちには釣り合わないと決めつけることで気を紛らわせていた。
「あ、ほら見ろよ。あれA組の月城じゃね?
転校生に話しかけてる。
あーいうのが付き合って俺らの知らん世界でイチャコラするんだろうなー」
「月城ってあれだろ?入学してからもう2桁ぐらい告白されてるっつー奴」
「そーそー。
ちぇっ、ほら蓮もみろよ。月城のやつ転校生に鼻の下伸ばしてやんの。
蓮も話しかけたらどうだ?」
「そーだそーだ!
蓮もオタク趣味を隠せば顔はいいんだから、話にぐらい行けばいいじゃん。あの子なんか蓮が好きだって言ってたアニメキャラに似てるし好みだろあーゆー子」
「いや、俺はべつに・・・。あいちゃ・・・さんとは釣り合わんし」
「・・・」ジーーーー
関係がよろしくない蓮にとって、あまりして欲しくない話題を振られ有耶無耶に誤魔化す。しかし隣にいる真尋からの圧に耐えきれず、蓮は目を逸らす。
「なんだ推し変か?
なぁ真尋?いたよな、蓮が好きなあんな感じのキャラ」
「まぁ、いるはいるけど2次元と3次元は違うからさ」
「はーん、そんなもんか?」
アニメなど全く知らないと男子生徒は期待ハズレだと鼻を鳴らして興味をなくした。そうして話は終わったのだが、先程言われた言葉が妙に気になって仕方がない蓮は碧の方を見ると、確かによくモテると有名な月城が碧の机に手を置き妙に近い距離で話しかけていた。
それに対して碧は愛想笑いをする訳でもなくただ困ったように、必死という言葉が合うような対応をしていた。
勿論楓がそばに居るため安心はしているが見ていられるものではなく、モヤモヤする気持ちを払うために蓮は10分休憩がもうすぐ終わるというのに席を立ち上がる。
「お、おい、どこ行くんだよ?」
「トイレ」
立ち上がった時にそんなことを言われるが、適当にそう答えると荒々しく椅子を机の下に入れ出ていこうとする。
すると教室の中で遅れてカタンッと椅子が引かれた音がした。
何だ、また真尋が付いてきたのか?と思い後ろを見ると、そこには想像より遥に下から見上げるような視線があった。
ほんの少し前まで、もっといえば夏休みに見た懐かしい高低差のある光景でもある。そう、碧であった。
碧はどうやら月城の会話の途中にも関わらず席から立つと、こちらの顔を伺うような、怯える様な目で蓮を見つめ、不安げに手を胸に寄せていた。
そして声には出さないが、口元では確かに「れん」という言葉の形を作っていた。
トイレへ行く蓮の姿を捉えたのはほんの一瞬、しかし懐かしさと、心を許していない月城という者からの不躾な好意にストレスを感じていた碧は、その瞬間にタガが外れたように蓮の元へ駆け寄った。
「ちょっ、小日向さん話はまだーー」
後ろでそんな声が聞こえてきたがもはや耳には届かないように蓮の元へ駆ける。しかしあまりにも周りが見えていなかったからか、教室の教壇の段差に足を引っ掛け躓いてしまった。
碧はそこそこダイナミックに蓮の元へ宙を舞った。
その間スローモーションのように見えていた蓮は、危機的状況から人間の限界を超えた瞬発力をもって碧の体を抱くと衝撃を受け流すように半回転しながらその身を持ち上げた。
そして最後はお姫様抱っこをする形のまま、ほんの少し顔を近付ければキスしてしまえる程の距離に碧の顔があった。
「っ!?」
「〜〜〜〜〜〜っ/ / /」
その時の両者の反応は正反対かのようであった。驚きのあまり顔を仰け反らさた蓮に対して、碧は微動だにすること無く目を見開いたまま何も言わずに顔を真っ赤に染め上げていた。
「わ、わりぃ!」
蓮はすかさず碧を地面に下ろしたが、碧は驚いたからかなんなのか、腰が抜けてしまい中々自分の足で立てないでいた。いつまで経っても碧の腰から手を離そうとしない蓮に、完全に予想していなかった所から声を掛けられた。
「おい、君!何時までそうしているつもりだい?」
「は?」
蓮が顔をあげるとそこには先程碧と話していた月城という男が眉間に皺を寄せこちらへと距離を詰めていた。
「小日向さんが困っているのをいいことに何時までもベタベタと身体を触るなと言っているんですよ?君、さてはワザとやっているな?」
甘いマスクの顔立ちの癖して明らさまな喧嘩腰な態度と難癖に、蓮は流石に頭に来て売り言葉に買い言葉と高圧的な態度で応戦する。
「急に現れて何言ってんだ?
あいちゃ・・・ゔうん。碧さんが困ってんのが見えないのか?」
「だからそこに漬け込んでいるんだと言っているんだよ。
それに小日向さんを下の名前で呼ぶなんて馴れ馴れしくないかい?君は小日向さんのなんなんだよ」
「え、いやそれはーーーー」
あまりに癪に触るやつだ。
蓮はまたも言い返そうかと思ったが、月城による「碧のなんなのだ」と言う問に言葉が詰まる。
そう言えば俺・・・、なんなんだ?
友達?今の俺は友達でいいんだよな?あいちゃんはまだこんな俺でもそう思てくれているのか?
蓮が困ったように碧を見ながら二の句が告げすにいられない姿を見て、勝ち誇ったかのように蓮を見下す。
「分かったらその手を離しなさい。
困っているのならこちらが助けよう」
そう言い月城が碧に手を伸ばす、その瞬間。
キーンコーンカーンコーン
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。それを聞いた月城は舌打ちをして蓮をキッと睨みつけた。きっと休み時間を碧と話したかったのだろうが、こんな余計な事でその時間を奪われたことに対する苛立ちなのだろう。
しかし時間になったとしても未だに蓮の手に碧がいるのが気に入らないのか、それだけは奪おうと手を伸ばす。
「小日向さん。立てないのなら僕が支えますよ?」
先程とはまるで人が変わったかのように優しく対応する姿に、碧も不気味さで身を強ばらせた。しかしその手は最後まで伸ばされる事なく、横からの仲介者によってその機会は奪われた。
「それは私たちの方でするから大丈夫よ。
それよりもう授業始まってるのだからみんな席に戻りなさい」
「っ、かえで・・・」
楓は安心したかのような碧の言葉にニコリと返し、月城に変わって手を差し出した。すると碧もなんの抵抗も無しに身体を預け頼りながらも立ち上がる。
月城は蓮に支えられるよりはマシかと機嫌は戻らないが納得し、最後に碧の耳元で「それではまたお昼に会いましょう」と次の休みを予約するように去っていった。
碧はゾワリと身の毛が経つという思いを初めてした。
「ほら、蓮も先生が来る前に戻りなさい」
「・・・あぁ」
蓮はバツが悪いように首に手を当て気を落としながら、自分の席に戻って行った。
流石に唯ならぬ雰囲気は他の生徒も察していたので、少し気まずい思いをしながら蓮は座る。
「碧ちゃんも歩けそう?」
「う、うん。ありがとね、かえで」
碧は一応自分の席に着くまで楓の手を借りながら戻った。そうして先生が来て授業が始まるまで、クラスはなんとも言えない空気のまま過ごすのであった。




