診断
楓が来たことで、問題が解決した訳では無いが今自分が何をすべきなのかの方向性を理解した。とりあえず目標を見つけ、家に引きこもりクヨクヨするだけの碧では無くなった。
そんな碧がまず最初に訪れたのが病院であった。
なぜ病院か。
それは碧が小さな頃に見舞われた事故で怪我を負って以来、ずっと定期検診と飲まなければならない薬があるからであった。
それは胸や腹部にまで大きく縫われた後があり、逆に定期検診と薬の服用のみで済んでいるのが不思議なくらいである。
それが女の子になってから行けてなかった為、このまま行かなければ良くないことは自明の理であるためここにきた次第である。しかも1人で。
あれから未だに蓮とは会えておらず、こんな事中々親には言えずに居る為である。
そのくせ10年以上の付き合いのあるかかりつけ医には仕方がないとは言え打ち明けることを優先するのだから、ここでも碧における周りの人間関係は歪であると言えるだろう。
そうして訪れる病院は家から数駅行ったところにあり、少し遠いいのだが元々実家に近い場所にあるため仕方がない事である。
そんな病院へ帽子をかぶり、マスクやアームカバーで肌の露出を控えた格好で1人訪れていた。
夏場にその様な格好をしている事に逆に怪しいが、男だか女だか分からないような格好に、好機な目で見られることはあっても接触しようと言うものは誰も居ないので正解の選択肢であったのは間違いではなかった。
コミケに行って以降、外に出ることや人に話しかけられることに抵抗感は減り、かなりの成長を見せたがそれでもナンパや何かしらのスカウト等に捕まろう事ならパニックを引き起こしてもおかしくないのだから。
そしてそれは決して自意識過剰などでは無く、明らかに染めたと判断されてしまうだろう髪の色等で所謂軽い女だと思われてしまうのが実情だからである。
そうして挙動不審ながらに、昔から行き慣れた道を歩いていけば行きつけの病院へとたどり着いた。
その入口で多少の葛藤はあったが持ってきたバックをギュッと握りしめながら意を決して歩み出す。
すると院内は特殊な薬品のような匂いと、人は多いが静けさに包まれた待合室があった。そして受付へと進み保険証等々を差し出す。
保険証は碧が男であった時のままの情報が表記されているが、今の碧の格好が男だか女だか分からない格好の為怪しまれずに待合室にて待機するように促された。
予約もしていなかったため、かなりの時間をそこで過ごした。苦しそうな人や、子供連れの親子など何人もの人を見送った。
その間スマホを使う習慣がない碧は何をするでもなくずっと人の流れや看護師さんの作業する姿を眺めていた。
そうしているとやっと名前が呼ばれた。
受付の指示に従い指定された診察室に入ると、10年以上見慣れた医者がそこにはいた。
篠原医者という、笑うと皺の多い優しそうなお医者さんである。そんな篠原医者は眼鏡をクイッと直しながら今までカルテをパソコンで見直していた。
碧は入室すると、口を開こうとするが中々声は出ず、改めて落ち着き深呼吸すると成長した事を示すように声を出した。
「こ、こんにちは!」
静かな診察室に、特異な高い声が響いた。
その声に、篠原医者は読み込んでいた手を止めてゆっくりと碧の方を向いた。
すると大きく目を見開き、そして信じられないものを見たかのように眼鏡を取る。その手は震えた手つきであり、そのような反応をされる度に碧の居心地が悪く感じた。
なんて言われるだろうか?別人だと疑われるだろうか?
理解してくれても致命的な体の異変が見つかるのではないかという恐怖もあった。
碧がバックをぎゅっと握り待っていると、篠原医者はあれほど動揺していたにもかかわらずサッと碧から目を離しカルテに視線を戻すと、何の気なしにかのように看護師へ声をかける。
「済まないが、少しの間席を外してもらっていいかな?」
「え?あ、・・・はい」
看護師はずっと静かに先生の後ろにいたのだが、そんな事を言われるのは初めてで戸惑いながらも了解し席を外した。
そうしていなくなったのを確認してから、篠原医者は碧に椅子に座らせるように促すと再度碧に目を向けた。
「悪いが、その帽子とマスクを取ってもらってもいいかな?」
「・・・はい」
碧は少し諦めをもって素直に言うことを聞く。
マスクを取り、最後には髪を隠していた帽子を外す。
それを見て篠原医者は目を細め複雑な表情をしてから問診を始めた。
「これは・・・、いったいいつからこのような姿に?」
「あ、えっと・・・8月のに入ってすぐ、ぐらいです」
案外すんなりと診察に入った為碧は拍子抜けしながらも素直に答えた。
「念の為聞くけど、髪を染めた・・・と言う訳ではないかな?」
「それはないです。その時は、えっと、具合が悪くなって、気づいたらこんな感じになってました」
篠原医者は「ふむふむ」と何を思っているのか。目を細めて碧の話を落ち着いて聞いていた。
「その時の変化は、髪以外にも何か?一見声質も変わってるみたいだけど、それ以外・・・例えば生殖器能に関わる事柄に関しては」
「っ、」
あまりにも理解が良すぎる。これが名医だからかなんなのか。余りにドンピシャな質問に碧はまるで占い師に占われているかのような気持ちになった。
「それは、その・・・、はい。
あの!もしかしてボク以外にもそういう事ってあるんですか?」
「いや、今聞いた事が本当なのであれば、そのような事例は今のところ他に確認されていないね。
あるとすれば・・・、主人格とは性別の異なる多重人格者が要因で相談された事例はあるみたいだがね、小日向くんはそうでは無いだろう?」
多重人格?そんな事は・・・ないが。
それではどうして篠原医者はこれほどに落ち着いているのか。しかしそれは碧が取り乱さないようにという配慮だろうかと結論付けて碧は「はい」とだけ質問に答えた。
「ふむ・・・」
篠原医者はこれらの答えを淡々と聞くと再度眼鏡をかけ、パソコンとは違う年季の入ったファイルを取り出すと、一昔前の紙のカルテを手に取り長考する。
いったい何が書いておるのだろうか。
ハラハラしながらそれをのぞき込むとドイツ語で書かれているということはなかったが、それでも走り書きの様な字で覗く程度ではとても読めるものではなかった。
そして古いカルテに何かを書き込むとお洒落とも無精髭とも取れない髭をさすった後、また眼鏡を置いて碧に向き直る。
「恐らく一番疑問に思っているのは小日向さんなのに色々聞いてしまって申し訳ないね。
しかし最後に1つ、因みにですがこの事は親御さんには?」
「うぅ・・・、それは、まだです。はい・・・」
今までがトントン拍子過ぎて油断してたが、ここに来て一番耳に痛いことを言う。
篠原医者はある程度碧の事情は知っていたが、それでもこのような事を伝えていないと言うのはあまりいただけないので、メリハリを持って碧にお小言を言った。
「突然小日向くんに症状が発生したように、万が一これ以上身体に変調を来たした時を考えてそれは伝えるべきでしょう。
もし小日向くんの方でできないのであればこちらから親御さんに報告させていただくね」
「・・・わ、わかりました。でも、あの・・・報告の方は、ボクから・・・はぃ」
碧の不承不承といった回答を受け、ジーッと見つめられると目線を逸らしてしまう。
多分疑われている。これは本当に言っておかないと後で確認を取られそうである。
そんな観念したのが分かったのか、篠原医者は感覚を置いてから咳払いをして話を再開する。
「・・・こほん、それならよろしい。ではご両親にも宜しくお伝えください。
では今回はいつもの健診と合わせて、精密検査の方もしておきましょう」
「あ、よ、よろしく、お願いします」
やっと終わる。
嫌な話題から逃れる為にも、篠原医者の言葉は助かった。
そして篠原医者に連れられ検査を行う部屋へと通された。そしてそこで何を検査しているのか分からないけど一つ一つ指示に従い検査を行った。
中には生殖器の確認と何らかの機械を入れられ確認されたが、さすがに配慮なのかその時は女性の先生が確認してくれた。
因みにものすごい羞恥心と違和感で少し気が滅入る。
当たり前だが何時もの健診にプラスして慣れないことをすると流石に疲れてしまい、終わった頃にはヘトヘトとなって待合室で待つように促される。
「はぁ、つかれた・・・」
碧は分かってはいたが、だからここには来たくなかったのだと今更ながらに後悔していた。だからと言って帰る選択肢はないのだが。
だけど思うのは勝手なので早く終われ早く終われと祈りながら待っていたからか、最初に待合室に待たされた時よりも時間が長く感じられ、体感では何時間にも感じられたそれは名前を呼ばれたことで終わりを迎えた。
そして再度篠原医者のいる診察室へ行くと、そこにはもはや予め篠原医者しかいなかった。
そして篠原医者はいくつかの診断結果の紙を持って碧を待っていた。
「待たしてごめんね。それじゃあそこに座って」
「分かりました」
碧は促されるように椅子に座ると、無駄な雑談などはすっ飛ばしてすぐに本題へと入った。
「それでは検査の結果だけど、・・・まぁあまり健康状態はいい方とは言えないけど、これは生活習慣から来るものだし今回はいいでしょう。
それ以外のーー女性の体になってしまった件についての悪影響などは特には見当たらなかった」
「そう、何ですか?」
「うむ。余りにも異変がない、もはや最初からその体であったと考えた方がおかしくない結果だった。
ホルモンバランスの崩れも無ければ、生殖機能に関しても全く問題はなかった」
「そ、それってつまり・・・」
「まぁ小日向くんが想像するとおりだと思うよ。
勿論月経周期などのデータも取りたいところだけどそれ以外の確認ではそういう結果は出ているね。果たしてどう変化すれば体の構造がまるっきり変わるのかは甚だ興味は耐えないがそれはまた別の話だ」
月経・・・。多分生理の事だろう。
何だかこう言う話をされると本当に変わってしまったのだと思い知らされる。
「身体への影響はないが、女性になった事で今まで感じてこなかった変化はあることには気をつけて欲しい。例えば精神面でもホルモンの関係でかなり影響が出ると思うけど、多少違和感を感じても決して慌てず、考えすぎないぐらいがちょうどいいかもしれないね」
「は、はい・・・」
考えてみればこの体になって情緒が安定しないのはそのせい?それとも言い訳?
分からないがこういうことを知っていれば1度落ち着いて俯瞰して自身を見れるので、そういう意味を込めての言葉だったのだろう。
アンガーマネジメントのようなものである。
そうして篠原医者は今回の検診結果による診断を行った。しかし、すぐに結果の出ないものもあったようで、もしそこで異常があればすぐに連絡すると言い今回はもう帰っていいこととなった。
最悪入院とか考えていた碧だったが、ひとまず終わって一安心である。そうして篠原医者が最後に何かを言ってはいるが、帰ることを気にしてソワソワと身支度を初め出した時である。
篠原医者による聞き逃せない内容の助言を受けた。
「最後に、もしこの症状が続くのであれば性別変更の手続きをするのがよろしい。
性同一性による障害といった要項で行うには中々変更が難しいので、役所、またはこちらの性別診断ミスという形で行うといいですよ。恐らくまた診断書を求められると思われるので、その時は幾らでも一筆するのでまた来るといいでしょう」
「え?あ、ありがとうございます?」
碧は処方箋も貰ったし帰ろうと身支度をしていた時である。篠原医者は碧に助言を授けた。しかもかなり重要であり、そして余りに碧にとって都合のいいものであった。碧は「分かりました」と言いつつ単純な疑問を投げかけた。
「あの、なんでこんなに良くしてくれるんですか?それにーー」
「もう何年前だったか。
小日向くんの手術を担当したのも私だよ。その時から見ていれば、小日向くん達はもう私の子供の様なものだからね」
碧の言葉に被せるように篠原医者はそう言った。
確かに碧の物心つく前の事故のことを言っているのだろう。確かに気が付けばもう先生とは面識があるし、碧の方もただの他人とは思っていない。
しかし、だからと言ってこんなにも話を信じ手を尽くしてくれるのはまた別ではあるのだが。
「それとここ最近ずっと気を崩していた見たいだが、あまり思い詰めない方がいい。
本格的な結果は後日となるが疲労やストレス、胃や喉の粘膜が弱っている点で見てもアセトン血性嘔吐症の症状が見受けられる」
それは通称、自家中毒と言われるものだ。気の弱い碧はよく子供の頃に診断されていたもので、ストレスなど様々な要因で嘔吐を引き起こしてしまう症状があった。あったと過去形なのは最近はあまり無かったから忘れていたのである。
まぁ、考えられる原因は簡単に想像がついてしまうが。
「チープなことを言うようだけど、小日向くんの体は自分だけのものではないのだから、思い詰め過ぎない方がよろしい。一先ず身近な大人を頼るのをオススメするよ」
それが言外に親のことを言っているのだろう。
未だに気が進まないのを見抜いて釘を刺されてしまった。
碧はバレていたこともあって、気まずそうに「はい」とだけ答えるのであった。




