心の距離
少し心構えをしてみてくれると助かります・・・。
「いらっしゃい!」
碧は蓮をもてなすべく部屋に招待すると、ちょっとした片付けを行いながら電気をつけていく。
「お、お邪魔します・・・」
「ちょっ、れ、れん!」
「ん?・・?。あぁっ、すまん!」
そして遅れて蓮が玄関に入ると、土足のまま部屋へ入ろうとしたのだ。
流石に指摘するとうっかりしていた様で謝りながら靴を脱ぎ始めた。
いつになく緊張したように部屋に入る為に、少しクスッと笑ってしまう。
何それ何かのボケ?
なにかツッコミを入れた方がいいかと思ったが、そんな高等技術持っていないのでクスクスと笑うだけしかできなかった。
「荷物、ここでいいからね!はい、ここくつろいでくつろいで!
あっ、もしかして汗とか雨で気持ち悪かったらシャワー入ってもいいよ」
「っっ!!?」
ドサッ
荷物を下ろそうとしていた蓮であったが、その荷物も手から落とすようにドサリと落ちる。
「れ、れん?」
碧が心配気味に蓮を伺うと、「ハ、ハイリマス」とカタコトに答えた。
碧は「そ、それじゃあ、どうぞ」と答えると、右手と右足を一緒にだしロボットのように向かっていった。しかもその間にも扉に頭をぶつけていた。
え、えっと・・・。
なんか、具合とか悪いのかな?
何だかダメな子の方が可愛いとか何とか聞いたことあるように、何だか調子の狂った蓮に可愛さを覚えてしまう。
でもだとしても今日の蓮はちょっと変やすぎないか、碧の中で違和感が大きくなるが寂しくて来てもらった立場なのでおもてなしの心を忘れないようにと逆に奮起する。
手始めに蓮がシャワーに入っている間、ちょっと部屋の片付けでもしようかななんて2人分のお菓子などを取り出し手に取れるように置いたりする。
そして1つの困ったことに気がついた。
「れんの服どうしよ」
そう、今日着たものしか蓮の着替えがないのである。服が汚れていなければ同じ服を来てもらってもいいが、如何せん今日の服を着るのは碧でも抵抗感があった。なので困った挙句に、碧が考えたことは1つであった。
「れん!ごめんなさい!」
「はえ?」
出てきたばかりで未だに髪から水が滴る状態の蓮に、碧は頭を下げて謝った。
蓮はなんの事か分からずに腰にバスタオルを巻いたまま固まってしまっていた。
「あのね、れんの服、代わりがなくて今洗って乾燥させてるんだ・・・、それがあと1時間はかかりそうで、
本当はねっ、ボクの服を貸そうと思ったんだけどれんが着れそうなのないし」
碧は申し訳なさと気まずさから指と指で絡ませながら謝った。
「だから申し訳ないんだけど、少しの間その格好のままでいて欲しいの!
今夏だし寒くは無いだろうけど、その代わりボクのベッド使ってていいから!」
「は、はぁ・・・、はぁっ!?」
蓮はオーバーに反応したため、碧は更に申し訳なくなる。
しかしベタベタした服は嫌だと思ったのだ。勝手だったかと反省する。
そのためお詫びも兼ねて何だか惚けたままの蓮の髪をゴシゴシそしてドライヤーで乾かし、あらかた終わった後に蓮の手を引いて自身のベッドへ案内した。
そしてそこに蓮を腰にバスタオルを巻いた状態で座らせた。人によっては他人のベッドに入りたくないだろうし、それならそれでいい。勝手に毛布とか使ってくれれば。
「れんちょっと待っててね、ボクもすぐにシャワー入っちゃうから。
寒かったらベッドに入っててもいいから、だから待っててね?」
コクコクコク
蓮はどこか明後日の方向を向きながら小刻みに頷いた。
うん、大丈夫そうかな。
碧はうんうんと頷いて自分もシャワーに入りに行くことにした。
そうして蓮一人碧の部屋で取り残され、静けさが訪れた。しかしその静けさでお風呂場からのシャワーの音が聞こえてくる。
しかしそれも直ぐに聞こえなくなり始める。
何故ならその音をかき消す程にうるさい自身の心臓の音が脳にまで響いて来るのだから。
やばい、気持ち悪くなってきた
心臓の音と、完全にシャワーに入ったからではない火照りが顔を真っ赤にさせ思考能力を奪う。緊張からか打ち上げの時に食べたものが込み上げてくる錯覚があったのだ。
でも蓮は頭をブンブンと振り、冷静になる脳に自制する。そして碧が出てくるまで目を瞑り不動の如く固まり続けるのであった。
☆
碧が出てからそう時間も掛からず服も乾いたため、身も服もさっぱりした2人がそこに居た。こういう時のシャワーってほんとに生き返る。
サラサラになった肌を摩る度にその実感を持てて気持ちがいい。
蓮と「シャワー気持ちよかったね」なんて気持ちを共有し合ったあと、この後何をするかで話し合った。そしていくつか候補は出たが一先ず一緒にアニメを見ることとなった。
見るアニメは最近話題であった刀で化け物を倒すやつ。確か映画もすっごく人気で見た事ないと言ったらかなりびっくりされて流れで見ることとなったのである。
しかしこれが思ったよりも怖いというか、刺激の強いもので碧はちょんと蓮の隣に身を寄せて見ることとなった。
すかさず蓮が碧の手を握ってくれるので、碧も遠慮なく甘えることにした。
味方が傷ついたり、敵をやっつけたり、時に笑いときに感動しながら見ているとすごく面白くて、見てなかったのが勿体ないくらい楽しかった。
蓮がアニメに夢中になるのも分かる気がした。
しかしずっと見るには余りに疲れてしまうので、今日は数話で終わることとなる。一応キリのいい所まで見れたので、これ以降はまた今度である。
こうして蓮と一緒になって見ると楽しく、更に共通のお話もできてこうして過ごすのも悪くないと思えた。
「んん〜〜〜っはぁ。楽しかったね、れん」
「ああ、そうだな」
碧が伸びをしながら蓮と感覚を共有した。同じ時や感覚を共有し合えるのてとても幸せと感じる。蓮もそう思てくれているようで碧の言葉に同意した。
「確かにすっごく人気なだけあって面白かった!今度もまた見ようね」
「ああ、そうだな」
そしてそれから続く世間話。しかし蓮は先程と同様の返事を繰り返し、更にはどこか心あらずと言った様相で碧はムッと怪しみ始めた。
「・・・ねえ、れん?」
「ああ、そうだーーん?」
「れん、具合悪い?」
「な、なんでだ?」
やっと言葉のキャッチボールがなされた事に一安心するが、それでも家に入ってきた時のことを思い出し蓮へと心配する言葉を掛ける。
「だって、なんか変だし・・・」
「な、なーに言ってんだ!ほら、こんなに俺は元気だぞ?」
「そ、そう?それならまぁ・・・」
そう言って立ち上がると筋肉ポーズを取り元気さをアピールした。
しかしそれ以降の蓮もおかしさというか空回り全開であった。
やけに碧と目が合えば見つめてくるし、時に夜空を見上げていたので共に見上げると星が綺麗だったので「綺麗だね!れん」といえば、
「・・・いや」
「?」
「あいちゃんの笑顔の方が100倍綺麗だよ」
と訳の分からないことを言われた。
そのような事が数度続き、流石に碧も何かのボケなのか本当に異変なのか分からず、耐えきれなくなってしまった。
現に今も見つめ合うとパチリとウィンクを飛ばしてきた。碧はどう反応していいか分からず困りその果てにーー
「れん・・・、ちょっと気持ち悪いかも」
なんて、そんな言葉が漏れ出てしまった。
言った後に何てことを言ってしまったのだと自分でもショックを受けたが、さらにショックを受けたのは蓮の方であった。
蓮は今にも泣きそうな顔で部屋の隅まで這って行くと、床にのの字を書き始めたのだ。
蓮はかなり落ち込んでいる様であり、ちょっと口が悪かったと思うがそれでもそこまでの反応をされるとは思わずアタフタしてしまう。空元気になったり落ち込んだりと、その様な蓮にどう対応していいか分からなかった碧はとりあえず謝ることにした。
「ご、ごめんなさい。ボク、こういうノリよく分からなくて。
それにただ・・・れんのことが心配で」
指先を弄りながら蓮へと謝った。すると蓮は捨てられた子犬の様にチラリと碧を見た。
「違うんだ・・・、俺なりにさ、ムードを作りたかっただけなんだよ」
すると、ベソをかきながら蓮はそんな答えをした。そしてまたプイッと壁の方を向いてしまった。
ム、ムードとはいったい・・・。
完全に今の蓮は碧の手に余る様子であり、しかしながらやっぱりと、碧の中で1つの結論が出されていた。
やっぱり具合悪かったのかな?
碧はコミケでもそうだし打ち上げでも寝ていたから大丈夫だけど、蓮はずっと働き詰めであったのだ。疲れてしまってもおかしくない。
「れん、やっぱり具合悪い?」
本当は無理して来てくれたのだろう。
「ごめんね・・・、ボクはもういいから、帰ってもいいんだよ?」
辛いんでしょ?
碧は具合が悪いであろう蓮にそう言った。
「っっっ!?」
そしたら蓮は雷に打たれたかのような衝撃が走ると、四つん這えになり打っ伏した。もうこの世の終わりみたいな顔をするもんで、碧はどうしたものかとワタワタした。
ど、どうしよ!?
またなにかダメだったかな!?でも心配だったからそう聞いただけで、こんなに蓮を苦しめるつもりはなかった。無理してきてくれていたなら尚更だ。
こんな時、蓮ならボクに何をしてくれるだろうか。
碧は蓮に元気を出して欲しくて今自身に出来ることを考える。そしてそれが正解なのか分からないけど、物は試しとその考えを実行することにした。
「れ、れん」
「・・・」
「その、ね。
げ、元気だして・・・お、おにいちゃんっ」
ピクピク
蓮の耳が猫みたいに反応した。可愛い。それにちょっと面白い。
「早く起きないと・・・、いたずら、しちゃいます」
ビクっ!
おお、今度は目で見ても分かるぐらい反応した!
じゃあ今度はーー
「!?」
と次に何か言おうと思い、蓮の耳に近づくと腕を掴まれた。
「お、おにぃちゃん?」
あ、さっきまで『おにぃちゃん』と言っていたから間違えてしまった。
けど蓮が息を吹き返したから結果オーライなのかな?
と思ったけどそれ以降の反応がなかった。
ずっと碧の腕を掴んだままでまた固まってしまった。
「れん?どうしたのーー」
「あいちゃん!」
「っ、ひゃん!」
碧が動かぬ蓮に声をかけようと思ったら蓮の声と重なった。
そして蓮の体が突然碧の方へ倒れ始めた。そのため碧は蓮の下敷きになるように一緒に倒れてしまう。
「れ、ん・・・?」
蓮が倒れたのかと思ったら違うみたい。
碧が起き上がり蓮を助けようと思ったけれど腕はずっと蓮に抑えられたままで、足は蓮の足と絡まり力が入らなかった。
蓮の顔は、金色の髪が目の辺りを隠し表情が分からない。
けれど蓮の不規則な呼吸の音だけは聞える。
碧も思わず呼吸を忘れてしまった。
「れん、やっぱりどこか体が変なーーー」
「ーーあいちゃんは・・・、この状況でも、俺の事なのか?」
「えっ、」
何言ってるの?
だって、蓮が変だって心配だから・・・。
「今、あいちゃんは俺に無理やり押し倒されたんだぞ?それでも、俺を心配するのか?」
押し倒されるてる?
ボクが?
「れんーーんひゃ!?」
蓮は碧の首筋に顔を寄せると、首筋に噛み付くように甘噛みをし、その後碧の体温を堪能するように深く長く入り込み深呼吸をする。
「ぅんんっ、、れ、、ん何してるの?くすぐったいよぉ・・・ふふ」
未だになんのことか分からない碧は、首が弱いのを知っていて擽っているのだと勘違いし無邪気に笑い高い声が漏れる。
意識してかは知らないが、時に甘い反応を見せるがやはりその様子は無邪気なもので、蓮は再度身を起こしその反応を見た瞬間、目から光が消えて沈む。
「えへへ、なにーれん?さっきのしかえし?」
プクっといつものように膨れ、怒ったと示すその姿は可愛かった。しかしその可愛さが蓮の心に影を作る。
蓮はゴクリと喉をならす。
そしてそれから碧の手を抑えていた手を離すと、碧の胸へと伸ばそうとしてーー
「・・・」
「?」
ーーそして辞めた。
これ以上しても無駄だと、互いを傷つけるだけだと蓮は理解したからだ。
「・・・・・・いや、すまない。俺が、悪かった」
そして蓮は何事も無かったかのように立ち上がった。
「今日は帰るよ。あいちゃん、ごめん・・・」
蓮はそういい荷物を手で持ち、ふらふらとしながらどこかへ行ってしまう。
その際に、俯いていた為あまり見えなかったが、一瞬顔からちらりと目が見えた。
その目は凄く悲しそうな目をしていて、思わず胸がきゅっ、と締め付けられるような思いになった。
碧はすかさず玄関まで蓮を追うと、丁度靴を履いて出ていこうとする蓮の姿があった。
「れ、れん!まっーー」
「今は!・・・1人に、させてくれ、」
蓮は辛そうな顔のまま、碧の部屋から出ていってしまった。
そしてゆっくりと扉が閉まり、静寂が訪れた。
「うそ・・・、でしょ?」
碧の足はガタガタと震え始め、ついに立つのもままならなくなりはじめた。
蓮に見捨てられた。なんでか分からない。しかしあの時の顔からは明らかに碧を拒絶するものであった。
「はぁ、はぁ・・・、はぁ、」
呼吸がうまく出来ずに、胸を抑えてその場でうずくまった。
どうしよう、視界がぐるぐるする
平衡感覚を失った事で四つん這いになるのもままならずにとにかく身を小さくして丸くなった。
しかしいつになっても目眩は治まらず、それどころかさらに酷くなるばかりである。
「ぅ、うっ、ーーーーーーーっ、」
ボタボタッ
やばい。碧は咄嗟に口元を手で抑えた。
しかし指の隙間から溢れ出す感触と嫌な生暖かさを感じた。
碧は最後の力で立ち上がり何度も体を壁に打ち付けながらドタドタとトイレに逃げ込む。そして手で押えていた口元を開放すると、もはやなんの抵抗もなしにそれが溢れ出した。
「おえ゛ぇぇぇっ、うっ、っっぶぇ」
食べたものが、摂取した水分が全てひっくり返る程に吐瀉物が溢れ出した。
口から鼻から、そしてぐちゃぐちゃになった感情と共に目からも涙が止まらない。
ーーぎもぢわるぃ
なんでなんでなんでなんで
捨てられた?何で?
嫌われた、何で?
分からないけどあの時の碧を拒絶する顔を思い出すだけでもう一度吐き気が湧き上がる。
「うえ゛っ、おぇ」
もう出るものなんてないのに、胃酸の酢えた刺激が喉を焼く。
ボク何かしただろうか?
分からない、でも分かるのは完全に蓮に嫌われた事実ともう会えないかも知れないという恐怖。
多分、生まれてこんなに傷ついたのは初めてかもしれない。
お父さんが、ボクの事など見てくれない事だって耐えられた。学校で馴染めずに一人でいた事だって耐えられた。行かなくなって、孤独に一人でこの部屋に逃げ出した時だって耐えられた。
しかしこれはまるで身を削られたように痛く、心なんて無ければと思うほどに苦しかった。
なんでなの?ボク良い子になるから、れんのいうこと何でも聞くから、だからーー、お願い。
碧の涙が頬をつたい、顎で落ちると雫になって床へと広がった。
あれからどれだけ時間が経っただろう、後処理なんてなんにもしてないものだから、口元や手に付着した吐瀉物は乾き始め不快感が増してくる。しかもやけに気化熱でひんやりと風が感じられた。
窓を開けていたからだろうか、トイレの扉まで全開で来たため夜風がここまで運ばれてきたのだ。
秋が来る。
次期に蓮の夏休みも終わり、学校が始まるだろう。
そうしたら碧の部屋を訪れることもほとんど無くなってしまうだろう。
最悪だ。
蓮が来なくなれば謝ることも出来ず、関係がもしかしたらここで終わってしまうかもしれない。そうなればもう・・・終わりだ。
碧はただ力なくトイレへ身を預けたまま、掠れた目で虚空を見つめ続けるのであった。




