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人生という名の歯車

 碧という少年は引きこもりである。


 その原因は様々だが、根本的な要因としては家族との不和にあった。


 家族と言っても母は若いうちに他界し、父親との2人家族である。一体どこでこの家族は噛み合わなくなったかと言えば、先程述べた通りに母親の死が起因している。それも碧を産んで力尽きるように死んだ出来事が。


 そして碧も自身が原因なのだろうと認識していたこともあり、記憶にある限り父とは全くと言っていいほど喋ることが無かった。邪険にされていたという訳でもないが、父は碧にどこか壁を作っている節があった。まるで腫れ物を触るかのようにする対応で、甘えたい盛りの時に大切な愛を感じられなかったのは後に大きく碧という人格を歪ませる原因となった。


 お父さんはボクになど興味はないんだ。だから目も合わせないし話してもくれない。


 子供の碧には余りあるほどの問題に、唯一頼れるはずの家族にすら見捨てられていると決めつけると、心を閉ざしていく。

 そしてそんな碧の心にとある欲求が生まれた。


 その欲求の名は承認欲求というものであった。


 誰かにボクという人間を見て欲しい。もし少しでもボクに興味を持ってくれるのならば、たとえ全てを賭してでも応えたい。それがその人にとってただの都合の良い人になったとしても、必要としてくれるならそれでもいい。だからその代わりに・・・、少しだけでいいから心のちっぽけな場所にボクという存在を居させて欲しい。


 けれど、そう願うが終ぞそのような者は現れなかった。

 それもそのはずだ。普段、学校でも息を殺すようにして生活している碧になど誰も仲良くなろうと言う者はいないからだ。

 そもそもに、「肉親にすら見て貰えない自分など本当に必要としてくれる者などいるのだろうか?」と、不安で自信を喪失している碧にはどうしても行動へと移すことが出来ないのである。


 そんなジレンマが日々精神へと負担を与え続け、いつしかポッキリ折れてしまったのだ。元々の性分ではあったが、鬱々とし塞ぎがちだった心を完全に引き裂いた。


 折れた心は活力を奪い、学校へと行く足を鈍らせた。どうせ、ボクなんていなくても変わらない。もしかしたら不登校になったことも周りは気づかないかもしれない。そう自嘲をすると、そっと学校鞄を床に下ろしていたのであった。





 ☆


 昨日の事件から丸一日が経過した。

 結局あれから水以外のものを口にはしておらず、空腹にお腹を抑えながら蹲る。


 ぐぅ〜~~~~~~~~~


 お腹の虫が怒り始めた。これまでで一番長い説教だったかもしれない。

 人間塩と水さえあればかなりの間生きることは出来ると聞くが、ボクには到底無理そうである。今にも死にそうなほど苦しくて、目尻に涙が溜まって溢れてしまう。


 ならばご飯を買いに行けばいいと言われるかもしれない。でも怖いのだ。外へと続く玄関の扉を見るだけで、サァっと血の気が引いていくのが分かるレベルなのだ。どうしても昨日の好奇の視線や盗撮された事、男の人に追いかけられた記憶がフラッシュバックしてしまうのである。


 ここまで怖いのであれば、ネットでなにか頼めばよかったかもしれない。最近は家までデリバリーしてくれるものところも多いと聞く。しかし残念なことに、今のボクにはそんな頭が回らなかった。

 頭を回す糖が足りないのだろう。既に行くか行かないかの固定観念に囚われ生死を賭けた葛藤がボクを苛んでいた。


 「もう、だめ・・・おなかへったよぉ」


 誤魔化しに水を飲みお腹をふくらませた。でも余計に気持ち悪くなっていくのは、脳が欲しいのはこれでは無いと拒絶しているからだろう。


「もう、コンビニに行くしか。いや・・・、むり。あれだけは無理、でも・・・」


 ボクはあの時の記憶が蘇りぶるりっと震える。けどこうして逃げ惑い、一人震える自分が嫌な気持ちもある。本来であれば、克服しなければ行けないと思う。それにこれ以上何も食べないのは危険な気がするし。

 しかしあれだけは、あんな目に会うことだけはもう嫌だ。どうせ、行っても同じ二の舞になるに決まっている。


 どんなに行かなければならない言い訳を考えても、本能がそれを拒絶する。

 ボクはもはや途方に暮れ、夕焼けに染まる街を窓から覗き、天を仰いだ。
















 さっ、ささささっ。

 目標を確認、その距離10メートル。


 夜闇に紛れ、煌めくコンビニを視認すると近くにある公園の低木に息を潜めた。

 ただいま夜の8時を回ろうとしている。その時間になれば住宅街のこの場所も人は疎らになり人目も付きにくい。その中を真夏に黒いパーカーを身につけ闇夜に紛れて行動する影がひとつ。


 そう、ボクだ。

 ボクはあれから何度も行くか行かないか迷い続け、結局は行くという決断をした。やはりお腹が減ったこともあるが、このままではダメだと思ったからだ。ここで諦めたら何も出来なくなる。

 それは嫌だったのだ。ここまでさんざん逃げてきた。学校からも、家庭からも逃げ続けここまで堕ちたのだ。だからもうこれ以上は失いたくない。居場所の次に、食という生きていく上で必要最低限な事さえ逃げると言うことは死んでいるのと何ら変わりないと思えたからだ。ボクがボクでいるための絶対防衛ラインと認識していた。


 そんな思いで決断を下しここまで来たのであった。

 来たのであったが・・・。


 それなのに何度も身を起こしてはしゃがみ、起こしてはしゃがみを繰り返していた。

 周りから見れば何をバカに屈伸運動をしているのかとツッコミたくなるような奇行だが本人はいたって真面目。葛藤しているのだ。行かなきゃと身を乗り出すが直ぐに恐怖が体を支配し気づけば身をしゃがませる。

 そして今回もダメだった様ですぐさま低木へと身を隠すと一度おしりをつけて座り込む。


 「あーーもうっ、いけいけっ、ボクのバカっあともう少しなのに!」


 木陰に隠れ歩きだそうとしない足を叩く。昔の壊れた電化製品でもなし、叩くだけではちっとも言うことを聞いてくれない。立ち上がることは出来ても一歩がなかなかでないのである。なんで、ここまで来たのにこの足を言うことを聞いてくれないんだ。

 半ズボンでスラリと晒された素足を忌々しげに見つめた。


 でも、思えばこれまでのボクもそうだった。

 ボクだって、最初は学校に行こうとしたのだ。その時も何度も何度も学校の近くまでは行けるのだがそこから一歩踏み出し校門をくぐることは最後まで叶わなかった。この足はいつも肝心なところでは動いてくれないのだ。


 実にボクらしい・・・。意気地のないボクにふさわしい出来損ないの足。まぁ、結局ボクなんてこんなもんなのかな。


 何度も何度も自傷行為をしていた手を止め優しく足をさすると体育座りをした。そして顔を伏せると泣き言をこぼす。


 「あぁ、もうイヤだ。死にたい・・・」


 口癖が出た。どうせ死ぬ勇気もないくせに。


 聞き慣れたその言葉。

 いつもは一人寂しい部屋で呟き、部屋の空気に溶け込んでいくだけなのだが今日は違った。それは外にいるからという環境の変化だけではない。その小さなボクの悲鳴に応える者がいたのだ。


 「君、・・・えーと、大丈夫か?」


 「っ!?」


 だっ、誰っ!?


 ボクは驚き勢いよく顔を上げた。

 するとそこには、なんて言葉をかけていいか迷うように困った顔の男の人がいた。腰を曲げしゃがむボクに目線を合わせてくれている。

 高校生くらいだ。かっこいい人。だけど、この人どこかであったことが・・・、


 「「あ、」」


 思い出した!

 昨日ボクとぶつかった高校生であった。しかも、その後に追いかけてきた危ない人でもある。言ってしまえば不審者であり超危険人物なのだ。

 そんな人がどうしてここにっ!?まさか、ずっと付けられていたのだろうか?いや、そんな様子は無かった。ならば偶然?

 でもどちらにしても共に声を出して反応したあたり、相手もボクを認識したようだった。フードを被ってても、すぐにボクだと分かるあたり強い執着か何かがあるのかもしれない。危なすぎる。


 ボクはあの時と同様に、一目散に逃げ出した。いや、逃げ出そうとした。でも足をずっと叩いていたせいか思うように力が入らずその場で転けてしまったのだ。

 痛いっ。


 「まってっ、俺はほら、安全だから、ちょっと落ち着いて」


 男は手を広げ、ジリジリとボクとの距離を縮めていく。

 まさかこんなことになるなんて。誰にも見られないからと夜に一人で、しかもさらに暗がりの場所に隠れたのが裏目に出てしまった。

 助けを呼ぼうにも、それよりも相手の行動の方が早い間合いである。

 叫べば乱暴な事をされるのは必定であった。


 「いや・・・、いやぁ」


 ボクはもう立ち上がる事も叫ぶことも諦め、首を振りながら無様に手だけで這って逃げようとした。

 そんな隙を、この男の人が見逃すわけもないのに。


 「ほら、怖くないから。ね?だから少しお話しよう」


 何か言っている。言いながら間合いがどんどんと狭まっていく。

 ボクは恐怖で何も頭へ入ってこなかった。聞いても恐怖を助長させるだけだと言う思いもあった。


 「ひうっ、こ、こないでっ、ください・・・、ごめんなさいっごめんなさい!」


 もうその距離は一歩分もない。

 何も分からないがとにかく謝る。そして嗚咽も出さずに自然と頬に涙が伝う。


 「泣いてっ、ご、ごめん!俺、何かしたか・・・?謝るからどうか話だけでも聞いて欲しいんだけどな」


 ぐにゃぁぁぁ


 あぁ、まただ。また視界が歪みはじめる。

 男の人が何か言ってるけど、ボクの恐怖は最高長を記録し目の前が暗く染っていく。


「ぅっ・・・」


 だめだ・・・。耳もどんどん遠くなっていく・・・。


 ボクは苦しげに目元を抑えて意識を保とうとするが、抵抗も虚しくすごい勢いで刈り取られていく。


 「おいっ、大丈夫か・・・ちょっ!?なんで倒れーー」


 そうして、気づけばボクの意識はここで途切れていたのだった。


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