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看板娘

「い、いらっしゃいませぇ」


 碧は()の自身の姿にそっくりである紅羽というキャラ物の服を着ながら、薄い本を持って声を張る。


 銀色に輝く髪と、可愛らしい容姿はまさに2次元から飛び出してきたキャラそのものであり、違いと言えばその瞳ぐらいと言えるだろう。

 誰よりもコスプレが似合っているかのように思えるが、何を隠そうコスプレなど一切していなのである。しかしそれを知っているのは蓮と、そのサークルに属している数人のメンバーのみである。

 ここに訪れる者やただサークルの目の前を通りがかった人全ての視線を一身に集め、凄まじい程の集客効果を発揮していた。


 どこに出しても、いやコスプレ界でトップと言われる人達にも劣らないその姿とは裏腹に自信なさげに羞恥心に悶えながら、自身の姿と重なる同人誌を胸に抱えて売る姿に皆のハートを撃ち抜いた。


「新刊あと少しです!

 それと既刊もまだあるので見ていって、ください・・・」


 尻すぼみに声が小さくなっていく碧であるが、それがなおのこと皆その声を聞かんと躍起になり夢中になるスパイラル。


 明らかにお客さんの圧が増していることは碧にも伝わっているので逃げたい欲求に駆られるがまだ机越しなのと向こうで列整理をしている蓮と目が合い勇気づけられる。


 しかしなんでこんなことに。

 碧はまさかご飯を食べに行っただけなのにこのような事になろうとは、考えもしていなかったと少し前までのことを思い現実逃避を行った。



 ☆


 事件が起きるのは自己紹介も終えたあと、碧たちは今後のことについて話合い始めたのがきっかけであった。


「それじゃあこれからどうしよっか、れんはまだ買い物あるの?」


「いんや、もうあらかた買えたし後はあいちゃんとゆっくりとでもしよっかな。

 ほら、コミケってキッチンカーとかも並んでるからお祭りみたいになるから行ってもいいかなってな」


「お祭り!」


 碧は目をキラキラさせながら好感触な反応を示す。何故ならお祭りなど行ったことがなく、テレビで見るだけのものに興味津々であったのだ。さしずめテレビの中の有名人とあったような感覚である。


 体を左右に揺らしルンルンである。


「ご飯食べに行くのかい?

 それなら俺たちの分も買ってきてくれると助かるけど」


 更に真尋たちもその話に乗っかり、話題はさらに大きくなる。

 蓮はそのその話を纏める為に欲しいものや人数をあらかた聞くと、スマホにメモを取り準備はバンタンである。


 よし、いざ行かんお祭りへ。


 碧はすっかりお祭り気分で浮かれるのであった。そうして再度人混みを抜け広いとこへ出るとそこには確かにキッチンカーが並んでいる。

 定番のポテトやら焼きそばやらから、今流行りの韓国風まで一通りある。そして案の定ここでも安定の列である。


 しかし感覚が麻痺している碧達は10人や20人では動時無くなってしまっているのが悲しい。


「さて、何から食べようかあいちゃん」


「んっとね!焼きそばと、あとりんご飴とか食べてみたい!」


 お祭りといえばのセットである。

 最近はりんご飴などは数を減らしていたが韓国風のいちご飴などが流行りこれまた数を取り戻したりんご飴。もちろん碧にそんなことは知らないが蓮も気になっていた為、蓮から太鼓判を貰うとその列へと並ぶ。


 本当は焼きそばを食べてから食べたいものだったが、焼きそばの列に並ぶ間に食べれるものがあるといいとの事なので碧はひとまずりんご飴の確保から行うことにした。


 りんご飴。


 そうは言ってもあらかじめ食べやすいようにカットされたものと、丸々1つが串に刺さった定番のやつ。

 昔の感覚を持つ碧は迷わず串に刺さったりんご飴を選びお会計の際にサッと蓮に会計を盗まれた。

 未だにキャッシュレスには対応していない碧がゴソゴソとお財布をまさぐる間に蓮がピッとスマホで決済をしてしまったのである。


「ほい、あいちゃん」


「そんな悪いよ!」


「いいのいいの、一緒にコミケ来てくれただけでこっちはありがたいんだしさ」


「そんなのボクが勝手に着いてきただけなのに・・・んっ」


 碧は少し不満げながらそれでも食べないという選択肢はないので、ムスッとしながらも蓮に無理やりりんご飴を口元に差し出され、少し躊躇ったがカリッと一口齧った。

 するとガリガリと言う飴とサクッとしたリンゴの食感が面白い。

 もちろん味もその見た目の通り美味しいので、これが最近の流行りである事も頷けた。


 美味しい!


 碧はなかなかに面白い食べ物に先程ムスッとしたことなど忘れて蓮の袖をくまいぐいと引っ張った。


「れんれん!」


「ん?どうした?」


「これ美味しい!食べてみて!」


「えっ、・・・いいのか?」


「えへへ、何言ってるの?これれんが買ってくれたやつだよ?」


「そ、そうか・・・」ごくりっ


 蓮は思わず碧が齧った箇所に視線が向かい誘惑されるがぐっと抑えてまだ誰も食べていない箇所をカリッと食べる。


「どう!美味しい?」


「あぁ、美味しい」


 ぶっちゃけドキドキしすぎてそこまで味を感じていない。碧の様に物珍しいものではないという認識もあったとかもしれない。


 しかし碧はそんな蓮の言葉に満足すると、また自分で1口齧った。蓮の食べたところに重なる場所に。


「っ、」


「ん〜おいしっ」


 碧は頬を抑えてニマニマと顔がほころぶ。


「じゃあつぎ、はい!」


「お、おう・・・」


 そうしてまた差し出されるりんご飴に、蓮は先程よりも選択肢が少なくなったりんご飴の食べるところを探し一口。そして蓮が食べたあとにまた碧が一口。それもまた蓮が食べたところと重なる様にだ。

 もちろんそういう意味は無く、碧からすればリンゴが露出している所から食べると食べやすいと言う意味しかなくて、なんの意識もしていないこともあり偶然またもや蓮が食べた場所に重なった。


 その度に蓮はドキドキと胸が高鳴った。


 これめちゃくちゃ恋人っぽくねーか?ワザとなのかこれ!?


 そうして、1人堪能した後にまたもや「はい!」と差し出されるりんご飴。

 もはや何処にも手のつけていない場所が残っておらず、どうしたらいいか分からずもうこれは仕方ないよな?俺は悪くないぞ!

 と、誰に言い訳しているかは謎だがええいままよと碧の食べた箇所に齧り付く。


 やべぇ、めちゃくちゃ心臓がうるせぇ。


「美味しいね、れん!」


 そんな気も知らない碧は相変わらずである。


 これなんて拷問だ?


 蓮は悶々と悩まされるのであった。






 そんなこんなな2人はその後も焼きそばを同じ調子で食べる事となり、もはやヘトヘトとなった蓮の手を碧が引っ張ると言うコミケ会場に来た時とは真逆の格好となっていた。


 その時である。


 ポツン


 碧の鼻先になにかが飛来した。


「え?」


 碧が鼻に手を当てて指先を確認する。するとそこには若干の水で濡れていた。

 碧はまさかとすかさず上を確認すると、肉眼でもくっきりわかるほどの大粒の雨粒が幾万と降り注ぐのを視認する。そしてそれは一瞬にして地面と、そして碧立ちに被弾する。


 ーーーゲリラ豪雨


 それは夏場の風物詩。

 先度までのお天気が一転、ほんの数メートルが霞む程の雨が国際展示場を飲み込んだ。


 先程までキッチンカーに並んでた客や、コスプレイヤーの一団などは蜘蛛の子を散らすように撤収を初めて屋根のある場所へ戻って行った。


 余りにも急な天気の変化に対応できずにずぶ濡れになった人は少なくなく、例に漏れずに碧達も服から滴る水が地面へ落ちコンクリートに広がる事など気にする余裕などなくただ呆然と雨空を眺めていた。


「雨だね・・・」


「雨だな」


 周りはタオルで髪を拭いたり、戦利品が濡れないように対策を始めてる中碧達は意気消沈と沈みきっていた。


「一旦戻るか、荷物にタオル持ってきたから」


「・・・うん、そだね」


 碧はまた蓮に手を引かれるように真尋たちのいるサークルに戻ることとなった。

 その間、碧達の足跡を残すように通った後を水が広がる。


 せっかく楓さんに綺麗にしてもらったのに・・・


 服も、メイクも、そしてウィッグですら濡れてもはや元に戻せる状況ではなくなってしまった。

 楓がいればまた直してもらえただろうが、ここにはいないのだから仕方がない。

 それはもう急転直下の落ち込みようで蓮も心配しながら碧のペースに合わせながらサークルへと戻って行った。


「すごい雨降ってきたね、2人とも大丈夫だった・・・って、聞く必要もないね」


「これはまた災難だね」


 何も言わずとも、真尋と明希は可哀想なものを見るように慰めの言葉をかけた。


「わりぃ、ちょっと裏借りてもいいか?」


「い、いいけど大丈夫?レイヤーの更衣室借りてくる?」


「それもありだが着替えがねーからちょっと拭くだけだ。まぁ俺はそれでもいいんだけどあいちゃんがな」


「ボクも大丈夫だよ?」


「いや、流石に俺が何とかしてやる。

 そうじゃないと・・・目のやり場に困る」


 そういう蓮の目線の先は碧の胸元に向けられていた。

 碧がその目線を追うとそこには服が肌に張り付き、もはや体の輪郭をそのまま浮かび上がらせていた。

 更に下着なども同様である。


 碧もこれには少し困ったが、それでも乾けば何とかなるかな何て楽観的にいた。蓮に見苦しい姿を見せたくないが、流石に蓮も今だけなら許してくれるだろう。


 しかし蓮は碧の考える逆の意味で許せなかったのか、「コンビニに行って来る」と言い出した。

 碧はそこまでして貰おうなんて思っておらず蓮の手を引き止めていた。するとそんな2人の問答を見て明希が折衷案を提示した。


「それならいいものがある」


 そう言って明希が差し出したのは2着のTシャツであった。


「?」


 碧は首を傾げる。

 対称に蓮はマジかという反応を示した。


「うちで出してるTシャツ。サイズは碧さんには大きいけど問題ない。

 彼シャツシチュも悪くない」


 その言っていることは分からないが蓮がそのTシャツを広げると、そこには紅羽というキャラがデカデカとプリントされた痛シャツであった。しかも若干エロめなヤツである。


 蓮はやっぱりかという顔をし、碧もまさかこんなにコテコテなシャツがリアルに存在するなんてと少しの感動を覚えていた。


 蓮はそれを碧とTシャツを交互に見て悩まされる。蓮は濡れた服でもいいが、碧には乾いた服を着てもらいたい。しかしこれを着ることに碧ちゃんが悪目立ちしないか。


 そんな事に悩まされ、コミケならこのような服でもまだマシかと言う考えに至る。


「・・・分かった。これ着させてもらいます。

 因みにこれ二着で幾らっすか?」


「別に気にしなくていい」


「マジですか?」


「うん・・・労働で返してもらうし」


「はい?」


 労働という言葉にドキリとするが、手伝うことの意味だと思い当たると納得する。自身の労働で乾いた服が頂けるならと納得しその話に乗った。しかしそれにまさか碧も含まれているとは考えもしていなかった。


 こうして、始まりにもどることとなったのである。

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