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イチャイチャ

 電車を待つこと10分程だろうか。

 ホームに着いた時、列を成している事に驚いていたがそれもまだまだ甘かった事を知る。

 何故ならば碧達の後ろにさらに倍の列が形成されたからだ。


 最後尾だったはずが列の半ばほど。

 その人の数には目を疑うしかない。


「はは、凄いだろ。あいちゃん」


「す、凄い・・・。なんでこんなに人がいるの?」


 あれからずっと手を繋いだままの碧と蓮は、人混みに肩を寄せ合いながら小声で話す。


「そりゃぁ皆コミケに行きたいのさ。それにここは乗り換えが発生する駅だから必然的に人が多くなるんだ」


「へ、へぇ・・・」


 そう言われてみれば、とあるタイミングで一気に人が増えた気がする。あの時は乗り換えの乗客が来たってことなのか。


「これでもピークよりはまだマシなんだぜ?あともう少し早く来ればここももっと地獄になってたはずだ」


「これより早く来る人がいるの?」


「沢山いるぞ。

 5時ぐらいは電車もすし詰め状態だな。いくら好きなやつが欲しいからって、あれだけは俺も避ける」


 お、恐るべしコミケ。

 碧はこの様な世界があることに驚嘆してしまう。それにみんな何をそんなに欲しがっているのだろうか。

 コミケというイベントが、何か自作したものを売ってるって事は蓮に聞いていたし知っている。

 しかし何がそんなに人を惹き付けるのか。それが不思議でならなかった。


「っても、この人の数は例年よりも多い気がするな。もしかしたら来場者数の記録更新するかもな」


 蓮がそんな事を呟いた瞬間、軽快な音楽が流れ始めると駅のアナウンスが鳴る。


『ただいま、3番線に電車が参ります。危ないですから黄色い点字ブロックまでお下がりください』


 3番線。そして見上げたそこにはアナウンスと同様の3番と表記がホームにいる。


 ああ、どうやら電車が来るみたいである。


「もう来るみたいだな」


 蓮も待ちわびていたみたいで少し嬉しそう。

 碧もそれを見てニコッと微笑む。


 そうして、それから30秒程度で電車が見え始めた。その電車はそこでブレーキの音と一緒に減速しゆったりとした速度で前を通過した。


「っっ!?」


 しかし、減速している事で十分電車内の様子を視認する事が可能となり、碧はその魔窟を覗いてしまった。


 今、見間違いではなければ人が窓に張り付いていたような・・・。


 碧は見間違えだよねと、縋るように蓮の顔を見るが蓮は諦めたように顔を横に振った。


「れ、れん・・・」


「あいちゃん。あいちゃんは死んでも俺が守るから安心してくれ。出来れば電車の中に入ったら角か窓際に行ってくれると助かる」


「え、それはどういうーー」


 そう聞き返す前に電車は止まり、ドアが開く。

 すると列が1つの生き物かのように鳴動する。後ろからの早く乗りたいという圧に背中を押された。


 しかし信じられなかった。何故なら、ドアが開いた電車の中は既に人の壁が作られていたからだ。

 こんなのに入ろうだなんておかしい。

 なのに駅員は止めないし、列の最後尾まで押せや押せやといった勢いを感じる。

 勿論駅員もけが人を出さない為にかなり強めの口調で「押さないで!次もあるのでゆっくりのってください!」なんて呼びかけるが完全にみんな聞いていない。


「れんっ!」


「こっちだ!」


 蓮が碧の肩を抱くと、サッと車内の角まで連れていく。流れに従いながらも手馴れたような身のこなしに改めてかっこいいと思った。


 更に蓮は壁に手を着くようにスペースを作ると、そこに碧を入れて衝撃から守る。それでもそのスペースは小さく、碧は目の前の蓮の胸に顔を埋める形となる。


「あいちゃん苦しくないか?」


「う、うん。れんも大丈夫?」


 ムクッと顔を上げると蓮の顔が目と鼻の先にある。蓮も下を向いていたこともあり、本当に目と鼻の距離感と言う言葉がピッタリであった。


「っ、ああ。問題ないから少しの間我慢してくれな」


 蓮はむさ苦しい電車の中、仄かに香る癒しの匂いが鼻腔をくすぐった。本当はもう少し嗅いでいたいなんて言う欲求もあったが、照れと変態的では無いかという嫌悪感で自制を効かせて上をむくことにした。


 それに碧の香りで気が抜けているとこの体勢を維持できそうになかったからだ。運動神経も力もあるが、部活には入っていないのでやはり持久力に欠ける。これが国際展示場まで続くと思うと気が滅入るが、この体勢を崩せば碧にも圧力が掛かってしまうし、何より知らない奴らがこの距離感で碧に接触するのが気に食わなかった。

 特に電車などでは女性は痴漢やセクハラ被害を受けやすいことは分かり切っている。


 今こうしている間も場違いな、碧の浮いた少女の声に皆の意識が向いているのを知っている。

 だからこそここで屈する訳にはいかなかった。

 蓮は腕をプルプルさせながら電車は進む。そして次の駅に近づくとまた電車は減速を始めた。だが窓から見る外の風景に、またも乗客が列を成しているのを見てしまう。


 ま、まじか・・・。


 蓮は絶望した。





 しかし、そんな蓮と周りの目とは切り離された碧のいるスペースは、蓮の努力もあって平和そのものであった。だけど周りを見る程の余裕はないので、目的地に着くまで何をしているかと言えば蓮の胸にひたすら頭を預けていた。けれどそれだけだと暇なので、蓮の硬い胸板を手でペタペタしたり、中々ない距離感に浮かれていた。


 凄い、硬い・・・。ボクのとは大違いだ。


 手の平を蓮の胸に置き、そして指先でつついたり。今力を入れているだけあって筋肉が隆起しその輪郭が手に伝わる。

 それが面白く、筋肉に沿って指をなぞる。

 だがやってる方は面白いかもしれないが、真剣なときにやられている方はたまったものではなかった。


 あいちゃん・・・、出来れば擽ったいからやめて欲しいんだが。


 そんな蓮の心情も届くことはなく、碧はずっと蓮の胸を興味を示し続けるのであった。


 ☆


 そんなこんなで、幾度もの試練を乗り越え碧達は無事国際展示場にたどり着くことが出来た。


「や、やっとついたぁ・・・」


 駅から下りると、早速入場待機列に並ぶーー前に蓮の一息つく時間が設けられた。

 蓮は相当辛かったのか、壁に手を付きゼーゼーと息苦しさを感じる息を吐く。碧は背中に手を当て撫でながら、ここまで無理させてたんだと知る。


「ごめんね。

 れんにこんなに負担かけさせてたなんて・・・」


 あの電車に乗っている間、碧は蓮の胸板で遊んでいたというやましい気持ちがあったので、殊更申し訳なさが際立った。


「い、いや・・・いい。

 大丈夫だ。そんな事より早く並ぶか。並びながら体力回復する」


「わ、分かった。でも無理しないでね、ボク扇いだりするよ!」


 碧はバッグから団扇を取り出し蓮へ扇いだ。

 だが意気込み過ぎているのか、一生懸命に振る碧は風よりもその姿の方が癒しになっていた。


「ありがとう。それじゃあその時はお願いしようかな」


 蓮は碧の頭を撫で、大きく深呼吸してからまた歩き始める。

 碧ですら見たことがあった国際展示場の建物の前はもう並べないぐらい人が多く、目的地は目の前なのにそこから遠ざかるように歩いて歩いて歩・・・く?


 あれ?まだ歩くの?

 本当にこの方向であっているのか疑問に思ったが実際にずっと向こうまで人が並んでいるのであっているのだろう。だけど人が多すぎる。


「やば・・・」


 碧はあまり若者言葉というものを使わないのだが、それでもその異常な光景にそのような言葉か漏れてしまうのであった。

 そして蓮が戦場と言っていた意味をやっと理解した。


 コミケって、本当に何なの?

 これじゃあ蓮が欲しいやつが本当に帰るか分からない。


「こりゃあ確かにやばいな。最後尾ここまで来るのはちょっと初めてかもな」


 蓮は碧ほど驚かないものの、最早呆れを含んだ表情を浮かべる。


「れん、こんなに人がいるのに欲しいやつ買えるの?」


「んーまぁ大丈夫だろ。それにもとから全部回れるとは思ってないしな」


 そうなんだ。

 まぁ蓮がそういうならそうなのだろうと、今から悩んでも仕方がないし、考えないようにした。


 そうしてやっとのことで最後尾に来ることが出来た。ここに来るだけで一苦労な列に、何度も驚かされながら、蓮は列が落ち着くと折りたたみ椅子を取りだした。

 なんかでかいバッグを持ってきてるとは思ったけど、そんなものも入っていたなんて。


「用意がいいね」


「まぁね。これがあると無いとじゃ結構変わるんだぜ。難点は並ぶ時はいいけど終わったら持ち運びが面倒いとこかな」


 経験者は語る。

 蓮は自慢げにその椅子を組み立てると、碧の足元に設置した。


「?」


 碧は首を傾げて蓮を見る。


「ほら、これは碧ちゃんの分だから座って座って」


「えっ、ボクの分なのっ?」


「ああ、その為に持ってきたからな」


 そ、そんな・・・。それならボクも持ってきたのに。


 持ち物メモに書いてくれらば良かったと思いながら、蓮がそういうので座ろうとする。


「でもれんは力持ちだね。

 ボクの分ってことは2つ持ってきたんでしょ?帰りはボクが持つよ」


「ん?あーいやいや。椅子は1つしか持って来てないぞ。流石に2つは重いからな」


 ん?どういう事だろう。

 イマイチ理解出来なくて、碧は聞き返した。


「じゃあれんはどうするの?」


「俺はないぞ?

 別に地面で良いしな。俺なら汚れても構わないし」


「えっ、だめだよっ」


 座りかけていた碧は姿勢を戻した。

 危ないっ。

 蓮の持ってきたものなのに、蓮を差し置いてボクが座る訳にはいかない。それに電車で疲れたのは蓮だ。だから蓮に座って欲しいのだ。


「いや、そう言われてもあいちゃん、それ買ったばかりの服だろ?汚しちゃダメだろ」


 碧はそう言われて自身の格好を見る。

 確かにこれは蓮に初お披露目の服だ。しかしこれは買ったものではなく、楓のお下がりのものだ。動きやすい様に、オシャレ半分、体を動かすことに優れた服である。だからと言って楓から貰ったものをすぐに汚すのは嫌だけど、蓮の体調には変え難いものだ。


 だからそれらの理由を蓮に言ったのだが、蓮はそれでも頷くことは無かった。

 それどころかじゃあ椅子はいいやなんて、片付けようと迫ってくる始末である。


 〜〜〜もうっ、頑固なんだから!


 と蓮に心の中で悪態をつく。

 しかし蓮も蓮で、碧になるべく負担をかけないようにしたいのに、どうしても拒否する碧に頭を抱えていた。


 けれど蓮もそろそろ周りの目が厳しくなり始めたので、本当に言い争いの種である椅子を片付けようかと考え始めた。

 碧は熱くなっていて周りが見えていないが、こんな多くの人に囲まれている場で少女と言い争いをしていれば嫌でも目につく。そして内容を聞けば互いに椅子に座らせ合っているなど、なんの惚気なのかと文句も言いたくなるだろう。


 だが幸い碧はまだ気づいていない。なので気づく前に話を終わらせようと考えた。

 だが、ここで碧に天啓が降った。その妙案はまさに2人の意見を共に満たすものであり、思いついた時の興奮そのままに提案をする。


「れん!いいこと思いついたよっ」


 碧が蓮の手を両手で握り、引っ張った。


「まずは先に座って!」


「先にか?

 あー交代しながら座るみたいな感じか?」


 蓮は碧の思いつきを予想し口にする。


「違うよ。

 ほら、はやくはやくっ」


 本当は気乗りしないが、碧が何か思いついているようなので渋々椅子へと腰掛けた。

 それを見て満足気になってから、碧は更にその上から座った。


「ーーは?」


 何が何だか分からない蓮が現状を再確認すると、碧が蓮の両足の上に腰掛けていたのだ。今はそこから身を捩って蓮の方を向いている。

 人一人が足の上に座っているのに、それを感じさせない羽のような軽さと、得意気に振り向く碧にドキリとする。


「へへ、これなら一緒に座れるね♪」


 まさに最高の答えだと言わんばかりの碧に、色々ツッコミ所もあるが蓮のことを思っての行動だ。それを咎める事なんて出来ようがなかった。


「れん、重くない?」


「あ、ああ。全然だぞ?」


「なら良かったっ」


 碧がニコリと笑い、今度は身を正面向きに戻し、蓮の体に寄りかかるようにし、足を浮かせてパタパタとする。


 実にご機嫌である。

 しかし碧は未だに気が付かない。夏場の日下だと言うのにここ以外の周りは、温度が下がっている事に。勿論数値的な温度では無い。周りの心的問題とその者達からの目である。


 碧ちゃん・・・、なんで普段は視線に聡いのにこういう時ばかり。

 そう思わずにはいられないが、碧も視線に慣れつつあるのと、今日の埒外の経験がその感覚をバグらせていた。更にこうして蓮との身体的接触とコミュニケーションがそれを忘れさせていた。


 あまり脅える必要はない。

 だけど気づいてくれ。


 蓮は祈り続ける。

 そしてその想いが通じたのか、碧は「あっ!」と大きな声を上げて立ち上がった。


「あいちゃん・・・」


 蓮は気づいてくれたかと安堵する。

 しかしそう都合よく行かないのが世の中である。


 碧は振り向きながら言った。


「そういえばっ、れんに団扇で仰ぐって話してたんだった」


 碧が申し訳なさそうに、思い出した内容を伝えた。しかし蓮としては実に拍子抜けする内容で、最初はなんの事か分からなかったが遅れて思い出す。


「あー、あれはいいよいいよ。

 ほら、こうして元気になっただろ?」


 蓮が腕を回して元気アピールする。

 しかし碧は全く納得をしていなかった。


「ううん。

 あれは電車で迷惑をかけたお礼だから。それでもさせて」


 そう言われ、蓮は考えたがこれで一緒に座らなくてもいいと考え許可を出す。

 決して一緒に座りたく無い訳では無い。しかしあれは家でして欲しいものであり、ここでやると周りの目がヤバいのだ。主に爆発しろとでも呪詛が聞こえてくるぐらいには。


「んじゃお願いしようかな?」


「任せて!」


 碧は元気よく答えると鞄から先程見せた団扇を取りだした。

 そして、また蓮の足に座り直した。


 ーーん?


 しかも今回は横向きに、お姫さま抱っこをするような形である。なんだかそれは・・・色々と近かった。


「じゃあ、するね?」


 そんな蠱惑的な言葉とともに、パタパタと団扇を仰ぎ始めた。


 風が来てる。

 しかしそれが一切涼しく感じなかった。

 むしろ身体が暑くなっている気がする。


「どう?気持ちい?」


「んっ、あ、ああ。気持ちい、かな?」


「ほんと?

 でももっと強くして欲しかったりしたら言ってね。れんの好みに合わせるから」


「今はこれでいいかな」


 碧は役立てていることに嬉しくて、人懐こそうに笑う。


 何故だろう。俺もう怖くて周り見られんわ。

 最早恐怖で周りを見ていないが、碧の言動一つ一つが蓮に確殺を入れるのが目的なのではないかと思う程ピンポイントすぎた。

 だが尽くしたがりの碧の邪魔をするのは気が引ける。それにまぁ今が幸せだからいっかなんて思考を放棄する。


 だがこうしている間にも、2人の空気は確実に周りの人達に無差別ダメージを与えるテロと化しているのだった。

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