克服
碧と楓の仲が進展し、とてもいい雰囲気で過ごしているとそこに予定通りのチャイムが鳴った。
談笑に花を咲かせていた2人は互いに顔を見合せ、そして頷いてから玄関へ向かう。
「碧ちゃん、かなりイメージが変わってるから蓮は気づかないかもしれないんね」
「うん。
でもこの姿も気にってもらえればいいんだけど・・・」
楓は冗談交じりに言うが、癖はあまり気が抜けなかった。何故なら蓮がボクを気に入ってくれている要素に、この珍しい髪もあると認識しているからだ。
もしそれを失えば蓮が興味を失う可能性があると碧は思っている。
「ふふ、大丈夫よ。どんな碧ちゃんも十分可愛いから」
楓は碧の頭を撫でた。
その言葉と撫でられることにより少しは憂いも和らぎ落ち着いた。楓は長年幼馴染をやっているだけ蓮の好みを把握しているからだ。楓が言うならと、碧は信じることにした。
こうして話しながら移動していれば玄関はすぐに着き、ドアノブに手をかけて開く。
「れん?
おまたせ、ーーぇ?」
「おお、あいちゃ・・・ん?」
やはり相手は蓮であった。
しかし、そこには碧の普段知る蓮とは違う姿に目を疑ってしまった。だがそれはあちらも同じようで、碧の顔を見るなり目を見開き瞠目する。
「えーっと、間違いじゃ無ければ・・・あいちゃんってことでいいんだよな?」
「あ、うん・・・。そうだけど、そっちもれんだよね?どうしたの、その髪」
「ああこれか?まーイメチェン?的な」
碧の目線の先、そこには蓮の髪があり、蓮もまた見慣れないようでその金の髪を弄った。
そう、一昨日見た姿はそこにはなく、蓮の髪はまっ金々に染まっていたのだ。
イ、イメチェンって・・・。
そんな簡単に金色に髪を変えるなんて凄すぎる。
碧はポカンと口を開けて見つめていた。
しかし、それでも似合ってしまう位には元がいい為直ぐに慣れるとは思うけど。でも驚きは驚きである。
蓮はずっと見続けられることに居心地悪さを感じ、話題を変えた。
「そんな事より、あいちゃんも髪、染めたのか?いつもの色もいいけど、その髪もめちゃくちゃ似合ってるぞ!」
蓮は少し興奮気味に褒めてくれた。その様子に社交辞令のようなものは感じず、嬉しさとよく分からない気持ちとで顔が熱くなり目を逸らす。
「ち、違うよ。
これはウイッグって言ってね、楓が目立たない様に付けてくれたんだ。だからこの下に髪は縛ってるんだ」
今の髪を崩したくない為、実際には見せられないがそう説明した。蓮は「なるほどなー」と感心したようで碧の周りをグルリと回った。
「いい出来でしょ?これさえあれば碧ちゃんは多少の視線は大丈夫よ」
「おおっ、凄いぞあいちゃん!」
楓が自慢げに語る。しかし蓮が褒めたのは碧の方で「はは」っと苦笑いする。
「でもだからと言って油断は禁物よ。
こういうのって蒸れやすいから、普段より熱中症には気をつけないとだし、まさか2度目のお出かけが蓮が毎年言ってるコミケって言うのかしら?それって多くの人が来るみたいだし無理は禁物ね」
「お、おお。分かった」
蓮は楓の忠告にコクコクと頷いた。
「碧ちゃんも。
無理はだめよ。もし気分が悪くなったら直ぐに蓮に言うのよ?」
「うん、わかった」
碧も我が身の事なので応諾する。
「分かったならいいわ。
それじゃあ蓮も来たことだしもう時間ないんでしょ?2人とも、行ってらっしゃいね」
楓は真剣な顔から直ぐに崩して優しい表情になる。そして手を小さく振って見送りをしてくれるみたいだ。
「行ってくる。
楓もあいちゃんの為に朝早くから悪かったな。何がお土産でも買ってくるぞ」
「ボ、ボクも買ってきますっ」
蓮がお礼をし、さらにお土産の話をし始めたので碧も後に続いた。向こうにいいものがあれば絶対に買ってこよう。楓にはお世話になりっぱなしだし。
「いやいいわよ。
コミケって、蓮の部屋にあるようなやつが売ってるとこでしょ?なら要らないわ」
「そ、そうか・・・。まぁそうだよな、分かった。でもいつかお礼するは」
「期待しないで待ってるわ」
断られたことは蓮も納得しており、親切を仇で返されたとは思っていないようだった。ただ碧だけは内情を未だに理解していない為、ハラハラしてそのやり取りを見ていた。そしてこれが長年の関係がなせる技なのかと勝手に勘違いした。
「じゃ、本当に俺らはいくから、じゃあな」
「無事に帰ってきてね」
碧は深々とお辞儀をして応える。
そして、とうとう別れの挨拶を済ませた碧達は戦場へと足を向けるのであった。
☆
時刻は6時45分と言ったところだ。
家を出て、最寄りの駅まで手を繋ぎながら碧と蓮は進む。夏でも朝のうちは涼しく心地よい空気に包まれ、外にいる恐怖すら忘れる心地良さを齎していた。
だがそれは駅に着くまでの話である。
駅周辺になってくると周りの人の姿が所々見られるようになってくる。
その人たちは皆大きなバッグやリュックを持ち何処か真剣な顔をしている。
駅に人がいることは珍しくないのだが、世間では休みに当たる今日、そしてこの時間からしては些か多い気がした。
碧はその機微に敏感に気が付くと、早速動揺が見え始めた。明らかに挙動不審となり、しまいには殆どを下を向いて歩く様になったのだ。
そしてホームに行けば更にそれは顕著に現れる。他のホームは人が数える程しかいないのに碧達がいるホームにはもう既に列をなしていたのだ。
それも乗降出来る位置全てにである。
なにこれ・・・。
これは異常としか言えない光景であった。
何処を見ても人人人。碧はこのホームの惨状をみて、思わず足がすくんだ。
しかし行くと決めたからには頑張らないと、ここでリタイアしては蓮にも、朝早く来てくれた楓にも申し訳がたたない。
ゴクリと唾を飲み込み、碧と蓮は足を踏み出した。
大丈夫。
皆スマホを片手に下を向いている。色々な人とすれ違うが、ボク達のことを気にしている人なんて誰も・・・。
そう思っていたが、そのような楽観的思考は幻想だと思い知る。
視線には人一倍察知能力を有する碧が、ホームに入った時から視線を感じ始めたのだ。それも一つや二つでは無い。
それには碧も蛇に睨まれたカエルのような心境となる。パニックになりかける寸前特有の、音が遠のき聴覚を失ったかのような錯覚に陥る。
しかしその中で、自身の心臓だけがドクドクと大きく鼓動するのを感じた。だがここで楓の言葉を思い出した。
多くの視線を浴びるということは、それは碧が可愛いから仕方がないことだと。
碧自身は全く持って同意しかねるが、それでも視線の種類を見極めろと言うことなのだろう。そして碧に対して敵意や害意を持つものはいないから、1度落ち着き周りを見れば大丈夫とも言っていた。
碧はここで一つ深呼吸をした。
そうして呼吸を整えれば幾らか心臓の音もなりを潜めた気がした。心臓の鼓動は無意識に碧を焦らせていたので、それだけでもかなり落ち着くことが出来たのだ。
大丈夫。大丈夫。
そう暗示を言い聞かせると、碧は恐る恐る顔を上げ始めた。そうして周りが見えてくると、ここで初めてボクたちは今足を止めていることに気がつく。
「ーーちゃん、あいちゃんっ。大丈夫そうか?」
「・・・はへ?」
そして、蓮に名前を呼ばれていた事も。
まるで夢でも見ていたかのように、現実に帰ってきたボクの耳に音が戻った。
「あぁ、良かった。
でも急に足を止めたけど、どうしたんだ?やっぱりキツいか?」
未だに寝ぼけた様な反応の碧に蓮は必死に呼びかけていた。どうやらかなり心配をかけてしまっていたらしい。
「だ、大丈夫・・・だけど、」
碧は生半可に蓮に答えながら、小さくではあるが周りを見渡した。
すると、やはり視線がいくつかある事に気がついた。しかしこれは・・・。
更に碧は視線の意味と一緒に別の事にも気がついた。
確かに視線は感じるけど、これは・・・ボクと言うより別の誰かを見てる?
確かに視線の半分は自身に向かっている。しかしそれは楓と一緒に出かけた時に見極められるようになった、害意とは別種の視線であった。
それは分かった。では碧に向いていない、もう半分の視線は何なのか、それを探ればすぐに察することができた。
それは蓮である。
蓮は顔がいい。
まぁ碧のフィルター越しの評価であるのは確かだが、それは確かであろう。しかしそれだけでは目立つ要素にはならない。なるとしたら、その金色の頭であろう。
碧の推理はあながち間違いでもなく、辺りを見渡せば周りは髪を染めている人は全くと言っていいほど見当たらなかった。
街中では視界に1人ぐらいは入るだろう確率でいるのに、辺りを探してもいないとなればかなり低いと言って過言では無い。
だがその中に蓮の金色の髪がある。ハッキリ言って目立っていた。悪目立ちに近い。
そこに皆視線が吸われているのだろう。
な、なんだ。みんなれんを見ていたのか。
何だか、その事実に気がつくと自意識過剰になっていた様で妙に小っ恥ずかしかった。
そういう事もあって、恥ずかしさを誤魔化すように蓮に「大丈夫、いこっ」と逆に手を引っ張って足を動かし始めた。
蓮はその行動に置いてけぼりになるが、まぁ碧が言うならそうなのだろうと胸を撫で下ろし、碧の歩調へ合わせた。
碧は未だに視線には恐怖を持って入るが、今は視線に気にする事はなく、顔を上げて周りを気にするくらいには余裕が生まれていた。
そうするとやはり蓮への視線がチラホラとあり、その視線を追うように蓮の顔をチラリと見る。するとそこには何も気にしない、涼しい顔をした蓮がいる。
それが頼りになるような、鈍さに呆れるような。でもやっぱりかっこいいし、頼もしいなんて思いながら手を繋いで行く。
やっぱり蓮は凄い。それに手も大きいし、同い年とは思えない。力ずよく逞しくて安心する。
碧は蓮の手に心地良さや嬉しいといった感情が溢れ、思わず「れん・・・」と声を出してしまった。果たしてそのあとに続く言葉は何だったのか。もしかしたらかっこいいとか、そんな言葉だったのかもしれない。しかし無意識だった為に言葉が出てこなかった。
そうすると蓮は呼ばれたこともあって、碧の顔を見下ろした。
「あいちゃん?」
「あっ、ううん。なんでもないっ、ただ呼んでみただけ」
呼びかけるつもりはなかった。ただ嬉しくなってしてしまったとは言えず、誤魔化すように蓮の腕を握るどころか抱き込むように身を寄せた。こういうのは勢いで流した方がいいとでも思っただろう。
しかし先程のよく分からない行動も相まって、蓮はついていけず困惑する。
「ど、どういうことなんだ・・・」
と蓮はどうしたものかなんて視線を天井へ移すが、第三者が見れば満更でも無さそうに照れているだけだった。
その時である。
「「「「ちっ」」」」
どこからか、不特定多数による舌打ちが聞こえた気がした。しかしここは多くの人が行き交う駅の為、直ぐにあたりの喧騒に紛れて消える。
その為碧は1度周りを見渡し気のせいかと判断したが、蓮だけはその舌打ちの矛先を十分りに理解していた。
勿論ヘイトは碧ではなく、蓮へと向いている。腕を抱く前から注目を集めていた美男美女のカップルが、こうして目の前でイチャつき始めれば誰だってイラつきもするだろう。
それもここはそういう事に縁の薄い人達の集まるアウェイな環境。蓮には心当たりがありすぎた。
碧から甘えられているこの状況に嬉しくはあるが、それでいて針のむしろでもあり顔が引き攣る。そんな幸せと地獄を混ぜ合わせたような環境の中、列へ並んだ蓮達は電車を待つのであった。




