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楓との距離感

 コミケと言うものを知りちょっぴり心が折れかけた碧ではあるが、行くと決めたからには準備が必要になっていた。そしてその一環として碧は楓に連絡する事にした。

 内容は以前行った変装をまたしてくれないかという内容である。


 そう。

 幾ら蓮といる為とはいえ、未だに外には大きな恐怖心を抱いている碧は無策でこんな選択をした訳では無い。以前外に出た時を参考にし、変装を行った上で行こうと思っていたのだ。

 そして変装道具を楓が持っているため、それをどうにか借りられないかという相談である。

 すると楓は自分のことかのように喜び了承してくれた。更には貸すだけでは無く、やり方が分からないであろうボクのために当日に来てセットしてくれるというのだ。


 感謝してもしきれない。

 振り返ってみれば、ボクの心象が悪くなる事を覚悟で敵となり外に連れ出してくれた。

 あの時の経験がなければ今回のような決断は絶対にできなかったと思う。

 今回のメールは要件だけですぐ終わってしまったが、明日来てくれた時に改めてお礼をしよう。


 楓のことを思い心が温かくなるのを感じながら、碧はそれ以外の準備をする事にした。

 しかし碧には何を持って行けばいいか分からないため、そこら辺は蓮がリストを作ってくれていたりする。


 まずお金。

 その次に水と凍らした水。日除けや団扇と言った暑さ対策の類。

 それと防犯ブザー・・・防犯ブザー?


 そんなもの一体何に使うのだろうか?

 でも蓮が言っているのだから必要なものなのだろう。

 だけど防犯ブザーなんて持っていないので蓮に相談してみると実はもうボクの分を買ってくれたらしい。

 ボクはメッセージでお返しは必ずするとお礼を言い、次のリストを見ることにする。


 ・・・うん、あとは何とかなりそうなものだけだ。


 それをリュックの中に詰め込んでいく。

 そして完了し、コミケ前日の準備は直ぐに終わった。


 あとは明日に備えるだけだ。でもそれはそれでこれでいいのかと心配してきてしまう。

 本当は蓮と電話なんかして話しながら明日の日程を聞ければよかったのだけど、今日は予想以上に忙しい見たいで中々連絡が付かないのだ。

 多分ボクがいきなり一緒に行くなんて言ったのも原因なんだろうな。


 本当に多方面に感謝しか感じない碧は、当日はなるべく迷惑をかけない様に下調べを行うのであった。


 ☆


 そんなこんなで、時は進みあっという間にコミケ当日となった。

 ただ今の時刻は朝の6時。

 夏真っ只中とは言え少し肌寒い早朝に、碧の部屋に訪問者が訪れる。


「久々ね、碧ちゃん。お邪魔するわ」


 来てくれる事は分かっていたのですぐに部屋に上がってもらう。


「楓さん、朝早くにごめんなさい」


「ううん、そんなこと気にしなくてもいいわよ。それに今日は碧ちゃんにとっての晴れの日なんだから、私も協力するわ」


「晴れの日?」


「ええ、そうでしょ?

 なんて言ったって初めての外でのデートなんだから」


「えっ、デ、デート?」


 碧はまさかの言葉に戸惑ってしまう。

 デートはどうしても異性と出かけるものという認識が・・・いや、一応ボクも今は異性になるのか。

 でもそんな、例えそう見えていたとしてもボクとなんて恐れ多い。


「これはデートとかじゃないよ?

 ボクなんて、れんと全然釣り合ってないし」


「そんな事ないわよ。

 それに人と釣り合ってるとか釣り合ってないとか、そんな貴賎なんて無いから気にしなくていいのに」


「ううん。

 それは・・・ないかも」


 何せボク自身が重大な欠陥を抱えている。大好きな人までを欺き、契約なんてもので縛るボクが卑しくないわけが無い。

 けれど説明は出来ない。

 大きく影を落とす碧に楓は触れてはいけないものだと察した。本当はどんな理由が有れどそんな間違った認識を正したい所だが、今は時間が無いので何も言わなかった。


 だがしかし、今日蓮は間違いなくデートのつもりで来るだろう。楓は今回の事で碧の成長を喜んだが、未だに両者には大きな溝があるのだと知る。

 でもこれはすぐに解決しそうなものでもない。両者が互いに想いあっているからこそ、その陰に隠れているのがタチが悪い。蓮も生殺しになるだろうが焦らず蟠りを無くせて行ければいいのだが。


 これは前途多難そうだと、影ながら蓮へとエールを送った。


「もぅ、そんな悲しい顔してたらせっかく美少女が台無しになるわよ」


 楓が碧の頬を挟み込み、ムニムニと捏ね繰り回す。これには思い詰めた顔をしていた碧も強制的に表情が変わる。


「あうっ、かへれさんっ。なんれすかっ」


 碧は抵抗し楓の手を払いのけた。

 そして解放されてもムズムズする頬をさすりながら、恨みが増しい顔で抗議する。


「ふふ、少しは元気出るかなって。

 もうしないから安心して。それにあまり時間も無いし、すぐに準備に取り掛かりましょ」


 楓さんがこんな事するから時間が無いんじゃ・・・。


 碧はそう言いたいのをグッと我慢し、不承不承に楓の指定する椅子に座った。

 そしてその椅子の正面に姿鏡を置き、まるで美容院に来たかの様に楓が後ろで髪を弄る。

 最初は髪に櫛を通して整えるようだ。


「やっぱり碧ちゃんの髪は綺麗よね」


 楓は念入りに櫛を通しながら言う。

 でもボクは髪のケアなんてした事も無いし、多分環境は良くないと思うんだけどどうなんだろう。チラリと楓の髪を見るが、そちらの方こそ日本人形のように長く整った髪である。ボクよりも楓の方が綺麗に見えるけど。


 ボクはそれを指摘しようと思ったが、思いのほか朝早くに起きた影響で瞼が重くなり始めた。それに髪を梳かれるとどうも心地よく感じてしまう。

 正直話のことより睡魔との戦いに集中していた。


 朝早いのは楓も同じはずなのに、楓はテキパキと前より早いペースでセットを行っていた。

 梳き終わった髪をくるりと巻きネットを頭に被せた。ネットが肌色ということもあり、坊主になったように見えて少し面白い。


 思わず眠気も飛びクスリと笑う。


 でもそれが見れるのも一瞬で終わり、直ぐに楓はダークブラウンのウイッグをかぶせた。そして位置を決め馴染ませたら完成する。


「うん、上出来ね。

 前より早くなった気がするわ」


「おぉー」


 碧はさっきのこともあって目は覚めており、完成の報告にパチパチ手を叩く。

 そして試しに右や左に振り向いてズレないことを確認する。


 うん、殆ど違和感がない。

 ただ違和感はつけた時の蒸れなどが気になるくらいで、見た目は本当に髪を染めたようにしか見えない。


「楓さん、凄い!

 これなら大丈夫そう」


 ボクは楓を褒めちぎる。

 何もこれは太鼓持ちをしている訳では無い。本当にすごいと思っているからだ。


「このくらいなんてことは無いわ。朝飯前よ!」


 楓も得意げに胸を張り鼻を高くする。

 クールビューティな楓がおちゃめにノッてる姿にギャップを感じ可愛らしかった。

 それを優しく見守っていた碧だったが、「そう言えば」と、お礼を言わなければいけなかった事を思い出す。お礼と言うのは今回のこともだが、本題はボクを外に出す練習をしてくれた事にだ。

 最初そんな提案をされた時は悪魔のようにしか見えなかったが、今だからこそあの日の出来事が大切なものだったと理解出来る。


「楓さん」


「どうしたの?」


 未だに腰に手を当て胸を張っていた楓が碧の呼び掛けに反応する。

 ボクは座り方を90度回し、楓の姿が見える様に座り直す。そして楓の目を見つめて言った。


「ありがとね」


 言葉で飾らない、純粋な感謝。

 碧はどうしても言いたかったこの言葉を伝えた。


 自ら嫌われてまでその人のことを想う、そんな行動は到底ボクにはできない事であった。例え相手が蓮だとしても、蓮に嫌われる選択は出来ず全てを肯定してしまう自信があった。

 更にあの時はまだボクたちは出会ったばかりで、それなのにこうして手を引いてくれる人はそうそういないだろう。


「ボクが外に行く勇気が出たのも、全部楓さんが側にいてくれたからなんだって知ってるよ」


 普段のやり取りでも、蓮と楓とで叱る役と慰める役を考えていてくれる事。その時楓が損は役回りをしてくれていることを知っている。


「楓さんのお陰で、みんなの隣に居られるかもしれない」


 まだ何も成し遂げては無いけど、早いがそれでも楓には伝えておきたい。覚悟を口に出す為にも。今までの返しきれない恩を返す為にも。


「今までありがとね。

 楓が怒る時はいつもボクのことを想ってのことだって分かってるから。

 だからね。ボクも楓さんのこと、好きだよ」


「〜〜〜〜〜〜っっ」


 楓は口元を押え、目に涙が滲んだ。


 正直、碧には嫌われてもおかしくない事をしてきた自覚はあった。自覚した上で行動していたのだから、知らない訳がなかった。しかしこれは蓮では出来ない事だから仕方がないと、諦めていたのだ。


 碧にとって、蓮は心の拠り所にならなければならなかった。どんな理不尽な事があっても、全てを受け止めてくれる母のような役割を蓮が担い、高潔さと、外の世界の不条理を教える父のような役割を楓がに担ってきた。

 しかしその役回りはどうしても高校生が担うには負担が大きく、本当はどれだけ碧の心に寄り添い仲良くできたらいいかと考えた事は多い。

 本当は楽しいことだけをして遊び、お姉ちゃんと慕われるような関係になりたかった。

 だが今更どうしようもなく、蓮と碧が仲睦まじくするのを一線引いて見守る事しか出来ないと思っていた。


 だからこそ、ここでの碧の言葉は楓の心を大きく揺さぶったのだ。

 怒っていない所か、「好き」とまで言ってくれた。


 楓は全てが報われたようにも感じ、安心した影響か涙が目に溜まり碧を捉えていたはずの視界はぼやけていった。


「碧ちゃん!」


「んっ、」


 ふんわりとした甘い香りが鼻腔を擽ったと思ったら、碧の体が大きく揺れた。

 何が起きたのかと目をシパシパしていたが、目の前に楓がいて体を包まれている状況から抱きしめられたのだと理解した。


「私もよっ。

 私も、蓮に負けないぐい碧ちゃんのことと好きなんだから!」


 か、楓さんっ。


 抱く力が強くなるのを肌で感じた。けれどその強さが想いの表れだと思うと心地良さする感じる。


「本当はこんな厳しいことばかり言いたくない。もっと仲良くして、『お姉ちゃん』だなんて言われてーー」


 え・・・?


「あと、一緒にお風呂に入ったり、添い寝してあげたり、寝る前なんかは本の読み聞かせなんてしてあげたいんだから」


 か、楓・・・さん?


 碧は楓の言葉に疑問を呈するが、どうも勢いでツッコミどころを失った。それに楓も訂正しないところを見るに、本気で思っているのだろう。

 結局、最後まで気迫に負けた碧はぎこち無い表情を作るだけに留まった。


「だけど、碧ちゃんと同じ歩調で隣を歩くのは蓮がいるから、私はこれからも強く手を引く事があると思う」


 楓は一転して悲しげな顔をする。


「でも、私も本当は碧ちゃんのことが好きだから。だから碧ちゃんには私のことを『さん』付けじゃなくてただの楓って言ってほしいな」


「呼び捨てってこと?」


「そうよ。

 前から蓮の事ばかり呼び捨てで言うから、いいなって思っていたのよ。やっぱり碧ちゃん中ですごく仲良くなれば呼び捨てになるのかなって」


 それは・・・多分そんな深い意味は無い。けれどそれがいいと言うならば、断る理由もないので引き受ける。


「うん。

 えっと、楓。これで大丈夫?」


 名前の呼び方にこだわりは無かったけれど、改めて言われた後だとぎこちなさが残る。しかしそれも回数を重ねれば問題ないだろう。

 楓もそれで問題無いみたいで、うんうんと頷いてくれた。


「それでいいわ。

 じゃあ、改めてこれからもよろしくね、碧ちゃん」


 少し変化したボクたちの関係がここから始まる節目。

 ボクも楓に続き、ぺこりと頭を下げて「よろしくお願いします」と返すのであった。

因みに碧は認識していませんが呼ぶ時の違いとして

「れん」など平仮名呼びする相手は甘えている時。

「楓」など呼び捨てにする時はかなり気を許している時。

と言った違いがあったり。

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