分岐路
碧が落ち着きを取り戻したのはあれから10分が経過したあとであった。
ひたすら泣き続けたことで涙も流し終わったのか、今度は180度異なる表情で笑みを見せる。
「れん、ありがとう。
こんな凄い贈り物に戸惑っちゃって、困らせちゃったよね」
「いや、それだけ喜んでくれたって事だろ?それなら送った冥利に尽きるさ」
「うん。たぶん、今が人生で1番嬉しいかも」
碧はニコッと笑いながら言った。蓮はそれを冗談では無く、本当にそんなのでは無いかと思ってしまった。
「勿体ないけど、早速付けて見ようと思うんだけど・・・これってどうやって付ければまいいのかな?こう言うの初めてで、よく分からなくて」
「俺がつけようか?ちょっと貸してみてくれ」
蓮はそうは言ったがネックレスの知識など無く、紳士ぶってネックレスを付けるのに名乗り出た。
こう言うの憧れてたんだよな。
蓮は簡単であってくれと祈りながら碧の背中へ回る。碧は自分でも出来ることをやろうと、髪の毛を肩より前に回してうなじを見せる。
そうすることで、産毛すら生えていない白い素肌が蓮へ晒された。
蓮はそれを見てゴクリと唾を飲み込む。
局部と言う訳では無いのに、なぜ男は女性のうなじに魅せられるのだろうか。
蓮は碧の目がないこといい事に、血走った目で見てしまうが頭を振って気を保たせる。今はネックレスに集中しなければ。
蓮はネックレスの両端、丸い輪と太さが変化した棒を見て唸る。見たこともない形だ。フックなどであれば簡単だったのだが。
しかしいざ挑戦してみればま何とかなるもので、最初こそ苦戦したものの要領が分かれば直ぐに固定することができた。
ふぅ。
疲れたがそんな事はおくびにも出さず、余裕ぶった声音で終わっまた事を伝えた。
「あいちゃん、終わったぞ」
「ほんと?」
碧は髪の毛と屈んでいた身を元に戻した。そして視線を下げると、蓮から貰ったネックレスが光を浴びて輝いていた。
綺麗だ。いつ見ても美しい。
果たしてこれは幾らするのか気になったが、こう言うのは聞くと困らせると分かっていた。
お礼となるかは分からないが、今は心の底から喜ぶ事がいいことに繋がると思い、満面の笑みで蓮に感謝する。
「れん、ありがとね♪」
これで何度目だろう。でも何度言っても言い足りないので、嬉しいと思った度に言ってしまう。
それに対して蓮も、何度言われてもいいようでその度に「こちらこそ」と言って頭を撫でてくれた。
もう幸せすぎて、怖くなってくる。
こんなに幸せすぎていいのだろうか。今こうして蓮と話している時も、つい思い返しては笑みが零れてしまわないように気をつけて話す。
そして、話すことはお土産から変わって碧のことへと移り変わった。
主にお買い物の件である。
お土産のインパクトで忘れそうになるが、数日前にも碧の人生で大きなイベントがあったのだ。
その時の事を面白おかしく話していく。
買い物したこと。果歩や和葉という新しい友達がまで来たこと。蓮へ見せる服がいっぱいある事。
本当はサプライズで、邂逅1番で見せようと思っていたけど、こうなってしまっては仕方がない。今更着替えてくるという話もなく、次回へのお楽しみということとなった。
そして話は更に移り世間話などを経て、最後は蓮の今後の予定へと変わっていった。だが移り変わったと言っても、それは唐突に何の気なしに放たれたものではあったが。
「あぁ、そう言えば俺明後日東京に行くんだよね」
「・・・・・・へ?」
その言葉に、碧はピクリと固まった。
何せつい最近蓮の旅行で離れ離れとなり、寂しい思いをしたばかりであったからだ。そなのにまた旅行に行こうとする蓮に、碧の警戒度はMAXへと引き上げられた。
「そ、それって旅行に?もしかして・・・お泊まり、とか?」
碧は恐る恐る聞く。
しかし蓮は首を横に振った。
「いいや、違うな。
泊まりでもないし、旅行でもない。強いて言うなら、ーーーーー戦場・・・かな?」
キリッとキメる蓮に、碧はポカンという顔をする。果たして戦場とは?
碧が知らない間に東京は戦火に包まれたのではないかと首を捻っていると、冗談が伝わっていないことに焦った蓮がネタばらしを行った。
「はは、違う違う。
戦場ってのはよく言う通称で言われてるだけで、本当はコミケだよ。聞いた事あるだろ?コミックマーケット」
「は、はぁ」
どっちともつかない答えをするが、内心『こみけ』とは何なのだろうと疑問に思っていた。
何せ碧はコミケという言葉も初めて知ったのだ。ピンと来るはずもなかった。
しかし碧にとって、その『こみけ』とやらで蓮と会えなくなってしまう方が余程関心があった。
「俺はこの日のためにバイトをしてきたわけだし、頑張って来たんだ。だから明後日が楽しみなんだよな」
「そっか・・・」
一方、蓮は碧とは真逆にその日を大いに楽しみにしているようだ。碧もそんな楽しみを、沖縄旅行のように心配させたらダメだと思い、落ち込んだ様子を見せないようにした。
だが対人術に疎い碧の嘘など実に分かりやすかった。蓮は碧の顔が曇ったのに気づき、今後の予定をもってフォローを入れる。しかしその予定の内容もあまり芳しいものでは無いのだが、嫌なことは纏めて伝えてしまう事にした。
「ごめんな。ちょっとまた会えない日が続くけど、それが終わればまた毎日来れるようになるから」
「・・・うん、わかっ、た?
あれ、会えない日が続く?」
「ああ。明日は旅行の荷物の片付けとバイトもあるし、それにコミケの準備もあるから長居はできそうにないんだ。
それにコミケの次の日は登校日になってるから、それが終わったらだな」
「ーーーっ」
そ、それって明日と明後日と明明後日・・・み、3日もっ。
さっきまで幸せの夢心地だったのに、急転直下で気分が沈んで行った。
その後また会えると言うが、それでも辛いものは辛い。
碧は無意識的に蓮を求め手を伸ばしかけるが、最後まで伸ばすことは無かった。
何故なら碧だって毎日会えるわけが無いこと理解しているからだ。蓮にだって夏休みの予定はある。それに夏休みが終われば学校に通い、毎日所か一週間間隔になる事も・・・。
「・・・・・・」
嫌だ。
分かっているつもりだったけど、その未来を想像して暗然とする。
そんな思いをするぐらいならば、死んだ方がマシだ。現に蓮と会う前では何度も死のうと思っていたのだから。こんな体になるイレギュラーさえ無ければ、いつ死んでいたかも分からない。
碧は詰んでいる自身の将来を何とか出来ないか思考を巡らせる。そして一番安直で楽な解決策が目の前にぶら下がっており、一瞬でもそれに縋ろうとした自身が嫌になった。
何故ならば、碧はここでも『契約』を使おうとしたからだ。
どんな対価を払おうが、蓮を一生ここに縛りつける契約を。それこそこれから先の、碧の全てを捧げてでも。
でもそんな事言ったら絶対に嫌われる。これ以上蓮を困らせてどうするというのだ。
だから、これ以上蓮の負担は増やせない。
ならばどうすればいいか?実は、答えはとっくに出ていた。ただその選択肢を選ばなかっただけで、最初からその答えを持っている。
そして、碧は今大きな分岐路に立っているのだと薄々察していた。
今のこの幸せは、蓮の善意と多大なる負担で成り立っている。そんな薄氷の上で一時の幸福で満足するのか、蓮から伸ばしてくれている手を、自らも立ち上がり掴み返さなければならないのかと。
何も突然この選択肢が出てきた訳では無い。
周りからはお膳立てをされていたのだ。あの時はまともにその善意を受け取れなかったが、今なら分かる。
来るべき日のために、選択肢を与えてくれていたのだ。
これだけ皆は手を差し伸べてくれていたのだ。
ここまでされて、その手を取らない訳にはいかない。
碧は一度止めた手を、再度動かし蓮の手を握った。今度は縋るように伸ばしたのではなく、蓮の差し出してくれた手を握り返す様に。
碧の雰囲気が変わった。
不安気な顔ながら、その奥には強い芯のようなものが垣間見えた。
「ねえ、れん。
お願いがあるんだけど、いい?」
「どうしたんだ?あいちゃん」
もう、口に出し始めたことで覚悟は決まっていた。蓮もそれに真摯に向き合い、碧の言葉を促した。
「あのね。出来ればでいいんだけど、ボクも・・・その、れんの行く『こみけ』ってやつに連れてってほしい」
「ーーーーーーーは?」
蓮はまさかの言葉に耳を疑った。
何故なら外に出ることを避ける碧の口から、外に・・・それも数万人と人の集まる地へ行こうと言っているのだ。
「マ、マジで言ってるのか?あいちゃん」
「うん、ボクも連れてってほしい。でもボクが行くと迷惑になるのも知ってるから、だからもしれんがいいって言うならなんだけど」
「いや、俺は別に構わないし、寧ろあいちゃんと一緒にいれるなら絶対楽しいと思うけど・・・でも大丈夫、なのか?」
何がとは言わずとも、それが碧のメンタル面を気にしている事は分かる。
正直に言えば、大丈夫な訳が無い。しかしここで逃げたらダメな気がした。今日の決意を逃したら、もうこんな決断は出来ないと感じていた。
だから大丈夫とかではなく、無理してでも行くのだ。
「うん。もう決めたから。
いつか、れんの隣を歩きたいって、ずっと思ってた。だから行かせて」
「そう・・・か。
それなら分かった。まだ俺も予定も何も組んでなかったから大丈夫だ。でも絶対に無理はしなくていいからな?もし嫌になったら当日にドタキャンしてもいいし、行く途中で嫌になったら引き返してもいいからな?」
それは流石に・・・。
でもどれだけ想われているかは理解した。そしてそれは絶対に裏切ってはならないものだとも。
「ありがとうね、れん。
でもそれはしないから安心して」
「うーん、まぁ分かった。
じゃあ今日は居れる時間は少ないけど、その間にコミケの予定を決めていこう」
「うんっ、わかった」
碧は大きく頷き、元気よく答えた。
ボクは未だに何もなしとげられてはいない。
しかし、今日で止まっていた歯車が、音を立てて回り始めていた。
長く放置していたために錆び、さらには周りとは比べられない位にゆっくりとではあるが。
それでも進み始めたのを感じた。
こうして碧の止まって居た時計が動き始めたのだが、碧はここに来て根本的な質問をした。
「あ、そうだ。
れん、そう言えばなんだけど、『こみけ』って結局なんなの?」
「えっ!?!!」
「っ、」
ボクが見てきた中で、過去一驚いた反応をした蓮にこちらが逆にビックリした。ただ今から行くであろう『こみけ』の予習をしようと思っただけなのに。
因みにボクの予想では、名前の響き的に少し可愛い系の何かだと思っている。
「え、えーっとぉ。念の為に聞くけど冗談とかじゃないよな?」
「う、うん。
もしかして結構有名なやつなの?」
「まあそこそこ有名だな。世界でも知られてるくらいだし」
そして蓮は「少し待ってろよ」と言いスマホで何かを検索し始めた。そして少ししてボクに見せてきたのは人でごったがえした長蛇の列と人混みであった。
うわぁ〜、すご。
だけどなんだろう、これ。
正直それを見た感想は眉を寄せるようなものであった。何故なら碧は人混みが大の苦手である。蓮の手前必死に平静を保ったが、これを見せられて何なのだろう。
碧は蓮の顔を伺った。しかし蓮は碧の感想とはまるで逆の、誇らしそうに語る。
「これはコミケっていう集まりのほんの1部の写真だ。世界からもオタクが集まるオタクの為の祭典だな」
「え゛。
この人達・・・みんなオタクなの?」
碧は相変わらず、オタクに対して妙に古い認識を持っていた様でそんな反応をしてしまった。しかし蓮が好きな物なのだと、受け入れねばと首を振って認識を改める。
「ああそうだぞ。
オタクって言ってもアニメやゲーム。もっとニッチなものに至るまで全てのオタクが集まりオタク愛をぶつける祭りだ。俺もアニオタの1人としては参加しなきゃいけない使命があるんだ」
「へ、へぇ〜」
碧は頬をヒクヒクさせた。
未だに蓮以外のオタクへの目は厳しい碧にとって、そこは敬遠したい地である。何も始まってすらないのに崩れかけそうになったのは秘密であった。




