再開
〜蓮 side〜
とうとう家に帰ってくる時が来た。
行く時は後ろ髪を引かれるように出発したものだが、いざ行ってみれば名残惜しさを残すばかりである。
飛行場へ向かう車の中で、思い出を振り返るように沖縄で撮った写真を見返していた。家族の写真や、素人なりに綺麗に撮ってみた風景のもの。帰ったら友達に見せてやろう。
お土産と土産話は旅行の終わったあとの楽しみである。
帰ったらどうしようか。
まぁ、まず最初にすることは決まっているが。勿論1番は碧の家に行くつもりであった。
未だに返信の返ってこないので不安があるため、すぐにでも行きたいのだ。
蓮は見てくれるか分からないが、それでも見てくれた時の為に帰ることを伝える。そして帰ったら直ぐに逢いに行くととも。
そんなメッセージを推敲して送っていると、車はあっという間に空港へ着いていた。
そうして、蓮は沖縄を後にするのであった。
☆
ピンポーン
まるで外界とは時が切り離され、時が止まったままの碧の部屋にチャイムの音が響いた。
あれからずっと必要最低限にしか体を動かさず、眠り姫が如く横になったままの碧が目を覚ます。そして寝起きの頭で今の現状を必死に理解しようとしていた。
「・・・・・・・・・・・・れん?」
碧は目をパチパチさせて、頭の中で導き出された答えを口に出した。あれから何日立ったんだっけ。覚えてはいないけど、太陽は既に2回ぐらい登っていた気がする。
ならば既に蓮が帰ってきており、こうして前みたいに会いに来てくれたのだろうか?それ以外に碧の部屋のチャイムを鳴らす人はおらず、推察が最早頭の中で確定事項として決めつけられた。
れんか、来てくれた?
早く行かなくちゃ。
「っ、あぅ!?」
急に動きだしたのと、最近全く体を動かしてないのとで頭の中の動きと体の動きが噛み合わず転びそうになった。しかしそれでもお構い無しに、壁伝いにヨチヨチ歩きながら、碧は玄関へ急ぐ。
この数日間、蓮へ言いたいことは沢山あった。
最初こそなんでこんな大切な事を教えてくれずに行っちゃったんだって思ったけど、最後は会いたくて会いたくてたまらなかった。もう勝手に行ってしまったことなんてどうでもいい。ずっと、ボクの隣にいて欲しい。
この扉の向こうにいるであろう蓮。会えたら先ず抱きついて、絶対にもう離したくない。
「れんっ、れん!」
はやく!
ここで急いだって蓮は逃げたりしないだろう。しかし一分一秒でもはやく抱きつきたい碧は、みっともなくとも這いずるように死ぬ気で急ぐ。
そして扉までたどり着くとドアを開け放つ。
「れーーーーーーーーっ!?」
「忙しいところすみませーん、インターネットの回線でお困りではございませんかー?」
「ーーっっ」
ち、違った!?
勢い身体半分までを出してしまっていたので、焦りと困惑により固まってしまう。そして一瞬の硬直の後、そろりそろりと扉の後ろに体を下げつつお客さんの相手をする
しかし営業できた住人がまさかこんな少女が飛び出てくるとも思わず、営業者はタジタジとなる。
「え、あっ、はい!
えーと、お嬢さん。ご両親か誰かはいませんか?」
飛びだしたと思ったらまた引っ込んでいく碧に、営業の人は少しばかりの戸惑いを見せたがそこは手馴れたもので直ぐに決められている業務的な対応をした。というかオドオドした仕草が外見以上に幼さを感じさせ、こうした出来事も子供ながらの行動と心を和ませていたのだった。
だがそうとも知らず、高校生というプライドを持っている碧にとって今の行動は奇行以外の何ものでもない。
「え、えと・・・いません」
「そうですかー、それではまた改めて出直します」
そうするとあちらもそれならここにいる意味など無いかとみきりをつけて去っていく。
碧は帰っていく後ろ姿に放心状態で見送りながら、今更ながらに冷や汗が吹き出す。
「違かった・・・」
やってしまった失態と、蓮ではなかった喪失感からどっと活力を奪い取る。無心で部屋の中まで戻る。
でもだって今までこんなこと言ってくる人いなかったのだ。油断していた。
いつもはこういうのポストに入ってたりするだけであり、わざわざここまで来る人はいなかった。
碧はそのやり取りでの反省と、相手が蓮ではなかったことのダブルパンチでショックを受け、もはや再起不能ととぼとぼと居間へと戻って行った。
そして椅子に座るが、だからと言って何もすることもなく、気持ち的には倦怠感が酷いのでもう一度立ち上がりベッドに潜り込もうとする。
するとその瞬間である。
ピンポーン
この部屋には珍しく、立て続けにチャイムがなった。
「・・・あれ?」
ベッドに碧は座りかけた姿勢のまま固まり、この訪問者のことについて考えた。
まず最初に思い至ったのはまた営業の人が来たのではないかという事である。しかし先程のやり取りで他に何も話すこともないのだが?
都合がいいから親はいないと対応したが、それでもなにか話をしたいと言われたらどうしよう。
しかし、その中でも碧は万が一の期待が止められなかった。もしこれが営業の人ではなく、それ以外であったら。その時に碧の部屋に訪れる人と言えば。
碧はゴクリと唾を飲み込む。
今度こそという緊張感で汗が頬を伝う。
ーーまさか
今回は先程のように急ぎはしなかった。思慮深く、同じ轍は踏まないように。
ーーまさか、まさかっ
そしてまたも玄関の扉に手をかけると、ゆっくりドアを開いた。今度は頭半分だけ。そしてそこから覗きお客さんの顔を確認した。
すると、相手とは一瞬で目が合い表情を崩す。
「お。あいちゃん、久しぶり!
元気してたか?」
なんて、片手を振って何の気なしに挨拶をしてきた。まるで何事も無かったかのようにいつも通りの、自然体の彼が、・・・蓮がいた。
「ぁっ、え、ーーーっ」
碧は戸惑いや喜びで胸がぐちゃぐちゃになり、喉からまともな言葉が出てこなかった。更には一瞬足から崩れかけそうになったが、それはドアの取っ手を掴んで何とか踏みとどまる。
「?あいちゃんどうした?
あ、もしかして今来ちゃダメだったか?」
完全にリアクションを失ってる碧に、お客さんである蓮がバツの悪そうな顔をした。申し訳なさそうに、謝りはじめる姿にボクはただ首を振った。
違う。
ボクは今、嬉しくて声が出ないのだ。決して蓮が来たことを落胆している訳では無いのだ。
しかし会えた事の喜びや、いつ帰ってきたのかという疑問も、伝えたいことが多いのにそこに蓮の勘違いを正す言葉を考えるのは、完全にキャパシティを超えパンクする。
脳が機能を失った。しかしそれと同時に何時もは抑えている自制心すらも失っていた。言葉が出てこないボクはこのもどかしさを表現すべく、今自身の中にある原初の感情と本能に従って行動で表した。
「だいじょーーーうおっと!?
ちょっ、え?あいちゃん!?」
それは行動は、抱きつくと言うよりタックルのような勢いであった。
身長差でボクは蓮の胸に顔を埋め、キツく蓮の体を包み込み抱きしめたのだ。
「ーーれんっ、れん!れん!」
そして1番の欲望を満たした事で、やっと脳が言葉を紡ぐ余裕が出来たので口を開く。未だに頭は蓮の事でいっぱいで、ただ頭に浮かんだ単語を吐いた。
そうする事で、ボクの中のもどかしさが少しは薄れた気がした。今まで知らなかった、まだ名前のないその感情が、蓮の体温とその人の名前を出すことで満たされていく。
「あ、あいちゃん?
一体どうしたんだ・・・」
蓮は始終困惑していて、固まったままの手を碧と同じように抱きしめるべきなのか、それとも現状を落ち着かせるために碧の体を剥がすのかと揺れていた。
しかし鬼気迫る程に自身を求める碧に、尋常ではない何かを感じとり今は応えてやろうと手を回し抱きしめた。
するとそれに呼応する様に碧の抱きしめる手が強くなったのが分かった。
蓮は久々の再会に、これだけ求められていたのかと言う嬉しさ半分、戸惑いを孕ませた感情のまま碧との時間を過ごす。
そしてそれは碧が落ち着くまで続き、会えなかった4日を取り戻すかのようにこの逢瀬を過ごした。
その後、直ぐに玄関先では近所迷惑になると場所は部屋の中へと移った。
しかしそこでも碧の欲求は収まることはなく、蓮の座ったすぐ隣に共に座り肩がくっつく距離に居た。
本当はまた抱きつきたい衝動に駆られているのだが、これでも自制しているのである。
これには歓迎はしてくれると思っていた蓮だったが完全に予想外であった。しかしこのままだと話しずらいので、心を鬼にして碧に離れるように諭す。その時の碧の顔は顔面蒼白と言って差し替え無いほどに落ち込んでいたが、苦し紛れに「あいちゃんの顔を見たい」と言うと複雑な表情をしてから納得した。
しかしそれでも距離の近い間隔で真正面に座り、数日ぶりの会話が始まった。
「れんはいつ帰ってきたの?今日会えるなんて思ってなかったから、帰ってくるなら連絡してくれれば良かったのに」
日付を確認して分かった事だが、今日はちょうど蓮が帰ってくるその日である。だがそれでもあっちで遊んで、飛行機に乗って車で帰るとなればかなり遅い時間となる。
只今の時刻は午後の5時であり、計算では帰って休むことなく直行で会いに来くるというハードスケジュールである。
「今日のほんとに今さっきって感じだな。でも連絡はしたはずなんだけどな。あいちゃんスマホは見なかったのか?」
「スマホ?えーと、そういえば・・・」
碧は最後に見たのはいつだっけと記憶を探り探し出す。しかし探し出したスマホは完全にバッテリーが切れていて使い物にならない状況であった。
これだけでどれだけ見ていなかったかが伺えた。
「スマホ見るの忘れてたみたい。ごめんなさい・・・」
碧はシュンと身を縮こませた。
「いや、別に怒ってるわけじゃないんだ。ただずっと連絡つかなくて心配ではあったけどな。
俺が旅行に行ってる間何も無かったか?ちゃんと飯食えてたか?」
「ご飯?ごはんは・・・えーと。食べてたよ?」
一日に一回くらい?
起きた時に気が向いたら食べていた。
だが心配させた後でこんな事はとてもじゃないけど言えない。碧は斜め上を見ながら、話題転換を試みた。
「そ、そんな事より!
沖縄、行ってきたんでしょ?いいなぁ、やっぱり海って綺麗なの?お魚とか泳いでた?」
碧は必死に質問を捲し立てた。
泳いでいるのなお魚より碧の目なのだが、蓮はそんな所も可愛いとつい甘い目で見てしまう。それに今こうして無事な碧がいるのだから、心配は要らないだろうと話に乗ってあげる。
「ああ、すごく綺麗だったぞ。
シュノーケリングとかしてかなり深い所まで泳いだし、赤とか青色の魚がいっぱいいた。本当は写真を取って来ればよかったんだけどな」
「そっかぁ」
沖縄に行ったことない碧にとって、沖縄とはテレビで見る風景のことを言う。あれが本当に広がっているのであれば、さぞ綺麗だったんだろうと思いを馳せた。
そんな憧れを抱いた表情の碧を見て、蓮は1つ大切なことを思い出す。
「そういえば。
俺、あいちゃんにいっぱいお土産持ってきたんだった。ちょっと待っててくれ」
蓮はそう言い持参した紙袋の中をゴソゴソと漁る。そして取り出したのは定番菓子のタルト、そしてちんすこうだ。
大きさは共に3袋入りで、一人暮らしの碧には十分な量である。
「あ、それ見た事ある!」
碧はそれを見てはしゃぐ。なぜなら乏しい沖縄の知識の中で碧でも知っているものだったからだ。食べてみたかったけど、こういうものには縁がないと思っていた碧は感動で胸がいっぱいになる。さらにそれが親愛を寄せる人からのもの。友達もできたことなく、家族すら疎遠な碧にとってこういうやり取りは憧憬のものであった。
碧はお土産のお菓子を大切に手に取り寄せる。そして嬉しそうに胸に抱くと蓮へ最大の感謝を送る。
「ありがとう、れん。
ボク、贈り物なんて初めてで・・・凄く嬉しい。ずっと大切にするね」
目を細め、限界化寸前と言った様相に蓮は逆に戸惑った。
「いや大切にしなくていいから、賞味期限もあるから食べてくれると助かる」
「うん、わかった」
と言いつつ碧は後生大事にしながら自身の近くにある机の上に乗せた。
先程持っていたスマホが机どころか床に適当に捨てられている対比を見るに、大切にする方は逆なのではないかと思ったが蓮はそれ以上何も言わなかった。
「でも、そんなに喜んでくれるなんて思わなかった。ありがとな」
「ううん、お礼を言うのはボクの方だよ」
碧はそう言ってからまた頭を下げた。これでは互いにお見合いしてしまっているので、蓮は苦笑いしながら続けた。
碧の喜びように忘れそうになるが、まだ本命は残っているのだ。蓮が一生懸命悩みに悩んで購入した大トリが。
あの時は何を送れば喜んでくれるのだろうと必死に考えていたが、先程の様子を見るにそんな心配は一切なかったのだと知った。
寧ろ合わせて1000円も行かないようなお土産であれ程喜んでもらったのが申し訳ないと思いもある。
果たして、これを渡したらどういう反応を示してくれるのだろうと怖くなりながら切り出した。
「あいちゃん」
「?」
碧はこてんと頭を傾げた。
「実はもう1つお土産があるんだ。こっちも受け取ってくれると助かる」
「え、まだあるの?」
碧は大層驚き、逆に申し訳なさそうな気持ちがあったがそれでも嬉しがってくれているみたいで笑顔になる。
そうして蓮は紙袋からお土産を取り出した。
それは長細く、ラッピングされた箱である。しかしその包装紙にもハイビスカスなどが印刷されておりとても沖縄らしいものである。
しかしこれだけだとよく分からないので、碧は手に取って一周回してみたりする。
重さはそこまでない。でも分かるのはそれだけなので、碧は蓮の顔を伺った。
「開けてもいい?」
「ああ、その為のお土産だからな」
送り主の許可を貰った碧はワクワクしながら開け始める。
せっかく貰ったのだ。しっかりシールを剥がしてから丁寧に包装紙を取っていく。そして最後に残されたのは出来のいい小箱である。
碧はそれを見てワクワクよりも憂いを持ち始める。
これ、・・・結構良い奴なのかも。
本当に開けていいのか、蓮の顔をもう一度伺った。蓮は何も言わないが、ニコッと笑う。いいとい事だろう。
碧は蓋を慎重に上げていく。
すると中から現れたのは、美しい1つの雫であった。
色鮮やかな青色が、上から下へ段々と濃く変わっていくグラデーション。それも単調な物ではなく何層にも折り重なった美しい作品であった。
そんな宝石のような雫は決して大きくは無いのにそれでいて存在感を主張していた。
「きれい・・・」
ボクはそれを恐る恐る手に取って見ると、それに従って銀色のチェーンも続く。そこで初めてそれがネックレスなのだと知った。
碧はチェーンの上部を摘み、垂らすようにそのネックレスを確認する。
それはーー完全にお土産の域を超えていた。
「これ、あいちゃんに似合うかなって思ったんだ。その青いのは沖縄で有名なガラス細工なんだけどさ、その色合いが俺の見た海とそっくりなんだ。
あいちゃん、さっきも海とか気になってたみたいだから、それをお土産で届けられたらなって」
「・・・」
蓮は頬を掻きながら解説を始めた。
「それにな、ほら。
こっちは俺のなんだけどいいだろ?こっちは黒色なんだぜ?
そっちは青色で碧ちゃんの目と同じだろ?そんでこっちは俺の」
そうして見せてくだそれも綺麗で、こんな高そうなものを2つのも買っていることに驚いた。
しかもペアルック。
こう言うのは初めてで、なんて言って渡していいか分からないのだ。だけど碧の事を思って買ってきたという事を伝えたくて、その時に選んだ理由を伝える。
しかしそれに対し碧はと言うと何も答えることは無かった。反応も、感想すらない。ただそのネックレスを見つめ続けていた。
蓮はそんな考えてもいなかった反応に戸惑い始める。
もしかして、気に入らなかっただろうか。
先程碧が喜ぶと自信満々に語ってみせたが、ただの道化だったのだろうか。
そういった不安に駆られていたが、そんな心配は直ぐに消えることとなる。だがそれとは別の悩みを抱えることになるが。
「ーーぇ、あいちゃん?」
蓮がチラチラと碧の顔を見ていると、驚きの変化が訪れた。
それは碧の双眸から、ツウっと涙が伝ったのだ。しゃくり上げることも無く、ただ無心に涙を流す。
その姿に失礼だと思いはしたが、蓮は美しいと思ってしまった。碧に送った雫にも劣らない、彼女の流す涙が頬を濡らす。
「あ、あれ・・・なんでっ」
碧は蓮の反応で初めて涙を流していることを知ったらしく、慌てて涙を手の甲で拭い始めた。しかしそれでも涙は止まることはなく、余計に溢れ出したまらず碧は両手で顔を塞いだ。
「ごめっ、ごめん、なさいっ。
ありがとう、なのに。泣くなんて、変なのに
・・・」
碧はくぐもった声で、必死に涙を止めようとする。
「でもっ、これは違くて。
嬉しくて、涙が止まらないの。信じて、れんぅ」
終いには本格的に泣き始めてしまった。声をひるがえらせて、泣き続ける碧に蓮は「あぁ、分かってる」と、ひたすら理解を示す。
碧に言われるまでもなく、この涙がお土産が嫌で流すものでは無い事は分かっていた。そんなこと聞かれるまでもない。
だから安心して欲しい。蓮は碧が落ち着きを取り戻すまでま、ひたすら背中を撫でてやる。
今回は予想とは大きく違う結末となった。しかし、蓮は碧を包みながらそれでも買ってきて良かったと、心の底から思うのであった。




