碧という少年だった少女
女の子になってしまった。
しかも白い髪に、肌もまるで白磁のように美しいものだった。
綺麗だけど少し変わった容姿、だけど可愛い。これは個人的な意見とかではなくて、きっと10人に聞いても9人とかもしかしたら全員が口を揃えて言うであろう。
それと背は・・・あまり変わっていない気がする。元がかなり小柄なために150cmに行くか行かないか、大した誤差はないだろう。髪の長さも肩よりは少し長いぐらい。これも変わらない。
それと変わらないもので言えばこの瞳。日本人には珍しいく、青い瞳をしているのだ。
なんで青いのか、親に聞いたか聞かないか分からないが多分名前の由来になったであろう瞳は変わらずそこにあった。
ではあと何が変わっているのだろう。
ボクは気になり着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。邪な気持ちはない。服越しですら感じるぷにっとしているものは確認済みだ。だけどそれとは別の、この体が自分自身であるという証拠を探す。
そしてそれは直ぐに見つけられた。
左胸から10センチ程の長く伸びた傷だ。しかもそれだけじゃなく、下腹部などにもよく見れば傷があった。もうかなり薄くなっているけど、凄惨なものである。
これは正確には傷などではなく、幼少期に起きた事故の名残であり、もっと言えば傷と言うより手術痕なのだ。
普段ならばこの痕を見るとどうしても暗い気持ちになってしまうのだが、今はこの傷が愛おしい。こんな姿になっても、全てが全て変わってしまったのではないと、この体はボクのものなのだと教えてくれる。
「あぁ、よかったぁ・・・」
ボクは上半身裸のまま、自身の体を抱いて蹲った。暖かくそして柔らかい。傷はあるが、どう見てもこれは女の子の肌なのだと思い知らされながらも一安心できた。
でもそれは本当にひと時だけの安堵に過ぎない。それ以外にも問題はありすぎる程にあるのだから。
まずなんでこうなったのか?そもそもこれは元に戻るのだろうか?
当たり前の疑問である。しかしそんな考えても答えの出ようのない疑問は考える余裕などない。今ボクが直面する問題はそこには無いのだから。
そこで今何をしなければならないのかなのだが、まず挙げられるのが親か知人、または医者等による第三者へ相談するか否かである。
ただ相談したとしても、碧を自称する頭のおかしな子が何か言っている程度に取られかねない。しかし今の状況を説明しなければ、この部屋を借り続けることも怪しいと思えてしまう。
それに部屋のことだけでは無い。寧ろこっちの方が重要だとおもうのだが、それはズバリ薬のことである。
先程手術をしたと言ったが、その後遺症でずっと服用しなければならないものがあるのだ。それを果たしてこの姿のまま処方してもらえるのか。もし貰えなければどうなるか分からず、あまりに将来への不透明さに目眩すら起こる。挙げれば切りがないほど問題は山ずみ過ぎなのだ。
もうなんでこんなことに・・・。
先程から動かず蹲ったままに思い溜息をはく。もういっそこのままボケっとしていようかなとも思ったけど、時間がもったいない。
行動には移さぬとも、解決すべき問題の優先順位だけはつけていこうと頭の中で「早急性」「重要性」「難易度」事に分け優先を決めていく。
そして粗方のナンバリングが終わるといったところである。それは急に訪れた。
ぐ、ぐうぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ
「っ、」
思わずお腹を抑えて辺りを見渡した。けれどそんな事しなくてもここにいるのは自分一人である。お腹の音で笑われることも陰口を言う人は居ないことに安堵しお腹を見た。
お腹が空いたのだろう。
心做しかお腹がペチャっと凹んでる気がする。
「・・・」
うん、・・・ちょっと一息つこう。
そう言えばもっと直近で、尚且つ死活問題な事柄があった。
ボクは無言のまま立ち上がると、上半身裸のままTシャツを引き摺り台所へと進んだ。そして吸い込まれるように冷蔵庫の前まで近寄るとしゃがんで取っ手に手を伸ばす。
お願い・・・。
ボクは目を瞑り、祈りつつ扉を勢いよく開け放つ。
その間も勿論、神様仏様キリスト様それにご先祖さまと順に祈りを捧げるが、そんな都合のいい時だけ泣きついてもダメらしい。無常にも神様はボクには微笑んでくれなかった。
ボクは少しずつ目を開いて冷蔵庫の中を確認しそしてーー
「・・・・・・・・・はぁ。ご飯、買っておけばよかった」
素肌に冷気を浴びながら、項垂れぽつりと呟くのであった。
☆
ガチャりとドアを開け外に出た。エアコンを入れていなかった為に、部屋もそれなりに暑かったのだが外はもっと凄かった。ムワッとした空気圧がボクに直撃。堪らず渋い顔をしてしまった。
けれどこんなものまだ序の口だ。ここはまだ屋根の下であるが、日差しの元に出ればさらにそれを超える熱気が襲うだろう。
まさに外は項垂れる程の猛暑であった。
夕方に差し掛かったとはいえ、アスファルトが吸収した熱は靴すら滲み足を焼く。
果たしてこの姿で夏の日差しは大丈夫なのだろうか。でもまあ、深く帽子をかぶっているので大丈夫だろう。そう言い聞かせ最寄りのスーパーへ歩を進めた。
距離にして5分の道のりだ。なのに歩き始めればやけに遠く感じる。何故かといえば・・・
「あーっ、ママみて!しろいかみー」
「そうね、綺麗な髪ね」
そう。長く感じる理由がこれである。
まず最初に一人の仕事帰りの男の人とすれ違った時から違和感があった。先程までスマホをいじっていたというのに、ボクがすぐ近くを通るとギョッとして二度見された。そしてすれ違ったあとも突き刺さるような視線が痛い。それに今だって子供に指をさされて何か言われた。
まるで見世物になったかのようだ。
流石に食の為とはいえ、このまま出たのは安直だっただろうか。帽子よりもフードでかくした方が良かったのかもしれない。この真夏にそんな格好では色々と怪しまれかねないが、この髪を晒すよりもよっぽどマシだった。しかしもう道中も半ばまで来てしまった。ここまで来てしまったものは仕方がないだろう。
ボクはせめてもの抵抗と、深く帽子を被り直すと道の端へと寄りひたすらに影を消す。本来のボクのステルス性能ならば誰にも気付かれずに居られたのに、この姿は否応にも視線を引いた。不躾に2度見3度見なんてされる具合である。
でも視線だけならまだ良かった。
遠巻きな視線の中に、異質なものを肌で感じたのだ。そんな直感を頼りに振り返るとその原因と目が合った。
いたのは最初にすれ違った男の人だった。その人がスマホをかまえてボクの後にいたのだ。またながらスマホをしているかと思ったが、カメラのレンズがこちらを向いている気がする。
気のせい・・・だよね?
ボクは不安にかられギュッと強く服をつかんだ。後ずさるように3歩下がるとそこからはまた前を向き走り出す。走る時にチラチラと後ろを見るが、男の人はもう追ってきてはいないようだ。でも念の為すぐの角を曲がる。そしてさらに安全を確保するためにもう一度角を曲がったところでやっと足を止めて息を整えた。
「な、なんだったの、いまの人」
身に危険を感じた。
走ったことによりズキズキと痛む胸を抑えつつ、一息つくとまた歩き出す。
でもやっぱり心配になりまた後ろを確認し、これを幾度か繰り返す。
けれど注意しなければならないのは後ろだけではなく、前も同じであった。
先程の出来事が相当トラウマになっているらしい。ボクは前からやってきた人がスマホを手にしているだけで怖くなる。
もしかしたらあの人も・・・。
一度疑い始めたらそうとしか思えず、あちらがボクに気が付く前に逃げるように駆けた。
その直後だ。
ドンッ
「あうっ」
「おっと」
前方不注意だった。
どうやら逃げた先でなにかぶつかってしまったらしい。走っていた為に、勢いよく当たり尻もちをつきながら転んでしまう。
「すまん、大丈夫かーーっ」
ボクは強く当たった鼻先をさすっていると、衝突してしまった人から手を差し出された。この時初めてぶつかったのは人だったことを知る。
「だいじょぶです・・・、すみません」
反射的に手を取り身を起こした。さすがに不注意すぎた。ボクが謝り相手の顔を確認すると、その人は清潔感が印象的な高校生の男であった。手を差し出してくれるあたり、かなり好印象ではあったのだけれど、・・・だけどその人はまるで配達員さんの時と同じような反応をしていた。
口をパクパクとさせ、信じられないものを見るかのような目だ。
思わずサッと目を逸らしてしまう。
そんなに今のボクはおかしいだろうか。何故か悔しさや恐れが膨らみ感情が不安定になってしまう。
まずい。このままいると泣き出してしまいそうだ。
ボクは目頭が熱くなり視界が歪み始めると慌てて頭を下げて逃げだした。
「あっ、ちょっとーー」
顔を逸らしつつその人を大回りで通り過ぎるとまた駆け足で逃げさる。その際にボクを引き止める声がするので後ろを見ると、すごい勢いでボクを追ってきた。
「ひぁっ!?」
「君っ、だから少し待ってくれ!」
その形相に、逃げるその足はさらに加速した。
えぇっ!?なんで追って来るのっ?
ひっひっ、くるしぃ・・・。引きこもりにはかなりきびしい全力疾走である。ここは苦肉の策ではあるが、メインストーリートに入り人混みに交じることで巻くことにした。
しかしそれは一瞬で後悔することとなる。
なぜなら数え切れない程の沢山の目が一斉にボクを見たからだ。
それも、先程と同様、驚目を見張た目が幾つもである。右を見ても左を見てもすれ違う人皆同じような顔でボクを見ているのだ。先程の比ではないほどの恐怖を感じた。
ボクは怖くなり帽子を深く被ろうと鍔に手を伸ばすが、指先は空をきるだけで何も掴めない。
あれ、うそっ。帽子がないっ!
走っている時に落ちたのか、帽子が無くなっただけで急激に絶望へと落ちていく。
見たくない周りからの視界を防いでくれるものは何もない。ひたすらに下を向いて誤魔化した。
もう・・・いやだ、かえりたい。
ボクは既に目的を忘れ、ただ帰りたい一心に人混みを駈けたのだった。
そこからの記憶はなかった。
気づけば玄関でぺたんとしゃがみこんでいたのだ。靴すら脱ぐ気力はなく、放心状態に陥り遠くをぼーっと見つめていた。
既に空には帳が降り暗くなっていた。きっと帰ってきても一時間はここにいたのだろう。離れていた意識が戻り思考が回り始める。
そうして、ここまで来てやっとボクの人としての人生の歯車が既に狂いきっていることに気が付いたのだった。




