愛情
「・・・」
「・・・」
ボクと楓が見合う。
あの後適当に無駄な問答を繰り返したが、流石にボクだって馬鹿じゃない。だから楓が何を言いたいかだって察しがついたのだった。
つまり楓はボクを連れ出し買い物へ行こうと言っているのだ。
それは・・・、あまりにも容認し難いことであった。
だがまだ慌てず、気づかない振りをしながら腰をバレないレベルで浮かす。ジリジリと碧の精神をすり減らし、引き伸ばされたように時間が長く感じながら、準備を終える。あとはタイミングだ。
相手の虚をつくため、楓の呼吸を確認。そして一番反応しにくいだろう、息を吐ききった瞬間を狙う。
碧の額から垂れた汗が頬を伝い机へ落ちる。
そして、そのタイミングはーーーーー今!
碧は緊急脱出を計り、安住の地であるトイレへ逃げ出した!
「ぐえっ!?」
それは一瞬の出来事であった。
碧の認識するよりも早く、気づけば碧の首根っこを捕まれ捕獲されていた。
なっ、なんで、タイミングは完璧だったはずなのに!
「碧ちゃん・・・。もう、何考えてるか丸分かりよ。たしかに嫌なのは理解できるけど、下着は本人が確かめて買わないと意味いのよ?」
「い、いやっ!」
外に行くなんて有り得ない!
それに行くのはコンビニとかいうレベルじゃない。多分駅近くの大型ショッピングモールだろう。そんなところに行く想像しただけで顔から血の気が引いていく。
しかし無慈悲にも楓は呆れたように困った顔をする。
「そんなこと言っても、ずっとそのままでいる訳にも行かないでしょ?
胸って簡単に型崩れしちゃうから、出来るだけ早くした方がいいわよ?それに蓮といる時に万が一浮き出ちゃうのも嫌でしょ?」
「いいもん、垂れるほど無いし!それにれんになら別に構わないっ」
元男にとって胸など見られたって構わない。勿論浮き出たり透けたりすればそりゃあ恥ずかしく無いわけじゃないが、それだって態々外に出て買いに行くほどじゃない。
しかし楓にそんな内情が分かる訳もなく、更に呆れさせるだけだった。
「はぁ、変なこと言わないの。碧ちゃんが良くても蓮が困るかもしれないでしょ?それに碧ちゃんが変な子だって思われちゃ嫌でしょ?」
「ーーえ?」
その言葉に、ジタバタしていた動きを止めた。ボクが良くても、蓮が困る?それはつまりボクが蓮の気分を害したということ。
その言葉に言われてみればと思い直す。
例えばだ、碧はおじさんの乳首が浮いているのを想像してみる。差別とかでは無いが・・・うん、確かにあまり見たいものでは無いなと碧は顔を顰めた。
この様な事例から、その対象がボクになり、それに蓮が嫌悪感を示すこともゼロではない。いや、大いにあるかもしれない。その理由は碧が碧であるというだけで十分であった。自己評価が低いがためにネガティブな思考になるととことんその沼にはまっていく。
もちろんその言葉に深い意味などない。楓からすれば蓮が目のやり場に困るだろうという意味でのものであった。・・・のだが。
どよーん
碧はただいま部屋の隅で絶賛落ち込み中であった。体育座りをして、黒いモヤをモクモクと漂わせていた。
「れんに、嫌われる・・・、きらわれる」
「碧ちゃん?大丈夫?」
楓が訪ねると、何回か瞬きしてから碧が振り向いた。
「・・・・・・・・・かえで、さん」
そしてその目には沢山の涙を溜め込みながら。
「どうしたの?」
「ボク、れんに嫌がられてるのかな?」
「え?」
楓は小さな声を聞取り理解し、答えを出すのにワンテンポ遅れてしまった。あまりにも突飛な内容であったからだ。
「ボク、本当はずっと困らせてて、それなのに気づかなくて・・・」
碧の息が荒くなる。
理性はある様だが、明らかにパニック症状にに陥る兆候が見えた。
そんな・・・今って下着の話をしているのよね?
楓はかける言葉が見つからず、グレてしまった子供に対して手をこまねいている親のような心境となっていた。
しかしそれが一歩間違えれば自暴自棄になってしまう可能性を秘めているのだから対応に困るものである。
「あ、碧ちゃん?
そんなに落ち込まないで、蓮に限ってそんなことないから!」
「でもっ、でも・・・」
楓がギュッと強く碧を抱き寄せると、それだけで碧は安心できたようで、一応は落ち着きを取り戻していた。
楓はそれをチャンスだと思い、そのまま抱きしながら耳元で囁く。
「大丈夫だから。
蓮はそんなことで碧ちゃんを嫌ったりしてないわよ」
「けどれんは優しいから、言えなかっただけかもしれない・・・」
顔をクシャッと歪ませ、今にも泣きそうな顔になる。楓はそれでも碧を自身の体で包んで不安を取り除く。
「むしろアイツは碧ちゃんのそういう姿見て喜んでいそうなものだけど・・・ね」(ボソッ)
楓は小さな声でそう呟いた。
しかしその言葉を碧へ届けることはしない。
なぜならそれが、碧が蓮に求めている承認欲求を満たす手段になってしまいかねないからだ。
だがもしそうなっても、蓮ならそれを正すだろうと楓は信じている。
けれど悲しいかな。蓮はオタクであった。
蓮とは、伊達に幼馴染をしていない。なので蓮の趣味嗜好、好きな作品やキャラクターの系統位は知っているのだ。
あいにく楓にはオタク趣味がない為、作品名やキャラ名はまでは覚えてはいないが、蓮が好きだったキャラクターの1人に碧に似た女の子を見たことあるような気がしていた。
それは所謂『とわきせ』であり、蓮に語らせれば「似てる所では無い!」と主張していたであろうが今ここには居ない。
しかし楓からしても似てたようなと思わせる碧の容姿に、どうしても蓮の自制が効くかどうか怪しいと感じてしまうのが悩ましいとこである。
高校生。
そういうものに興味を持ち始めた初心な頃とは違い、クラスメイトにもチラホラそんな関係になったと噂が流れることも身近になる年頃。
他人事なら合意と責任さえ持てば文句は言わない。
しかしこの2人は危険な匂いがしてしまうのは気のせいではないだろう。碧にはライクとラブの違いも分からぬままそのようなことに陥って欲しくないのだ。
下着のことだって、服の事だってそうだ。
見た目も性格も深窓のお姫様の様なのに、何故か所々男勝りなところがあるせいで異性との距離感がゼロに近い。
その理由は勿論、ほんの2週間前までは男だったのだから当たり前だが、楓は幼少の時から引きこもっているせいで男女の距離感がそこで止まっているのだと考察していた。
そしてそんな歪な碧という少女に道を示すべく、下着や服、そして女性特有の生理について教え女性のとしての認識を刷り込もうと考えていたのだった。
だがそんな計画は一旦おいておき、楓は碧を抱いたままよしよしと頭を撫で続けた。そして碧から完全に緊張が消えたのを確認したところで謝った。
「ごめんね、碧ちゃん。
蓮を引き合いに出すのは卑怯だったわ」
碧の頭をポンポンしながら、今回はちょっと早かったかと考えた。
今回は必要不可欠な知識である生理知識についてのみ教えて終えよう。碧はどうやら体調にかなり現れる重いタイプみたいなので、きっとその知識は必要になる。
そう考えていたのだが。
「ボクの方こそ、ごめんなさい」
楓がそんな青写真を描いていたところに、以外にも碧の方から声が掛けられた。
碧は依然として蹲ったままに、どんな表情をしているのかは分からないがその声から悔しさを抱いているのは感じ取れた。
「卑怯なのな、こっち。
かえでさんに、そんな言い訳をさせてしまうボクの方が、ずっとずっとダメなのに・・・」
「碧ちゃん・・・」
蹲ってるためにくぐもった声が泣きそうな声にも聞こえるため、楓はその言葉だけでも心を打たれる。
「本当は、このままじゃダメだって分かってます。
れんだって、夏休みが終われば会えなくなっちゃうし、かえでさんにも怒らせてばっかだし・・・」
私ってそんな怒ってたかしら・・・。
碧からの印象にちょっとショックを受けた楓だが、確かに怒ってる事ばっかかもと今後を改めようとする。
しかしそれは蓮が毎度毎度変なことをしているからと、声を大にして言いたいが我慢。
「ボクだって、ずっとみんなといっしょにいたい」
楓は勇気を出してくれた碧にいても立ってもいられずギュッとしたくなる。
しかし思えばもう既にしていたので、その代わりに更に強く抱き締めた。
「そっか」
何よりも碧がそう言ってくれたことが嬉しくて、優しく微笑み頭を撫で続ける。
その言葉を碧の本心だと受け取り、楓はではどのようにして碧の背中を押してあげるかに思考をシフトする。
そしてーー
「それじゃあ、私が碧ちゃんに魔法をかけてあげよっか?」
「え?ま、まほう?」
あまりに突飛なことを言うものだから、碧は顔を上げて楓を見た。
するとそこにはニマニマする楓がおり、若干聞くのが怖かったが聞いてみる。
すると楓は勿体ぶるように言う。
「そう、ちょっぴり勇気が出る魔法」
楓がそう言うと、不敵に笑を浮かべるのであった。




