にゃんにゃんの日
蓮と出会った日から早2週間。
初めての事づくめで、巡るめく毎日を過ごしているボクにとって何よりも濃い2週間を送れているだろう。
だって友達も2人もできたのだ。これ迄の人生で友達が1人も出来なかったのに、蓮との出会いを切っ掛けとして全てがいい方向に回り始めているのが分かる。
今この状況を、2週間前の死にたがっていたボクが想像できただろうか?いやできないだろう。
何せーー
「にゃんにゃん♪」
「ァーーーーっ」(浄化する音)
ーー今の碧も、この状況の意味がわからないからである。
ボクは一体何をしているのだろう。フサフサの耳をつけて猫の真似をするなんて全くもって予想だにしていなかった。
この2週間で、碧と蓮の関係は契約を行使する度に強く結びついているのを実感していた。
そして今日も気軽に日用品をお願いし、例のごとくコスプレで蓮の欲求を満たしていた。
初日は妹に、次はメイドさんやお医者さんごっこに猫のコスプレと、段々レパートリーも増えてきた気がする。
聞いた話だと、今は中途半端なコスプレだがバイトでお金を貯めてメイド服一式なども買ってくれるらしい。
やったー・・・なのか?
で、でも友達からの、初めてのプレゼント。うれしいはずだ。
「あいちゃん!次は手を丸めながら突き出して、それでもう1回鳴いてくれ!」
「うんっ。えっーと、こう、かな」
おっといけない。考え事ばかりしていないで、今はこのお願いに集中しなければならなかった。
碧は言われた通りに手を猫ハンドにしてから、招き猫のように胸の高さでクイッとする。
そして「にゃーん」と一鳴きすれば、蓮は断末魔を出しながら身悶え倒れていく。
おぉ、さっきより反応が大きい。
ボクはそんな蓮の姿に楽しくなってきてしまい、こうかな?いや、これがいいかな?なんて今度は自分で考えて蓮のツボを刺激させる。
例えば倒れている蓮へと這って進み、猫ハンドでフミフミしたり、最後には頬擦りをして甘えた。
その度に蓮がだらしない顔でフニャフニャになるのだ。打てば響くとはこの事である。
「あいちゃん・・・、かわい、すぎ・・・」
またしても倒れる蓮に、ボクは耳元で囁いた。
「ご主人様、もっと撫でて欲しいにゃん」(台本)
碧が前もって教わった言葉を言うと、蓮は「っ!もう、しょうがないにゃぁ」と言いながらデレデレでボクのノドをゴロゴロする。
「ん、んん・・・っ」
あっ。
演技の筈が、存外な気持ちよさに声が漏れてしまった。急いで口を噤んだが、漏れてしまった声にどこか恥ずかしさを覚えてしまう。
でもなにこれ、ホントに気持ちがいい。つい目を細め顎を伸ばす。そして撫でやすくなったノドを更なる快感が襲った。
「・・・、なんか、へんっぁ」
「あぁ、本当に猫ちゃんみたいだ」
きもち、いぃ・・・。
でもこれ以上はダメだ。なんだか変になりそう。
「れ、ん・・・。もう、だめ」
しかし1回では聞こえ無かったようだ。と言うか、撫でている蓮の目、どこかおかしい。現に瞬き1つもせず無心に碧をひたすらに撫でる。
蓮が変になってる?でも・・・このままだとボクも変になりそう。
こ、これ以上は、もうっーーー
「ーーだっ、だめぇ!」
「ぅおっ!?す、すまん」
やはり夢中で撫でていたみたいで、碧の言葉で虚ろだった目に光が戻る。そしてでを退けてやっとの事でおかしな快感から開放された。
はぁ、はぁ、はぁ・・・。
荒くなった息を整える。さらに未だに変な感覚が残る喉を自ら一撫でし、正常な感覚を取り戻した。
「あいちゃん、大丈夫そうか?」
反応が普通ではなかった事に今更気づいた蓮はボクの顔色を確認するために覗いてきた。
ボクは何となく今顔を見られるのが嫌だったので、ちょっとした意趣返しのつもりで猫ハンドで蓮の顔を押しのけ顔を逸らす。
はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ・・・。
やっと呼吸が整った。
それに、あの時は体がムズムズしていたが、今は正常をとり戻している。
くすぐったかったというかなんというか、でも原因というか、犯人は知ってる。
ボクは蓮の顔を半目で見つめ言った。
「ーーーん」
「え?あ、あいちゃん?」
蓮はボクのつぶやきが聞こえなかったのか、首を傾げた。
それに対してボクは再度言い放った。
「ご主人様。さっきの分、お返しだにゃん」
「ーーはい?」
そう言うや否や、ボクは飛びかかった。そして脇に手を入れてワシャワシャとくすぐった。
「ちょっ!?な、なにしてるんだやめぁはははははははははっ、だめっ、あいちゃんやめてくれっ、くぅっっこの!」
「えっ、なんでっいやぁあああああ、だめぇぇぇええええっ!!!?!」
蓮をくすぐり始めたはいいものの、優勢だったのは最初の10秒ほどでそれ以降は立場が逆転。またこちら側がくすぐられる状況になってしまった。
流石に背丈の差が20cmは優にある為、体のリーチや力では到底叶わなかったのだ。
そしてそこからは1分間に及ぶ長い拷問である。身を捩り何とか逃げ出そうとしても全く抵抗も何も出来ない。完全に弄ばれているという言葉がピッタリの状況になって、半分半狂乱な状況になってようやく開放された。
「あぅ、はぁ、はぁ・・・うぅ」
「ははは、あいちゃん大丈夫そうか?」
「ん、ぅぅ・・・っっ」
報復の筈が、報復返しされ結局痛い目を見ただけだった。それに無性に疲れて身動きが取れず、思考も回らない。
ボクは汗を流しながら部屋の天井を見つめ、上下する胸の動きを落ち着かせるために務めていた。
がしかし。
「あんた達、は毎回毎回なにやってんのよ」
「は?」「へ?」
蓮とボクの声が重なった。
それと同時に蓮へと軽いチョップが落とされた。
ボクは寝転びながら顔を向けると、そこには呆然と立ち尽くす楓の姿があったのだ。
あれ?楓がいる。
「げっ!」
蓮も顔を上げてその声の主を見ると、カエルを潰したかのような声を出して反応を示した。そして咄嗟に虚ろな目で倒れる碧の姿と、楓の姿を交互に見て、自身の終わりを悟る。
この時本人は気づいてはいが、今の碧は色々とまずかった。
まず火照った体と、笑い疲れのために力なく緩んだ表情をしているのだが、それが幼い外見からは決して考えられない程の色気を醸し出しているのだ。
表情だけでそれなのに、さらに追い討ちをかけるように猫耳と、擽り地獄の後で衣服ははだけ、裾はへそは勿論胸ギリギリまでめくれ上がっていた。
蓮は天を仰ぐ。
なぜこの部屋に楓が入ってきているのか。その疑問はひとまず置いておき、どうして楓にはこんな現場しか見られないのかと己の不運を呪った。
いや、考えればあいちゃんといる時は大体コスプレさせてたなと思い出し、不運も何もあったものじゃなかった。大体2人はこんな感じである。
だがしかしよりにもよってこの状況とは。
蓮はまず姿勢を正し、コホンと咳払いをひとつ。
そして楓と向き合いながら言った。
「これには訳がある。全てはごかい「言い訳はしない!」」
晴天なはずの今日という日、楓の雷が落ちたのである。
☆
「はぁっ、なんで前回といい私が来るとこんなばっかなのよっ」
またしてもボク達は楓の前で正座をして身を小さくしていた。
「本当にもうっ。
蓮は本当に碧ちゃんの事を考えてるの?あの言葉は嘘だったわけっ?」
「いや、だから違くて「言い訳しない!」ーーはい」
蓮が撃沈し頭を垂れた。
蓮の戦意を挫いたら次はボクの番だ。
「碧ちゃんも碧ちゃんよ!蓮のどんな口車に乗せられたか知らないけど、あれは完全にアレよ、その・・・もうっ、契約とか言うやつも考えてやりなさい!」
「は、はいっ!」
アレとは一体・・・?
あまり分からない所もあったけど、多分言ったら怒られそう。
なので潔く返事をした。
「もう、分かってくれればいいわ。
・・・はぁ、なんで私こんなに怒るところばっかなのかしら」
楓は頭が痛いと手で押えながら横に振る。
確かに。ボク、楓の怒ってる姿しか見てないかも、と余計なことは言わずに心の中で呟いた。
チラリと横を見れば蓮も同じ事を思ったみたいで、目が合うと笑いそうになってしまった。
ボクは邪念を振り飛ばす為に頭を振ってから楓へと話しかける。
「か、楓さん」
「どうしたの碧ちゃん?」
「あの、今日は、どのような要件で・・・」
「あっ、そうよ!」
楓は今思い出したようで、手を打った。
「今日は碧ちゃんに色々とお話したいことがあったのよ。そうしたら外にまで碧ちゃんの叫び声が聞こえて来るから。
ちゃんとチャイムも鳴らしたのよ?でも『もうやめて!』なんて声も聞こえるし、万が一のことがあったらダメだから」
楓は目を細め、蓮を見ながら言う。蓮はそんな事をしかねないと見られていると思い、ショックを受ける。
楓も誤解した事に対してはバツが悪かったが、今は無視して碧へと視線を移した。
誤解させるようなことをするのが悪いのである。
「碧ちゃん」
「はい?」
「話は戻ってそれでなんだけどね、ちょっと2人っきりで大切なお話があるから、その約束を取り付けに来たのよ。
思えばほら、私碧ちゃんの連絡先知らないからこうしてお邪魔しちゃったわ」
「2人だけ?」
蓮は?
ボクが蓮を見ると、蓮の方はなにか察しが付いたようで気まずげながらに納得の顔をしている。
「ええ、蓮がいると色々話しずらい話もあるでしょ?
だからまた時間がある時でいいから、2人で会えないかしら?」
予定と言われても。逆に予定のある日が無い。
ただ気がかりなのは2人っきりという所。蓮はなんだかんだで気心を置けない仲になれたと思うが、楓の場合はよく分からない。
正直なところまともな会話ができる気がしない。しかしそんな事を真正面から言える訳も無いので、躊躇いをゆっくりとした頷きで誤魔化した。
そして何時でもいい旨を伝え、その約束の日とやらの詳細が決まっていく。そして全ての諸々が終わると楓はスマホを閉じた。
「碧ちゃんありがとね。じゃあまた後日、よろしくね」
「はい・・・、よろしく、おねがいします」
しかしどんなに取り繕っても、その返事の力のなさでボクの不安に包まれた心情はダダ漏れなのであった。




