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依存

 「少し遅れたけど自己紹介しましょ、碧ちゃん」


 「はっ、はひっ!」


 ボクは恐怖から声が裏返った。

 楓は笑顔は信用ならない。今そうDNAに刻み込まれた碧は楓のご機嫌を損ねないように声を上げた。

 そしてそうなった原因が今、碧の部屋の隅にボロボロの状態で転がる蓮がいるからだ。


 一体何があったのだろうか。

 分からないけど、ボクの説得は無駄だったのだと察することは出来た。そして次のターゲットはボクと、そういうことなのだろう。こ、怖すぎる・・・。


 「私は長瀬 楓。もう軽く紹介も受けたと思うけど、蓮の幼なじみで同じ如月高校に通ってるわ」


 「はいっ、よろしくお願いします」


 机につきそうなほど深く頭を下げる。

 気分はまるで蛇に睨まれたカエルのようだ。


 「ボクは、小日向 碧です。

 学校は・・・行ってません。その、引きこもりです」


 どんどんと尻込みしてしまい、最後は聞こえたか聞こえないか分からないレベルになってしまう。

 もしかしたら「引きこもり」と指をさされて笑われるかも知れない。そう考えるだけで先程とは違う恐れが碧を襲う。しかしそれは杞憂に終わるみたいであった。楓はなんとも思っていないのか、あえて何も言わないのかは分からないがそこには触れずに返してくれる。


 「こちらこそよろしくね、碧ちゃん」


 楓も軽く頭を下げた。

 碧はそれを見てつられるように再度頭を下げる。そしてそこからは軽く世間話のようなものをおこなった。

 「一人暮らし?偉いわね〜」「困った事があったらいつでも言ってね〜」と言う応答からは始まり、楓にとって本命である『契約』についてを根掘り葉掘り質問攻めにあった。

 碧はしきりに頷くか拙いながらに自白の供述をする他出来なかった。部屋に力なく伏せっている蓮をチラチラ見ると、選択肢を間違えればああなるのだと思うと気が気でない。


 楓もその視線を感じたのか、視線を追って蓮を見ると納得したようだった。


 「蓮が心配?」


 「・・・うん」


 一体、どんな酷いことをされたのだろう。そしてそうなった原因が自身にあるとなると辛かった。

 それに碧も人事ではないのだ。選択肢を間違えれば、碧もあのように転がされる。本来であれば同じ過ちを繰り返さないように努めなければならないのだろう。しかし、碧は蓮一人だけ酷い目に合うことには納得がいかないでいた。


 下手なことは言わずにいればいいものを、碧は思い切って楓に聞いてみることにした。


 「楓さん、少し、いいですか?」


 「うん、どうしたの碧ちゃん?」


 楓が食い気味に身を出した。


 「なんで、れんを怒ったんですか」


 「え?」


 「れん、すごく優しいかったです。困ってた時、いつもボクのこと、助けてくれました。全然怒られるようなこと、してない・・・はずです」


 「あいちゃん・・・」


 いつの間にか、蓮がムクリと身を起こし碧を見つめていた。


 「初めてれんはボクの友達になってくれました。心が苦しい時には頭を撫でてくれて、『契約』の事を言われた時もうれしかった、です」


 今でもその時のことを思い出すと、胸が締め付けられるように切なくなる。ここで感極まって、一呼吸遅れながらも続けて話す。


 「こんなボクでも必要にされてるんだって、生きてる意味を教えてくれるんですっ」


 少しオーバーに言い過ぎだろうか?いや、そんな事ない。本当にボクは蓮に救われているのだ。

 世のため社会の為とか、そんな大それた存在になれなくてもいい。他のすべての人に否定されてもただ一人がボクを求めてくれるのならばそでいい。

 そんな存在に蓮はなってくれたのだ。


 そんな存在になってくれたことを、言葉足らずで要領を得ないものになったがその気持ちを楓に伝えた。


 「碧ちゃん、それは・・・」


 すると楓が何かを言いかける、が途中からは口を噤んでしまう。


 「そう、ね。確かにそうかもしれないわね、少しやり過ぎだったわ」


 そうして楓と蓮はアイコンタクトを取り合った。そして頷き合うと楓はつづける。


 「碧ちゃん」


 「なん、ですか?」


 「さっきも言ったけど、私も碧ちゃんのことを知って助けたいと思ったわ。だからね、その存在に蓮だけじゃなくて私も加えて欲しいんだけど、それはできないかしら?」


 その存在とはボクを必要としてくれるような存在って事だろうか?それは嬉しい限りだけど、それには契約のことも含まれるのだろうか。


 そう考えていたら自ずと答えは楓から発せられた。


 「だからって、契約?ってものは私にはできなさそうだしやめておくわ。でも蓮だけじゃ心配だし女の子にしか相談できないこともいっぱいあるからね。

 私は私にできることをして碧ちゃんを助けたいわ」


 それは嬉しい提案である。

 蓮の反応からも、女の子の体についての質問はあまり控えようと思っていた。それを教えてくれるのならば願ったりだけど。


 「その、嬉しいです。けど・・・ボクは楓さんに何をすればいいんですか?」


 「何って・・・それは契約みたいにお返しをしたいってこと?そんなのいいわよ、私が何年蓮にお節介してきたと思ってるのよ。それが1人が2人になるようなものよ」


 楓は面白おかしく笑い出す。

 きっと蓮との今までの事を思い出しているのだ。それはちょっと・・・羨ましかった。


 「遅刻の常習だった蓮を毎朝起こしに行ったり、テスト前に勉強教えたり、休み終わりになって手付かずの宿題手伝ったり・・・、そんな事言ったら蓮に何も返されてないわよ私」


 れん・・・。


 ただしあんまりロクな思い出ではないっぽい。


 つい蓮の方に視線を向けてしまう。蓮は音の出ない口笛で誤魔化しながら視線を逸らして聞かないふりをしていた。


 「ふふ、でもね。

 別に私は何にも気にしてないし見返りを求めようとも思ったこともないわ。それが性分というか、いてもたってもいられないのよ。時にはやめてくれって言われてもやってるくらいだから」


 「・・・」


 ボクは何も言えない。楓の言葉も分かるけど、それでも踏ん切りがつかないと言った感じであった。そんなボクを見てる楓は「ふむ」と思考した。


 「・・・そうね、では言い方を変えるわ。

 言い方は悪いけど、別にこれは碧ちゃんが特別とい訳でもないのよ。蓮にも、家族にも、友達にも、その中にただ碧ちゃんが加わっただけ。

 だからね、そんな性分な私に碧ちゃんにもお節介をさせて欲しいのよ。

 だめ、かしら?」


 楓はそう言って微笑んだ。


 それは蓮を部屋の外へつれていくときのニコニコとしたものではなく、朗らかにふと零れるような優しいものだった。


 正直全てを納得しきれてはいなかった。けど、これを断ったらその笑顔を曇らせてしまうかもしれない。


 そんな心情からも、気づけボクは頷いていた。すると、楓はパァっと表情をさらに明るくさせてボクを抱きしめた。


 「ありがとうね、碧ちゃんっ」


 そうお礼を言われてしまった。

 お礼を言わなければならないのはボクの方なのに。何だかおかしいと思ってしまい、ボクもクスッと笑って返していたのだった。


 ☆


「お邪魔しました」


「あいちゃん。またな」


「またね・・・」


蓮は玄関まで見送りに来た碧に手を振りながら、楓といつましょに部屋を出た。扉を閉まるその瞬間まで碧は手を振り続けており、少し寂しそうな表情に今別れたばかりだと言うのにまた会いたくなってしまう衝動に駆られる。


 毎回、そんな寂しそうな顔をしないで欲しい。そんな顔をされると別れたくなくなってしまうじゃないか・・・。


 しかし閉じ始めた扉は止まることもなく、バタンっとドアが閉まってしまった。果たして、この扉の向こうであいちゃんはどんな表情をしているのだろうか。それを思うと胸が苦しくなる。


 「・・・」


「蓮、帰らないの?」


 蓮がずっと閉められた扉を見ていると楓がそう言った。


「そうだな、帰ろう」


 いつまでここに居ても仕方がない。楓に言われて踏ん切りがついたので、その気に乗じて帰り始めた。

 あいちゃんの住んでいるマンションは立派なもので、幾つもある部屋を過ぎて階段を降りた。そしてあいちゃんの部屋があるマンションを出る。そのまもなくの頃だった。


 「蓮の言ってること、分かった気がするわ」


 楓がそう呟いた。

 こちらを見ずに歩きながらポツリと言うものだから、最初は聞き逃してしまうとこだった。


 「家庭の環境、なんだろうな」


 「それだけじゃないと思うけれど・・・」


 そうかもな。確かにそれだけではなく、複雑な原因がさらに絡みあっているようなも見える。

 実はあいちゃんが契約の事を口走った際、楓と共に部屋を抜け出した時に粗方のことは話してあるのだ。その為に殆どの情報を楓とは共有していた。とは言っても俺の知っているあいちゃんの事情は極わずかにしか過ぎないのだが。


 「最初は、これ迄に見た事ないぐらい可愛い子だと思ったわ。それこそテレビで見るモデルやアイドルよりもずっと。

 確かに髪や目は普通とは言い難いけど、それでもあの容姿であれば愛されない理由が分からないのだけどね」


 分かる分かると蓮は同意する。

 何せ蓮自身も全くもって同じ感想を抱いたからだ。芸能人みたいなんて褒め言葉はあるが、あいちゃんを見ているとそれすらも足りない程だから凄い。


 そして最後の言葉に関しても最もだと頷いた。


 「だから、そんな子が親に見放されるようにあの部屋で、しかも今まで庇護者もなく怯えていたなんて信じられなかったわ。

 それなら蓮が攫ってきて監禁してるなんて言われた方がよっぽどしっくりくるわよ」


 「おいおい、・・・冗談きついぞ」


 「・・・」


 じょ、冗談だよな?

 え、俺ってまさかそんな犯罪者予備軍に数えられてんの?


 「はぁ、でもそれはともかくとして、アンタこれからどうするのよ?私はあまり現状がいいとは思えないわよ?」


 話逸らしやがった。

 まぁ確かに今の論点はそこじゃない。俺は不満を隠すことはしないがその話題に乗った。


 しかし逸れた話題も耳が痛い。

 楓が言う現状とは引きこもった環境がか?

 それとも『契約』という歪な関係を結んでいるからだろうか?

 両方なんだろうなぁ。


 引きこもりに関しては何とかなると考えている。そもそも完全にダメならコンビニにすら出ていないだろう。あいちゃんには外に出ようという気概があることは見て取れる。

 ただ問題は『契約』の方だ。あれに関しては今のところどうしようもない。

 何せあいちゃんにとって1番恐れて居ることは求められない事であり、契約を破談することは碧の存在を否定するのと同義なのだ。そのためそれを恐れるがあまり歪になる。


 今の状況は治す所か、そこに漬け込んでいるのだから真逆の対応をしていると言っていい。


 「このままじゃ、碧ちゃんはずっと成長出来ないままよ。確かに応急としてはいいかもしれないけど、蓮が成長の場を奪い続けてしまってるわ。

 それとも、本当に碧ちゃんを依存させたいのかしら?」


 「っ、」


 依存させたいのかという問いに、思わずドキリしてしまう。一切、全くそんな事は考えていなかったと言うのに、見方を変えればそう捉えられる事が悔しかった。

 俺は取り乱したことを誤魔化すように、その事を避けながら応答する。


 「その言い方はあんまりだろ?

 今日だって初対面の楓にあそこまで喋ったんだ。少しづつは成長してる」


 「そうね、確かに成長しようとしてるわ。

 でもそれを阻害してるってこと。まぁ私も碧ちゃんと喋ってみたからそれが難しいのは分かるけどね」


 楓はそうは言うが、俺なんかよりよっぽど上手くやっていたと蓮は思っている。

 楓は学校でも特に人気者で、人の警戒をとくのが上手い。

 蓮が碧に対して『依存心』を逆手にとって近づいたのに対し、楓は『無償の愛』という一見碧の最も嫌うはずのもので懇意になることに成功して見せた。


 一方通行の愛は時に人を苦しめる。

 しかしそれがさらに過ぎたもの・・・例えるなら母親など、家族からの親愛ならばそれを拒むものは少ないだろう。

 勿論楓が母親にとって変わろうという訳では無いが、その慈愛を見せ碧を頷かせたのである。


 なんだかそれが悔しいようで、頼もしいようで、なんとも言えないものがある。

 しかしこれ以上ない相談相手が出来たことは確かなのだ。


 「・・・ありがとな、楓。

 この問題はかなり手一杯だったから正直たすかる。もし良ければこれからも相談すると思うがいいか?」


 「何言ってんのよ?

 相談も何も私もどんどん介入するわよ。もう碧ちゃんにも言ってたじゃないの」


 「あぁ、そういえばそうか」


 蓮は適わねーなと降参しながら、己自身に出来ることは他にないか、そんなことを考えながら夕暮れ染る空の元帰るのであった。

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