初めての〇〇 2
ーー眠い
覚醒と睡眠の狭間で微睡みボクは徐々に意識が戻り始める。そして、あの時の映像がフラッシュバックし、完全に覚醒する。
「うぅ、」
言葉にならない悲鳴を上げた。
あの鮮血に流れる赤色が脳裏に張り付いて取れないのだ。
あれは一体なんだったのだろうか。ボクはいったいどうなってしまうのだろうか。そう考えるほど不安になる。
その不安からか、無意識的に手に握るものを更に強く握った。それは暖かく、大きい。少し汗ばんでベトベトしているけど何故か不快感がなくてーー
「え?」
そう言えばボクはいったい何を握ってるの?
碧は軽く体を起こし、その手が握るものを引張ってみる。そうするとそれに合わせて何か大きなものもゆさゆさと・・・、
「ーーっ!」
手を引っ張る先には蓮が力尽きたかのようにボクのベッドの淵で顔をベットに埋めていた。
気づけば今の碧は部屋のベッドで寝ていて、机には既に冷めているであろうお粥が置いてある。
碧には台所にいた記憶しかないから多分蓮が全てやってくれたのだろう。そしてまた蓮に迷惑をかけたのかと落ち込んだ。
「はぁ、本当に今日はいいとこ無しだ」
倒れた事も、グズをしたことも。
それに今じゃ考えられないような冷たい態度を取ってしまった気がする。
「うわぁ・・・さいあく」
何であの時のボクはあんなに余裕がなかったんだろう。
折角優しくしてくれた蓮を相手に。
思わず手に力が入った。
それも自分で思ったよりも結構強く入ってしまった見たいだった。
そして気がつく、今ボクの手の先で蓮の手が繋がれていることを。
「んぅう・・・ん?」
蓮のうなり声が聞こえてきてハッとした。
起こしてしまったか!?と慌てるがこの状況で起こさないのも微妙かと思い、蓮が寝ぼけ眼を擦る迄には既に落ち着きを取り戻した。
「あれ、あいちゃん起きたか?」
「うん、今起きたとこ」
なんて、まるで待ち合わせのカップルかのような返しで変な感じになるが気にしないことにする。
「れんがここに運んでくれたの?」
「ああ、あの後あいちゃんが倒れちゃった時はマジでビビったぞ。救急車呼ぼうかとも思ったけど、大丈夫そうで安心した」
「倒れた・・・?ボク何があったか分からないんだけど、あの後何があったの?
それに、・・・足に血が」
碧はそういえばまだ確認してなかったと思い出し、ちらりと股下を見るがそこにはベッドにタオルがしかれており、汚さない配慮がなされていた。
しかし依然としてそこには血のようなものが染みていた。
思い出しただけでショックだ。血の気が引き目をそらす。
「んー、まぁそう言われても俺も急に倒れたからベッドにあいちゃんを寝かしてあげただけなんだけどな。
あ、それとタオルを数枚拝借したけど大丈夫だったか?」
「う、うん。それは構わないけど・・・」
そう。別にタオルはいいのだ。
自分が心配なのは急に倒れたこととこの血のことである。
一体何なのだ、体が女の子になってしまったこともあるし、何が起こっても不思議では無い。それこそ女の子になった後遺症で死ぬみたいな事を言われても信じられてしまう程に。
「・・・」
「あ、あとな。ちょっと染みてきたからタオルも交換した方がいいと思うんだけど、もう数枚借りてもいいか?
勿論後で買って返すから安心して欲しいんだが」
「そんな、ボクのことなんだから、返さなくてもいいよ・・・。それどころかそんな事に手伝わせてごめんなさい」
「はは、いいって。そもそも俺はあいちゃんの看病しに来たんだから、ようやく出番が来たって感じだからさ」
「れん・・・」
碧はその言葉に暖かい気持ちになる。
こんなに迷惑をかけているのに、蓮は相変わらずに優しい。思わず涙ぐむ。
それに血を見た事による不安など、諸々が吹き出てしまったのだ。
「そ、それじゃあ早速だけどタオルを仮に行ってこようかな?」
蓮はそうな碧に対してあたふたしていたが、それに対して話を戻すことで誤魔化した。
「だからな、その、あいちゃん?」
「?」
「良ければなんだが、手を離して欲しいんだけど・・・」
「はへ、手?」
ボクは自身の手を辿るように視線を動かすと、未だに蓮の手を握っていることに気がついた。
「あ、ごめんなさい」
それを確認し咄嗟に手を離・・・そうとした。でも手が震えたままで離せなかった。
怖いのだ。蓮はなんでもないかのように振る舞ってくれているけど、もしも何らかの病気なのでは無いかと、恐怖しているのだ。
それこそ思考は飛躍して死ぬ病気なのではないかとまで考えている。
最近まで「死にたい」が口癖だったのに、おかしい話なのは分かっているのだが。
そして、何時までも手を離さない事に疑問を抱いているであろう蓮に、ボクはその不安を吐露する事にした。
今の自分では正常な判断が出来ないと思ったからだ。
「れん、・・・ボクどうしちゃったんだろう。
まだ血が止まらないし、このまま止まらなかったら、どうなっちゃうの?」
「え?」
蓮がポカンとした顔をした。が、その後に目を泳がし変な反応をする。
「いや、・・・それはそのあれなんじゃないのか?」
「・・・あれ?」
蓮は何か知っているのだろうか?
それ以降も蓮に話を促すように見つめ続けた。
すると、観念したかのように一息吐いてから続ける。
「ほら、女の子の日、ってやつ?」
「?」
なにそれ?
ポカンとしていたら、蓮はマジかって顔をしながら1度天井を見上げ答えてくれる。
「・・・・・・・・・り、だよ」
「り?」
「生理だよ!あいちゃんも聞いたことぐらいあるだろ?」
せいり・・・・・・、生理っ!?
「生理って女の人に来るあれ!?」
「そ、それだっ。でも本当に分からなかったのか?ほら、お母さんとかから教わったりーーぁっ」
蓮はそう言いかけ言葉を止めたがもう遅い。しかし幸いそのことに対してはあまり落ち込んだ様子も見せずに碧は淡々と説明した。
「いままで一度もそんな事無かったし、それにお母さん、いないから・・・」
「っ、それは、すまん」
蓮はしまったという顔をした。
碧は全然気にしてない。それよりもちょっと納得した。
これで一応は理由も分かり安心することができた。しかし今のボクに生理が来るのはかなり受け入れ難いものではあるが、それはいい。
でも、これってずっと血が出るものなの?これじゃあ普段の生活がままならない。
「ねぇ、れん。生理って何すればいいの?」
その質問に、またも言いずらそうな蓮。生憎と碧にはそこに気を回せるほど余裕がなかった。その為ズカズカとデリケートな話を進めてしまう。
「あれ、つけるんだろ。・・・ナプキンとか」
「そうなの?ボク、そんなの持ってないよ?」
「まー、今まで来なかったんだからしょうがないだろ?」
「そっか・・・、そう、だよね」
碧は解決策を見いだしたが、その手段が使えないことに一喜一憂してしまう。
無いものはしょうがない。原因と、いつかは収まることを知れただけでも成果とするか。
そうして碧が諦めかけたその時、ピンと1つの妙案が浮かんだ。
そうだ、そういう時に契約があるのではないか!と。
碧はチラリと蓮の顔を見る。
蓮はなんの事だと首を傾げた。
「ね、ねえ。・・・れん?」
ボクは少し言葉を選びながら蓮の名前を呼ぶ。
さすがの碧もこればかりは言いずらそうである。
何故か?男の蓮に女性生理用品を買わせると言うかなりセンシティブな内容が可哀想だから?
違う。生理と言うものにすらピンと来なかった碧はそう言った観念が一般とはズレており、蓮が抱くであろう気まずさに気がつけないでいるのだ。
碧にあるのはただ契約と言うものに頼ることに慣れていないだけである。
そして蓮はその間でいったい何を言い出すかを理解し始めていた。
「あ、あいちゃん?まさか・・・」
「だめ?」
「いやいやいや、ダメだろ!そういうのはもっとこう・・・っ」
しかし蓮は何か代案を考えたがその後の言葉が出てこなかった。最悪姉の物を持ってこようかと思ったが流石に説明するのも難しい。
俺が・・・、行かなきゃならないのか?
蓮は最早ここまでかと肩を落とす。
そして更に蓮の心情を知らない碧はダメ押しとばかりに蓮の手を取った。
「あいちゃん・・・」
「買ってきて欲しいな、れ、れんおにいちゃん?」
「うぉっ!?」
最近覚えた言葉を使う。
これでも蓮は効いたみたいで、かなり心を揺さぶるがそれでは少し足りないのか、耐性ができたのか。蓮は衝撃に耐えるようにヨタヨタとしながらも踏ん張る。
「ーーくっ、いや。しかし・・・」
蓮はやはり葛藤があるようで中々踏ん切りがつかずにいた。しかしそんな蓮をさらに追い詰める。
「買ってきてくれたら、おにいちゃんの言うこと何でも聞いてあげる」
「っ!〜〜〜〜〜〜〜、ーーーー!?」
そしてそんな脳を溶かすような甘い言葉を耳元で囁いた。別に碧はそれを意図して狙った訳では無いが、それでも効果は覿面であった。
そして今、蓮の頭の中では様々な妄想が繰り広げられた。
「・・・・・・」
その瞬間、蓮の頭の中から受け入れないという選択は奪われるのであった。
☆
「ただいまー」
蓮が帰ってきたのはそれかは30分経過した後であった。蓮はヌルッと部屋に現れるとどこか窶れたような表情をしていた。
「お、おかえり」
ボクはそんな蓮を見てまさかこれ程までに蓮を苦しめる事になろうとは、後になって自身の言った事の重大さに気がついた。
「ほらよ、一応良く分からないけどよくCMで見るやつ買ってきといたぜ」
しかし蓮はそれに対して不満を言わずに買ってきた物を碧に差し出した。
そしてそれはCMで見ると言っていたが碧にとって見た事のないものであった。パッケージを見ても一向にピンと来なかった。碧はいまいち理解しないまま、クルクルと回すと小さなとこに生理用品ナプキンという文字が見えた。
「あっ、ほんとだ!」
「だろ?中々苦労したんだぜーこれ」
蓮はそう言うと鼻高々に仰け反った。
「ありがとう、気軽に頼んじゃったけどもしかして大変だった?」
「まぁな。
男の俺が買うのもちょっと気まずかったから、セルフレジのとこ選んで行っきたぜ!」
なるほど。
碧は言われて確かにこれは男の人が買いづらいものだと気づき、そしてセルフレジという妙案に脱帽した。
「ごめんね。大変だって気づいてたら頼まなかったのに・・・、ボクなんてずっとタオル巻いてたりトイレにでもこもってたのに」
「流石にそうはいかんだろ・・・」
碧の回答に若干引いたが、また気後れしてるのだろうと察し、蓮は気を使う必要など無いことを主張することにする。
こうして契約を使って助けを口に出来るようになることはいい傾向ではあったからだ。
「で、でもこれはなかなかハードなお使いだけに、高くつくぜ。普段の願い事が2つ・・・いや、3つは返してくれないとな〜」
蓮はそういいチラッチラと碧へ視線を寄せる。
流石に蓮が何を所望してるよかは分かるので、なんの不満もないので了承する。
そもそも今回は契約を理解して頼んだのだから。
「うん、いいよ。何でもれんの言うこと聞く。
それに、こうして看病もしてくれた訳だし、元気になったらもっとお願いごと言ってもいいんだよ?」
碧は蓮の要求を容易に受け入れ、さらにそれ以上のことでも受け入れられることを伝えた。
それだけ今回のことは碧にとって助かる事だったのだ。どれだけ恩を感じているか、迷惑料も込で碧の意思を伝えた。
「ん〜、いや。3つまででいいよ。
なんたってこう言うのは少ないからこそ楽しみがあるってものだからな」
実にそそられる内容であったが、蓮はそれらしい理由をつけて断った。
今回はそれが目的でも無いし、女の子の弱みにつけ込むようで嫌だったからだ。しかし碧の性格上、その回答に不満をおぼえそうなので先手を打つことにする。
蓮は碧の頭に手を置き、少し強引にグリグリと撫で回す。
「う、うぅ〜」
碧はされるがまま、それでもちょっと強引さにうなされている。それが面白くて、ついついずっとやり続けたい衝動に駆られるが我慢我慢。
そして最後に手を碧の顔まで下げると、壊れ物を扱うかのように頬に手を寄せた。そして顔を逸らされないように少しだけ蓮の顔へと向けた後、蓮は言う。
「あいちゃん。今回は3つだけだけど、だからと言って油断はダメだぞ?
代わりに普段よりもっと凄いことお願いするから」
「もっとすごいこと・・・」
碧はゴクリと喉を鳴らした。
そして蓮はそんな碧を脅すように例えばと提案をした。
「そうだな、例えばあいちゃんには1日猫になって貰おうかな?語尾に『にゃん』とかつけてな。
だからな・・・早くお願いごと出来るように元気になるんだぞ?」
「っ、」
最初こそ碧を引かせるような軽口を言っていたが、最後の言葉は本気なのが漏れるように、真剣な声音なのが碧に伝わった。
そしてそんな声が男性特有の低い低音が鼓膜を突き抜けお腹の辺りまで響く。
なんだろう、お腹の当たりが変な感じがする。キュッと締め付けられるような、男の時にはなかった感覚である。
碧は思わずお腹を抑えるが、あまりに一瞬の事だった為今になってはあれが何だったのか知る由もない。これも・・・体調不良の症状なのだろうか?
分からないが、今は何も無いことだし蓮へと視線を戻す。が、蓮がずっと自身の顔を真剣に見続けるものだから、何か気まずくなってしまった。
碧は少し強引に頬にあった蓮の手から逃れると、顔ごと逸らして答えた。
「う、うん。よろしく・・・お願いします」
なんて、訳の分からない答えをしてしまう。
何故だろう、こういう時はもっと恩を感じている事を精一杯表した方がいいのに。
なのに碧はそんな素っ気ないような、いつもの調子が出ない変な態度で答えてしまった。
しかし仕方がない、咄嗟に出たのがその言葉だったのだから。
碧はそう納得し、改めて蓮の顔へ向き直る。すると先程までの真剣な表情がどこへやら。いつものにヘラっと笑う蓮がそこに居ることに安堵し、碧もつられて笑って答えた。
それからは互いに吹き出すように笑いだし、この小さな部屋に何時までも笑い声が響いたのであった。
そしてこの部屋に響いていた笑い声が収まった頃である。和やかな雰囲気は碧のハッとするような声によって壊される。
「あっ!」
「ん?どうしたんだあいちゃん?」
ナプキンを見ながら碧が大きな声を出すので、何か間違いがあったのかと蓮は内心ドキドキしながら聞いた。しかし蓮の心配していた事は全くなく、むしろ蓮の心配以上の事が発生していた。
「そう言えばこれ、どうやって使うんだろ」
碧のそんな純粋な疑問と共に。
碧はナプキンのパッケージを眺めたり、クルクル回したりして使い方の欄を見るがいまいちピンと来ない。
当たり前である、今まで見たことも使ったこともないのだから。
実際にやってみない事には分からないが、どうしても人と言うものは楽をしようと取り敢えず人に聞いてみたくなってしまうもの。
だとしても、この様な内容を普通の者であれば聞くのを踏みとどまるが、碧はそのような事お構いの無い事は男の人に生理用品を買ってきて欲しいと言えてしまうあたりお墨付きであった。
「・・・」(チラッ
碧は蓮を見た。
「な、なんだよその目?」
そして蓮もそれを痛感しているので、ビクビクしながら念の為聞いてみた。万が一、今考えている事が違うと祈って。
「れん?」
「ど、どうした?」
「あのね・・・」
碧がそう言いかけた瞬間に蓮は心の中で覚悟を決めていた。
断るという覚悟を。
どんなに碧が困っていたとしても聞けることには限度がある。そして予想が当たっていれば其れはラインを超えていた。
断る、絶対に断る!
その様な蓮の内心を知ってか知らずか、流石に前回のこともあって、碧も言いずらそうにしながら蓮の恐れる言葉を吐いた。
「もし良ければ、これの使い方、教えて欲しい・・・にゃん」
ナプキンで口元を隠し照れながら言うその姿に、蓮の精神は崩壊した。
この後、蓮は血の涙を流しながら断ったそう。




