始まりの日 ☆挿絵あり
これは一体、どう言うことだろうか。
ボクは鏡に映る自身の姿に絶句した。
なぜなら鏡の中には見知らぬ女性・・・いや、少女が映っていているのだから。
その少女はボクが右手をあげれば右手を上げ、その手で自身の頬をつねれば同じ様に頬をつねる。間違いない、この鏡はボクの姿を映している。
であるならば致命的におかしな部分がある。
ボクの姿は本来中性的な容姿なりにも立派な男であったのだ。髪は引きこもりになってから伸びていたために、下手したらセミロングぐらいある不摂生なものだったが。
だというのに、今やそんな髪が似合ってしまう程の少女が鏡には映っていて、それにあろう事かその髪は白色?銀色?光の加減で判断はつかないけれど透き通るようなものへと染まっている。
でも髪だけなら染めただけで済む。けれど声や体まで変わってしまっているのだ。
「・・・なに、これ」
ボクはペタンと崩れ落ちた。
夢だ。夢に違いがない。そう思い込み頬を再度つねるが一向に覚めやしなかった。
☆
時はその日の朝に巻き戻る。
その日の朝はいつもと変わりないものだった。
ジリリリリリリリッ
いつもの目覚ましの音で目を覚ます。
小日向 碧という少年が引きこもり始めて数ヶ月になる今日。だというのに未だに学校に通っていた時と変わらぬ時間にセットされた目覚ましは、毎朝けたたましいまでの音を鳴らす。
本当は早く起きるのなんて嫌いだ。
目覚ましの音を聞くと、いつもドロドロとした感情が沸き上がり、吐き気と共に胸を締め付ける。
でも、失われた日常をこれ以上手放したくないのか、ボクは全ての時が止まったこの部屋で今日も目を覚ます。そしてシーツと布団を整え、パンを焼いてから口へ押し込む。そこまで終えれば、本来は学校へと行く時間まで静かにその時を待つのである。
そんな無意味で機械じみたルーティーンを行い、朝が過ぎる。
・・・あと、こんな日常を何回繰り返せばいいのだろう。
ソファに腰かけ体育座りをしながらゴロンと横になり、ふとそんな事を思う。
こうして無意味な日々を重ね、何もせずまま日が暮れていく。そしてまた朝が来ればこうして空虚を見つめ時間を潰す。
これは、死んでいるのと何が違うんだろう。
むしろ親のお金でこの部屋を借りご飯を食べる分、もっとタチが悪いのかもしれない。それならいっそーー
「死んじゃおうかな」
そう呟いてみたりする。
いつもの事だ。いつも死への言い訳を考えては、首を振って考えを改める。
だけどまた少しすれば同じことを考えてしまう。最近はその頻度が増してきた気がする。そして考えれば考えるほど死への抵抗や、恐怖と言ったものがすり減り言い訳ばかりが増えてしまう。
だからだろうか?
今日はいつもの変わらぬ日常から逸脱していた。机上のペン立てに刺さるカッターへと目線が揺れたのだ。それは手を伸ばせばすぐ近くにあり、つい目が離せなくなった。
でもそれも一瞬だ。結局は怖くなり手を強く握ると勢いよく振りかざしペン立てごとなぎ倒した。
「もうっ、・・・ばか」
もうやめよう。
こんなこと考えるのなんてどうかしてた。
いざ死へのイメージか強まると、急に湧いた恐怖は自己嫌悪とともに押し寄せる。
こんな時は気分転換だ。
テレビか動画でも見よう。そういえば最近、とあるアニメが一世を風靡しているとニュースで騒がれていた気がする。なんでも原作から有名であったラブコメ漫画だったらしく、その待望のアニメ化とあって世間が盛り上がっていたのだ。たまにはそんな明るいニュースに影響されたりして、普段は一切見ないアニメを見たりしてみようか。
だからボクはリモコンを求めて辺りを探す。その際に床に転がるカッターが目に入らないように注意をしつつ部屋を一周。そして見つけた。
テレビの真下。テレビ台に影をひっそりと消して鎮座していた。
結構、遠いいな・・・。
ボクは少し億劫になりながらも意を決して立ち上がる。そして一歩を踏み出した時だ。
ぐにゃぁぁああ
まるで視界がそんなオノマトペを立てて歪み出す。視界に捉えていたはずのリモコンも長く伸びそしてグルグルと回り始めた。
「あ、・・・れ?」
立ちくらみ?貧血?
でもそれにしたってこれはまずい・・・。
視界からの酔いや血が引くような寒気。更には抗いようのない強烈な眠気と共に意識が刈り取られていく。
そしてーー
ドタン!
ボクはそのまま、受け身も取れずに頭から落ちるのだった。
ピンポーン
一体、何時間寝ていたのだろう。辺りがすっかり夕方になってしまったときにインターホンの音が響いた。その音を目覚まし代わりに、ボクは本日二度目の起床を果たす。
目覚めはかなり悪い。
まるで体が鉛のように重いし、気を失う直前の気持ち悪さが尾を引くように思考を鈍らせる。あれは一体なんだったのだろうか。少し自分の体が心配になる。でも行かなきゃ。
こうしている間にもお客さんを待たせてしまっている。
誰が来たのか分からないけど、心当たりは配達の人。いつだか頼んだか壊れたマグカップの配送があったけ?
その事を思い出したら尚のこと行かなきゃと思えた。
頭を抑えながら、身を起こしていく。
それだけでボクの筋肉は悲鳴をあげた。本当はここらで一休みと行きたいがそういう訳にも行かない。ヨタヨタと、不確かな足取りで壁伝いに玄関へと向かい、玄関まで辿り着くと体当たりをするようにドアを開けた。
そしてボクが顔を出すと、予想が当たりいつもの白猫宅急便の人がいる。
あちらもドアが空いたのに気がついたようで、姿を出し切る前に業務的な声掛けが始まった。
「んっ、こんちわー。こちらお届けものでーーーーっ」
ドサッ
荷物が落ちた。
「・・・え?」
配達員を見て、手にあったはずの荷物を見た後に足元を見た。
ボクのマグカップ・・・、今ので割れていないだろうか。
ボクは心配しながらも、途中で声を切らした配達員を戸惑いと怒りを抱きながらも何も言わずに荷物を拾うことにした。
何でこんなことをするのだろうか。いや、わざとしたと決めつけるのは良くない。ボクはゆっくりと荷物を拾い上げながら恐る恐る上を見た。すると、まるでお化けでもみたかのように、口を開けパクパクとしているの姿が見えたのだった。
ボクの顔に、何かついていただろうか。それとも不衛生に長く伸びた髪がお目汚しになったのだろうか。
急に訪れた静寂がボクの不安をかきたてる。このままだとメンタルがガリガリと削られる音がしてきそうなので、この気まずい時間を終わらせようと試みる。
「あの・・・、サイン・・・どこにすればいいですか」
途切れ途切れに、それでいて簡潔な言葉で意志を伝える。これで伝わるはずだ。だけど配達員さんからは一向にお返事を貰えない。
「・・・あのっ」
そして今度は強めに声を出した。
ただでさえガンガンと痛む頭に、体調不良からか自身の高く感じる声が頭にキンと響く。そこまでしてやっと気づいてもらえたようで、「はっ!・・・はいっ!!」と若干うわずった情けない返事が返ってきた。そして慌てたように伝票を差し出してくれる。
はぁ、本当に一体どうしたというのだろうか。
配達員さんが何を考え、どうしているのかを考えると嫌な方向にしか行かない。サインを書いている間もボクは脂汗を流しつつ書き終えると突き出すように手渡した。
「はい・・・これ、」
ボクはそういうとすぐに顔を引っ込める。
その間に「あの」なんて声が聞こえたが他にはなんの用も無いはずだ。正直これ以上顔を合わせる余裕がない。体調面でも、話慣れていない精神的な悪さからも限界であったのだ。
本当に用事があればまた何か言ってくるだろうと考え、ここは申し訳ないが一方的に打ち切らせてもらう。強引にガチャりとドアを締めてしまった。
「はぁぁぁ〜」
そしてドアを背寄りかかり長い溜息をついた。
昔はこんなんじゃなかったはずなんだけどなぁ。前はもっと人とも話せたし。まぁそれも事務的な物が限界ではあったけれど。
どんなに引きこもる前の生活を続けて縋ろうが、やはりこうして変わってしまったのだと実感してしまう。
でもそれも今更だ。
ボクはもう充分休んだと荷物片手に歩き出す。そして居間へ戻ると再度、テレビのリモコンへと手を伸ばした。
今度は立ちくらみなど感じずに、無事にリモコンを手にすることができた。
そう。できたのだが、しかしである。
リモコンを手にしテレビに構えた時に違和感に気がついた。それは黒い画面のままのテレビに映る自身の姿を捉えたからだ。
いや、これは本当に自分の姿なのか?
ボクは目をゴシゴシと擦り、また確認するが映るものは変わらない。
そこには変わらずに小柄で可愛らしい少女がいるのだった。
「だ、だれっ?」
ボクは思わず自身の背後を見た。でも誰もいない。という事は、正真正銘テレビに反射するのはボク自身なのだろう。
いや、でもそんなわけが無い。これはそう、きっと夕日に照らされて、テレビの反射加減がおかしなことになってるのだ。
目の錯覚。だから・・・、ちゃんと鏡で確認すればーー。
そう言い聞かせ、ボクは洗面所へと向かった。
そうして、ボクの変化を目の当たりするのはすぐあとの事であった。




