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音楽が続く


「少しでも、本物の音を聴かせたいんです」

そう言って、宮原に頭を下げた日のことを、航は思い出していた。

宮原からも提案があった。

航達と一度演奏してみたいと。

演目の最後に琴音の曲を。

断る理由はなかった。

驚いただけだった。


それから同級生や先輩や後輩にも声をかけた。

なかなか社会人は予定が合わないのはしょうがなかった。

参加したくても予定が合わなくて出られなくて悔しがる後輩もいた。

それはそうだ。宮原沙織と演奏できるんだから。


都会の大ホールではなく、地方の小さな町で。

未来に迷っている子どもたちに向けて。春の夕暮れ。街の文化会館の小さなホールに、かつての中学・高校吹奏楽部のOB・OGたちが集まっていた。


ロビーでは再会の笑顔があふれ、あちこちで談笑の輪が広がっていた。数年ぶりに会う仲間たちは、社会人としてそれぞれの道を歩んでいたが、今日だけは時間を巻き戻し、あの音に帰ってくる日だった。


翔太は地元の国立大学を出て市役所勤務

アナは中学の先生

明るくてみんなの人気者

沙耶は音楽隊でトランペットをやっているそうだ

音楽祭ではソロを務めていた

紗良は今は市民バンドで活躍中

あの遥先輩は日本一の国立大学から文科省へ忙しすぎてなかなかホルンにさわれないのが寂しいとか


「佐々木、あんたほんとおぼっちゃまよね〜」と相変わらず皮肉のうまい天音は音大の院生

そんな時航に近寄ってくるヒゲの男性。


「やあ〜久しぶり〜」


だれ?と思って

みんな怪しげなその男をみてると

天音がなんだこいつらと言わんばかりに

「あんたたちこの人誰だか分かんないの?そのチケットにあるでしょ!」

男はやだなあ〜といいながら

「今度は僕の演奏も聴きに来てよ(笑)」

チケットは別の地方のオーケストラの公演のチケット

「首席奏者 山下湊」の字が…


「えー!」

これが三重唱から五重奏ぐらいになって辺に聞こえてきていた。

エントランスホールにいる人達も思わず見返すほど。


副会長!

どうなってるの?

なんで?

おかしいだろ?

とかなんとかみんな大騒ぎ


やられた〜(笑)


「たしか大学で物理学専攻してたはずじゃ…」


「それがさ…趣味が高じて?ってやつ?お声がかかってんで…(笑)」


持てる人はとことんなんでも持ってる…

続けたくても続けられない人がいるのにこんな人も…

と航は思った。


「さあ。そろそろ時間だよ。みんな頑張ってね。今度は僕も声かけてね(笑)」


元副会長、首席奏者はそう言うとみんなに声をかけて、航には


「航君、琴音ちゃんにも僕の話しといてね…」


と声をかけて会場に消えていった。


あ…そうだ一緒に音楽やった友達だもんな…話しとかないと

航はなぜか気が引き締まるのを感じた。


開演のアナウンスが流れ、客席が静まり返る。その中に結城梨沙もいた


やがて照明が落ち、ステージが光に包まれる。


宮原沙織のコンサートが始まった。


演目の最後の曲が来た。


準備のためにステージは暗くなった。

そしてライトが付いた。


指揮台に立ったのは、航だった。黒いスーツに身を包み、真っ直ぐな眼差しで前を見据える。


ひとり、またひとりと演奏者たちが入場してくる。


遥先輩もいた。音楽を離れたはずの紗良も。

アナ、翔太、紗耶……あの日の仲間たちが、それぞれの楽器を手に、舞台に並ぶ。


その時だった。


もう一つの拍手がわき起こる。


舞台袖から、宮原沙織が現れた。

ゆっくりとした足取りで航に近づくと、胸に抱いていた額縁をそっと差し出した。


航は深くうなずき、受け取った額を空席の椅子にそっと置いた。


それは、一枚の写真だった。


客席がその空席と写真に静かに視線を注ぐ中、

タクトが上がる。


始まったのは、懐かしくも新しい旋律。


ソロを奏でるのは、宮原沙織。

その音は、優しく、深く、空間を満たしていく。


やがて合奏が始まり、舞台の上で音が重なり、広がっていく。


音楽が続く。


それぞれの人生があり、選んだ道が違っても、

こうして再び音を重ねられる。


今日のこの舞台には、全員が主役だった。


音楽がつなぐものは、思い出ではなく、今ここにある響き。


それを誰よりも静かに物語っていたのは、

舞台の一角に置かれた、その一枚の写真だった。


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