宮原沙織からの手紙
数日後。航の元に、丁寧な手紙が届いた。差出人は宮原沙織。
-佐々木航君へ
あの日、控室で会えたことを、今も不思議に思います。 琴音のことを、あんなにも覚えていてくれたあなたに、心から感謝しています。
あなたが彼女にホルンを渡してくれたこと。私はそれを、運命のように感じました。 あの子の音色を最初に見つけてくれたのは、あなたです。
だからこそ、あなたがご自分を責めているのだとしたら……
それは、あの子の望むことではありません。
あの子は、ホルンを吹いている時、本当に嬉しそうでした。 まるで、誰かと心をつなげられていると信じているような、そんな笑顔でした。
私は、音楽を続けるために彼女のそばを離れました。音楽に生きたくて、家庭を離れ、琴音と夫を置いて家を出ました。
あんなにも小さなあの子を、抱きしめる時間よりも、私は音楽を選びました。
でも彼女は、私以上に音楽を愛していたのかもしれません。
あなたが、あの時ホルンを渡してくれたおかげで──
琴音は“音楽を知ることができた”のです。
どうか、自分を責めないでください。 あの子は、音楽と、あなたとの出会いに、心から感謝していたと私は信じています。
あなたがあの子にホルンを渡してくれたこと、
あの子の音をあなたが見つけてくれたこと感謝しています。
彼女がホルンを吹く姿は、かつての私のようで、それでいて私よりもずっと純粋でした。
航くん。あなたが、あの子にホルンを渡してくれたこと。
それは、ただ楽器を渡しただけではありません。
あの子の人生に大きな意味を作ってくれました。音楽があの子の人生にあることを──そして、母である私と娘との“見えなかった絆”を引き出してくれたのです。
そのおかげで離れていた時間も、距離も、すべてがつながったようでした。
私は、感謝しています。母親として、あなたに、心から。
今、あなたがご自分を責めていると聞いて、とても胸が痛みます。
あの子はきっと幸せでした。
そしてこんな私にも幸せを与えてくれました。
誰かに出会って、音を奏でられて、自分の「好き」が誰かに届くことを知って。
それはあの子にとって、どれほどの宝だったか。
どうか、自分を責めないでください。あの子は、音楽と、あなたとの出会いに、心から感謝していたと私は信じています。
あなたがいてくれたから、私はもう一度、母親に戻れたのです。
音楽は終わりません。誰かが思い、奏でる限り。
私はこれからも、あの子の音と一緒に舞台に立ちます。
あなたもどうか、自分の音を、誰かに届けてください。
あなたがあの子の音に出会えたように──
宮原沙織
ある日の放課後の屋上
航はアナに宮原からの手紙を見せた。
「アナ、宮原さんから……手紙、来たんだ。お前がメール送ったって書いてあった」
アナは目を丸くし、そっと「うん……」とうなずいた。
「ありがとな。お前のおかげで……救われた気がする」
航は一枚の便箋を差し出した。
「読んでもいいよ」
アナはそっと受け取り、じっと読んだ。
読み終えたあと、航が照れくさそうに言った。
「……お前みたいな先生に出会えたら、生徒は幸せだと思う。ちゃんと向き合って、ちゃんと行動できる先生って、なかなかいないよ。だから、お前の進路、正しいと思う。がんばれ(笑)」
航はガッツポーズを笑いながらしてみせた。
「なんかお礼するよ。いや、させてくれ(笑)しないと気がすまないし、なにがいいかな?なにしてほしい?(笑)」
「え、なにそれ、なにかって…急に……」
慌てて視線を逸らした。
「別にお礼なんて……でもうれしい!それにそんな先生になんて…私は航が心配だっただけで……だって…」
ふいに言いかけた言葉を飲み込む。
「なに?なにがいい?」
「……なによ、それ。ばか(笑)」
航は首をかしげた。「え?バカって?」
「なんでもないっ!」
「えー(笑)」
アナはぷいっとそっぽを向いたが、内心はもう大騒ぎだった。いつものストレートなアナはこの時ばかりは姿が消えていたらしい。
アナは心臓バクバクだった。
――まったく。ほんとに、なんでこんなに鈍感なのよ。
でもその背中を見つめながら、アナはそっと微笑んだ。
「よかった…」
やっぱり、航が笑ってるのが一番いい。アナは空のひこーき雲を見あげていた。航もそのヒコーキ雲を目で追っていた。
この雲はどこまで続くのかな…
いつかは消える…
雲の先は見えないけどずっと続いていく
自分の先も見えないけど…
音楽は続けていきたい…
どんな形でも…
そして少しでも音楽を続けたい人の役に立てれば…
背中を支えてあげれれば…
それもどこまでもというわけにはいかないけど…
天音の言うとおりだ…
持ってるものを活かしていきたい…
それは人のために…
それも持ってる人の役割、責任かもしれないし…
そのために音楽を続けよう…
ヒコーキ雲をみながら航はそんな事を考えていた。




