航の後悔
それから数日後。放課後の部室では、アナが後輩と楽しそうに話していた。
「ねえ、最近航ちょっと元気ないと思わない?」とアナが何気なく口にした。
それを聞いた後輩は、ふと目を伏せて小さく呟いた。
「……実はこの前のコンサートの帰り、先輩、ひどく落ち込んでました。なんか控室でなんかあったみたいで…なんか、泣いてたような……」
その一言に、アナの顔色が変わった。
「それ、どういうこと?」
アナはコンサートの時の航の行動はもう噂になっていたので知っていた。あんなことすればみんなに知れ渡るのは当然だった。だけどそこでなにがあったかは誰もしらなかった。
---
その日の夕方、アナは教室で一人机に向かっている航の元へ歩み寄った。
「ねえ航、コンサートの後、何かあったの?」
「別に。何も」
いつものようにそっけない返事に、アナの眉がぴくりと動いた。
「嘘。私、後輩から聞いたよ。控室行って、泣いてたって」
航はそれでも黙ったままだった。
「なんで黙ってるの? 私たち、仲間でしょ。話してよ」
「……関係ないだろ」
その言葉に、アナの表情が険しくなる。
「なにそれ。自分だけで抱え込んで、仲間には言えないっての?」
「……」
「私、本気で心配してるのに。黙って見てるだけなんて、私にはできないの」
それでも航は目を伏せて答えない。その沈黙に、アナは深く息をついて言った。
「……もういい。でも、私は諦めないから」
---
次の日も、またその次の日も、アナは声をかけ続けた。
「昨日より顔色悪いね」「今日もホルンさぼり?」「何か、言いたいことあるなら言ってよ」
何日も経って、ようやく放課後の静かな教室で、航がぽつりと呟いた。
「中学の時の友達が死んだ……………」
アナは一瞬たじろいだ。
「……例えばさ。それが自分のせいだとしたら……………」
「ほんとの話?」
思わずアナは聞き返した。あまりにも唐突な話題だったから。
「あ…」
しばらく沈黙が生まれた。
「私…聞きたい……土足で入ることになっても…話して…私に…それなんでしょ航が変なのは…だったら例え土足入ることになっても私に話してくれる?航が少しでも元に戻るなら嫌われてもいい…」
今度は航が驚く番だった。
アナの性格は多少はわかってるつもりだった。
でも今はその純粋さにストレートな気持ちに。
あ…なんか琴音もそんな感じだったかな…
航はそう思うと心が少し軽くなる感じがした。
航はしっかりアナに向き合おうと決めた。
「……琴音、っていう子がいた。中学のとき…」
それから航は琴音のことをアナに話した。転校してきた時のこと。いつも吹部の練習にきてたこと。
「すごく綺麗な音だった…でも一曲しか吹けなかった…」
その曲を宮原沙織がアンコールに演奏したこと。
少しずつ、言葉が紡がれ始める。
「それで宮原さんに聞きに言ったんだ」
宮原が琴音の母親だったこと。
ホルンのレッスンのために引っ越したこと。
「……それで、あの子、事故で…」
その声はかすれて、感情を押し殺していた。
「歴史に、もしはないというけど…もしあの子がホルン吹かなかったら…そう考えると…余計なことだったのかな…とか…」
「人生が狂ったとかいう言い方あるけど、もしかしてそうだったのかなとか…」
アナは沈黙を守ったあと、静かに言った。
「ごめん…あと…ありがとう話してくれて…」
それ以降も航の様子は変わらなかった。
アナはもう航に構うこともしなかった。
でもアナはある決心をしていた。
アナは宮原沙織に短いメールを送った。
『航が、自分を責めています。どうか、彼に言葉をかけてください……………』




