紗良の選択3
「どうだった?」
同級生が声をかけてきたが、紗良は小さく首を振るだけだった。
「そっか……」
気まずそうに視線をそらされる。慰めの言葉すらかけてもらえないことが、かえって現実の残酷さを突きつけてくる。
新入部員が入ってくる。その彼らからも置いていかれる自分。
次第に、楽器をケースから出すのが億劫になった。吹いても、以前のように音が出なくなった。心が折れたせいか、息がうまく入らない。
それでも部活には行かなければならなかった。ただ座っているだけの時間が増え、周囲が演奏する音が遠く感じるようになった。
「なんで、私はここにいるんだろう……」
そんな考えが、頭から離れなくなっていった。
高校最後の定期演奏会。紗良は最後まで補欠のままだった。
演奏を終えたメンバーたちが達成感に満ちた笑顔で言葉を交わす中、彼女はそっと音楽室へ向かった。
静かな部屋で、クラリネットを取り出す。
——もう、これで最後にしよう。
そう思いながら、ゆっくりと息を吹き込んだ。
音は、震えていた。
ふと、背後から声がした。振り向くと、かつてのパートリーダーが立っていた。
「……まだ練習してたんだ」
「……うん」
「紗良の音、ずっと好きだったよ」
「……え?」
「表現が単調とか言われてたけど、私は紗良のクラリネット、すごく優しい音だと思ってた」
「……そんなの、初めて言われた」
「だろうね。だって、ここは結果がすべてだから」
彼女は苦笑しながら続けた。
「でもさ、頑張ってたことは、みんな知ってたよ」
紗良は、何も答えられなかった。
「もう、音楽を楽しいと思えなくなったんだ。」
紗良は、遠くを見るような目をした。
「だから……コース、抜けた。
今は、普通科で、一般大学を目指してる。」
無理に笑ってみせたが、
その笑顔は、どこか痛々しかった。
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誰も、何も言えなかった。
航も、マイクを持ったまま、黙っていた。
あんなに音楽を愛していた紗良が、
こんな風に、静かに音楽から離れてしまった。
──音楽は、
好きなだけじゃ、続けられない。
そんな当たり前すぎる現実が、
航の胸にずしりと落ちた。
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帰り道。
夜風に吹かれながら、航はふと思った。
「俺は──」
小さく呟いた言葉は、
夜の闇に溶けて消えた。
それでも、
胸の奥で、確かに何かが、灯っていた。




